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14話

 トアポイントに撤退したアレックス大佐はもはや勝利の可能性を見いだせずにいた。

 部隊を小分けにし防御に適した建物に配置するものの、もはや目的は敵の撃退ではなく遅滞に代わっていた。

 できる限り相手を足止めし、増援を待つ。

 消極的と言われるかもしれないが、それが最も母国の勝利につながる堅実な方法なのだ。

 10分の1の確率で当たる大きな勝利よりも、10分の9で当たる小さな勝利を取り続ける。

「少佐、これではあまりに……」

 副官が苦言を呈する。

 それも仕方ないだろう、隊員の命と引き換えに敵の進撃を遅らせるというあまりにも消極的な戦術。

 これを術とは呼ばないかもしれない。

 だが、これしかないのだ。

 彼は無線機を手に取って副官に尋ねた。

「無線機は各班に配備されているな?」

「はい、連絡を密に取っております」

 各地から集めた無線だ。

 港に停泊していた漁船や貨物船から徴用した。

 戦後に補償しなければ。

「諸君、聞いているだろうか」

 彼の問いかけにこたえる者はいない。

 息をひそめ、耳を澄ませている。

「諸君らとはいくつもの戦闘を切り抜けてきた。君らを誇ることはあっても恥ずることはなかった。それは、今でも変わらない」

 多分、彼らと言葉を交わすのはこれが最後になるだろう。

 だから、今のうちに言っておこう。

「私と、祖国の勝利のために諸君らの命を今一度捧げてほしい。できない者は帰ってもらって構わない」

 無線機を机に置いた。

 半分。いや、それ以上だろうか?

 何人帰るだろうか。

 何人残るだろうか。

「私は最期までお供致します」

「当たり前だ」

 副官の言葉に彼はそう返した。

 端から彼が逃げるなんて思ってもいない、もし逃げようとしても彼だけは逃がさない。

 そう副官に伝えると二人で大笑いした。

 次々と無線機から少佐の言葉への返答が返って来る。

 全て統計を取ると逃げ出すといった者は一人もいなかった。

「この、馬鹿者共が」

 少佐がそう呟くと「我等は家族ですから」と副官が笑った。

 

 次の瞬間、甲高い音と共にトアポイントは爆炎に包まれた。 



「んー。綺麗ねぇ」

 爆炎に包まれた市街地を見て私はそう呟いた。

 後方で待機しているはずの護衛艦隊総出で掩護砲撃に来たときは提督の正気を疑ったが、これを見てしまうとあがめたくもなって来る。

「前進しなさい」

 私がそう端的に命じると全部隊が前進を開始した。

 各地で銃声が響く。

 市街地での戦闘。

 何度目だろうか、あまりいい思い出はないんだけど。

「敵の反撃が予想以上に強いです」

 どうやら、苦戦しているらしい。

 の割には無線機の先にいるヴェゼモアの声は落ち着いている。

「どうかしら? 埠頭は確保できそう?」

「解りません。瓦礫のせいで敵の抵抗がより頑強になっています」

 ……もしかして、砲撃したのは悪手だったかもしれない。

 ただでさえ要塞となっている都市が砲撃に晒されることによって、

 瓦礫が道を塞いでしまっているのだろうか。

 ヴェゼモアに同様のことを尋ねると「そうですね」と少しいら立ちながら答えられた。

 いや、予想できるわけないじゃん。

 そんなの。

「各部隊一度撤退よ」

 私はそう言い、壁に立てかけていた自らの愛銃を手に取った。

 

「次の攻撃は私が行くわ」


 

「敵が引いていくぞ!」

 各地で戦闘が開始し5分が経過しようとした頃、どこかからそんな声が聞こえた。

 アレックス大佐は安堵するとともに、より一層気を引き締めた。

 一当たりして敵が引いたということはそれは何か打開策があってのこと。

 何もなく無策に引くことはないだろう。

 現状の方法では非効率的だという確信が無ければこれほどまでに手際のよい撤退はできない。

 得体のしれない恐怖と、高揚感。

 この高揚感はとても背徳的なものであるのは理解している。

 だが、自らの中に流れる軍人としての血潮が沸き立っていた。

 これほどまでに自分を追い詰める敵の次の一手が気になってしょうがなかった。

「さぁ、来い」

 彼はそう呟いていた。



「1個分隊を選抜しなさい」

 私は戻ってきたロレンス少佐にそう命じた。

 同時に戦車部隊には市街地の外縁から砲撃を定期的に加えるように命じる。

 敵に被害を与えることを目標としたものではなく、敵にプレッシャーを与えつつ、前進する味方歩兵には安心感を与えるための策である。

 初戦は負けた。

 だが、次は勝つ。

 最後に笑うのはこの私だ。


「……なんだか、変わり映えしないわね」

 ロレンス少佐の選抜した兵をみてそう呟いた。

 アフリカの地で敵に切り込みをかけた時に選抜された兵たちと顔ぶれに違いがないのだ。

 強いて言えばその数が減っているということだろうか。

 あの50人が今では15人程度。

 ソビエト、フランス。思えば海蛇大隊には無茶をさせすぎている気もする。

「それを言うなら、旅団長は困ったら突撃ではないですか」

 どうやら、考えを見透かされているらしい。

 私は彼の言葉に笑うと「一番楽じゃないの」といった。

 集められた兵たちは私の言葉に笑う。

 それを制するように手をパンッと一度叩くとスッと静かになり表情が引き締まった。

 相変わらず練度は落ちていないようだ。

「では諸君、これから貴官らの命は私と共にある。現在、敵の立てこもる市街地は瓦礫により戦車部隊の突入を困難なものとしている。そこで諸君ら海蛇大隊の出番である」

 兵たちに語り掛ける。

 現状確認のようなものだ。

「4個大隊をもって包囲し、少しずつ前進。それによって見つけ出した穴に諸君らと私を投入し、敵の司令部を強襲する」

 大胆不敵、蛮勇、無謀。

 後世では散々罵られることになるだろう。

 だが、無能な私にはこれ以外思いつくことができなかった。

「攻撃開始は1500。各員荷物を整えなさい」

 荷物を整える。

 それは第1旅団での「死を覚悟しろ」という隠語でもあった。

 後に残した者たちに無駄な手間をかけさせぬために、誰かが始めたことが何時しか隊全体に広がっていた。

「質問はあるかしら?」

 私の問いに、声を上げる者はいなかった。

「各員、別れ」

 私はそう言い、兵たちを解散させた。


「リューイ」

 私が自らの天幕で荷物をまとめているとリマイナが入ってきた。


「どうしたのかしら?」

 荷物を片付ける手を止めずにリマイナに問い返した。

 リマイナは気にもせずに椅子に腰かけるとこういった。

「私も行く」と。

 荷物を整理していた手が一瞬止まった。

「行く先は、戦車部隊では考えられないほどの地獄よ?」

 私の脅しにリマイナは間髪を入れずに答えた。

「リューイを守るのが私の役目だから」と。

 私は立ちあがり、彼女を見つめた。

 どうやら、迷いはないらしい。


「リマイナ・ルーカス中尉。荷物をまとめなさい」

 

 私は、そう命じた。

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