12話
「同胞を救うのよ!」
私はそう叫ぶ。
船長以下、全ての船員の顔は強張っている。
「座礁まであと1ケーブル!」
あと200メートルほどで上陸らしい。
「対ショック用意!」
3等航海士の報告を聞いた船長はそうマイクに向かって叫ぶ。
異様な緊張感が船内を包む。
航海士たちは必死に各種航海計器を睨みながらその時に備える。
直後ゴゴゴゴという大きな音を立てながら、船の行き足は停まった。
「爆破用意!」
私はそう叫ぶ。
輸送船を船首から砂浜に突入させ、船首を爆破する。
そうしてできた破孔から一気に部隊を上陸させるという算段だ。
「準備完了!」
すぐに報告が返って来る。
優秀な部下だと誇らしく思う。
「よし! 発破!!」
私は勢いよくそう命じる。
直後、下から突き上げるような衝撃と閃光。
数千トンもあるはずの船体が大きく揺れる。
「中佐さん」
ふと、船長に声を掛けられた。
「どうしましたか?」と問い返すと彼は声を震わせながらこう言ってきた。
「必ず、勝ってください。でなきゃ……この船を犠牲にした意味がなくなっちまいます」
私はそれに「えぇ。お任せください」と答え、船橋を降りていく。
去り際、背後から船長はこう叫んだ。
「ご武運を! ドイツ万歳!」
私は右手を挙げて応えた。
「こんなバカなことがあってたまるか!」
アレックス大佐は眼前に広げられた光景を前にしてそう叫んでいた。
突如として現れた二隻の中型貨物船。
部下から報告を聞き、砂浜に座礁した二隻の船を見た時は事故か何かかと錯覚した。
直後船首から次々と姿を現したトラックと戦車をみて敵の策であると察知した。
しかも重火器の類も多く有している。
上陸した彼らは一直線に我等と対峙する敵大隊のもとへと向かい、合流した。
報告では一糸乱れぬ行進を行い、敵の大隊とも親し気に話していたそうだ。
規模はおよそ3個中隊。
我々は連隊だから大した脅威ではないともはやアレックス大佐には言えなかった。
昨日からの戦闘で1個大隊を疲弊させることはできても殲滅どころか、撤退させるに至っていない。
自らの部隊の練度には自信があったが、その自信を失ってしまいそうになる。
それほどまでに対峙する部隊の練度は高かったのだ。
腕の震えを感じる。
彼は勝利を信ずるだけの余裕を失いつつあった。
「ロレンス少佐」
私は上陸するなり、先頭を切って海蛇大隊のもとへと向かうとロレンス少佐の姿を探した。
ようやく見つけた彼の姿は随分とやつれていた。
「中佐殿……」
私を見つけたロレンス少佐の瞳は、安堵と、羞恥と、情けなさと。
いろいろ複雑な感情を含んでいた。
だが、疲労しているのは確実だった。
私は無言で彼に近づいていく。
「申し訳ありません、中佐殿」
彼はおびえるようにそう謝罪した。
当然だ。
命じた埠頭の確保も成功できず。
受けた損害も少なくない。
それでいて海蛇大隊救出のために二隻の貨物船を使いつぶしたのだ。
叱責されて当然だろう。
「大丈夫よ、あとは私がやるわ」
でも、目の前で私の恩師が震えているのは見るに堪えなかった。
だから私は彼を抱きしめた。
さて、イギリスのクソッタレ共。
よくも私の尊敬する恩師を虐めたおしてくれたな。
よくも私の誇る部下をなぶり殺しにしてくれたな。
絶対に許さん。
「海蛇大隊の未だ戦闘可能な者を集めて中隊を編成なさい」
私はロレンス少佐から指揮を引き継ぐと速やかにそう命じた。
各中隊は昨夜の断続的な攻撃で大きく疲弊している。
再編成が必要だろう。
「その間、第1自動車化歩兵中隊と同2中隊で戦線を維持しなさい。戦車中隊はそれの援護よ」
ヴェゼモアやその他中隊長に鋭く命じ、今度は机に置かれた地図を睨む。
現在わが部隊はトアポイントという小さな埠頭を目指し北東に向かって前進を行おうとしている。
しかしその途中にあるメアリーフィールドという地点に敵の歩兵連隊が展開し行く手を阻まれている。
また、北に流れるリナー川をはさんだ先にある丘陵には砲兵部隊が展開しこちらの行動を阻害しようとしてきている。
海蛇大隊の一部が一度肉薄したものの、敵の警官隊によって押し返されてしまったらしい。
その時の情報によれば砲は旧式であるとのことだが、脅威には変わらない。
「まずは砲兵かしらね」
私はそう呟いて、敵の砲兵が展開する丘陵の地点に羽ペンで丸を描いた。
「これが全部かしら?」
私の目の前に並べられたすでに動かなくなった兵士たち。
四肢満足であるのはごく少数でほとんどが腕を欠損していたり、脚を欠損していたりする。
彼らが並べられた間を縫うようにして前へと歩いていく。
千人ほどいる海蛇大隊だが、どの中隊にいたかはある程度覚えている。
なにせ、ほとんどはアフリカの地で地獄のような陸戦を戦い抜いた仲間だから。
「これは中隊順に、並べているのね」
私がそう呟くと後ろをついてきていた士官が目を見開いた。
それを嘲るように鼻を鳴らす。
「寝食共にしている人間の顔ぐらい覚えているわよ」
と。
そしてこう続ける。
「諸君らは家族よ。私も例外なくね。ゆえに、これは仇討よ。家族を殺した仇を討つのよ!!」
卑怯、だとは思う。
我々だって敵を殺している。
それを一切無視してこちらを正当化している。
これが卑怯だと言わなくて何が卑怯だろうか。
だが、こうするのが一番効果的なのだ。
使える物は何でも使う。
私の声に兵たちが「応!」と答えた。
どうやら、士気は回復したようだ。
これなら、勝てるかもしれない。
「諸君! 武器を取れ! 敵に抗え! 敵を屠れ! 家族の仇は目の前よ!」
「今すぐに総攻撃を仕掛けるべきです!」
声を荒げる副官。
普段は静かな彼が随分と珍しい。
「今なら敵は浮足立っています! 攻撃するなら今しかありません!」
彼の言葉はもはやアレックス大佐には届いていなかった。
なぜなら彼の闘志はもはや完膚なきまでにへし折られてしまったからだ。
一生懸命に知略を尽くして敵を追い詰めたのにあんな大胆な方法で増援に来られてしまっては敵と自分とでは明確な格の違いがあると思わざるを得なかった。
決して悪いことでもなく、むしろ当然であった。
「連隊長!」
アレックス大佐にとって副官の提案はとても許容できるものではなかったが、それでも無碍にすることはできなかった。
彼の言うことに一理も千理もあるのは理解している。
だが、今すぐに攻撃を仕掛けるだけの勇気が彼にはなかった。
「1000に総攻撃を行う。準備せよ」
アレックス大佐は渋々そう答えた。
「なんと弱気な!」
副官はそう明確に不満をあらわにした。
わずらしいとも思わなかった。
それだけの気力が彼にはなかった。
「ッ! 後悔しますよ!」
副官はそう言ってその場を去ってしまった。
アレックス大佐は安堵のため息を吐くと、地図を呆然と見つめた。
アレックス大佐の命令は決して誤ったものではなかった。
海蛇大隊への夜襲の結果、各中隊は疲弊し再編成の時を要しており、その時間を考慮しての1000総攻撃であった。
だが、リューイ・ルーカスという女性が彼の常識を大きく上回ったというだけだった。
「第2自動車化中隊、海蛇大隊第4中隊! 前へ!」
0900。海蛇大隊の再編を手早く終えた第1旅団は未だ再編もままならない224連隊へと襲い掛かった。




