10話
「ハハハハッ!! やったやったぞ!」
アレックス大佐は丘の上でそう歓喜していた。
村に1個大隊を潜伏させ、敵の火力支援車両の位置を割り出す。
頑強に抵抗すれば必ず敵は火力支援車両を投入するという確信があった。
そしてそれは見事に的中した。
しかも陣地転換すらせず、偽装すら碌に施さない状態で移動を開始したのだ。
その時はむしろ敵の罠ではないかと勘繰ってしまったが、どうやら敵は焦っているようだ。
大分と乱雑な戦術を採っている。
これなら倉庫から引っ張り出してきた旧式の砲でもなんとかなるだろう。
「ここは中尉に任せる」
アレックス大佐はそう歩兵部隊を指揮する中尉に伝えると自らは丘を降りた。
砲兵の展開する丘はアントニーの村から4キロほど先に行ったリナー川の対岸にある丘の上で、歩兵部隊はメアリーフィールドという海蛇大隊に最も近い埠頭から2kmほどのところに展開している。
そこを目指し、渡し船でリナー川を渡り、部隊が展開する地域を目指す。
「大佐。お待ちしておりました」
待っていたのはアレックス大佐の副官。
そして、隷下の第224連隊。
バルトニアへ義勇軍として派遣され、フランスに遠征軍と派遣され各地を生き抜いてきた精兵たちである。
それはバルトニアで出会った『番犬』が率いる部隊よりも優秀である自負がアレックス大佐にはあった。
(そういえばバルトニアで見た水陸両用車とドイツの水陸両用車は酷似している……。まさか、あの番犬が背後にいるなんてことはないだろうな)
答えにたどり着いたアレックス大佐であったが、考えたくもない可能性であったがゆえに根拠もなく否定した。
旅団と言えど彼女の保持していた戦力は2個大隊に過ぎない。
にもかかわらず、1個軍団の司令部に接近し迎撃に向かってきた部隊を蹴散らしてきたのだ。
バルトニアに派遣されたときは味方であり、大変心強かったが、敵になればどうだろうか?
考えたくもない。
そう、考えたくもなかった。
アレックスの配下の連隊には4つの大隊がある。
それぞれは3つの中隊を持ち、連隊内に合計12の中隊がり、それぞれAからLまでの符号が振られている。
大隊も同じでAからDで符号されている。
「現在の配置状況は?」
川を渡り、部隊が展開している地点へと付いたアレックス大佐はそこで待ち構えていた副官に尋ねた。
「A大隊を右翼に、B大隊を左翼に配置しています。C大隊は後方で予備としております」
「ん。了解した」
流石は堅実な配置をする。
私はそれに安心すると、もう一つの疑問を問うた。
「援軍は。来るのか?」
すると副官は苦い顔をした。
どうやら、あまり芳しくないらしい。
「『ただの陽動に過ぎない』と一蹴され、拒否されてしまいました」
なるほど、それも一理ある。
無理やりにでも上陸して我が国がこちらにリソースを割いている間にデンマークに上陸している部隊を蹴散らす。
ドイツならやりかねない。
「だとすれば、我々の役目はなんだ?」
「足止め、でしょう」
副官に問うと、間髪を入れずに答えてくれた。
「分かった。現在の状態で待機、余裕があれば陣地構築を行え」
この戦争、どうやら長くなりそうだ。
「後方支援車8両のうち、3両が撃破されました」
アレックス大佐と対峙するロレンス少佐は悩んでいた。
本来敵主力と会敵すると同時に火力支援車で蹴散らし埠頭を確保する予定であったものの、その火力支援車が撃破されてしまった。
「稼働可能なのは何両だ?」
撃破されたのが3両でも、履帯が破損したり修理が必要な車両はほかにもいるはずだ。
「……0です。現在5両については修理を行っていますが、部品が少なく復帰できるのは3両程度かと思われます」
思わず神に祈りたくなってしまう。
いや、共食い整備にしては重畳なのだろうが、それにしても3両か。
「第4中隊を呼び戻せ、午後には決戦だ」
本日中には決着をつけたい。
あのイギリス情報部のことだ、きっと今頃には洋上で待機する船団も発見しているに違いない。
援軍が来るまでに、こちらの主力を上陸させる必要がある。
ロレンス少佐は焦っていた。
イギリス首都、某所。
「なぜ解ってくれないのですか!」
イギリス某所にある会議室で一人の青年が怒鳴り上げていた。
彼はイギリス安全保障調整局の諜報員だ。
「しかしだね、彼らにそんな余裕があるとは思えないのだよ」
対峙するのはイギリス陸軍国内軍総司令官のアラン・ブルック中将。
案件はドイツによるイギリス上陸作戦の是非だ。
「現在彼の国はアフリカ、デンマーク、それに潜在的とはいえバルカンにも前線を抱えているのだよ。新たな前線、それも本土決戦などする余裕がないと私は思うのだがね」
中将の言うことも最もだが、これが主攻なのは事実なのだ。
「そもそも貴官はドイツの経済担当なのではないかね?」
ブルック将軍は手元にあった書類に目を通しながらいやらしく笑った。
確かにこれは越権行為かもしれない。
だが、経済担当でなければわからない事態だってあるのだ。
「しかしですね! ドイツの海運会社について50隻以上の貸与命令が出ているのですよ! 航海士、機関士含めて!」
青年は声を張り上げた。
その言葉に将軍は言葉を詰まらせたが、こう続けた。
「それは、おそらくノルウェーで孤立した部隊の救援だろう」
なぜ、認めないのだろうか自分には不思議でしょうがなかった。
敵が攻めてきているのは事実だ。
「敵はすべての戦域から我々の目をそらさせ、ノルウェーでは撤退を。アフリカでは攻勢を、そしてバルカンでは政治的介入を行うつもりに違いない」
確かにそのような動きは知っている。
各地でドイツ軍に動きがあるのだ。
「……承知いたしました」
なにも納得はしていない。
だが、これ以上問答を続けても平行線だと察した青年は静かにそう伝え、薄暗い部屋を出た。
部屋を一歩踏み出すと絢爛豪華な装飾の施された廊下に出た。
一気に溜息が出る。
「お疲れのようですわね」
戸にもたれかかって一息ついていると女性に声を掛けられた。
こんなところに女性とは珍しいと驚きと共に視線を向けると、そこには予想外の人物がいた。
「あ、貴女様は……!」
青年はその場に跪こうとしたが、少女はそれを遮った。
本来なら言葉を交わすのもためらうような相手が今目の前にいたのだ。
「今の話、詳しく聞かせてくれるかしら?」
少女はそう青年に命じた。
「全車前進!」
ロレンス少佐はそう声を響かせる。
目の前の3個大隊に対しての総攻撃。
無理攻めと後世で嗤われるかもしれないが、今は一刻も早く埠頭を確保しなければならない。
これも仕方のないことだ。
「A大隊が押されています!」
「B大隊奮戦中!」
両翼の部隊が攻撃を受けている。
その瞬間、アレックス大佐の脳裏にはバルトニアの番犬の姿がちらついていた。
どこかに彼女率いる部隊がいて、予備部隊を前線に向かわせた瞬間に背後から奇襲を受けるのではないかという恐怖。
だが、それを振り払い冷静に命じる。
「C大隊のI中隊をA大隊へ! J中隊はB中隊へ! H中隊は南進し敵後方を襲撃!」
鋭く命じる。
敵の攻撃を受け流すだけではなく、反転攻勢に転じる。
アレックス大佐は右手を握りしめた。
その手のひらからは紅の血が滴っていた。
こうして9月2日、午後1時。
イギリス本土での最初の大規模戦闘が幕を開けた。




