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9話


「全速前進。発砲は未だ禁ずる」

 俺はそう静かに命じる。

 朝方の強襲上陸。

 戦術的に言えば下策だろうが、これに意味はちゃんとある。

 敵の市民に白昼堂々と上陸するわが軍を見せなければならない。

 そして厭戦感情を蔓延させるのだ。

 港の手前4海里ほどで下船した我々は20ノットで航行。

 到着予定は12分後だ。

 この時間が最も危険である。

 我々を運んできた船団は民間船舶に偽装しているが、敵のコルベットやフリゲートがこちらの異常に気が付き接近してきていれば即座に中止となる。

「頼む……」

 俺は神に祈っていた。

 車体が波を切る音が静かに響く。

 車内では10数名の歩兵と数人の操縦員。

 我らが偉大なる旅団長殿が考案したこの水陸両用車両は随分と使いやすい。

 兵員輸送車がそのまま上陸した後に戦車として使える以外にも渡河作戦にも使用できるのだ。

「少佐殿」 

 車長のために設けられた椅子に座り込んでいると背後から声を掛けられた。

「なんだね?」

 見れば若い二等兵だった。

 たしか、ドイツに来てからの補充兵だったはずだ。

「中佐殿はなぜ戦えるのでしょうか」

「……どういうことだ?」

 彼の言葉に俺は思わず問い返した。

 だが、彼の腕は震えていた。

「自分は死ぬのが怖いです。死にたくないです。でもそれは中佐殿だって同じはず。しかもあの方は女性だ。なのに何で戦えるのでしょうか?」

 彼は俺に問いかけてきた。 

 そんなもの、俺だって知らない。

 だが、心の奥底で彼女を突き動かす何かがあることは明らかだ。

「さぁ。だが、中佐は何か成したいことがある。そしてそのために我々は集った。ちがうか?」

 第1旅団隷下の部隊は非常に機密性が高い。

 故に多くが志願制である。

 彼もまたそうであろう。

「『国家の尖兵。我が国のある所にわが部隊あり』、その言葉に惹かれてです」

 自分が考えたうたい文句だ。

 中佐にこれを伝えた時「中二病ね」と笑われた記憶がある。

 中二病とは何だろうか?

「我々は中佐のために戦うのだ。今までも、これからも」

 俺の言葉を聞いて二等兵は納得していないようだ。

 だが、どこかで踏ん切りをつけることはできただろう。

 中佐にさえ従っていれば何とかなる。

 そういう確信がある。


 上陸先のプリマスという港は河口の両岸に築かれた港町である。

 港の入り口は切り立った崖で、とても上陸することはできない。

 その為少し西に行ったところにある砂浜に上陸する。

 朝方ということもあり、港湾作業員も釣り人もいない。

 発見される恐れは限りなく低いだろう。

 敵は完全に油断している。

 今こそ好機だ。

「第1中隊を先頭に上陸せよ!」

 俺がそう叫ぶと車列がうごめき、4本の横隊となった。

「さぁ逝け!」

 俺の叫び声と同時に全車両が速度を上げた。 

 次々と上陸する車両たち。

「1から3中隊は我に続け! 4中隊は分散して偵察を実行!」

 そう無線機に怒鳴ると各中隊長から「了解」という声が返って来る。

 直後、甲高い音が砂浜に響き渡った。

 砲弾だと直感した俺は車内で身をかがめる。

 そして響く爆音。

「被害報告!」

 そう怒鳴りつけながらハッチから顔を出すと砂浜に大きなくぼみができていた。

 幸いながら撃破された車両はないが、小さな破片を喰らいへこんでいる車両があるようだ。

 彼らに確認を取ると行動に問題はないということなので、すぐに行動を開始する。

 偵察を命じた第4中隊にはそれを撤回し、敵砲兵の捜索を命じる。

 直後鳴り響くサイレン。

「さぁ! 今日こそ世界の王座からイギリスを引きずり下ろす時である! 我に続け!!」

 俺はそう叫ぶと同時に全速前進を命じる。

 目標は港の埠頭。

 敵はそれを阻止すべく激しい抵抗をしてくることだろう。

 それでも、中佐のためになさねばならぬ。

 前進を命じるとエンジンが爆音を上げる。

 海上で感じる風とはまた違う風が俺の額をなでる。

 ドイツ軍、イギリス本島ニ上陸セリ。



「連隊長、敵軍が上陸してきました」

 サイレンが鳴り響くと同時に副官が息を切らしながら司令官室に駆け込んできた。

「上陸……またあの部隊か」

 連隊長、アレックス・フォード大佐には上陸を仕掛けてきた部隊に心当たりがあった。

 数か月ほど前にダンケルクで強襲上陸を実行し、見事後方の港湾機能を破壊した部隊。

「何だったか。そう、あれだよ」

「わが軍ではアシカ部隊と呼ばれていますな」

 アレックスが言葉に詰まっていると副官が助け舟を出した。

 そうそう、アシカ部隊だ。

「それで間違いないか?」

「はい」

 副官の答えを聞いたアレックスはフッと目をつむりある決心をした。

 そして、副官にある問いを投げかけた。

「私と、祖国のために死んでくれるか?」と。

 副官はそれに迷うことなく「もちろんでございます」と答えた。

 するとアレックスはすぐに椅子から立ち上がり命令を下す。

「1個大隊を派遣し敵の足止めをしろ! 逐次投入でもいい、とにかく敵の足を止めろ!!」

 まさか嫌がらせ程度の上陸ではあるまい。

 それに使うには勿体なさすぎる部隊を敵は投入している。

 恐らく師団規模の後続があるとみていいはずだ。

「残りの大隊は一度集結! 集まり次第前進を開始し敵に決戦を挑む」

 師団規模の後続があって一度に投入しないということは上陸するための機材が1個大隊分しかないということだ。 

 つまりは、

「埠頭さえ渡さなければ敵の増援はない! なんとしても死守せよ!!」

 勝てば英雄、負ければ戦犯。

 面白いじゃないか。

 血が滾る。



「くそっ!」

 順調に砂浜に上陸し、埠頭の確保を目指し前進を始めたものの。アントニーという村に敵の大隊が立てこもっている。

 もちろんこれを迂回してもいいのだが、どうやら軽砲を持ち込んでいるようで、試しに1両迂回させたところ見事に撃破されてしまった。

「少佐、いかがなさいますか」

 副官が尋ねてきた。

 アフリカから共に戦い、リューイとも面識がある大尉だ。

「……力攻めせざるを得ないだろう」

 副官の問いに俺は渋々答えた。

「了解致しました。火力支援車に砲撃を命じます」

「頼んだ」

 海蛇大隊の火力をもってすれば村如き障害にはならない。

 だが、補給が心もとない今、なるべく武器弾薬は節約したい。

 しかしこうなってしまえば仕方がない。

 75mm砲での砲撃が始まる。

 すぐに村は爆炎で包まれる。

「前進、注意して進め」

 俺はそう命じるとがれきとなった村を進む。

 すでに歩兵は下車させている。

 本来ならもう少し前進したところで下車させる予定であったのに……。

 だが、ここで抵抗を喰らった以上これより先は敵の支配圏ということになる。

 呑気に乗車させることなんてできない。

 

 普段ならするはずのないミスをロレンス少佐はしていた。

 慣れぬ任務故だろうか。

 作戦中に別なことを考えてしまっていた。

 故に、歪さに気が付くことができなかった。


 アントニーの村を行軍する海蛇大隊に耳を切り裂くような音があたりに響き、直後。

 後方を行く火力支援車が爆炎に包まれた。

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