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3話

 当初A軍集団の参謀陣は、いくらグデーリアンであろうと常識を弁えているだろうと高をくくっていた。

 彼の軍歴は決して短いものでもなく、また兵站などにも通じているため、ある程度の節度を持っているだろう、と。

 しかし、彼らの予想をグデーリアンは大きく上回ることとなる。



 100kmの前進を告げたグデーリアンに私は笑顔で応えると「背後はお任せください」と伝えた。

 それに彼は「もとよりそのつもりだ」と笑うと、夜明けと同時に攻撃を命じた。

 ただ、攻撃を開始してから数時間がたつと側面も背面も攻撃されないため、退屈になってきた。 

 これを慢心というのだろうが、まぁ大丈夫だろう。

 グデーリアンに無線でそんな愚痴を漏らすと、彼は笑いながら迂回した防衛拠点の制圧を命じてきた。

 最前線の部隊との交代ではなく、迂回した拠点の制圧を命じるあたり先頭は譲らないということだろうか。

 ただ、逆に考えれば最も危ないところは自らで担当するという男気も感じる。

 軍人としては不服極まりないが、何もしないよりはマシだろうと思い部下にそれを伝えると、彼らは一様に笑顔であった。

 指定地点に向かうと、なるほどそこには強固な陣地があった。

 というよりは予想を大きく上回っていた。

 遠目から見てもわかる野砲と3重に張り巡らされた塹壕陣地。

 なんというかこれは陣地というよりは……


「敵の司令部じゃないの」

 と私が無線でグデーリアンに抗議すると、「む、そうだったかね。よく見てなかったのでわからなかったよ。まぁ頑張りたまえ」などと呑気に言ってきた。

 まぁ、砲の数や規模を見る限り師団規模の司令部だろうと思われる。

 防衛しているのは1個大隊程度だろう。

 などと遠目から観察していると、後方からある報告が上がってきた。

「あーこちら海蛇大隊第4中隊。後退してきた敵大隊規模と交戦中」

 私はその報告に耳を疑った。第4中隊のいる方向は今まで進撃してきた道がある方向だ。

 つまりは敵を追い抜いてしまったということだろうか。

 規格外にもほどがあると笑う。

 グデーリアンについていくので精一杯で気が付かなかったのだろう。

 私はそう思い気を取り直して第4中隊に問い直した。

「援軍はいるかしら?」

「不要であります。敵の士気が著しく低いため我等でも過剰なり」

 などと余裕めいた返答が返ってきたので私は信じることにした。

 さて、久々にまともな正面からの殴り合いをすることになりそうだ。

 最近は敵の伏兵やら側面から奇襲してきた小部隊を殴るだけで、大隊規模との戦闘はなかった。

 内心私は喜んでいた。

 敵に少しでも根性があればよいのだが……。

 

 私はそう思いながらも海蛇大隊の75mm砲を有した車両に準備砲撃を命じつつ、第1戦車中隊を右翼へ、第1と第2自動車化中隊を左翼へ展開させ、包囲を狙う。

 数発撃ちこむと敵の野砲に動きがあった。

 敵の砲はおよそ10門程度の重砲、おそらくは予備重砲中隊だろう。

 直後に装填を終えた敵の砲が火を噴くが、あらぬ方向へと飛んでいく。

「突入」

 私はそう命じると両翼に展開した部隊が突入する。

 幾重にも掘りめぐらされた塹壕も戦車や装甲車の前には無力で、次々と侵入を許している。

 また、あるのが重砲ばかりということで連射もできずに潰されていく。

 

 ……あっけなさすぎる。

 苦戦を期待していたと言えば不謹慎と思われるかもしれないが、部下たちもそう思っていただろう。

 突入して砲兵隊を潰すと敵は早々に降伏し、白旗を伴い指揮官と思しき将校が出てきた。

「わ、わが部隊は貴隊に対し降伏いたす……」

 震える声で将校が言う。

 無理もない。

 手出しする間もなく司令部を強襲され、泣く泣く降伏したら相手の指揮官が齢20前後の女性指揮官だっとなれば死にたくなるだろう。

「許可する。武装をここに置いていけば、あとは好きにするといいわ」


 私はそう答える。

 私たちに捕虜を取る暇はない。

 たとえ相手が将校だろうと一兵たりともその護送に割くことはできない。

 武装解除を後方から到着した憲兵小隊に引き継ぐと私はその場を去っていった。

「つまらなかったわね」

 私がそうヴェゼモアに愚痴を漏らすと彼は笑って答えた。

「中佐が楽しいと思う戦闘は何があるんですか?」

「やっぱり、ソビエト軍のミハウェルとかいう指揮官との戦いね」

 ヴェゼモアが笑いながら尋ねてきたの対して私はそう笑顔で返した。

 彼との戦闘はやはり楽しかった。

 あんな戦闘がしてみたいものだ――



「……奴はどこにいる?」

 クライストは自らの司令部で配下の通信員にそう尋ねた。

 通信員はすぐに無線機を操作し、グデーリアンの位置を尋ねる。

 すると彼はとんでもない顔をして固まった。

「どうしたんだ?」

 クライストが見かねて尋ねると彼は口をパクパクさせながら何かを発しようとした。

「はっきりと言わんか!」

 クライストがそう怒鳴ると彼はビクリと体を震わせるとやけくそになって叫んだ。

「進撃開始から24時間経過し、第19軍団は120km前進致しました!」

 その報告を聞いた瞬間、クライストは自らの中で何かが切れる音がするのを感じた。


「貴様ァ! 軍集団の計画がめちゃくちゃではないか!!」

 軍団司令部に乗り込んできたのはクライストであった。

 グデーリアンは見るからに煩わしそうな顔をしながらも「何でしょうか」と尋ねた。

 クライストは血管を額に浮かべながら怒鳴り上げる。

「なにが橋頭保の拡大だ! これではただの進撃ではないか!」

 それにグデーリアンは溜息を吐くとこう言った。

「貴官が命じられましたのは24時間の進撃許可であります。私はそれに素直に従っただけであります」

 などと挑発的な笑みを浮かべながら言うものだからクライストは呆れてしまった。

 するため息交じりに口を開いた。

「貴官が何と言われているか知っているか?」

「えぇ」

 クライストの問いにグデーリアンが肯定すると、彼は鼻でグデーリアンのことを笑った。

「まさにブルだよ。下がることを知らない猛犬だ」

「ブルで結構」

 しかしクライストの嫌味はグデーリアンには通じなかった。

 するとついにクライストは席を立ち、こう言い残していった。

「貴官はクビだよ」

 バタンと静かになった部屋にその音だけが響いた。

 私は苦笑いしながらグデーリアンに言う。

「行ってしまわれましたが」

 するとグデーリアンはコーヒーを啜り、机の上にそれを置くと笑った。

「見たか? あの顔!!」

 楽しそうに笑うグデーリアンに私もつられて笑みを浮かべてしまう。

 だが、これは本当に大丈夫なのだろうか。

「閣下、クライスト閣下を敵に回してしまってよろしかったのですか?」

 私がそう問いかけると彼は葉巻に火をつけ、机の上に足をドカリと置いた。

 そして煙を一息吸うと吐き出した。

「マズいかもしれないな」

 グデーリアンがそう笑うと私がある提案をした。

「総統閣下に掛け合ってみましょうか? いざとなればクライスト閣下も罷免できるかもしれませんが」

 と、私が言うとグデーリアンは目を見開いて見るからに驚いた。

 だがすぐに微笑むとこういった。

「まさか、そんなわけはないだろう。君のような少女が――」

 と言いかけたところで私と目が合った。

 私はそれに微笑み返すと彼は震える声で

「まさか、出来ないよな?」と聞き返した。

 私は「さぁ」とだけ笑った。

 グデーリアンは額に手を当てるとこうつぶやいた。


「君はつくづく不思議な人間だよ……」

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