1話
「ッ……つぅ……」
私が目を覚まして起き上がろうとすると背中に激痛が走った。
それに顔をゆがめながら周りを見渡す。
「ここは……?」
あたりにあるのは見慣れない天井。
私は今まで何があったのかと思い出そうとするが、急に頭痛が走る。
「ッ……」
思わず反射的に右手で額を抑えると今度は背中が痛む。
どうやら、体は私に休めと言っているらしい。
私はあきらめるとベットで横になることにした。
恐らくはソビエト軍の軍病院か何かだろう。
私は腐っても中佐だ。おそらく捕虜か何かにされて情報を聞き出すつもりなのではないだろうかと仮説を立てた。
だとすると少し困る。
ソビエトが捕虜にどんな扱いをしたかはよく知っているのだが、女性兵に対してどんな行いをするかなど……。
いや、やめよう。
私はそう思考を振り払おうとするが、これから自分を襲うであろう出来事を考えると死にたくなってきた。
(私は元男よ……)
などと心の中でつぶやく。
すると扉がノックされた。
私は肩をビクリと震わせる。
震える声で「起きていますよ」と応えた。
相手がわからない以上、低い物腰で行くべきだろう。
「失礼するよ、フロイラン」
そう言って入ってきたのはヒトラーであった。
「なっ?!」
予想外の人物の登場に私は驚く。
なぜここにヒトラーが……?
「喜んでくれたようでうれしいよ」
彼はそう言って笑う。
「喜んではいないわよ……」
「そうかい? 私には安心しているように見えるのだが」
そういわれ私はドキリとした。
やっぱりこの男はヒトラーそのものだ。
他人の心情を的確に読み解く。
流石は民主的に政権を握った独裁者だけある。
「貴男でよかったとは思わないけど、貴男ならまぁいいか。とは思っているわよ」
そう、ソビエトの将校なり兵士が入って来るよりは随分とマシだ。
こんな状態では抵抗もできずに貪られてしまうだろうなと嗤う。
「で、ここはどこかしら?」
「おや、聡明な君でもわからないのかね?」
そうヒトラーは悪戯っぽく笑った。
彼がいるということは恐らくソビエトではないはずだ。
ではバルトニア? いや、おそらくドイツだろう。
よく見ればカレンダーに書かれている単語がドイツ語に準じている。
「……ひょっとしてベルリンあたりかしら?」
私がそう尋ねるとヒトラーは嬉しそうに笑った。
「正解だよ。ここは首都ベルリンの親衛隊病院だ」
「……冗談よね?」
「まさか」
私は背筋が凍った。
親衛隊病院というのは詳しく知らないが、絶対碌なものじゃない!
どうせ人体実験とかやっている施設だろうと確信する。
「いますぐにでも退院してもいいかしら?」
「安心したまえ、明日には退院できる」
そう彼は含み笑いをして去っていった。
ドアを閉めた彼はどうやら外で誰かと話しているようで、すぐに次の人物が顔を見せた。
「リマイナ!」
最も会いたかった人物の登場に私の声が思わず⼤きくなる。
「リューイ……」
私の顔を見たリマイナは気まずそうにそういった。
こんなにテンションンが低いリマイナを私は久々に見たので驚きつつも、私が今こうなっていることに関わっているのだろうと思った。
「リマイナ?」
私がそう問いかけるとリマイナは私に抱き着いてきた。
「ちょっと??! リマイナ! 痛いって!! 本当に!!」
私がそう叫んでもリマイナは私を抱きしめていた。
気が付けば彼女の瞳からは大粒の涙があふれだしていた。
「ごめんね、リューイ。ごめんね……」
私が困惑しているとリマイナがそう懺悔を始めた。
静かに彼女の頭をなでて、落ち着かせる。
「大丈夫よ、リマイナ。私はここにいるわ」
そういうと彼女は鼻をすすりながら顔を上げた。
思わず私は笑ってしまいそうになる。
「可愛い顔が持ったいないわよ」
私はそう囁くと彼女の顔をハンカチで拭う。
彼女には笑っていて欲しい。
それが私の願いだ。
「でも、私のせいでリューイがこんな風に……ッ!」
怒りに満ちた声。
それは恐らく、敵でもなく、私でもなく。
リマイナ自身に向けられたものだろう。
「リマイナ」
私は叱るように声をかけた。
彼女にはこんな悲しそうな顔をしていてほしくない。
「私は生きている。それだけで十分よ」
「でも! リューイを助けに行かなかったせいで私たちの国は負けちゃったのよ!」
そうして、彼女は語り始めた。
あの戦争の顛末を。
「ふふっ」
彼女が話しつくしたところで私は満足気に笑った。
第1旅団のほとんどはドイツへの脱出に成功したようだ。
本来なら武装解除してバルトニア本国に送り返されるはずが、リューイの指揮下にある部隊ということを知ったヒトラーが特例で国内に置き続けているのだという。
それどころか、武器の供給まで行ってくれているらしい。
そして、わが祖国はまだ地図上からは消えていないとも。
もちろん大規模な軍備規制を受けているものの、国体は維持している。
この程度なら――
――想定の範囲内だ。
私は事前にウルマニスにある置手紙を残してきた。
様々な戦争の終結を予測した計画書。
そして今回の国体は維持されるものの、工業地帯は割譲となる。
また、軍備は大幅縮小される。というシナリオは最も力を入れて計画していたものだ。
いくつかの差異はあるものの、ウルマニスならうまく修正して軌道に乗せるだろう。
私は戦争には敗北したが、
歴史の修正力には勝利したのだ。
リマイナと言葉を交わし日も沈んだ頃、「そろそろ帰らなくちゃ」と彼女は去っていった。
どうやら親衛隊のもう使っていない宿舎を使わせてもらっているらしく、ヴェゼモアやロレンス大尉もいるらしい。
その話を聞いたとき私は安堵するとともに、予想外の好待遇に裏を感じずにはいられなかった。
だが、その理由は翌日判明した。
私のもとにヒムラー親衛隊長官とヒトラーが訪れ、ある辞令が伝えられた。
バルトニア統合軍第1旅団はドイツ内の実戦部隊として運用することがバルトニア・ドイツ両国で決定された。
よって同部隊をバルトニア第一義勇戦車旅団としてわが軍の第19軍団に組み入れる。
と、された。
また各種兵器は最新式が配備されることとなり、戦車中隊へは新型の戦車4号戦車D型が17両、つまり中隊定数分を満たせる数が配備された。
これは一部の戦車師団よりも配備数が多い。
また、自動車化中隊にはSd.kfz.251/1という履帯とタイヤで駆動する兵員輸送車が配備される。
そして海蛇大隊なのだが、彼らに配備する車両はドイツでは持ち合わせていないため、バルトニアからライセンス生産という形で配備することとなった。
ドイツの生産能力は非常に高く、すでに大隊定数分が生産されているという。
結果としてわが旅団は4号戦車、水陸両用戦車、兵員輸送車を有する強力な旅団となった。
そして私たちは数日としないうちに前線への移動を命じられ、第19軍団のもとへと向かったのである。
そこで待ち構えていたのは名将と名高き――
――ハインツ・グデーリアンであった。




