43話
紅く燃え盛った砲身。
そこから放たれる砲弾は私の指揮する戦車を貫いた。
私は紙一重のところで外に出ることができた。
……いや、追い出された。
私は足元にいる搭乗員と運命を共にする覚悟ができていた。
死を間際にして逃げたいとは思っていなかった。
それに直面したならば私はおとなしく運命を受け入れようと。
だが、最も近くにいた部下たちがそれを許さなかったらしい。
私の軽い体は装填手と砲手によって外に投げ出された。
直後、砲弾が誘爆し砲塔が吹き飛ばされる。
私を投げ出した彼らは笑っていた。
何かを達成したという満足感に満ちた表情をしていた。
それを見て、私の中で何かが動く音がした。
腰に手をまわして拳銃を手に取る。
決して自決するためじゃない。
敵に対抗するためだ。
「終わったのか……?」
聞き覚えのある声がする。
どうやら私は敵の戦車と反対側に投げだされたらしい。
心の底から私を投げ出してくれた者たちに感謝するとともに必ず仇を取ると決心した。
「曹長、見てきたまえ」
聞きなれた声がそう命令すると一人の男が地面に降り立つ音が聞こえた。
「少佐、さすがにこれでは生きてはいないでしょう」
「いや、念のためだ」
どうやら私は見つかっていないらしい。
それもそうだろう。
爆発とほぼ同時に投げ出されたのだ。
私は泥にまみれた軍服を見て笑う。
歩兵戦をしたことはあってもこんなに泥まみれになるのは久々だな。と。
徐々に近づいてくる足音。
――戦え!――
私の中で誰かが叫んだ。
もとよりそのつもりよ。と返すと拳銃のスライドを引く。
ザッ、ザッと不用心に歩きながら戦車の周りをまわる男。
正面を確認した彼が私がいるほうを確認しようと体を出した瞬間――
私は引き金を引いた。
ダァン……
鈍い音が響き、直後に弾薬が排出される金属音。
そして男は呆然とした顔でこちらを見ていた。
「軍曹!」
聞きなれた声の絶叫。
呆然とする彼らに私は車体から身を乗り出して銃撃を加える。
だが、ろくに狙いを定めずに撃ったせいで当たらない。
直後、同軸機銃による敵の反撃。
おぉ。こわいこわい。
私はそう口角を吊り上げて笑う。
T26の搭乗員は3名。
先ほど降りてきたのが操縦手だろう。
残りは車長と砲手のみ。
私は戦う!
戦うのよ!
ここで生きる!
生きて戦い続ける!
私はそう心の中で叫び、拳銃を握りしめる。
こんなところで死んではいけない。
そう覚悟を決めた直後、背後から何かが飛んできた。
私は見慣れないそれに一瞬戸惑ったが、すぐにそれがソビエト軍で使われている手榴弾だと気が付いた。
あわててそれを遠くに投げると投げた先ですぐに爆発が起きた。
と、同時に二人の男が左右から飛び出してきた。
私は咄嗟に右側を睨み、照準をあわせ引き金を引く。
と同時に背後から銃声が響く。
その銃弾は私の無防備な背中に当たり、鈍痛が私を襲う。
朦朧とする意識の中、私はリマイナの姿を見た。
私が死ねば、彼女が悲しむだろうな。
次に思い浮かんだのがヴェゼモアやロレンス大尉。
彼らは……。
悲しみはするだろうがすぐに立ち直り軍務に戻るだろうな。
彼らは私の意思を継いでもらわなければならない。
そうよ、むしろ私がこんなところにいるのがおかしいのよ。
戦争なんて、男の仕事じゃないの……。
そんなことを考えながら、私は意識を手放した。
やった、ようやく。
ようやくこの悪魔を倒すことができた。
俺は倒れた部下たちを視界に納めながらも目の前で赤い血を流して倒れる少女を睨んでいた。
彼女を倒すために俺は人生を彼女に捧げたのだ。
こんな簡単に終わっていいのか?
気が付けば俺はこの少女に憎悪を抱いていた。
静かに目を閉じるその少女は恐らくもう立つことはないだろう。
俺の復讐劇はこうも簡単に幕を閉じるのか。
「ふざけんじゃねぇよ!」
俺は叫んだ。
銀色の髪を無様にも垂らして地面に伏せる少女に俺は叫んだ。
届くはずがないのに。
叫んでいた。
ハァハァ、と息をつく。
何をこんなに必死になってるんだ?
こんな20にも満たない少女に対して……。
俺はそんな風にあきらめにも似た感情で振り返り、自らの車両に戻る。
足取りが重い。
目標を無くしてしまった。
今後俺はどんな気持ちで軍務に励めばいいのだろうか。
戦車に乗り込んで俺は「前進」と命令を下した。
だが、動くはずもない。
それを動かすはずの操縦手は彼女に殺されてしまったのだから。
俺は溜息を吐くと操縦席に潜り込んで、無理やり押し込んだ無線機に手をかける。
「こちらミハウェル・トゥハチェンスキ少佐。各中隊報告せよ」
俺がそう問いかけるとまずエレーナが反応した。
「こちら第1中隊。波状攻撃を中止し敵に突撃を敢行。一部は撤退しましたが多くを殲滅致しました」
その言葉に俺は安堵した。
俺の大隊は多くが俺の知り合いや選抜した人員で攻勢されているが、その中でも彼女が最も付き合いがながい。
幼馴染というやつだ。
「こちら第2中隊、損害を多少受けましたが健在です」
「第3中隊、敵を撤退させました」
俺はそれに「ご苦労」と伝え、集合するように命じる。
これで将来我が国を脅かすであろう戦車部隊を壊滅させることに成功した。
集合を完了させた俺たちは付近で敵の精鋭歩兵部隊大隊と交戦していた歩兵連隊を支援すべく背後へ迂回するも、上手く連携が取れず敵に大きな被害を与える前に撤退を許してしまった。
しかし突撃してきた敵旅団を撃退したことは事実であり、敵旅団撤退を報告すると、追撃を禁じると命令が来た。
リューイ・ルーカスを殺した今、無理に追撃する理由もなく俺はおとなしくそれに従った。
しかし、彼女がどうなったのかと少し疑問に思い彼女が倒れている場所に確かめに行くと、撃破した4号戦車と血痕はあったのだが、彼女の姿はなかった。
もしかしたら生きているのではないかとも思われたが、軍医に尋ねると「この出血量ではまず生きていないだろう」と言われた。
戦いが完全に終わったのは1940年4月中旬のことであった。
戦後、ミハウェル・トゥハチェンスキ少佐は中佐へと昇格。
同時に隊内にいた多くの隊員が昇格及び受勲を果たした。
バルトニアがどうなったかというと、多くの領土を失地し工業地域も失った。
また苛烈な陸軍への軍備縮小が命じられ、歩兵師団を5個。騎兵師団を2個以内とされ、戦車部隊は禁止とされた。
しかし、空軍や海軍へとその手は伸びることはなかった。
一説によるとそこまで要求してしまうと死ぬ気でバルトニアが抵抗するだろうと恐れたヨシフ・スターリン書記長が譲歩したともされている。
これにより、儚くもリューイ・ルーカスの野望は潰えたのだ。
……本当に?
本当に君はこれで終わりだと思うの?
まさかだよね。
リューイはこんなところじゃ終わらないんだよ。
戦後、数百名のバルトニア軍人が国外へ逃亡したという。
理由は様々噂されているがその真相は定かではない。




