40話
最初の戦闘から数時間が経過し日が沈んだ頃、敵軍からの軍使が来た。
あまりに古風なやり方に私は感心し、その者を通すとある一通の手紙を手渡された。
そこには
「町の包囲を解除しろ。さすれば貴官らの安全を保証し、捕虜を返還する」
と記されていた。
なんと可笑しなことを言う。と強気に出たかったが、捕虜を取られている内はあまり煽り立てない方がいいだろう。
なにせ敵は陸戦条約に加盟していない軍隊。
捕虜など人質程度にしか考えていないはずだ。
そして古今東西このような約束が守られた例を私は聞いたことがない。
故に、私は毅然と答えよう。
「バルトニア軍人は貴官らのような卑怯者は好まない。どこで我々が譲歩することを聞いたかは知らないが、第1親衛大隊は真正面から殴り合った好敵手である。貴様らはただ後方を奇襲し、我々の戦車を鹵獲しこちらを混乱に陥らせた卑怯者に他ならない」
と答えると軍使は震えていた。
最後の脅しだろうか、
「これを拒めば10人を超える捕虜を射殺するぞ!」などと脅してきた。
「はぁ。そうですか」と私は興味なさげにこたえる。
愚か極まりない。
町で撃退されたときは随分と頭が利くようだと感心していたが勘違いだったらしい。
私はがっかりしながら無線に尋ねた。
「捕虜は?」と。
軍使は怪訝な顔をしていたが、無線からの声を聞いて目を見開いた。
「総員20名。輸送隊含め全員確保致しました。10秒後に収容所を爆破致します。ご覧ください」
その言葉を聞いて軍使は口をパクパクとさせていた。
きっかり10秒後、町の方から爆炎が上がった。
私は軍使に笑顔で
「おかえりはあちらから」
というと彼は逃げるようにして去っていった。
さて皆様問題があります。
小癪な策を弄して寡兵で勝とうとする愚かな敵はどうやってぶちのめせばいいでしょうか。
答えは簡単! 小賢しい策ではどうしようもできないくらいの圧倒的戦力で押しつぶすのです!!
え? それができれば苦労しないって?
そうでしょう、そうでしょう。
普通の部隊じゃそんなことできないですよね?
ですが私にならできるんです。
私の命令はウルマニスの命令も同等であるのです。
例えば自分よりも階級が二つ高い相手にも『お願い』をすることができるのです!
まぁ普段はそんなことしないんですけど、今回のような場合は違います。
全軍から私の活躍が期待されている今、持ちうる権力をすべて使いましょう。
一つ、後方で待機していた予備砲兵大隊10個を動員します。
この部隊は1個中隊でわずか2門しか有しておらず、1個大隊でも6門という貧弱かつ、旧式な部隊ではあります。
しかしながら、これも数の暴力で10個大隊もそろえれば60門という大火力に早変わり致します!
二つ、さらに予備として待機していた予備役で編成された歩兵中隊6個を招集します。
彼らは即応化している部隊で、なんと民間から自動車を徴発し担当戦域の中ならば2時間以内に到着する能力をもっています!
三つ、空軍さんへ『お願い』をしてその戦力の約5割をこの北部戦線に投入していただきます。
あ、決して恫喝なんてしておりません。
お願いです。
かくして精鋭ソビエト空挺部隊と10個の砲兵大隊と、6個歩兵中隊、1個海兵大隊、戦車中隊、2個自動車化歩兵中隊を有する統合軍第1旅団との戦闘が始まった。
「撃て」
私は右手を振り下ろす。
すると町を包囲していた砲兵が砲撃をはじめ、数分としないうちにチェレメキノの市街地は爆炎に包まれた。
最初の戦闘からおよそ半日が立ち、敵の防衛陣地はより強固なものになっている。
だが、そんなものは関係ない。
なにせこの町はあと半日としないうちに更地になるのだから。
ロレンス大尉が「あまりやりすぎると……」と私に忠告してきたが、そんなものはどうでもいい。
捕虜を取り返した今、あの町には敵しかいない。
どこに遠慮する意味があるだろうか。
敵のIL2や増援の輸送機隊も近づけずにいる。
「撃て! 撃て! あの醜き敵を蹂躙しなさい!!」
敵が街から這い出て反撃に出ようとするが、まずはその出鼻を砲撃で挫くと今度は戦車部隊が突撃し、最後に海蛇大隊が殲滅する。
もはやここはソビエト陸軍の墓場だ。
予備隊はこうして使わなければ。
突破されそうな戦線に少しずつ投入するのではなく。
戦略、戦術的重要点に一挙に投入し敵を嬲る。
旧式の砲では機動力が足りず、攻勢にはついていけないが、防衛や拠点攻撃には十分にその効力を発揮する。
ふふっ綺麗な花を咲かせるものだ。
「ロレンス! リマイナ! ヴェゼモア! これを見なさい!」
私は近場にいた三人に呼び掛ける。
「これが戦争よ! 私たちは死なず、安全圏から砲撃するだけで相手が消えていく戦争よ!!」
楽しくて仕方がない。
旧式の砲なのだから、残弾を気にすることなくぶっ放せる。
ひとしきり撃ち終え、町ががれきの山と化した頃には翌日の昼前になっていた。
私は海蛇大隊や予備役の歩兵中隊を引き連れ、丘を降る。
なんとかがれきの中に残っていた敵の残存兵が機関銃で攻撃してくるが、海蛇大隊の第11小隊が前進し殲滅した。
私は崩れた家々を見て愉悦に浸る。
これが圧倒的火力!
圧倒的制圧力!!
やはり砲兵こそ戦場の女神だ。
以後の戦闘は単調に推移した。
まず、周辺の予備隊をリューイが集めたため、北部方面軍が前進していた突起部の根本が脆弱になり後退を余儀なくされたが、チェレメキノを陥落させた統合軍第1旅団が到着し押し返すことに成功した。
同時にレニングラツカに対して攻撃し甚大な被害を被った北部方面軍主力は後退を開始し、戦線は攻勢開始前とほとんど変わり映えしないものとなった。
逆に中部と南部ではポーランドを攻略していた軍団が到着したことによりソビエト有利となり始め、バルトニア軍は次第に後退を重ねていた。
これを受けイギリスからの増援部隊が3個師団到着し、敵が20km前進したところで押しとどめることに成功した。
第1旅団は以前の編成に戻り、首都で損害を受けた兵の補充をするとともに、3月に予測されているソビエト軍の総反撃に備える。
かくして、リューイ達第1旅団は数か月ぶりに戦場から離れ、平穏な時を過ごすことが許されたのであった。
対して、俺たち第1親衛戦車大隊は本国での休養を完了させ、補充兵と補充戦車を受け取った後数週間の完熟訓練を行い、戦線に復帰した。
彼らの任務はバルトニア軍の前線に対して広範囲で砲撃を行い撤退するだけというもの。
目的は敵の精鋭戦車中隊を引きずりだすことだが、未だ成功していない。
もしすればここにはいないのではないかと俺は思い始めていたが、それはぐっと押しとどめる。
「ねぇ、ミハウェル。これって意味あるのかな?」
それはエレーナも同じだったようで、不満げに尋ねてくる。
それに俺は
「さぁな」とそっけなく答える。
何度砲撃しようと向こうから帰って来るのは数発の砲弾だけで、撤退しようと追撃してくることはないのだ。
どこにいるんだ、リューイ・ルーカス。
まさか、この前の空挺作戦で死んだんじゃないだろうな。
俺は少し不安になる。
この前の空挺作戦で降下した部隊が敵の戦車部隊と戦闘を行い、その後撤退させたものの、ワラワラと後方から部隊がやってきて増援を送ることもできずに殲滅されたのは記憶に新しい。
その勝ち戦のなかでリューイ・ルーカスが死んでいたとしたらなんとも間抜けな話だ。
ともかく、今前線には彼女の姿はない。
「退屈だ」
俺はそう呟きながらも職務をまっとうしていく。
 




