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3話

「こんにちはフロイライン。私はまだ総統などという職ではないのだが」

 そういって照れくさそうに笑ったヒトラーに私は率直に返した。

「いずれ貴男はなるわよ」

 表情は笑っていても彼を見つめる目線は冷えていた。

 それを見たヒトラーはなお笑った。

「君がいうならそうなんだろう」

 ヒトラーは冗談がましくそう笑った。

 彼の顔に覚えがあるのかリマイナは呆然としている。

「貴方のイデオロギー的には私は許せない存在じゃないのかしら?」

 私は笑ってヒトラーに冗談を言う。

 過去の記憶で言えば彼の政治思想は男性優位主義であり、女性は家にいるのがふさわしいという考え方だったはずだ。

「いや、寧ろその考えは強まったよ。君のような女性がいる一方、どうしようもない女性が多いことも痛感したさ」

 おどけたように笑いながら隣に座るヒトラー。

 歳の差は親と子ほど離れていると言うのにそのやり取りは同年代のように見える。

「で、そこのお嬢さんは学友かな?」

 私に向けていた視線をリマイナに向けて尋ねるヒトラー。 

 リマイナは緊張して言葉が出ず、代わりに答えてやる。

「こちらリマイナ・ルイよ。私と一緒に機甲科で勉強しているのよ」

 リマイナを紹介すると同時に列車は動き始めた。

 現在リマイナとは窓際で机を挟んで向かいに座り、ヒトラーは私の横隣に座っている。

「よ、よろしくお願いします」

 リマイナはガチガチに固まりながらこう小さく言った。 

 彼女の姿を見たヒトラーは嬉しそうに微笑んだ。

「可愛らしいなフロイライン。まさに良妻賢母と言った女性だ、私の思い描くドイツ人女性のあるべき姿そのものだ」

 ヒトラーによる無条件の賛辞にリマイナは赤面させた。

 その様子を見てヒトラーはさらに頷いた。

「私はどうなのかしら?」

 冗談めかしてヒトラーに尋ねた。

 勿論ただの冗談であるし、私自身結婚するつもりは毛頭ない。

(というより元男だしな……)

 私の問いにヒトラーも冗談で返した。

「君を妻にした日には恐らく党首の座は私から君に移ってしまうだろうさ」

 ヒトラーの返しに私は静かにコーヒーを啜りながら答える。

「なるほど、それもそうね」

 二人とも、これには大きく笑った。 

 他愛もない話もここまでにして、机をトントンと叩くとその表情は真面目なものとなった。

「さて、実務的な話をしましょうか」

 しかしここで今まで蚊帳の外にいた『可憐』な少女が口を挟んだ。

「待って、待って?」

 しかし、リマイナには思うところがあった。

「なんでリューイはヒトラーさんと普通に話してるの!? だってこの人ミュンヘン一揆の主導者でしょ? ありえない!」 

 突然声を上げたリマイナにヒトラーは驚き、私は呆れていた。

「案外早く素顔を明かしたわね……まぁ、リマイナは貴方が思うような女性ではないわよ」

 言葉を聞くとヒトラーは肩をふるふると動かした。

 怒らせてしまったかと一瞬悩んだリマイナだが、そんなことを知る由もなくヒトラーは大きく笑った。

「いやはや、そうだったのか。まぁいいだろう、若い内は元気があるほうがいい!」

 一瞬怒ったかと思ったリマイナはホッと安堵した。

「で、リューイ嬢と何故交友があるのかだったかな?」

 ひとしきり笑った後、ヒトラーはリマイナに尋ねた。

 彼の問いにリマイナは小さくうなずいた。

「それなら、リューイ嬢に直接聞くと良い、何故私に手紙を送ったのかとね」 

 そう言うと私はのほうに微笑んだ。

(また面倒なことを……)

 何度、手紙を送った時の話をさせればよいのかと。

「ミュンヘン一揆の時にこの人捕まったでしょう? その間に手紙を送ったのよ『ここで終わってはいけない』とね」

 リマイナは驚愕と言うよりもむしろ呆れた。

「いやぁ、あの時は驚いた。意気消沈していた私のところにまだ10歳にも満たない少女から激励の手紙が来たのだよ。あの時から私の闘争は始まったのだな」

 ヒトラーはしみじみと語る。

 だがリマイナは気が付いていた。

 そもそも、10歳未満の時に字の書き方を覚え尚且つドイツ語すら習得していたなど、規格外にもほどがあるのだ。

 軍学校の一年次に他国の言語を習得するがそれまでは自国言語しか学ばないのだ。

「これでいいかしら?」

 微笑んでリマイナに尋ねる。

 リマイナは「う、うん」と曖昧な返事を返す事しかできなかった。

「そういう事だフロイライン。まぁ私もリューイ嬢についてはあまり知らないのだがね」

 苦笑いを交えてヒトラーは笑った。 

 そんな彼を見てため息をつきながら口を開いた。

「なんで私に興味を抱くのかしらね……」

 教官にも目を付けられ、ヒトラーにも目を付けられている。

「私以外にもいるのかね?」

 ヒトラーは興味深そうに尋ねた。

 私は天井を見上げて記憶をたどって答える。

「色々いるわよ……」

 そう茶を濁した。

 数えればきりがない。

 歴代最年少で軍学校に入学し、同じく主席で一年次を終えれば目を付けられるというものだ。

「まぁいいだろう。それで今回は何の用かな?」

 ヒトラーは私が苦労していることを察し、話題を変えた。 

 内心感謝しつつ、ヒトラーの問いに答える。

「貴方の突撃隊と国防軍を視察したいわね」

 小さく、されど鋭く冗談を言うように言った。 

 突撃隊――

 それは、ヒトラーが所属する政党がもつ私兵団である。

 規模は数万に登り、今やドイツ国軍を凌ぐ規模を有している。

「ふむ、突撃隊は構わないが……国防軍か」

 ヒトラーは少し悩むそぶりを見せる。

 彼の私兵である突撃隊は自由にできるだろうが、国軍となると話は別だ。

 暫し悩んだ後、彼はこう返した。

「突撃隊は選抜部隊でいいかな?」

「勿論」と返す。

「で、国防軍だったかね? まぁ議員権限でどうにかしてみよう。軍内部にも支持者はいるから何かは見ることが出来るだろう」

 ヒトラーは少し悩んだ後にこういった。

(まぁこの時期の国防軍は秘匿されているから難しいかもしれないけどね)

 史実でこの時期は条約などの制限下において必死に軍備を整えていたあたりだ。 

「そう、ありがとう」

 私が笑顔で返すと、ヒトラーはフッと笑った。

「君は政治も軍事もできる。いったい何が出来ないんだね?」

 ヒトラーの問いに誤魔化すような笑顔で返すだけだった。

 自分に出来ない物、それは何なのだろう。

 私自身もそう自問自答していた。

 まぁ、いいかと思いさらに口を開く。

「で、リューイ嬢はいつ政治の舞台へ舞い出るつもりだい?」

 ヒトラーはこの上ない笑みで尋ねる。

 リマイナはえらくそれが不気味に見えた。

「貴方のような男性至上主義者がいる以上いつかは出ないといけないわね」

 ヒトラーに対して冗談で返す。

 ただ彼は苦笑いしたままだった。

「冗談よ、そもそも私は国家を支える飼い犬であるもの。飼い主にはなれないわ」

 私の言葉を聞くとヒトラーは満足げに笑った。 

「やはり君は面白い! 聡明だ、利口だ、何より美しい! 女性の模範であるな!」

「貴方の政治イデオロギーといま言っていることは真逆だと思うのだけれど」

 この男が求めているのはしおらしい女性像なのだ。

「それもそうだが、馬鹿な女でもよくない! 家に帰った時にいるのは賢く気が利く女性が良いのだよ! その点において君は素晴らしい! ただ、アクティブすぎるがね」

 ヒトラーに圧倒されていた。

 私の知っている前世のヒトラーとは違いすぎるのだ。

 全く同名の人物ではあるが性格に違いがあり過ぎる。

 やはり些細な違いはあるのだろうか。

それとも――

 ――誤った歴史を知っているのだろうか?

「どうしたんだい?」

 思考の沼にはまっていると不意にヒトラーが声をかけて来た。

「いえ、何でもないわ」

 私は必死の作り笑いで返した。

 私が知っている歴史は表面上の物。

 それとも、意外と歴史の差異が大きいのだろうか。

 抱える疑問を必死に隠す。そんな笑顔だった。

  


「ではまた明日」

 ベルリンまで列車を共にした彼らは首都中央部にある駅で別れた。

 ヒトラーにもその日の事務がある。

「リューイってすごいね!」

 ヒトラーの背中を見送りながらリマイナは興奮気味にこう言った。 

 ただ単純に傍にいた年上の男性と対等に話していただけなのだがリマイナには異質な光景だったのだろう。

「さて、行くわよ」

 リマイナにそう告げるとベルリンの街に繰り出した。

 街行く人々はみな一様に暗い表情をし、浮浪者も大勢いる。

「リマイナ、気を付けなさい」

 浮浪者というのは危ないものである。

 特に世間を知らなそうなリマイナは特に狙われそうだ。

「大丈夫だって!」

 リマイナは忠告をそう言って振り払うとホテルに向かって行った。

 半ば呆れながらも「仕方ないわね」と呟くとリマイナについていった。


予想外のペースでブクマがふえてて感激してます。

皆さん読んでくださって本当にありがとうございます。

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