番外編 入隊前のこと
その少女は貴族のもとに生まれた。
金色の美しい髪と美しい青色の瞳を持っていた。
青い瞳は彼女の一族の遺伝であり、彼らにとっては誇りでもあった。
そして彼女は優秀な頭脳も有していた。
次第に親族は彼女に大きな期待を抱くようになった。
彼女はそれにすべて応えた。
しかしある時彼女に弟が生まれた。
最初彼女はそれを喜んだが、次第に彼を疎ましく思うようにもなっていった。
理由はただ一つ。
親の寵愛を一身に受けていた少女だったが、弟が生まれると彼をこそ世継ぎにと、両親は彼女に見向きもしなくなった。
そんな彼女を支えたのはロフィーネという一人のメイドだった。
「お嬢様、お夕食をお持ち致しました」
そういって部屋に入ってきたのは私にとって二人目の母ともいえるような女の人。
ううん、本当のお母様より母らしいかもしれない。
「ありがとう」
私は軽く礼を言うと本をパタリと閉じた。
「何をお読みになられていたのですか?」
母は私にそう聞いていた。
微笑んで「聖書を読んでたの」と答える。
すると母は嬉しそうに笑って「お嬢様は賢いですね」と言った。
「そんなことないわよ」と私は笑って返す。
私なんかよりもこの母のほうがよっぽど賢く生きていると思う。
景気の悪い昨今、経済的には安定している私の家に仕えて職を安定させる。
本当に合理的だと思う。
「では私は失礼いたします」
母がそういって私の部屋を出ていこうとする。
私はそれを呼び止めようとした。
一緒に食事を摂りたい、と。
でもそれは母にとって迷惑だと悟った。
私と彼女はメイドと令嬢。
彼女が私にとっての母替わりであろうと、彼女との身分の差は埋められない。
そして私は彼女を引き留めることができずに、彼女は私の部屋から去って行ってしまった。
取り残された私は彼女が置いていった食事に手を付けて一言つぶやいた。
「つめたい」
ある日、少女は庭を散策していた。
両親はいま、弟を連れて社交会へと出向いており、私は気兼ねなく外で遊ぶことができた。
久々の解放感に満ちた時だった。
花壇に目を向けると色とりどりに飾られた花々。
夜光虫は水面で自らの存在感をアピールする。
まるで私とは違う。
花々も見た目は私のように彩られているが、根もとまで見ればそれは全く別な姿がる。
私のように芯がなく、花が摘ままれれば何も残らない存在ではない。
私もこんな風になれるかな?
今身に纏っている美しい衣装を捨て去って、私という個人になったとき、なにか残っているだろうか。
その時私はふと思いついた。
「お嬢様、そろそろ中にはいりませんと、体調を崩されますよ」
私が母替わりのメイドが私に声をかけてきた。
「ねぇ! ロフィーネ!」
私が彼女に振り向いてそう叫んだ。
彼女はそれに呆れるように笑って「何でしょうか」と聞き返してくる。
「私、ここから出る! ここから出て一般人として暮らす!」
私の宣言はロフィーネの驚愕の声と共に夜の闇へと消えていった。
深夜、もうすこしで眠ろうと思っているとドアが開く音がした。
「誰?」
私は恐怖と共に、そう暗闇に尋ねた。
「私でございます」
帰ってきた声はロフィーネのものだった。
私は安心と共に当然困惑した。
なんでこんな時間に?
「どうしたの?」
私はベッドから起き上がると彼女にそう尋ねた。
彼女は私が眠ろうとするベッドに腰かけた。
いつものことならありえない行為に私は驚いた。
「お願いがあるのですが」
「なに?」
それでも普段と変わらないロフィーネの口調に私は安心した。
「お嬢様。軍に入って私の娘を助けてやってはくれませんか?」
意外な提案だった。
でも私はそれをすんなり受け入れることができた。
彼女のお願いだったからだろうか、それとも何か運命的なものを感じたからか。
それとも、ただの気まぐれかな。
なんにせよ、私はロフィーネの一言で軍に入ることを決めた。




