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31話

 時は1937年。

 とある少女が予言した大戦まであと2年を切った。

 半信半疑であった私もドイツの拡張政策と他国の動きをみるとそれは眉唾な話でもないと本気で思い始めている。

 彼女は今、驚くべき手腕でいくつもの戦いを潜り抜け、果てには旅団を指揮している。

 旅団といっても戦闘団規模のとても小規模なものだが、齢18にしてそれを指揮するとは異例にもほどがある。

 だが、彼女の手腕が優れているのも事実なので、安心して兵を預けることができる。

 彼女はこの亡国に光を照らす英雄となるだろう。


(カールリス・ウルマニス著『ウルマニス回想録』より引用)



 現在の我が国の軍事体制を簡単に説明したいと思う。

 現在バルトニアは大まかに分けて3つの軍を保有している。

 海軍、陸軍、そして統合軍。

 海軍は巡洋艦1隻に駆逐艦10隻を基幹とし、数隻の潜水艦と小型艦艇で構成される。

 陸軍については13個歩兵師団と3個騎兵師団で編成され、それぞれ旧エストニアに展開する部隊を北部方面軍、旧ラトビアに展開するのを中央軍、そして旧リトアニアが南部軍と区分している。

 そして最後の統合軍がリューイ・ルーカス指揮下にある統合第1旅団のみとなっている。

 東にはソビエト、南にはポーランド、西にはドイツを抱える国としてはいささか貧弱かとも思えるが、これが我が国の限界なのだ。

 これ以上の兵力増強は国内の生産効率低下を招く。

 そう思っていたのだが、意外とそうでもないようだ。

 というのも、現在我が陸軍を構成する部隊の約7割がラトビア出身者なのだ。

 ラトビア単体で見ればこれ以上の動員をする余力は残されていないが、その他地域では未だに動員する余力があるということが判明した。

 結果、陸軍は3個師団。海軍は巡洋艦2隻の新造が決定された。

 そして、統合軍は新たにリトアニア・エストニアの両地域出身者で構成される中隊二つ編成をすることが許可され、兵科は自動車化部隊とされた。

 現在我々はその準備のために奔走している。

 結果として、士官は既存のラトビア出身者を割り振るとして、兵をリトアニアとエストニア人で賄うこととなった。


 1937年7月某日。

 基本教練を終えた新兵が着任した。

 自動車の輸送兵は免許を持っているものを中心に募集したため特別な訓練は必要ないが、歩兵戦闘訓練は全く行われていない。

 なので、ロレンス大尉を中心に教育教官中隊を編成し、下士官を中心にその教育任務にあたらせている。

 しかし併合から2年たっているとはいえラトビア語は浸透しきっておらず、多少の言語の齟齬が確認された。

 結果エストニア、リトアニア、ラトビアの各言語を習得しているリマイナ等の高学歴な者たちによるラトビア語の講習会が行われている。

 旅団長ともなると補給などの事務作業も統括採決だけになり随分と楽なのだが、責任が付きまとって毎日気が気でない。

「中佐殿」

 私が執務室で書類仕事を行っていると旅団参謀が声をかけてきた。

「何かしら?」

 彼も彼で随分と優秀なのだがヴェゼモアに比べるとやや見劣りする。

 いつか旅団参謀に引き上げようかしら、などと考えているとその参謀は一枚の紙を差し出してきた。

 何だろうかと訝しみながら受け取ると、極東で戦争がはじまりそうなどという至極どうでもよい報告書で私はそれを机の上にすぐさま置いた。

「これがどうしたのかしら?」

「いえ、ウルマニス閣下よりこれを中佐殿に渡してほしいと命令がありましたので」

 なるほど。

 彼なりの気遣いということだろうか。

 彼には極東の日本国に多少の縁があるとは伝えている。

 恐らくそれを知って私にこれを伝えてきたのだろう。

「閣下に気遣いありがたき幸せ、と伝えて」

 彼に伝えると参謀はすぐに執務室を出ていった。

(それにしても極東は歴史通りね)

 極東に関しては私が知りえる知識すべてその通りに進行している。

 逆にそれがあまりにも不気味であった。


 現在訓練の第1段階が佳境を迎えている。

 防衛訓練。軍の基本的な任務は防衛である。

 過去の歴史から侵攻することが主目標だと思われていることが多い軍隊だが、攻める者がいれば当然守る者がいる。

 攻勢をかけ続けたとしても防衛しなければならない局面は訪れる。

 故に、軍隊は攻撃能力よりもまず、防衛能力が重要視される。

 その為第1段階の訓練では塹壕構築から始まり、あらゆる状況に適した陣地構築訓練が行われる。

 そして中盤で機動防御などの実戦的訓練を行い、最後には失地奪還した後の迅速な陣地構築と敵部隊への警戒訓練が行われる。

 現在はその真っ最中である。

 訓練兵はまず、自国の戦術的重要地点の丘陵を占領した敵歩兵部隊を撃滅した後に速やかに陣地を構築し、反撃しに来る敵戦車部隊をはじき返す。

 敵部隊役をそれぞれ海蛇大隊の第2中隊と戦車中隊の第2小隊、第3小隊が行う。

 


 私はフィリップ。イギリス系のエストニア人だ。

 およそ2年程前にわが祖国はある隣国と戦争し、敗北した。

 結果、文化的にも似ていたエストニア、リトアニアの三国はラトビアに併合され、バルトニア連邦と名前を改称した。

 2年前まで軍人でソビエトの国境警備を行っていたがそれを機に私は職を失った。

 何とか再就職しようと奮闘したが、奴隷のような工場勤務しか採用してくれそうになく、私は泣く泣く親戚の農園を手伝い食い扶持を稼いでいた。

 しかしある時、エストニア人で構成される中隊がバルトニアで編成されると聞き、私はそれになりふり構わず志願した。

 エストニアで軍歴を持つ私にとって基本教練は非常に楽なものであった。

 そして舐めきっていたのだ。バルトニア陸軍を。


「非常呼集! 非常呼集!」

 部隊に配属されたばかりの私たちには、まず塹壕を構築する訓練が行われた。

 これもその一つで、最初は日中の定められた時間から行っていたのだが、今となってはこのような非常呼集を皮切りに行われる。

 すぐさま戦闘服を身に着け、銃を持ち指揮所前で小隊事に整列を行う。

 前では歴戦の兵といった感じの出で立ちの教官が時計を睨みつけている。

 全員が集まったかという頃合いで教官は「点呼」と短く言う。

 各小隊がそれぞれ全員そろっていることを報告すると、すぐに教官は次の命令を出した。

「西より敵が接近中。接敵時間は残り1時間である。奴らがこのまま進めば首都は容易く陥落するであろう。よってわが隊はここで足止めを行う。各小隊、陣地構築かかれ」

 もはやこれは演習であった。

 まさか敵部隊が現れることはないだろうがそれなりの緊張感をもって臨まねばならないだろう。

 事前の防衛計画など一切ない状態での陣地構築。

 各中隊長が必死に構築を命じ続ける。

「土嚢はどうしたんだ、土嚢は!」

 全員が一心不乱に塹壕を掘っているのを見て教官が怒鳴る。

 別に塹壕を掘れとは言われていない。

 陣地を構築しろとしか命令されていなかったのだ。

 だが、ここで慌てて土嚢を設置するようではいけない。

 数は限られているのだから適切な場所に配置する必要がある。

 特に機関銃周りはそうだ。

 横一列に延びる塹壕に機関銃座は突起部とともに設けられる。

 敵へ最大の火力を提供することができるが、同時に敵からの集中砲火を喰らうことになる。

 その為に各所を土嚢や木材で固定するのだ。

「敵部隊接近!」

 事前に出していた前哨からの通信を聞いた通信兵が叫ぶ。

 一気に緊張感に包まれる。

 現在は深夜2時。

 一寸先は闇なのだ。

 そもそも銃弾を受け取ってすらおらず、手元にある銃は形だけで銃弾は入っていない。

「各小隊に空包を配布する! 代表者は司令部へ!」

 教官が駆け寄ってきて叫ぶ。

 それを聞いた小隊長は「任せた」と私の肩を叩いて塹壕から出ていった。

 次の瞬間、遠くから響く銃声。

 実弾とは少し違い、おそらく空包だろうと察した。 

 前哨と接近してきた仮想敵が接敵したのだろう。

 今までの軍歴で何度か演習に参加してきたが、これほどまでに激しい銃撃音を聞いたことがない。

 これがたった1個中隊でたたき出されるというのだから驚きだ。

「中隊! 射撃用意!」

 小隊長から空包を受け取った我々は手早く銃弾を装填すると小銃を構える。

「第3小隊! 構え!」

 我らが小隊長殿が叫ぶ。

 その顔は泥で汚れており、いくら小隊長であろうと我々と共に作業していることに親近感を覚えずにいられない。

 闇のを切り裂く一筋の光が我々を照らし出した。

 その瞬間、私は自らの目を疑った。

 光の奥に目を凝らすとそこには戦車があった。

 ドイツから購入した1号戦車が我々を今蹂躙せんと接近してくる。

「中隊砲撃ち方用意!」

 塹壕の数メートル後方で待機していた砲兵があわただしくなる。

 戦車の接近など想定していなかった。

 教官が意図せず伝えなかったのだろうが、教官のほうを見ると顔がすこし強張っている。

「撃てェ!」

 砲兵指揮官がそう叫ぶと空包が発射された。

 その後の記憶はあまりない。

 ただ一心不乱に銃を乱射していたことを覚えている。

 演習終了を告げるサイレンが鳴った瞬間、私はとてつもない達成感と疲労感に襲われた。

 本当に私はこんな部隊でやっていけるのだろうか――


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