29話
ドカンドカンと降り注ぐ砲弾の雨。
ババババと指向される銃弾の嵐。
それに倒れ行く部下たち。
飛び散る鮮血。
私は何もすることができずにただひたすらに茫然としていた。
どうしてこうなった。
命令に従った。
それなのにこうなってしまった。
見慣れた一人の少女が私と同じように戦場で立ち尽くしているのを見つけた。
彼女は何かをこちらに向かって言っている。
何を言っているの?
私に聞こえるように言って。
そうすがる思いで彼女に近づいていく。
ズル、ズルと自分の使い物にならなくなった右足を引きずって。
何とか彼女の前まで来てもなお、声は聞こえなかった。
ただボソボソと何かを言っているのは聞こえた。
「何を、言っているの?」
私はおそるおそる少女に尋ねると彼女は押し黙った。
何を思ったか私は耳を彼女の口元に近づける。
次の瞬間、少女は叫んだ。
「「オマエノ、セイダ」」
いくつかの声が重なっていた。
バッと跳ね起きるとそこには何もいなかった。
悪夢、そういわれるものだろう。
戦場で何度か見たが、わが祖国バルトニアに帰ってきてからはより一層ひどくなった気がする。
恐らく、あの地に置いてきた同胞が私を呪っているのだろう。
それも仕方がない。
今の私の手はこんなにも血濡れてしまっている。
「リューイ大隊長殿、御来客です」
またか、友人の来訪だというのに私の心は酷く重たい。
いや、友人だからこそだろう。
ウルマニスや軍の高級将校ならばいくらでも会うだろう。
そして恨み言の一つ二つをつぶやいて彼らの気を重くしてやればいい。
だが、士官学校からの友人となると話は別だ。
「誰だ?」
わかっていても一応は聞いておきたくなる。
「ハッ、リマイナ中尉とヴェゼモア大尉であります」
落胆のため息とともに私は兵に「おかえり願いなさい」と伝える。
今の私は海軍軍人だ。
陸軍軍人と仲良くするいわれはない。
私の言葉を聞いた兵は足早に去っていった。
安堵のため息とともに、いつかは会わねばと思うと気が重い。
彼女たちの前では気丈にふるまっていた私がこんなにも衰弱している姿を見せたくない。
確かに、戦車中隊を壊滅させたときは責任も感じたし、申し訳なくもあった。
だが今回は違う。
私は何度も銃剣で敵兵を刺突したり、射殺したのだ。
仕方がないこととはいえ、こんな血で汚れた手でリマイナに触れてもよいのだろうかと躊躇する。
私のそんな葛藤を無視するかのようにある人物が私のもとへとやってきた。
「閣下……」
久々に見たその顔に私は懐かしさを感じた。
カールリス・ウルマニス。
わが祖国の大統領であり、私が信頼を置く人物の一人。
「君がそのように元気がないのは珍しいな」
無遠慮に彼は近づいてくる。
私の心を無視して。
彼は私が腰かけるベットの端に腰を下ろして中空を見つめていた。
「何用ですか」
私は冷たくそう言い放つ。
できれば早く去ってほしい。
私を一人にしてほしい。
そう願っていた。
「34、だったか」
彼の言葉に私は拳を握りしめた。
34。それが私が失った部下の数。
短い時間であったが濃厚な時間だった。
一人一人の訓練中の顔をよく覚えている。
名前は知らずとも、銃の腕前はすべて把握している。
「情けなく思います」
私は取り繕った言葉を投げるだけだ。
「何をだ?」
「は?」
突然投げかけられた問いに私は硬直した。
「何を情けなく思うのだ?」
「それは……」
自分の無力さだ。
そう答えようとした。
だが、それでは間違っているとウルマニスが目で言っている。
何が正しいのか。
「君は私と誓ったじゃないか。この国を護ると、この国を発展させると」
10年前の誓い。
私とウルマニスが初めて出会った酒場でのできごと。
酔ったウルマニスと、まだ親と生活していた私が初めて出会った場所。
そこで私はこういった。
「この国を護る」と。
「君はその責を全うしなければならない。これからもっと大きな戦争が起きるのだよ。君にはそれに参加する義務がある」
彼はそれを言い終えると、立ち上がった。
そして何も言わずに去っていく。
私を元気づけたかったのだろう。
恐らく、彼から見れば私はただの友好的な関係にある駒の一つに過ぎない。
だがそれでも、
「私は番犬よ。ここでくじけてはいられないの」
自らの本分を思い出しつぶやいた。
海蛇大隊には現在休養を与えている。
およそ一か月。
その間に補充兵の訓練や武装の整備が行われる。
私もできることをしよう。
まずは不足している装甲と火力。
現在の大隊は機関銃は充実しているものの、砲火力は皆無だ。
「34人、その死は無駄にしないわ」
私はそう呟くと、素早く軍服に着替え大隊執務室へと向かった。
やるべきことはいくつもある。
だが、この部隊は将来的に重要なものになる。
そして、これを機に前世から考えていた夢物語を実現させようと心に決めた。
「この手紙を陸軍大臣へ。こちらを海軍大臣へ」
私は二枚の手紙を郵便員に渡す。
彼はうなずくと執務室から去っていく。
内容は至極単純。
陸海合同部隊創成提案。
戦車中隊は自動車化部隊が壊滅したことにより随伴歩兵を欲している。
海蛇大隊は装甲と火力を欲している。
ならば組み合わせればいいではないか。
多分、難しいことだろう。
だが、難しいからってあきらめていいわけではない。
歴史的になかったわけではない。
やれる。そう覚悟を決めた。
もちろん交渉は難航した。
そもそも総指揮権はどこにあるのか。
兵員の補充はどちらが行うのか。
だが、どちらにも属しどちらにも属さないことによりこの部隊の真価は発揮される。
陸軍に属せば、海上輸送能力が低下する。
海軍に属せば、武器弾薬の補充が難しい。
どちらにもつかず、どちらにもつくことによりこれを両立させるのだ。
時には陸軍の将校と朝まで怒鳴りあい、
時には海軍の将校と夕が暮れるまで言葉を交えた。
議論は平行線に思えたが、徐々に理解を獲得していくことに成功した。
「大隊長殿、あまり無理はされずに」
私を気遣ってロレンス大尉がコーヒーを淹れてくれた。
ありがとう、と私が微笑んでコーヒーを受け取ると大尉はことさら嬉しそうにしていた。
「どうしたのかしら?」
「いえ、久しぶりに少佐が笑顔でしたので」
そうね、と私は自嘲する。
コーヒーをコトと置くと私はロレンス大尉を見つめた。
「大尉」
「なんでしょうか」
「以後の大隊指揮を貴方に任せるわ」
私はそう伝えると大尉は驚いた顔をしていた。
だが、それ以上深くは尋ね無かった。
「謹んで、お受けいたします」
「えぇ」
短く言葉を交わすだけだった。
1937年、5月。
極秘裏にその部隊結成式は行われた。
数か月に渡る会議の結果がようやく表れた。
まず最初に私の転属式が行われた。
転属先は――。
統合軍。
陸軍でも、海軍でもない。
陸海統合部隊を運用するためだけに新設された軍。
最高司令官にはウルマニスが就任。
実質的に彼の直轄部隊となる。
そして第1戦車中隊と第1海兵大隊(海蛇大隊)の配属式。
各部隊旗を各軍の司令に返還し、ウルマニス自らがそれぞれの部隊に部隊旗を授与する。
海蛇大隊には深紅で染め上げられた旗の中央に蜷局を巻いた青蛇が彩られ、
戦車中隊には緑で染め上げ、縁は金で装飾し中央には髑髏が描かれた旗。
風でそれぞれの旗がはためく中、私はその中央に立っていた。
もちろんこの統合部隊の運用指揮官は私。
リューイ・ルーカス統合軍中佐。
何があったのか中佐に任じられた。
そして、式典は最終局面を迎える。
命名式。
私がマイクの前に立って宣言することとなっている。
「第1戦車中隊、第1海兵大隊を統合したこの部隊は以後『統合第1旅団』と命名する!」
こうしてバルトニア連邦は第二次世界大戦への歩みを順調に進めていくのだった。




