27話
「走れ! 走るのよ!」
私はそう叫びながら山に向かって必死に走る。
不思議と弾は当たらない。
山のふもとは森であり、そこまでたどり着けば何とか敵の弾を凌ぐことができる。
だがそれまではまっさらな平地。
多少の岩がある程度だ。
「ぐあっ?!」
突然、叫び声が聞こえた。
驚いて振り返ると足を抱えてうずくまる兵。
よく見れば地面に血が飛び散っている。
「歩けるかしら?!」
私がしゃがんで声をかける。
すると付近に銃弾が落ち始めた。
「大隊長……行ってください。貴女をここで失うわけには……」
彼は呻くような声でそう言う。
周りを見渡せば何人かのうずくまる兵たち。
彼らも眼前の兵のように被弾し、動けなくなってしまったのだろう。
「……すぐに衛生兵を呼ぶわ。待ってなさい」
私はそう声をかけ、森のほうに向かう。
最期、彼は渾身の力を振り絞って叫んだ。
「バルトニア万歳! リューイ大隊長殿万歳!」
そうして、彼の言葉は尽きた。
なに、慣れたことだ。
そう、慣れた……。
いや、慣れても慣れない。
許せない。
敵兵が。
戦争が。
「……私が終わらせる」
そう呟くと森に向かって走る速度を一層高めた。
森にとりつくと多くの兵が木の影に隠れ身を潜めていた。
「損害は?」
近くに選抜隊の小隊長がいたので声をかけると首を振る。
「私も把握できておりませんが10名以上は……」
「……わかったわ。すぐに前進するわよ。彼らの為にも、自分たちの為にも」
「ハッ」
私は木の陰から前をうかがう。
銃声はいまだ響いているものの、どうやらこちらに指向されているわけではないようで弾は一切飛んでこない。
「前進、木の陰に隠れながらゆっくり進むのよ」
私がそう命じると選抜隊はゆっくりと前進を開始した。
目論見ではここを少し上ったところに一つ目の銃座があると思うのだが、どうだろうか。
「私に続きなさい」
私はそう命じると進み始める。
その一歩後ろに兵たちが横に並んで進んでいく。
少しずつ近づく銃声。
斜面を登っていくと少し先に、森が途切れているのが見えた。
「戦闘用意」
私はそう呟きつつ、右手の小銃を高く掲げる。
緊張感に周囲が包まれる。
進んでいくとそこは藪で、ガサガサと音を立てながら私たちは慎重に進む。
気のせいだろうか、先ほどから少し銃声が少なくなっている気がする。
思い切って藪を抜けると耳をつんざくような轟音があたりに響いた。
驚きのあまり顔を手で覆うと、何発かの銃弾が左手の指先をかすめた。
だが奇跡的にも一発も致命傷となる弾はなく、私に反撃する機会を与えた。
すかさず銃を構え私に向かって射撃してきたうちの一人を撃ち殺す。
それと同時に背後から選抜隊の兵が飛び出し、射撃を加えた。
「少佐殿! 大丈夫ですか!」
慌てて駆け寄る兵士たち。
それを左手で制すると「大丈夫よ」という。
「しかし、少佐殿。血が……」
「何人も負傷した兵たちを置いてきたじゃないの。この程度じゃ立ち止まれないわよ」
そうだ、無謀な突撃をして兵を数名殺してしまったのは私だ。
だから、指から血が出た程度では立ち止まれないのだ。
ふと周りを見渡すといくつもの土嚢が放置されており、陣地を構築しようとしていたことがわかる。
つまり敵は完全な陣地構築を完了させていない。
これは攻めるいい機会だ。
「すぐに前進して山頂を取るわよ」
そう命じると私はまた進む。
止まることは許されないのだ。
今この間も多くの兵が撃たれ、苦しみ死んでいるに違いない。
早くこの戦闘に終止符を打たねばならない。
1530。
戦闘は膠着状態が続いていた。
78連隊は決定打を打てずに延々と丘に向かい砲撃していた。
「海蛇大隊はどうかね?」
連隊長のアレッシオは連隊付き参謀にそう尋ねた。
「現在選抜部隊による浸透強襲を行っているようです」
「連絡はとれているのか?」
「いえ、断絶しているようです」
連絡が断絶した切込み部隊……
普通ならば全滅したと考えるのが普通だ。
しかし彼は次の瞬間自らの耳を疑った。
「選抜部隊指揮官はリューイ少佐のようです」
「今、なんといった?」
「リューイ大隊長自らが選抜部隊を指揮しているようです」
その言葉を聞いた瞬間、アレッシオは猛烈なめまいに襲われた。
大隊長が選抜部隊を率いて切込みをかけるなど聞いたことがない。
彼女は気でも狂ったのかという不安と、彼女の母国で『英雄』と呼ばれている所以を垣間見た。
「……海蛇大隊に伝令を出せ」
「なんと?」
「武運を祈る。と」
「わかりました」
そういうと参謀はすぐにアレッシオのもとを離れていった。
残されたアレッシオは山を見つめて一人つぶやいた。
「頼むぞ……」
と。
周辺の捜索を行うと砲撃によって破壊された機銃陣地が発見された。
どうやら先ほど接敵した部隊はここの残党のようで、別の陣地を構築している最中だったようだ。
「何かあるかもしれないわ、探しなさい」
休憩を取らせるとともに陣地跡の捜索を命令する。
見事に砲撃によってえぐられているが、土嚢などは一部残っており、なにか重要書類が焼けずに残っている可能性もある。
「大隊長どの!」
そう思った矢先に一人の兵士が声を上げた。
どうしたの? と声を掛けながら近寄ると地面に空いた穴。
いや、地下通路があった。
「……罠、かしら?」
警戒する。
この先にキルゾーンがないとも限らない。
地雷があるかもしれない。
しかしその不安もすぐにかき消された。
地面を掘り起こしていた別の隊員が木箱を発見した。
警戒しながらもそれを開けるといくつかの重要書類の束。
ペラペラとめくるとそこには陣地構築図と地下通路配置図。
そして現在地点と通路を照らし合わせる。
「……司令部に直結しているわね」
そう、全ての陣地が司令部に直結している。
横目で通路を睨む。
この先、何が待っているのか。
私にはわからない。
だが
「行くしかないわね」
「オォッ!」
喊声を上げる兵たち。
一体何がそんなに楽しいのだろうか。
だが、思わず私の口角も吊り上がる。
これが、これが戦争か。
己の智と体と心をもってぶつかり合う。
これが戦争だ。
「諸君! 死を恐れるな! しかし生きて帰れ!」
これが休憩終了の合図であり、突撃の合図であった。
私を先頭にして、選抜部隊全員は地下通路に駆け込んだ。
いつもより足が軽い。
疲れなど忘れている。
いくつかの曲がり角と交差点が我々の前に現れる。
そのすべてにおいて時に慎重に、時に大胆に侵攻し、眼前に現れる敵を駆逐する。
そして最後、行き止まりに突き当たった。
目の前には梯子。
恐らくここが司令部である。
上からは何やら話し声が聞こえてくる。
ゴクリと息をのみ、私は叫んだ。
「突撃!」
私の声とともにダッと駆け込む40余の兵士。
私もそれに伴い梯子を上る。
ダンダンと響き渡るいくつもの銃声とうめき声。
「……慣れたものね」
私が射撃するまでもなく、敵の司令部の一部を制圧した。
「10名を残して周辺を捜索、制圧を完全なものとしなさい」
そう言うと2人の軍曹が15名程度の班を二つ編成し周辺の警戒に向かった。
私は残った10名と共にこの部屋を探索する。
するといくつもの防衛計画書が発見され、より詳細な現地の防衛状況が判明することとなった。
事後の戦闘は、司令部を喪失した共和派は円滑な防衛指揮を執ることができず、各部隊が勝手に機動したことにより戦線に間隙が発生、それを78連隊が見逃さず、第2大隊が浸透。
先に突入していた海蛇大隊選抜部隊と合流したことにより、防衛線が崩壊した。
以後、各部隊突撃の命令が下され、海蛇大隊及び78連隊の各隊が攻撃を開始。
その日のうちに戦闘は終結することとなった。
「……終わったわね」
私は司令部跡のトーチカの上に座って空を眺めていた。
多くの部下を亡くした。
選抜隊員も50名いたのが最後には43名になり、本隊でも30名ほどの負傷者と17名の戦死者が発生した。
これにより大隊の戦死者数が32名に上った。
少なくはない。
そして、私はその全員の名前を言えないもどかしさに震えていた。
(私の責任で死なせたのに、名も言えない私を恨んで……)
リューイ・ルーカスは一人胸中で叫んでいた。




