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22話

 オリンピック終了を目前に控え、海蛇大隊では荷作りが進められていた。

 というのも、オリンピックの終了に伴い利用客の減少が見込まれるため、警備部隊を大隊から中隊に縮小する。というのが名目だ。

 しかしまぁ、そんなはずもなく。

 弾薬庫は弾薬箱で壁ができ、ドイツ軍からトラックによる輸送部隊も派遣されてきた。

 また、ドレスデン空港には通常の旅客機のほかに軍が徴用した輸送機が十数機駐機している。

 我々は空港警備任務が解かれ次第、ドイツからスペインに派遣される先遣隊となるらしい。

 

1936年8月20日。

 ベルリンオリンピックが終了してから四日後のことである。

 前日に空港職員がサプライズで実施してくれたパーティーで別れを告げた我々は、朝から輸送機に乗り込み、スペインへと出発した。

 同時に各地の空軍基地から発進した戦闘機が護衛として加わり、最初はスペインの植民地、北アフリカに到着した。

 現地の敵対兵力は非常に微弱であり、本国に行くよりも危険度が低いと目されたためである。

 スペイン本国ではすでにソビエト主導による共産主義勢力の介入が行われ、旧式ではあるものの、戦闘機が上空を跋扈しているらしい。

 まずは第一陣として第1中隊と私。

 その後、輸送機はドイツに帰還し第二陣、第三陣をピストン輸送する。

 到着するなり我々はすぐさま塹壕の構築を行う。

 敵の戦力は微弱と言えど、塹壕を有さない飛行場程度なら簡単に落とせるほどの戦力は持っている。

 今まで攻撃目標にならなかったのは民間空港であり、ほかの都市に展開するモラ将軍隷下の部隊と戦っていたためだ。

「いそげ! 夜までには7割完成させるぞ!」

 突貫工事、あまりに無謀とも思える作業工程に空軍連中には難色を示されたが、そのために今まで研鑽してきたのだ。

 毎週何度も行ってきた陣地構築訓練はこのアフリカでも大いに役に立った。

 

「大隊長、陣地構築完了いたしました」

 私が大隊長用テントで休息をとっていると教官、もとい。ロレンス大尉が報告してきた。

「ありがとう。兵には休息を取らせて」

「了解致しました」

 そういって敬礼して出ていく彼に私は違和感を覚えずにはいられなかった。

 今まで年上の部下を持つことはあっても、教えを乞うてきた相手を部下に持つなどということはなく、非常にやりずらいものだ。

「ロレンス大尉。いえ、教官。私はうまくやれていますか?」

 ただ、そう尋ねたかった。

 曹から尉官に独力で昇進してきた彼に、「自らはうまくできているか」と。

 すると彼はテントの入り口付近で立ち止まり、振り返った。

 表情は数年前のままで、険しくもありながらやさしさに満ちていた。

「貴官はうまくやっている。私は誇りに思うぞ」

 彼はそういうと恥ずかしそうに頭をポリポリと掻くと、前に向きかえってそのまま出て行っていしまった。

「……ありがとう、ございます」

 私は気持ちを切り替え、書類仕事にただひたすらに打ち込んだ。



 俺の名前はミハウィル・クロムスキン。ソビエト系のラトビア人だ。

 とはいっても今の祖国はバルトニアと名を変えているが、俺たちにとってラトビアはラトビアだ。

 恐慌の渦に飲まれて職を探していたところ、海軍に行った知り合いから陸戦隊を創設すると聞いて志願して、今ここにいる。

 俺が伝聞をもとに想像していた陸戦隊というと勇猛果敢に輸送船を飛び降りて海岸線の要塞線に突撃するというものだったのだが……。

「どうしてこうなった?」

 俺は夜の塹壕の中でうずくまりながら、忌々し気につぶやいた。

「クロムスキン二等兵! 大丈夫か!」

 突然おれは肩を叩かれた。

 顔を上げるとそこには俺の分隊を指揮する分隊長が。

「問題、ありません」

「慣れぬ土地で辛いだろうが、頑張り給え」

 そんな風に元気づけてくれるが――

「砲撃注意!」

 甲高い音と、誰かの叫び声が聞こえる。

 俺と分隊長はとっさに身をかがめる。

 そして続く、闇夜からの銃声と敵の喊声。

「総員着剣! 敵が突撃してくるぞ!」 

 いわれるがままに俺たちは腰の銃剣を装着する。

 普段は邪魔で仕方ないが、こういう時は少しだけ気を楽にさせてくれる。

 突然、敵が目の前に現れる。

 闇夜でまぎれていたのかは分からない、俺が見落としていたのかも。

 だが、その瞬間俺は死を覚悟した。

(せめて、女を味わいたかった)

 そんな風に思った直後、一発の銃声が響く。

 前でもなければ後ろでもない。

 だが、それが自分に向けられたものだと思った俺は、目を閉じる。

 だが、いつまで経っても痛みは襲ってこない。

「貴様、何を呆けている。立て」

 この戦場には場違いな美しい女性の声。

 俺はその声の主を知っている。

 訓練ではよくケツを蹴られたものだ。

「大……隊長……」

 その銀色の髪は闇夜で、美しく流れていた。



「非常呼集! 総員起こし!」

 夜襲の報告を聞いた私はすぐにその命令を出していた。

 すぐに鳴り響くサイレン。

「ロレンス大尉。大隊指揮を一時お預けします。私は様子を見に」

「了解です」 

 指揮官用テントを後にした私はすでに集合していた第21小隊を連れて夜襲を受けた方面へと走る。

 現在展開中の中隊は第1中隊。 

 報告があったのは第13小隊からで、彼らは北西を警備していたはずだ。

 私が駆け付けるとそこは砲撃によって耕されてはいるものの、塹壕の形は残っていた。

 ある一人の兵を見つけ、状況を確認しようとすると、突如彼の前に敵兵が現れた。

 その兵は反撃するでもなく、ただひたすら茫然としていた。

 私は舌打するとともに、隣にいた兵士から銃をひったくると、その敵兵に向かって迷わず撃つ。

「第21小隊! 塹壕に展開し、第13小隊を援護せよ!」

 私はそう命令を下した。

 


「いかがでありましたか?」

 私がテントに戻ると地図を広げたロレンスが待っていた。

 その上には現在の部隊配置が示された青色の駒が並べられ、敵の位置もおおよそ把握しているのか、その左上のほうに赤い駒がまとめておいてある。

「第13小隊と第21小隊で現在この地点を防衛しているわ」

 私はそういって駒の位置を正しく並べなおす。

 第11、12、13各小隊は現在防衛線を構築しているため自由に動かせないが残りの小隊は自由に投入することができる。

「攻撃されている地点に第22小隊も投入するわ」

 一つ駒を動かす。

「さらに、南西部に第3中隊を展開させるわ


 そう言い、3つの駒を南西に移動させる。

「第23小隊は予備部隊として司令部近くに待機させておいて」

 さらに駒を動かす。

 そこでロレンスは疑問を呈した。

「第4中隊はいかがいたしますか?」

 私はそれに口角を吊り上げて笑うと

「北部に展開させ両翼包囲を狙うわ」

 私の言葉に「了解です」と答え敬礼するロレンス。

「第3中隊の指揮はあなたに任せるわ」

 私がそう命ずるとロレンスはテントを出ていった。


「時刻、1900。攻撃はじめ」

 司令部テントにて大隊通信員に命令すると、彼らはそれぞれの通信機に向かって命令を伝達する。

「航空団から通信です」

 攻撃開始命令を出した直後に空軍から通信が届いた。

 ドイツらしくそこには『貴隊の武運を祈る』とだけ記されていた。

「まったく、味気ないわね」

 私はそれを見てそう呟き放る。

 現在時刻は1830。残り30分で攻撃が開始される。

「現在交戦中の部隊へ状況報告を命じなさい」

「ハッ」

 私が命じると通信員は即座に対応する。

 そして次々に報告が上がってくる。

 北西部で奇襲を受けた地点では現在、立て直すことに成功。 

 以後は突撃を受けることもなければ緩慢な射撃戦が続いている。か。

「損害は?」

「3名死亡。17名重軽傷とのこと」

「そう」私はそう冷たく返し、地図を眺める。 

 突撃を受けたものの、戦死は三名のみ。

 上々なのだが、どうしても喜べない自分がいる。

「高射部隊に掩護砲撃を要請しなさい、1845時A-3の丘」

 私の命令にすぐさま答える通信員。 

 やはり通信機材の充実はよいものだ。

 一々伝令を走らせる必要がない。

「大隊長『承知した』だそうです」

「ん、了解」

 それから刻々と時刻が過ぎていく。

 かすかに遠くから聞こえる銃声が緊張の糸をつなぎとめる。

「第1中隊は第二防衛線への後退」

 私はそう命じた。

 現在時刻1840。

 5分もあれば第1中隊は後退を完了させるだろう。

 敵はそれに距離を詰めるため躍進を行うために塹壕から身を出すはず。

 そこに掩護射撃だ。

1843 第1中隊後退完了。敵は追撃を開始。

1845 空軍高射部隊による掩護射撃が開始。多くの被害を与える。

1850 第3中隊南西への展開完了。

1854 第4中隊北部への展開完了。


1900――

「時は満ちた」

 私はそう呟き、司令部で叫ぶ。

「攻撃開始!」

 私の命令と共に一気にせわしなくなる司令部。

 それと同時に敵の攻撃が激化し始める。

「第1中隊長より至急増援求む。このままでは突破されます!」

 通信員の悲痛な叫びに私は冷静に対応する。

「第23小隊を投入!」

 司令部から外へ伝令を走らせる。

 すぐに外から歓声が聞こえ、遠ざかっていった。

「第3中隊、接敵しました!」

「第4中隊、敵小隊撃破。なおも進撃せり!」

 各所から上がる報告。

 これは優勢なのだろうか?

「第1中隊より通信!『我、継戦難し』!」

 ついに来たか。

「損害は?!」

「不明です!」

 敵の攻撃が激化したことにより死傷者が多数出たのだろう。

「第1中隊と第2中隊に『総力を尽くして死守せよ』と命じろ」

 死守命令。

 本当は出したくなかったが、出すほかあるまい。

 ここで敵に勢いづかせるわけにはいかない。

 そうなってしまっては第3中隊と第4中隊が交戦している相手の士気も上がってしまう。

「さて、敵の突破とこちらの包囲、どちらが早いかしら」

 そう呟く。

 包囲に対しての定石は二つある。

 敵の広く伸びた前線の一地点に対して全力を投射し、突破してから司令部強襲したのちに撤退するという中央突破。

 司令部を強襲することによりその部隊の指揮系統を乱すことが目的なのだが、これには一つの対処法がある。

 それはもう一人の優秀な士官をどこかに配置するということ。

 今回で言えばそれはロレンス大尉であり、司令部からの定時連絡が途絶えた瞬間に彼に大隊指揮権が委譲される。

 もう一つ考えられる敵の攻撃方法は早期撤退し、包囲を逃れるという手。

 しかし今はどうやら違うらしい。

 どうも敵は我々の中央、今回で言えば北西部を突破するつもりらしい。

「耐えて……お願い」

 私は誰にも聞かれないようにつぶやく。

 ここで私たちが負けるわけにはいかない。

「大隊長、第3大隊からです」

「読み上げて」

「『我敵迎撃部隊突破。これより突撃ス』だそうです」

「そう」

 思わず顔をほころばせる。

 これで先ずは左翼の包囲が完了した。

「高射部隊に連絡、A-1、A-2、B-1のそれぞれの地点に乱数砲撃」

 今度は広大な地域を砲撃させることで退路をなくさせる。

 敵からすれば前面に第1第2中隊。そして南方から敵部隊、後方は砲兵によって砲撃されている。

 というわけだから奴らは北に逃げるしかなくなる。

 しかしそこはキルゾーンだ。

 第4中隊は現在、重機関銃の設置を終え、偽装も終了したらしい。

 つまり、攻撃してきた相手を包囲すると見せかけて、早期撤退を促す。

「さぁ、早く退きなさい」

 3個中隊による攻撃。

 しかも側面奇襲。

 これは退くだろうと私は予測していた。

「第1中隊より! 『敵部隊撤退!』だそうです!!」

「よし」

 右手を握りしめる。

第2中隊は負傷者の収容! 第3中隊は追撃!


 手早く指示を出していく。

「第3中隊、敵が残していった伏兵により足止めを喰らっています!」

 そして入る悲報。

 やはりそう上手くはいかないか。

「確実に突破させなさい!」

 私はいら立ちを抑えながらそう命じる。

 ここで急がせて下手に死人を出すのは得策じゃない。

「第4中隊からです! 『敵先鋒接近す、未だ我等気付かれず。これより攻撃を始める』です!」

 よし、よし。

 勝った。

 敵は予測通り北部に逃げ、そしてその退路をうまく第4中隊でふさぐことができた。

「さて、地獄の始まりよ」

 第4中隊は重機関銃中隊。

 大隊の中でも最も高火力だ。

 機動力では最も低いが、その本領は待ち伏せや塹壕戦などの固定火力。

 恐らく第4中隊の前には屍の山ができるだろうなと私は思い、安堵した。

 海蛇大隊、初戦は勝利ね。


 問題は戦後処理であった。

 翌日から空軍連中はひっきりなしに活動し、アフリカ南部と沿海地域の制空権を確保しているそうだ。

 それに対し海蛇大隊は死傷者が多数出た。

 死者20名。

 重体5名。

 重傷13名。

 軽傷50名と約2個小隊が負傷または戦死したらしい。

 戦果は2個中隊の殲滅と考えれば決して悪い結果ではない。

 だが、どうしても死者の顔は見るに堪えない。

 それでも私には死者を弔う義務がある。

 戦闘後の隊内葬式では死者20名全員の亡骸を埋める際にまず私が砂をかけて回った。

 そして最後に大隊を集めこういった。

「彼らのおかげで今我々がいる。彼らの死を無駄にしないためにも我々はこの戦争を生き延びねばならない。いいか。死ぬな」と。

 恐らくこれからもっと多くの兵が死ぬだろう。

 死ねと言わねばならないだろう。

 その時、私は耐えられるだろうか?


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