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21話

 戦雲近づく中、民衆はそんなことに見向きもせずオリンピックに熱中していた。

 世界初の聖火リレーに民衆が目を奪われている中、ドイツ軍部ではピリピリとした空気が流れていた。

 しかしそれを民衆に感じ取らせることなく、いくつもの出来事は進んでいった。

 その中でも海蛇大隊はそれが顕著であった。

 スペインでの内戦の兆しが見え始めると大隊長リューイ・ルーカスは新たな段階への訓練移行を命じた。


「確実に頭に当てろ!」

 射撃訓練。

 一か月と半月でようやくこの訓練にたどり着いたことに隊員は安堵の表情と期待の表情に満ちていた。

 彼女の訓練はいささか特殊で、人型を模したパネルを撃ち続けるというものであった。

 今まで、鉄板に向かって撃つ訓練しかしてこなかった新兵にこの課題は難しいかとも思われたが、多くの隊員が遊び感覚でそれに臨んでいることで安心感を得た。

 この訓練は1936年当時では誰も実行しておらず、発想すらない。

 未来の記憶から持ち込まれた訓練である。

 この訓練で人型の標的を撃つことに慣れさせ、実戦でも迷いなく射撃できるようになる。

 午前中に実践訓練を終えた後は座学が始まる。

 この部隊は将来的に対陣地上陸作戦を遂行する必要性があるため、その教育である。

 特に語学はその重要性が未来で証明されているため様々な言語を教育しようとし、まずはスペイン語を習得させることにした。

 確実に、将来必要になるから。


 1936年7月、スペイン領メリーリャでモラ将軍が蜂起、それにカタリア諸島に左遷されていたフランキ将軍も呼応。

 軍部や資本家、教会がこれに味方し、政府側は左派やその他勢力の寄り合い所帯となった。

 スペインが燃える中、ドイツではオリンピックの開催を一か月後に控え、誰もそんなことは気にしていなかった。

 街は国旗と五輪旗で彩られ、さながらそれは2000年代にいるかとすら思わせた。

 1936年8月。ベルリンオリンピック開幕。

 ドレスデン空港は混雑を極め、以降警備体制を2中隊常駐、1中隊即応1中隊休暇のサイクルに切り替える。


 兵たちが警備任務にあたる中、私はイベリア半島の地図を可能な限り収集していた。

 この情勢と配置から見て我々がスペインの国粋派に援軍として送られるのは間違いない。

 そのために、我々は空港に配置されたのだ。

 恐らく派遣は第一波。

 第88航空団と共に派遣されるだろう。

 史実ではこれをコンドル軍団と呼ぶ。

 それに備え、ドイツ上層部に弾薬の追加補充願い等を申請する。

 訓練で使用した量を多く報告し、本来の貯蔵量の1.5倍程度の貯蔵を確保する。

 わが大隊は3個軽機関銃中隊と1個重機関銃中隊で編成される高火力部隊であるため、この程度の消費はむしろ自然と言える。

 問題は食料だが、それは現地で賄えるだろう。

 それに、辞令が出る前に、それも外国人部隊があまりに多く物品を買い込むと反逆の疑いを掛けられ、それはそれで面倒だ。

 ならば今は、自分に許される最大限度のことをしようではないか。

 

 8月10日オリンピックも半分を過ぎ、佳境を迎えようとしている最中に陸軍省から軍令士が届いた。

 彼から手渡された紙には「貴隊をスペインに派遣する」と記されており、くれぐれも内密にと陸軍大臣直々に書かれているが守るはずもない。

 ドイツの外国人大隊の大隊長ではあってもドイツ軍人ではないのだ。

 私はラトビア、いや。バルトニアの犬なのだ。

 陸軍省からの手紙をすべてもう一枚の紙に写し、大使館を通じて本国に届けさせる。



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