20話
駅の広場で大隊員を前に軽い演説とあいさつをこなすと、彼らと共に列車に詰めこまれた。
そこでヒトラーと別れたのだが、その際に行き先を尋ねたところドレスデンだといわれた。
近年最新鋭の空港ができた古都だが、そんなところで何をすればよいのだろうか。
そんな考えがよぎるが、後に回した。
「時に教官殿。なぜこの部隊に?」
「ロレンス・ハンドとお呼びください、少佐殿」
そうか、今では私が上官なのかと少し寂しくも思うが、これも軍規だとあきらめる。
「ロレンス大尉、陸軍所属の貴官がなぜこの部隊に?」
「昔、ドイツに戦車運用論を学びに留学しておりまして、グローライヒ語と現地の軍人とルートがあることを買われたのだと思われます」
なるほど、そういうことか。
それなら合点が行く。
「彼らは?」
そういって後ろの席にすわる兵たちを見やる。
「艦艇出身者が3割、基地警備隊が5割、新兵が2割です」
「そう。基本教練は終わっているのかしら?」
「はい、私とドイツ陸軍で」
有能ね、と関心した。
聞けば彼はこれから私の副官として働いてくれるらしく、ヴェゼモアほどではないが知っている相手でよかったと安心する。
「大尉、我々の任務は聞いているかしら?」
「空港警備、とのことです」
「そう」
空港警備のためだけに大隊を、それも外国人部隊を派遣するだろうか?
否、何か意味がある。
そう。
――空港に配置する意味が。
私はそれが何かを理解していた。
誰か、この国内にもエルツィンのような未来を知る人間がいる。
現地に到着すると、待ち構えていた空港職員が我々を空港内に併設された兵舎に案内してくれた。
各員の荷物を持っていくことと、部屋の確認等を済ませたのちに玄関前に集合を命じると30分としないうちに総員が集合した。
遅い、が仕方ないだろう。
艦艇出身者と警備隊出身者は15分で集合を終えたものが大半であったが、やはり新兵が遅い。
基本教練を終えているとはいえ、これでは水準が低すぎると私は再練兵を心に誓った。
「いやはや、ようこそおいでくださいました」
訓示を終え、休暇を伝えた彼女を待っていたのは満面の笑みの空港長であった。
「これから、よろしくお願いいたします」
「こちらこそ、よろしくお願いいたします」
私が敬礼で返そうとすると、彼は両手を振ってそれを遮ると「そう硬くならずに」といってきた。
「では、お言葉に甘えて」と彼を握手を交わすとソファーに案内された。
空港長は恰幅が良く、一歩踏み出すごとに音を立てている。
「もう半年もすればオリンピックですので、警備をと思いまして」
「なるほど。そういうことですか」
そのオリンピックのために各国から選手団や観客が飛行機でこのドレスデンに集まる。そのための警備、とは言っているが。
いささか規模が大きすぎる。
「この空港の警備には1個中隊を常駐させていただければ結構ですので、ほかの方々は休暇ということで」
空港長がその言葉を発した瞬間、私の疑惑は確信に変わった。
一個中隊で警備できる空港になぜ増強大隊、つまり四個中隊も派遣するのか。
みなまで言わずともいいか。
「では、一個中隊を常駐させた上で、加えて一個中隊を即応体制で待機させておきます」
「本当ですか、ありがとうございます」
「いえいえ、この空港はドイツの玄関口ですので」
そう笑顔で答えると、本題を切り出した。
「本空港で自由に使える敷地はいくつございますか?」
「そうですねぇ……」
空港長は立ち上がると自らのデスクの後ろにある本棚に向かい、一つのファイルを出してきた。
「現在、北滑走路建設予定地が空いております。ここはオリンピック終了まで工事が停止していますので当分の間は自由に使えるかと思います」
そうして指をさした場所は随分と広い。
これならば、再訓練にはちょうどいいだろう。
「実弾などを発砲しても?」
そう尋ねると空港長は難しそうな顔をして悩んでいたが、しぶしぶといった顔で許可を出してくれた。
「しかし、安全には十分注意してくださいね?」
空港長の念押しに私は「もちろんですとも」と笑顔で返すと彼は嬉しそうに笑った。
(思いのほか、素直なひとらしい)
そう思った。
さて皆様。本日は空港に到着してから二日目、であります。
現在第一中隊は空港警備、第二中隊は即応体制警備をしており、この指揮は教官殿、もといロレンス大尉が担ってくれております。
では私は何をするのか。
事務作業と思われるかもしれませんが、事務作業はなんと空港の経理部が担当してくれるそうで、私は週に一回の監査と機密書類を扱うだけでよいそうです。
でしたら、訓練を行いましょう。
ということで第三中隊を連れ、空港北部の滑走路予定地に参りました。
「さて諸君、私は大隊長である。貴官らは今まで体験したことのない陸戦ということで緊張感をもって訓練に臨んでもらいたい」
そういうとゴクリと息をのむ音がどこからか聞こえてきた。
「任せたまえ、私は陸戦を二度経験している。貴官らよりは随分と人を殺しているし、仲間を殺されている」
この者たちも私が地獄に突き落とさなければならないのだ。
「貴官らはこれから『死ね』と命じられれば死に、『生きろ』と命じられれば生きなければならない。どんな状況であろうとだ」
不可能だ、誰かがつぶやく。
そう、死ねはともかく、生きろという命令ほど難しいものはない。
だがそれでも。
「貴官らは祖国の盾とならなければならない」
そう言い放つ。
私が指揮していた戦車中隊を矛として育て上げたのなら、この部隊は盾として育て上げる。
祖国防衛のための最精鋭として。
「では諸君、まずはランニングだ」
この空港は大型機を将来的に運用することを想定されており、1kmの滑走路を設けている。北滑走路も例外ではなく、そこのランニングを命ずる。
「私が一度笛を吹いたら全力ダッシュだ。次に吹いたら通常の速度に戻りたまえ。装備品は置いていけ、銃もだ」
まずは軽く、だ。
「ランニング、はじめ」
私がそう命ずる。
もちろん大隊長として見ているだけというわけにもいかないので、最後尾で脱落者を蹴飛ばしながらでもいくとする。
半分走ったころにまず1度目。
100m走るとまた笛を吹く。
そして乱れた隊伍が整うのを待つ。
「早く戦列を整えろ!」
私が叫ぶと遅れていたものは急ぎ足になり、前を走っていたものはそのままで走ろうとする。
「仲間を見捨てるな! 最前列の奴らは常に最後尾を気にしろ!」
そう叫ぶと今度は最後尾の奴らに檄を飛ばす。
「仲間の足を引っ張るな! 急げ! 急げ!」
私は最後尾の奴にピタリと張り付いて叫ぶ。
いくら機甲科といえど、ランニングを欠かしたことはない。
こんなもの、いともたやすい。
隊列が整うと900m走らせたところでまた笛を吹く。
今度は少し長くして200m。
「早くしろ!」
全力ダッシュだと言っているのに手を抜いている隊員がいたので、肩を叩く。
顔は必死そのもの。
なのだが、足元がおぼつかない。
こんなものかとがっかりする。
「走れ! 走れ!」
そして200m走るとまた笛を吹き、隊列が整うのを待ち、800mをゆっくりと走らせる。
次は300m走らせ、おなじく700m。
次は400m、そして600mゆっくりと。
これを繰り返す。
隊列が整うのが遅れれば遅れるほど彼らの走る距離は長くなる。
それが終わったのは、昼頃のことであった。
最後のほうは酷かった。
隊列が整うのに2000mも走らされたときはさすがの私でも辛かった。
「どうだね、諸君。歩兵になった気分は?」
最後の1000m全力ダッシュはもはや歩いているのかと思うほど遅いものだったが、彼らなりに頑張っているのだろう。
終了を伝えた時の彼らの達成感に満ちた表情は見ていてこちらも感化させられた。
各中隊に警備、即応体制警備、訓練、休暇というサイクルを毎日繰り返し続け、1か月がたった。
体力は十分に身についたと判断した私は次のステップに踏み込むことを決定した。
次は装備品をすべて持っての同様の訓練。
とにかく走らせる。
走って走って、走らせる。
余裕が出てくれば午後は塹壕構築訓練。
掘っては埋めて、また掘るのを繰り返し、土とスコップに慣れさせる。
全員が不満げな顔をしていたが、訓練後は特別なデザートが支給されるのと、その日最も励んでいた隊員には休暇での自由外出を認めると、士気は大きく上がった。
体力が付いたおかげなのか、このランニング訓練は半月のうちに終了した。
6月中旬のことである。
そのころになると新聞ではスペイン共和国についての記事が紙面を踊るようになった。
国内のいくつもの派閥が対立し、近いうちに内戦になるそうだ。
(……早く終えなければならないわね)
新聞を握りしめると訓練の更なる早期化を誓った。




