19話
さて皆さま、こんにちは。
簡単なおさらいと行きましょうか。
まず。私ことリューイ・ルーカスなのですが、陸軍軍人を賄いにしております。
10歳過ぎに軍に入隊して以後、小隊長勤務やクーデターや反乱軍鎮圧、そして中隊長としてエストーニャ首都攻防戦に参加したわけです。
しかし、一時期は気鋭の若手大尉と見られていた私は、重大な失態を犯して今では海軍に左遷されております。
仕方ないとはいえこの冷遇ぶりにはさすがに気を病んでも致し方ありません。
ラトビアの番犬とは、誰のことなのでしょうか。
「ご名答」
そう答えたエルツィン中佐。
私は自らの確信が事実であったことに安堵するように息を吐く。
「いつ、気が付いたのかな?」
中佐が尋ねると、天を仰いだ。
「敵の死体を確認した時に」
懐かし気につぶやく。
中佐は満足そうに頷くと「さすがだな」と。
「あれはソビエトの兵ではないわ。ドイツの親衛隊よ」
「なるほど、よく見ているな」
中佐は感心したように言う。
素早く拳銃を引き抜くとその照準をエルツィン中佐に合わせた。
「貴方は何者なのかしら? エルツィン中佐。いえ、エルツィンSS中佐殿?」
私の問いにエルツィンは振り返って驚いたような顔をした。
「そこまでわかっているのか」
嬉しそうに言うエルツィンに拳銃を握りしめて答える。
「素性を明かさなければ我が国の軍事裁判所にてスパイとして裁判を行うわよ!」
それを聞いたエルツィンは口笛をフュウと吹いた。
口角を吊り上げ、脅しに
「そんなことをすれば貴国は我が国の一部になるぞ?」と逆に脅し返した。
「取引、と行こうじゃないか」
エルツィンが右手を差し出す。
「我が国、いや、我が総統が求めているのは強力な同盟国だ。貴国はそれに選ばれた」
「ならばなぜ、私の大隊を襲撃した! それもソビエトを装って!」
私は叫んだ。
自らの同僚、上司、部下を殺されたのだ。
感情的にならないほうが無理だろう。
「君たちの国には反ソビエト感情を植え付ける必要があったのだよ」と。
エルツィンは飄々と答えた。
曰く、今のままではバルトニアは最後の瞬間まで日和見するだろう、と。
曰く、そしてそのままソビエトに飲み込まれるだろう、と。
曰く、それを救うためにやったことだ、と。
「詭弁よ! 貴方は見たのかしら! この国が亡ぶのを!」
自分が未来から来た人間だということを忘れて叫んだ。
ただの予測に過ぎない、そんなもの私が何とか変えられたと、叫んだ。
「見てきたさ」
とエルツィンは何事もないかのように答えた。
「え?」
「見てきたさ、わがドイツが亡ぶ道を! ポーランドを蹴散らし、フランスに攻め入り、イギリスを制圧できず、ソビエトに攻めていって、亡んでいくわが祖国を!」
どういうことだと頭を動かす。
だが、どうにも答えを導き出せない。
「君こそ何者だ! 我が総統にいともたやすく近づき、歴史を狂わせ続ける! 君のような人間は前世ではいなかったはずだ!」
錯乱、そう錯乱しているのだろうと思った。
普通の人間ならそう考える。
だが、私はそう考えることができなかった。
何故ならば自分がそうだからだ。自分が前世の記憶を持ち、タイムスリップしてきた人間なのだから。
彼を否定することがついぞできなかった。
「……忘れたまえ」
ふと我に返ったエルツィンはそう言った。
それに「え、えぇ」と答えることしかできなかった。
次の日の朝。
目覚めれば彼女は海軍基地にある新たな自らの部屋にいた。
昨日、何があったのか思い出すことができない。
なにか、大切なことだった気がするのだが――
思い出そうとベッドに腰かけながら記憶を探っていると、戸がノックされた。
「どうぞ」
私の声を聴くと「失礼する」と言って、一人の男性が入ってきた。
「モレノ少将で、ありますか?」
「そうだ」
見覚えのない人物の来訪に驚きつつも、最も可能性の高い人物の名を上げた。
「君に辞令を伝えに来た」
少将の言葉に首をかしげる。
少将自ら伝えに来るとは何事だろうか。
普通なら伝令兵が書類の一枚でも渡してくるはず。
「貴官には特殊海兵陸戦隊。通称『海蛇大隊』の大隊長を任せたい」
「海蛇、大隊。ですか」
その名を復唱した。
すると少将は「知らないのも無理はない」といった。
「現在はドイツで最終教練に入っている。極秘裏に訓練しているため、知っているのは海軍上層部のみだ」
そういうと彼は一枚の書類を手渡した。
「その大隊をなぜ、私が?」
「貴官は優れた戦略眼と戦術眼を有していると、聞いた」
買い被りだ、と口にしようとした。
それは未来の知識があるからこそできた業。
歴史が改変された今となっては、もう。
「すみませんが――」
断ろうとした瞬間、少将はある言葉を口にした。
戦車大隊編成の話は知っているかね。
彼の言葉に私は目を見開いた。
それを見て、少将は嬉しそうに顎髭をいじる。
「貴官の戦功によっては、陸軍に差し戻すことも、不可能ではない」
その言葉に、断ろうとしていた私の決意が鈍る。
「陸軍は君を必要としている。しかし、兵たちの信頼を取り戻すにはそれ相応の戦功が必要なのだよ、大尉。いや、リューイ・ルーカス海軍少佐殿」
「少佐?!」
「今日付けで君を少佐に任命する。よい返答を、期待しているよ」
そういって少将は階級章を投げてよこすと、部屋を去っていった。
その日の昼時、モレノの部屋を尋ね、正式に大隊長として着任することを了承した。
汽車に揺られることおよそ1時間。
ようやくポーランドの国境にたどり着いた。
懐かしい、そう思えるようになったポーランドの街並みを見ながら物思いにふけっていた。
この世に生を受けてもう20年が経とうとしている。
軍歴は5年で少佐。
異様なほど早い昇進には自分も驚いている。
しかし今までの軍歴を考えればおかしくもない。
二度の大きな戦闘に参加し、いずれも各部隊の部隊長だ。
そして次は大隊長。
今までとは違う責任の重さに辟易していた。
なぜこんな辞令を受けてしまったのかと後悔する。
だが、陸軍に戻れるのなら、それも仕方ない。
そう踏ん切りをつける。
目指しているのはドイツ。
その地ではこれから指揮する大隊が待っているらしいが、どうも不可解だ。
なぜ、ラトビア、いや、バルトニア連邦の軍隊がドイツで訓練など行っているのだろうか?
もしや、と脳裏をよぎるが、それを打ち消した。
いや、政治にかかわるのはやめよう。
私は与えられた命令を忠実にこなすだけの番犬であればいいのだ。と。
「もう、7月……」
一人で呟いて、緑に染まった山と畑を眺めていた。
「やぁ、君を待っていたよ」
「お久しぶりです」
駅に到着した私を待っていたのはヒトラー総統だった。
彼は今やドイツの首相であるのだが、こんなところに来ていていいのだろうか?
「お仕事は?」
「今日の仕事は明日に回すことにしたよ。なにしろ君に会いたくてしょうがなかったからね」
嬉しそうにかたるヒトラーに思わずほおが緩む。
やはり彼は幾分か私の知るヒトラーとは違うようだ。
強気の交渉姿勢は変わらないようだが、ユダヤ人に対しては融和的な政策を取り、史実での彼の行いは一体何だったのかというほど変化を見せている。
「もうリューイ嬢をフロイラインと呼ぶのは失礼であったりする年ごろになってしまったな」
「閣下も、そのようで」
私の視線は彼の髪にあった。
わずかに後退した生え際と白が混じり始めた頭髪にリューイは年月の経過を感じずにはいられなかった。
「閣下? 黒染めはなさらないので?」
そのように冗談混じりに笑いかけると難しい顔をした側近が声を荒げた。
「貴様! 女の分際で失礼だろう!」
それに思わずやりすぎたかと思ったが、意外にもヒトラーが側近を制した。
「君の言いたいこともわかるが、彼女は聡明な女性だ。そして私がここにいるのは彼女のおかげなのだよ。君こそわきまえたまえ」
その言葉に側近は目を見開いてこちらを見つめる。
彼の中ではどんな思考が渦巻いているのだろうか。
「失礼したリューイ嬢」
「いえ、お気になさらないでください」
まぁ、普段ふんぞり返っているであろうこの側近がくじかれているのは見ていて愉快だから放っておくことにする。
「君の大隊が外で待っているよ」
彼はそういうと、改札を案内し、駅前の広場に案内した。
ドイツの首都と各国、そして市内、国内の全路線がこの駅に集約されるだけあって広い作りになっているが、整列する大隊のせいでいささか狭く見えてしまう。
「これが君の大隊だ。名をバルトニア大隊、ドイツに所属する唯一の外国人部隊だよ」
これが、私の大隊。
装備している携行火器はすべてドイツ製。
軽機関銃の量も多く、かなりの火力であると想像できる。
「お待ちしておりました。大隊長殿」
「えぇ、久しぶりね。教官殿」
私を迎えたのは軍学校時代の教官の姿であった。




