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18話

我々は数百年の間、ソビエト、ポーランドに搾取されてきた。東欧の小国として、虐げられてきた。しかし今、我々は再び大国として世界に君臨せん。

我々の先を行く英雄についていけば我々は数百年前の栄光を取り戻すことができるだろう。

(ラトビア記18章374項 ウィルス・ベッカー著『統一戦争』より抜粋)


 さて、諸君。優秀なる中隊戦友諸君。

 問題です、戦車の弱点はどこでしょうか。

 正解は側面と背面であります。

 ここを攻撃すれば軽戦車であろうと、旧式戦車であろうと、敵の戦車を撃破することができます。

 向かってくる戦車は30両、2個中隊規模ですね。

 しかし、恐れることはありません。

 なぜなら中身は貴方達よりも随分と弱く、臆病なのですから。

 貴方達は普段より砲撃訓練で慣れていますが、相手はそんなことありません。

 まっすぐ進んで塹壕を突破して、撃つだけです。

「では諸君。格の違いというものを見せてやろう」

 戦車の上で、私は微笑んだ。

「第一小隊、前へ、第二小隊、右側面へ、第三小隊、第一小隊の援護を」

 そう命じると15両の戦車は一斉に動き出した。

 一つは、稜線から砲塔だけを出し、一つは稜線を回り込むようにして右へ、もう一つはゆっくりと前進する。

「さて、どう来るかしら」

 小さくつぶやくと、砲撃が開始された。

「本部小隊、前進。第一小隊の援護を行うわ」

 その命令に合わせ、ヴェゼモアと共に前進を開始した。

第一小隊のいる丘の手前まで来ると停止を命じ、ヴェゼモアに「第二小隊は突撃すべし」と伝令を依頼した。

 すると彼の車両は右転し、第二小隊のほうへと向かった。

 それに合わせ床を蹴り、「前進」の合図を出す。

 ドルルルルと戦車は轟音を奏でながら前進する。

 その間にも砲撃戦は続く。

 砲撃音から察するに、敵の戦車は倍の数いるが、こちらの小隊はそれに負けず劣らずの砲撃を敢行している。

 これは普段の訓練の成果と言えよう。

 ソビエトは基本的に歩兵主体の軍隊だ。

 戦車はそれの援護に過ぎない。

 故に対戦車戦闘など数度訓練したことはあっても、日常的にしているはずがない。

 しかし我々は独立した参謀本部に直属する部隊であり、陸軍の意向とは別に戦車を主体とした訓練を実施し、およそ7割ほどが対戦車訓練に費やされている。

 その成果が今出たのだ。

「撃ち続けなさい! 敵を圧倒しなさい!」

 稜線にでると身を乗り出して叫ぶ。

 鼓舞する。それに続くように各車両の砲撃はより激しいものとなる。

「ん?」

 ふとあることに気が付いた。

 そして指さしで敵の戦車の数を確認する。

「ひい、ふうみい……じゅうご……残りの五両はどこに?」

 彼女が見たのは15両、しかし事前の索敵では20両いたはずだ。

 どこにいった?

 後方に展開しているか?

 稜線から後ろをみるが、何もない。

 さらに後方で大隊本部襲撃に加勢したか?

 否、我々を前にして戦力を分散させるほどソビエトは愚かではない。

 ならばどこに。

 その疑問はすぐに解決されることとなる。

 第二小隊の壊滅という事実と共に。


 第二小隊は中隊長命令に従い、突撃を敢行した。

 これが敵戦車部隊壊滅への一手だと、信じて疑わなかったし、第二小隊各員もそうであった。

 

 その光景を見た瞬間、私は叫んだ。

「第二小隊、突撃辞め! 辞めなさい!」

 しかし届かない。

 直線で300メートルも離れているのだ、見えはしても聞こえはしない。

 それにたとえ信号旗を使ったとしても第二小隊は誰もこちらを見ていない。

「……第三小隊、稜線から援護射撃」

 あきらめるようにつぶやく。

 第三小隊への命令はいとも簡単に通じた。

 第二小隊は今もなお突撃している、その先に待ち伏せがいるとも知らずに。

 

 戦場を俯瞰すればいとも簡単なことであった。

 敵戦車部隊がいたのは稜線に囲まれたいわゆる盆地というところであった。

 包囲にも適しているし、突撃の際には自軍は勢いが付き、敵は勢いがそがれる。

 なんとも好立地なのだろうかと手前と右奥の稜線を取ったが、全ての稜線を取るべきであった。

 一瞬だが、稜線の奥に敵の戦車小隊がいるのが見えた。

 敵は端からこのつもりだったのだ。

 こちらの突撃を待ち、まちぶせした小隊で轢き殺す。

 なんとまぁと拍手してやりたくなった。

 ほら、敵の15両は引いていくぞ。

 待ち伏せがいる稜線とは別方向へ。

 第二小隊は15両の戦車を追おうとして稜線を上り始める。

 直後、目の前の稜線から反転した15両の戦車と側面からの砲撃。

 1分もしないうちに壊滅した。

 まさに戦争芸術であった。

 他の隊員は言葉を失いまた、呆然としている。

(どこで間違えた)心でつぶやいた。

「いや、間違えてなんていない」

 思考を切り返る。

 敵の待ち伏せがわかっているならあとはがっぷり四つで殴り合うだけの戦場に様変わりだ。

 こちらは戦車が5両潰され残り12両だが、練度がある。

 敵は20両すべて残っているが練度は低い。

「第一小隊、第三小隊突撃用意」

 その命令に第三小隊長は叫んだ。

「それではまた壊滅してしまいます!」

 なるほど、第二小隊の末路を見ればその意見も明らかだ。

 だが、

「そうはさせんよ、私が付いている」

 私がそういうと小隊長は口をつぐんだ。

 英雄とはこうも楽なのかと自嘲する。

 何を言っても肯定され、何を言っても敬われる。

 そんなものに、私はなったのだ。

「諸君、死ぬのは自由だが、敵を殺してからにしたまえ」

 いつしか、言葉を失っていた。

 それほどに集中しているのだろう。

「いざ、いかん」

 自ら先陣を切り、突撃する。

 

 悲惨、その一言に尽きるだろうか。

 盆地を超えて突撃した戦車中隊は勢いがそがれ、初撃で3両を失った。

 しかし、それに応戦した第三小隊の功績により、左側面に展開していた5両の敵戦車は壊滅した。

 そのまま、稜線を超え、第三小隊は敵側面に攻撃を仕掛けようとするものの、敵歩兵部隊の足止めを喰らい、その場で停滞する。

 第一小隊及び本部小隊は敵に突入し、乱戦模様を呈する。

 目の前の敵を屠れば背後から弾が飛んでくるような敵味方が入り乱れた乱戦により、増援の自動車化中隊は何もすることができなかった。

 途中押され気味になった私の中隊であったが、歩兵を撃破した第三小隊の到着により、趨勢が決した。


 リューイ・ルーカスは1945年、終戦の直前に語った。

「あの戦闘が私が経験した最も屈辱的な勝利であった」と。

 結果、第一戦車小隊はその3分の2を失い、戦車は10両を失った。

 残ったのはヴェゼモア、リューイ、リマイナ。その他転属兵で構成される戦車であり、リューイとリマイナの同期は皆戦死した。

しかし、彼女たちに傷心に浸る暇はない。

 大隊本部が襲撃されている今、遺体を回収することもできず、負傷兵もその場に放置するしかなかった。

 手早く部隊を編成しなおした彼女たちは後退し、本部に駆け戻ったが、そこには惨状が広がっていた。

 敵味方入り交じった原型をとどめていない遺体の数々。

 自動車化中隊の重機関銃や軽機関銃の山に穴だらけになった無数の遺体。

 味方の遺体は敵の銃剣により切り裂かれていた。

 生存者は僅か。

 大隊本部を救ったのはリューイではなく、まるで失望したかのような目をした旅団長、シューマインだった。


 以後の戦闘は端的に経過した。

 ソビエトから支援を受けていたエストニアもこの電撃戦に対応しきれず、首都攻防戦からわずか二日のうちに降伏した。

 損害は数個の歩兵中隊の半壊と自動車化大隊の壊滅のみであり、予想を超えた損害の軽微さに参謀本部は沸いた。

 翌週、船舶と鉄道の高速輸送を行い、リトアニア国境沿いに兵力を集中させたラトビアは宣戦を布告。

 第1旅団が快進撃を続け、一週間と経たないうちにリトアニアも降伏した。

 これに国際情勢は強く糾弾するものの、各国の体制を残したままの連邦を建設するとウルマニスが宣言すると、これを容認せざるを得なくなった。

 一か月後にはバルトニア共和国連邦の建国が宣言され、ラトビア陸軍の監視下において各国で民主的な連邦参加合否投票が実施され賛成率7割を超え可決された。

 これにより各国の軍権、内政権、外交権はすべてウルマニスを主席とするラトビア改めバルトニア共和国連邦主導部にゆだねられた。


 自らの部隊を壊滅させた責を問われたリューイの扱いは戦後、問題となった。

 なぜなら、部隊を壊滅させてしまったことは事実ではあるが、彼女の立案した作戦は成功をおさめ、確かに光る能力があることが認められた。

 だがしかし、このまま彼女を戦車部隊の隊長とするには隊員からの不信感も強い。

 ここにきて、第二小隊への突撃命令を傍観していたことが尾を引いたのだ。

 結果として、作戦を立案した功労を認め『忠国1等勲章』が授与され、階級の上下は無し。

 その後の扱いは陸軍は相当悩んだらしいが、その場にいた海軍将校が手を上げ、海兵隊の特別顧問として異動させてほしい。と頼むと陸軍はこれを快諾。

 結果として、リューイは中隊長を解任され、後任には彼女の副官、ヴェゼモア・アルトマンが充てられた。

 リューイの異動に伴い、リマイナ・ルイも異動願いを出したものの、リューイ・ルーカス立っての願いによりこれは却下された。

 彼女は中隊庁舎を去る際に、ヴェゼモアに対して、ある言葉を残した。

「私は必ず戻る」と。

 ヴェゼモアはそれにただ、敬礼で返しただけだという。


 首都にある海軍基地の埠頭で一人のドイツ軍人が黄昏れていた。

 その後ろには銀色の少女、否。

 少女と形容するにはもはや年を取った女性がいた。

「これが、貴方の狙いかしら?」

 リューイ・ルーカス海軍少佐は目の目の軍人に尋ねる。

「答えなさい、エルツィン中佐」

 その問いに、ドイツから派遣された駐在武官は笑う。

 そして両手を天に掲げ。

「ご名答」と返した。


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