17話
「くそったれ! 敵はいないって話じゃなかったのかよ!」
徴集兵の一人が叫ぶ。
この奇襲作戦に充てられた大隊は徴集兵が多い。
敵との戦闘は僅かなものだと考えられており、最低限度の訓練しか行っていない者が多く、戦闘は停滞するのみであった。
「中隊長に援軍を要請してこい!」
軍曹が兵の肩を叩いて命令する。
彼は前線から離れることができるという安堵の表情と、戦友を置いて行ってしまうという申し訳なさが入り混じった複雑な表情をしたのちに、軍帽を目深に被りなおして「了解しました!」と後方に走っていった。
「第2213小隊、ここが踏ん張りどころだぞ!」
小隊長が駆け寄り、兵たちに声をかける。
彼らは第221中隊の3番目の小隊、だから2213小隊なのである。
同様に221中隊は22大隊の1番目の中隊。
「小隊長どの!」
軍曹が駆け寄る。
「どうだ?」と小隊長が尋ねると軍曹は「この場で踏みとどまるのが精いっぱいですね。前進などもってのほかです」と答えた。
「そうか、なら中隊からの援軍を待ってから小隊で突撃を敢行する」
「突撃、ですか……」
軍曹の言葉に小隊長は疑問符を浮かべる。
「何か問題でも?」
「わが小隊は半分以上が徴集兵です。荷が重いと思うのですが……」
「かまわない、むしろ好都合だ」
「……了解しました」
軍曹はしぶしぶといったように答えた。
着剣。その命令を彼は悔しそうに叫んだ。
「第221中隊、1個小隊が半壊しながらも突破に成功いたしました」
その報に司令部は沸いた。
シューマインも喜んだ。
だが、そこで気を抜くわけにはいかない。
わずかな突破口をどれだけ広げることができるかは、彼らにかかっている。
「第221中隊は全戦力をもって戦果拡大に努めろ! 第222中隊は突破口拡大及び、敵の反撃に注意しろ!」
檄を飛ばすシューマイン、それに参謀は素早くこたえる。
彼の現有戦力は半壊した223中隊と221中隊、222中隊、224中隊、133中隊、132中隊、いずれも万全の状態だ。
223中隊は現在司令部防衛の任についており、自由に動かせるのは224と、132、133中隊だ。
「224中隊は221中隊に続いて戦果を拡大させろ。132、133中隊は戦地につき次第、東に突破口を拡大し、国境と首都との連絡を断絶させろ」
シューマインの命令を聞くと司令部はあわただしくなる。
「13大隊に全中隊上陸を命じろ」
彼はなおもこの海岸に戦力を送り続ける。
これで海上に残っているのは31大隊と自動車化大隊のみになった。
「……これで、行けるだろうか」
このままいけば、埠頭の確保に成功し戦車及び自動車を揚陸させることができるだろう。
「痛い、痛いな」
彼は特に痛くもない胸を押さえてそう呻いた。
それから20分後、第221中隊は壊滅した。
報告を聞いた瞬間、シューマインは手に持っていたペンを握りつぶしたという。
理由が何にあるにせよ、シューマインは動揺していた。
「奇襲か?」
彼に問いに参謀は「なんといいますか……半分は正解であります」と。
シューマインは床をトントンと蹴りながら「はっきり言いたまえ」と口にした。
参謀は幾分かためらったのちに口を開いた。
「敵のトラック、及び戦車部隊です。数は不明ですが」
再びシューマインを衝撃が襲った。
「リューイ大尉はこれを予想しているのだろうか。いや、彼女も予想外だろう」
そう呟くと怪訝そうな顔をする参謀に「国籍は? わかっているのか」と尋ねえた。
すると参謀はまたもためらいながら、「確かな情報ではありませんが逃亡してきた兵がいうにはソビエトではないかと」
「……そうか、ソビエトか」
シューマインには政治は理解できない。
が、何が起きているかは理解した。
エストニアがソビエトに援助を求め、ソビエトがそれに応じたという事実。
ラトビアに宣戦布告こそしていないが、おそらく義勇軍という扱い若しくはエストニアに部隊ごと亡命してしまったという口実でも考えているのだろう。
「命令は変わらん。すべての中隊は祖国のために全力を尽くせ、と激励文を送れ」
シューマインは静かに命じた。
そのころ、自動車化大隊は上陸準備を進めていた。
陸上からの戦況を聞くに、もう間もなく輸送船が横付けでき、大型クレーンを有する埠頭が確保できるらしい。
それに備え上陸準備命令が下されているのだが、あいにく戦車中隊はすべての準備を終えている。
そこでリューイは隊員を倉庫に集めた。
ここには部隊装備が保管されており、多少の広さもある。
「さて諸君、戦況を聞いているかしら? 決して芳しくはないわ。予想に反して敵は二個大隊をこちらに差し向けてきわ。それに我等ラトビア陸軍第13大隊と31大隊が交戦、シューマイン旅団長閣下によりなんとか突破口を確保し、埠頭確保が目前に迫っているものの、複数の中隊が損害を負っているというなんとも危ない状態よ」
隊員が息をのむのが聞こえる。
「では、私たちに命じられる役割はなにかしら? わざわざ突破してまで、埠頭を確保し、時間をかけて戦車と自動車を上陸させる。わかるかしら?」
隊員に目線を配る。
多くの兵は何を言わんとしているかは何となく理解しているが、明言化できないといった表情だ。
「端的に申せば、敵の蹂躙よ」
リューイは断言した。
「敵の後方に我らのような精鋭部隊を上陸させ、敵の防衛司令部の破壊と後方からの攻撃が我々に命じられている役目よ」
部隊の役割をゆっくりと説明する。
「そのために諸君らは命を懸けられるかしら」
リューイが挑発的な笑みを浮かべる。
それに隊員は「応!」と答える。
「意気やよし。諸君、行くわよ!」
リューイが叫んだ瞬間、歓声が響く。
そして艦内放送がかかる。
「これより着岸、上陸用意! 上陸用意!!」
リューイは背後にあった艦内放送のスピーカーを睨み、背後の兵に叫んだ。
「諸君! 地獄の案内人となれ! 上陸は30分以内に終わらせるわよ!」
シューマインは安堵の息を吐いていた。
戦果を拡大していた221中隊は壊滅したもの、後詰として送っていた132中隊と133中隊がその場の判断で221中隊救援に駆け付け、そのまま埠頭を確保したというのだ。
その報を聞いたとき、参謀はまず誉め称えた。
しかし次に中隊長を批判した。
曰く、独断専行である、と。
だがシューマインはそれに待ったをかけた。
「何のための士官か、何のための中隊参謀か」
そう、司令部付き参謀に問うた。
「すべて司令部で決定するならば士官なんぞ必要ない。曹が部隊をまとめ、私がすべてを命令するだけでよい。だが、士官は要る。それはなぜか。現場で判断をするためだ。この度の独断専行、勲章を授けるべきである」とシューマインは続ける。
この言葉に参謀たちは納得し、次のことを考え始めた。
独断専行を批判する前に、それによって生じた戦場に変化に素早く対応するのも、参謀の使命であると自らで答えにたどり着いたのだ。
「第一自動車化大隊はどういたしますか?」
「郊外の敵司令部への強襲と敵の自動車化部隊の捜索を命じろ」
「勝ち、ですか?」
参謀が不安げに尋ねた。
「彼らが陸に上がれば、我々の勝利だ」
シューマインはタバコを地面に捨てると足で踏みつぶした。
「この戦い、我々がもらったわ!」
私率いる第一戦車中隊を筆頭に自動車化大隊は1935年1月1日15時に進撃を開始した。
戦車部隊が市内を駆け巡り、索敵し、自動車化部隊を待ち、戦車が支援を行いながら制圧する。
まるでレーゼクネでの戦闘のようだ。
数時間かけて市内を制圧すると後続の歩兵部隊が議会の制圧にかかった。
我々はそれを見届けると郊外の敵司令部攻撃の命令を受けた。
戦車中隊を先頭に、自動車化部隊が続くといういつもの行軍体制で敵司令部を目指す。
数分も走らせれば敵のコンクリート造りの司令部が見えた。
なんともまぁ、と呆れるが前時代的な司令部ならばこちらもやりやすい。
「第一小隊の一号戦車は機銃による制圧射撃、第二小隊は右翼に展開して敵を脅してやりなさい。第三小隊は後続の第一自動車化中隊と一緒に突入よ」
素早く命令を下す。
それに前から命令を知っていたかのように戦車は動く。
一号戦車特有のノコギリのような機銃の射撃音が戦場に響く。
それと同時に脅されて逃げた敵兵を右翼に展開した第二小隊が叩く。
されに数分後に到着した第一中隊とともに第三小隊が突入し、これを完全に制圧した。
「思っていたよりも簡単だったわね」
敵司令部の残骸をみながらつぶやいた。
「敵、残党の掃討、完了いたしました」
ヴェゼモアが各小隊からの報告をまとめ、報告してくれる。
「了解よ、その旨大隊長にも伝えなさい」
そう命じるとヴェゼモアは素早く車内にいる通信員に同じく命じた。
彼の車両は唯一無線が搭載されている。
その分携行弾数は減っているがこれといった問題はない。
「……エンジン始動を各小隊に命じなさい。戦闘用意とも」
「了解いたしまた」
ヴェゼモアは特に疑問を持つこともなく、命令に従った。
「なぜかは聞かないのね」
そう呟くとヴェゼモアは笑って、「貴方が間違った命令を出したことはないので」と答えてみせた。
それに微笑むと目の前に広がる丘を睨んだ。
響く連続音、エンジンの音だ。
しかも、ルノーの物ではない。
「戦闘用意! 敵戦車部隊接近!」
とっさに叫ぶと車内に身をひるがえし、双眼鏡を手に取った。
まだ、稜線から姿を現してはいないがこの音は間違いなく戦車だ。
「……これは、負けるかもしれないわね」
予想外の連続に思わず呻いた。
悪夢は続いた。大隊本部から悲鳴のような通信が届いたのだ。
「敵歩兵の奇襲を受け、現在交戦中、戦車中隊は独自に行動されたし」と。
すぐさま、戦況を尋ねるとともにこちらの状況を説明すると、奇襲を受けていない第二中隊の指揮権を移譲された。
クソッタレと自分を呪う。
だが、やるしかない。目の前の敵部隊を即座に撃破し、後方の味方を救うしかない。
「諸君! 大隊の命運我らの双肩にあり!! やるわよ!」
リューイは中隊に向かって叫んだ。




