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15話

 ドーガフグリバスに移動したのはそれから数か月後のことであった。

 着いたころには暦の上ではすでに10月を迎えていた。

 しかしながら、未だに海軍との合同演習の話などは持ち上がっておらず、本当に戦争が起きるのかすら疑問を抱かざるを得ない。

 そもそも「クリスマスにプレゼントがある」というのは本当に戦争なのかとも今更になって疑問がわいてきたが、先日参加した参謀会議では年内開戦を目標としていた。

 何らかの事情で変わったのかとも思ったが、今はまず休暇を楽しむことにした。

 とはいっても前世が日本男子である私は特にこれと言って女子らしい趣味も持たず、唯一の趣味と言えばバイクくらいの物であった。

 そして先日、この前ドイツを視察した際にヒトラーにねだったバイクがようやく届いた。

 有頂天になりながらBMWのバイクでも来たかと受け取りに行くと、見たこともない会社のバイクがそこにはあった。

 社名は『Neander』。前世でも全く記憶にないそれはどうやら近年できたばかりの個人企業らしく、開封してみればヴィンテージな雰囲気で渋カッコイイといったところだろうか。

 郵便局でそれを受け取った私は代金とわずかなチップを支払うと早速それを乗り回してみたくなってきた。

 同封されていた手紙には「部下がすでに作動テストをしたあとで、しっかり整備もしたから大丈夫だと思う」とえらく達筆な字が記されており、最後にadolfとあることから彼の直筆なのだろう。

「これで私もツーリストだ」

 一人バイクをなでながら郵便局の前で恍惚とする。

 前世は未成年であり、中型バイクの運転などできるはずがなかった。

 しかし今世ではなんと軍属であるがゆえに十歳を過ぎた程度の私でもバイクを運転することができるのだ。

 やはり軍属は素晴らしい。特権というものがあまりにも多すぎる。

 戦車を運用する部隊にいるというだけで一年もすれば自動的に各種免許が交付される。

 なんと素晴らしいのだろうか!

 さて、一人語りもこの辺にしてツーリングに乗り出すとしよう。

 とはいっても燃料が入っていないようだし、まずは給油と食事を済ませてからだ。


 全てを済ませた私は意気揚々とバイクを走らせていた。

 とはいっても特に意味はなく、首都を走り続けるだけの無意味な行為。

 だが、走らせてみると存外これが楽しい。

 バイクの性能も制動性能は悪くなく、旋回性能も機敏すぎず、鈍重すぎずといった具合でちょうどよかった。

 だがまぁ、なんというか、燃費は決していいとはいえず、経済的に余裕があるなら問題なく乗り回せるが、今の私では少し厳しいものがありそうだ。

 などと、このバイクに対して自己流評論会をしながら幾分か街を走らせると街を流れる大河についた。

 このまま北上すれば今度の作戦で世話になるだろう第一駆逐隊の根拠地がある。

 ラトビアは前大戦を期に独立した小国で、大陸に存在する国家であるにもかかわらず、ある程度の海軍力を有し、その数駆逐艦10隻に巡洋艦1隻、その他小型艦多数である。

「折角だし行ってみるかな」

 私はそう呟くとウィンカーを右に切り、そのまま大河にそって進む。

 その川幅はあまりにも広く、大型の貨物船も出入りできる程度である。

「最近貿易船も増えたわね」

 一人でそう呟く。

 昔この街に住んでいたからわかるのだが、数年前に比べて明らかに船の数が増えた。

 その種類も様々で、鉄鉱石船やらタンカーやら。

 中にはドイツから車両を運んできたであろう貨物船や、中型の客船も存在した。

 船舶輸送が活性化したのはウルマニス政権による工業化が主な要因で、それにともない資源や、技術者、その家族の入国者も増え、必然的に町がにぎわった結果、数年前に軍事クーデターがあったことなど嘘のようなにぎわいを見せていた。

 町行く人たちの目は輝いて、希望に満ちている。

「我々は繁栄するのだ」と信じてやまない。

 歩道を歩いている子供が手を振っている。

 まだ幼く、5歳ほどだろうか。

 それに微笑んで、手を振り返す。

 手には紙袋をぶら下げているから、おそらくお使いか何かだろう。

 こんなに小さな子供を一人で歩かせられるほど治安が良くなったのだな、とうれしくも思い、またこんな平和を続けてやれない自分の無力さを恨んだ。


 運河にそって十数分も走らせれば海が見えてきた。

 真正面に鉄柵と門が見え、警護兵が二名ほど立っているのが見える。

 彼らの前でバイクを停車させると軽い身のこなしで飛び降り、彼らに歩み寄る。

「失礼、ここから先は軍関係者以外立ち入り禁止となっております」

 小銃を携えた若い兵が丁寧な口調で話す。

 おもむろに、軍人証明書と手に取り彼らに見せて微笑む。

「失礼いたしました、大尉殿」

「かまわないわ、初見で軍人だと思われたこと、一度もないもの」

 それにしても、英雄とあちこちから持て囃されているのに彼らは知らなかったのかと疑問に思う。

「まさか、あのリューイ・ルーカスだとは……」

 若い兵の隣にいた軍曹がつぶやく。

「聞こえているわよ」

 それに注意する。

 いくら所属が違えど、目の前にいる上官に対してそのような口の利き方は直すべきである。

 しかしリューイはふと、自分が世間でどんな風に噂されているのかと興味を持った、

「もし、よろしければ私をどんな女性だと思っていたか教えてもらえないかしら?」

 と、リューイが微笑むと若い兵は困ったような顔をして、軍曹に視線を送った。

 すると軍曹は「忌憚なく申し上げますと、『まさしく軍神、風になびく銀の髪はまるで織物のような繊細さで、しかし戦場での冷酷な視線は氷よりも冷たく、部下に篤い』と聞いておりましたので、もう少しお年を召されている方かと」。

 あまりにも自分とかけ離れている噂にリューイは口角をヒクつかさせて「そうか」としかいうことができなかった。


 適当な雑談を終え、目的を問われ「暇だったから遊びに来た」とリューイが言うと、彼らは困惑したような顔をしながら、目を見合わせた。

 結局、若い兵が何やら内部へ走っていき、数分した後士官を伴って戻ってきた。

 その襟に光る階級章を見て、リューイはすぐさま姿勢を正し、敬礼した。

「リューイ・ルーカス陸軍大尉であります」

 士官はそれに答礼すると「アルデン・フォン・グラウシュラー海軍大佐である。当基地に停泊する第二大隊を指揮している」

 第二駆逐大隊、それがこの海軍基地に停泊する駆逐艦隊の正式名称だ。

 フォンと名前にあるから、海軍大学を主席で卒業したか、もしくは貴族の家系だろうと推察される。

「私の後に」というと大佐は門の奥に入っていった。

「私たちはいかがいたしましょう」

 軍曹が大佐に尋ねると、大佐は振り向かず「リェトスの前で待機していたまえ」と答えた。

「かかれ」

 大佐がそう命じると、軍曹と若い兵は「かかります」と敬礼し、港のほうへ走っていった。

 リューイはそれを見ながら感心して「随分と規律が正しいようですね」と褒めた。

 すると大佐は嬉しそうに肩を揺らして、「自慢の部下だ」と答えた。

「時に大尉、甘いものは好きかね?」

 その問いにリューイは「嫌いな食材はありません」と答えた。

「そうか」と大佐は答えると「少しきたまえ、見せたいものがある」

 そういって歩く方向を変えた。

(……暇つぶしのはずが、何か起きそうね)

 一人陰鬱になるリューイだった。


 案内されたのされたのは普通の倉庫、に偽装された潜水艦基地であった。

「あら」

「どうだね?」

 ニヤリと嗤う大佐。

 リューイは並ぶ潜水艦を見て感嘆する。

 今はまだ5隻しかいないが、埠頭の数が20ほどにも及び一つの埠頭につき、4隻とまるとして合計で80隻ほどは作る予定らしい。

「どこからこれを?」

 リューイの問いにこたえるかのように横の物陰から一人の男性が姿を現した。

「中佐殿?!」

 思わず声を上げたリューイに中佐は微笑んだ。

 彼はグーロスライヒ大使館の駐在武官。

 かつてリューイとウルマニスに圧力をかけた、その人であった。

「リューイ大尉にお願いされた二号戦車と短機関銃と一緒に一隻運んできましてね、ついでに設計図も差し上げたらこのザマですよ」

 なるほど、その時か。

 にしてもこの建造速度は異常だ。

「必死で金属をかき集めたものだよ」

 大佐が笑う。

 その後ろにいる主計将校であろう士官の目が笑っていないところを見ると、よほど無理をしたのだろう。

「で、大佐殿はこれを私に見せて何をしたいのですか?」

 リューイに問いに大佐は。

「海兵隊の創設に助力してほしい」

「は?」

 思わず問い返すリューイに大佐は続ける。

「潜水艦で敵地に浸透し、強襲する海上機動部隊を創設するのだよ」

 その言葉にリューイは閉口した。

 一体どこでその発想が……

 そんな発想、あと5年後のCIAで提言されているかどうかだ。

 こんなラトビアなんていう小国でそのような発想が出てくるのだろうか。

「……私だけではない?」

 リューイの独り言は誰も耳に入れることなく、消えていった。


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