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14話

 リマイナ・ルイは完全であることを求められた。

 没落貴族の家に生まれた彼女は兄弟もおらず、少女であるにもかかわらず、男らしくあることを求められ、家を復興させるための人間として多くの人間から期待されて育った。

 一つミスを犯せば罰が待っており、一つ素晴らしき行いをすれば「当然だ」というひどく冷たい言葉が待っていた。

 そんな父も、彼女に弟が生まれればリマイナに見向きもしなくなった。

 今までの罵詈雑言もなりを潜め、彼女を待っていたのは自由だった。

 だが、彼女は自由を知らなかった。

 母も長男を育てることに夢中であり、リマイナと顔を合わせるのは月に一度もなかった。

 そんな中で彼女を支えたのはとあるメイドだった。

 名をロフィーネ・ルーカス。

 銀髪で包容力のあふれる女性であった。

 リマイナに自由を教え、そして智を教えたのは彼女だった。

 そんなある日、ロフィーネは「私の娘が軍に行くことになったの」と心配そうに語った。

 あまりにも心配そうに語るものだから、ついリマイナは「なら、私が守ります!」と言ってしまっていた。

 そしてリマイナは約束通り軍学校に入校し、今までの生活で培った乗馬の技術を生かそうと騎兵隊に志願するものの却下され、それならばと最も興味のある戦車の道へと進んだ。

 そして彼女は出会ったのだ。

 メイドの娘、リューイ・ルーカスに。


「で? それがどうしたんですか?」

「つれないんだから!」

 最終試合の戦車の中でリマイナは昔を思い出して語っていた。

 彼女の口調は砕けており、心境の変化があったことがうかがえる。

「だから私はリューイを守らなくちゃいけないの。約束したから」

 それを聞いたフォニルは「そうですか」とあっさりと答えた。

「でも、今回はもらうから」

 リマイナは低い声でつぶやいた。

 第三小隊との一騎打ちに勝利したリマイナはリューイとの最終決戦に臨んでいた。

 彼女は今、英雄と称されたリューイ・ルーカスと対峙していた。

「でもね、私はあなたの動きが全部わかるの」

 リマイナがそう呟くと、戦車の床をドンと蹴った。

 直後、目の前を砲弾がかすめる。

 バッと横を見れば砲身が飛び出していた。

「はずれ」

 リマイナは微笑むと、操縦手に追撃を命じた。


「あれが外れるの?!」

 私は自らの部下に戦慄していた。

 確かにリマイナとはとても長い時間を過ごしていたが、彼女に行動を予測されるとは思っていなかったのだ。

「中隊長!」

 操縦手の叫びが聞こえハッと思い前を見ると分かれ道が。

 後ろを見ればリマイナの車両が。

「右よ!」

 そう叫んだ瞬間重低音が聞こえた。

 とっさに床を蹴る。

「外れた……」

 ホッと胸をなでおろす。

 リマイナは分かれ道で私がどちらを選ぶかを予測し、行動を起こす前に射撃していたのだ。

「まさにバケモノね」

 リマイナのことを甘く見ていたと嘆く。

「前進!」

 だが、リマイナは暇を与えない。

 戦車が前進するとほぼ同時に元いた場所に演習弾が着弾する。

「どんだけ装填が速いのよ」

 およそ十数秒の間に二発目。

「貴方のセンスに任せるわ」

 そういうと地点の座標だけ書いたメモを手渡す。

 操縦手は怪訝な顔をするが、私が「私の指示には従わなくていいわ、そこに辿り着ければいいの」というと「了解!」と力強く返し、独自の経路を取り始めた。


「……違う」

 リマイナは一人つぶやいていた。

 あれはリューイの動きじゃない。

 勝負を捨てたのかと怒りが満ち溢れる。

「だとしても、もらうから」

 そうリマイナがつぶやくと爆速で駆け上下に振動する車内でリマイナは空砲を装填し、演習弾をもう一発足元においておき、右手で抱えながら左手で照準などめちゃくちゃにトリガーを引く。

 鳴り響く重低音。

 その音を聞いた瞬間、敵戦車の動きが止まった。

 だが、リマイナはそんなことも確認せずに次弾装填を済ませ、狙いを定めて射撃した。

 直後、リューイの車両がペイントに染まった。


「負けたわね」

 真っ青になった戦車の上で微笑んでいた。

 そこにはむなしさもあるようで、嬉しそうであり。

 さまざまな色が混ざり合っていた。

「リューイ! 勝ったよ!」

 嬉しそうに近づいてくるリマイナに微笑んで「よくやったわね」と返した。

 まさか負けるとは思っていなかったが、リマイナに負けるならいいかもしれない。

 空を見上げて笑う。

「予定通り」と。


 その時、観客席は動揺に包まれていた。

 まさかあの中隊長が負けるとは思っていなかった。

 というのが大部分の感想だ。

 あの英雄が負けたというインパクトは強いが、それ以上にあの小隊長が勝ったという動揺が会場を呑み込んでいた。

 中隊長は確かに強かった、我々では敵うはずもないと会場の総意である。

 それ故に、そのリューイに勝利したリマイナには「戦いたくない」とすら思わせるほどの迫力があった。

 あの中隊長を完封した小隊長のリマイナ・ルイとはどんな人なのだろうかとリマイナを知らぬ人は思い、リマイナを知る人はまさかあの小隊長がと驚愕する。

「諸君、今日はご苦労だったわね」

 困惑する中隊員の背後から聞こえてきた中隊長の声に多くの隊員が背筋を伸ばした。

「リマイナ、勝利の挨拶をしなさいよ」

 私の言葉に隊員のみならず観客席全体が静まり返った。


 そして彼女の後ろから出てきた少女に会場は目を見開いた。

 リューイよりも一回り大きい程度の金髪の少女で利発そうな印象を見せるが、まさかあの『英雄』と呼ばれた中隊長を撃破したとはだれも思わなかった。

「あ、あの!」

 今まで縮こまっていたリマイナが声を上げると全員がじっとリマイナを見つめた。

 それを受けて「うぅ」と縮こまるリマイナ。

 やはりか、と全員が落胆する。あれはマグレであったのだと会場全員が思った。

「皆さんの戦いは素晴らしかったです! ですが。私が勝利をもらい受けました! やりました! リューイ! やったよ!!」

 途中までは勇ましく喋ってはいたものの、最後にはリューイに抱き着いた。

 彼女は抱き着いてきたリマイナを引きはがすこともせず、ただ抱きしめてその頭をなでた。

「諸君、リマイナ中尉が勝利をもぎ取ったのは決してマグレなどではない。確かな実力によるものである。以後、彼女を侮り、命令不服従を行うものがいれば軍法会議にかけることも厭わないと心得よ。彼女を侮るということは私を侮ることと同義である」

 その瞬間、会場が静まり返った。

「異議のあるものは手を挙げよ」

 リューイのその一言に手を上げる者はいなかった。


 その夜、執務を行っているとドアがノックされた。

「入っていいわよ」と答えると、ガチャとドアが開いた。

 入ってきたのは若い少尉で、肩章があるところを見ると参謀らしい。

「参謀本部からです」

 そういって一枚の封筒が手渡された。

 確かにそこには宛:第一戦車中隊 発:参謀本部と記されていた。

「確かに受け取ったわ」

「では、失礼いたします」

 若い少尉が出ていくと、手早く封筒の蝋を切り、開封する。

 そこには参謀特有の堅苦しい文章と最後に、

「クリスマスに最高のプレゼントを用意している。第一戦車中隊は首都北西に存在するドーガフグリバス要塞に移動を命じる」と。

 一口紅茶を口に含むと「あと半年ね」と呟いた。


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