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13話

「右前方に敵戦車。後退せよ」

 今の操縦手もなかなかに優秀なのだが、リマイナほどではない。

 私のオーダーを聞いた操縦手は素早くレバーを操作すると戦車を後退させた。

 その間に私は砲塔に顔を引っ込め、演習弾を装填する。

 装填が完了すると同時にガサガサという音が外部から響く。

「停止」

 どうやら森に突入したようで、停止を命じると戦車は停まった。

「五秒後に前進、右肩を叩いたら90度右転せよ」

「了解であります」

 私が「5、4、3,2」とカウントする。

 操縦手がギュッとレバーを握る。

「1。ナウ!」

 私が叫ぶと爆音を奏でて戦車が前進した。

 右斜め前方にいた敵戦車はこちらを待ち構えていたようで、すぐさま発砲してくる。

 だが、遅い。

 相手の車長であるヴェゼモアがあまり訓練に参加できていないため仕方ないとは思うが、未だにこの程度の技量かと落胆する。

「牽制射」

 私は一人小さくつぶやき、射撃トリガーを引いた。

 ドン! と重低音が車内に響くと、敵戦車の少し手前に演習弾が弾着した。

「さすがに無理か」

 惜しくも当たらなかったが、これだけ至近弾であるだけほめたものだと思う。

 私は装填を終えるとともに、操縦手の肩をトントンとたたいた。

 すると彼は車体を90度右に回転させ、さらに前進を続けた。

 それと同時に敵弾が発射されるが、突然の方向転換に驚いた敵は照準もまともに合わせられなかったようだ。

「甘い、甘いわよヴェゼモア」

 私がつぶやき、操縦手に「停車!」と叫ぶ。

「もらったわ」

 私はそう呟いて戦車が停止すると同時に射撃した。


『本部小隊二号車、撃破。よって同小隊一号車の勝利とする』

 場内にアナウンスが響く。

 それを聞いたウルマニスは満足げに頷くと葉巻を吹かす。

「ふむ、やはりリューイ君が勝ったか」

「閣下、そろそろ」

 彼の副官がそろそろ仕事に戻るようにと促すが、ウルマニスはニヤリと嗤うと

「まぁまぁ。彼女の雄姿を見て行ってやろうじゃないか」

「は、はぁ」

 副官は困惑しながらも同意した。

 リューイが戦ったのは第一試合だ。

 彼女の小隊は二車両しかないためタイマンとなっていたが、ほかの小隊は小隊内でのバトルロワイヤルとなる。

「それに、これで彼女たちの実力を見定められる」

 ウルマニスは静かに「まぁ、楽しみにしているよ。英雄」といった。


「まだまだ甘いわね」

 演習弾によりペイントまみれになった戦車から身を乗り出したヴェゼモアに私は声をかけた。

「そう思うならデスクワークを減らしてくださいよ」

 私の言葉に彼は茶化すように答えた。

「貴方の戦場は机の上よ」

 私の返しにヴェゼモアはあきらめたように溜息をついて「承知いたしました」といった。

 私は操縦手に帰還を命じると駐車場を見た。

 そこには各小隊の車両計15両。

 次は第一小隊の試合。リマイナの出番だ。

「リマイナ、頑張りなさい」

 私は一人でつぶやいた。


 そのころ、リマイナは静かに戦車の中で待っていた。

 自らの愛する友人、リューイが試合に勝ったことなど彼女の耳には入っておらず、あるのはただ勝つ方策だけ。

「車長、準備終わりました」

 突然声を掛けられたリマイナは間抜けな声を上げたが、すぐに「ありがとう」と微笑んだ。

「第一小隊、準備せよ」

 各車に大会本部からの伝令が来る。

「フォニルさん、事前の取り決め通りの位置に移動してください」

 リマイナはそう指示するとフォニルは「イェス・マム!」と気前よく返事するとレバーを操作する。

 試合開始は大会本部からの伝令が来てから五分後だ。

 それまでは各車がそれぞれの位置に移動してから開始を待つ。

「車長、頑張りましょうね」

「え? えぇ」

 フォニルがリマイナに声をかけた。

 彼は第一小隊で唯一、リマイナの言う通りに行動する人間だ。

 中隊規模に部隊が拡充すると命令が下された際に整備士として他の誰よりも早く配属されたのが彼であり、リマイナは彼の実力を見込んで操縦手に推挙した。

「私は、リューイが作ってくれたこのチャンスのために勝たなければならないのよ」

 リマイナがつぶやくとフォニルは「応」と答えた。


 試合開始の鐘が会場に鳴り響く。

「始まったわね」

「あぁ」

 観覧席で軍服姿の私とウルマニスは並んで座っていた。

「君は誰が勝つと思っているんだい?」

「リマイナが5分以内に決着をつけるわ」

 私の返答にウルマニスは思わず「何?」と聞き返した。

 まさかそんなはずは。という疑問を抱くとともに、ウルマニスは本当にそうなってしまうのではないかという気もしてきた。

『一号車が四号車を撃破いたしました』

 会場に響き渡るアナウンス。

「ね?」

 自身気に笑う。

 思わずひきつるウルマニス。

 試合が始まってまだ一分と経っていない。

 先程の試合が終わるのにも十分を要したのだが、今あの温厚そうに見えた少女は速攻で仕留めてしまった。

「これが彼女の技量よ」

 リューイはほくそ笑んだ。

 

 四号車の乗組員は何が起きたのか理解ができなかった。

 否。理解することはできたが、信じられなかった。

 あの小隊長が真正面から勝負を挑んでくるなどと。

「……恐ろしい」

 車長の手は震えていた。


『一号車が二号車を撃破』

 またもやアナウンスが響く。

「ど、どういうことだね! リューイ君!!」

 思わずウルマニスが叫んだ。

「どう? とは」

 微笑んで問い返した。

「アレはリマイナ君なのかね! 本当に!」

「閣下は替え玉であると?」

「そうだ」

 問い返すとウルマニスは苦虫をかみつぶすような顔で返した。

 まさかあれが、あの温厚なリマイナ君があんな動きをするとは。とウルマニスは言いたげであった。

「もともとリマイナは活発な子ですよ。最近は萎えていたようですが」

 だからと、信じられるだろうか?

 戦車を巧みに操り敵弾を躱し、敵戦車をよける彼女が本当にリマイナであると。

「彼女は天才なのですよ」

 それに続いて小さくつぶやいたが、ウルマニスの耳に届くことはなかった。

 だが、彼女の真横で構えていたヴェゼモアにははっきりと聞き取れた。

「私と違ってね」と。


 リマイナの戦い方はいたって単純。

 見敵必殺。サーチアンドデストロイだ。

 リマイナはフォニルの肩を何度も蹴り飛ばしながら自身は確実に一撃で敵戦車を仕留めていた。

 彼女が砲塔から身を乗り出して索敵していると『三号車が四号車を撃破』というアナウンスが響いた。

 するとリマイナは舌打した。

 さすがのフォニルもそれに驚いたが、すぐに納得した。

 彼女の顔が恐ろしくゆがんでいるのだ。

(これが、中隊長のいう『天才の顔』)

 フォニルは以前リューイに「リマイナは本物よ。本物の天才よ」と言われていた。

 半信半疑でありながらも自らを戦車乗りにしてくれたリマイナへの感謝の気持ちで今までついてきたが、この顔とこの戦果を見れば納得せざるを得なくなった。

(ついていくに値する人間だ)

 

 戦場を爆走するリマイナはまさに猛獣であった。

 遭遇したものをすべて屠り、道なき道を行く。

 まさに猛々しく鉄の棺桶ではなく鉄の騎兵というに遜色なかった。

 人はそれを思い返し言う。

「まさに覚醒というにふさわしかった」

 敵対した者はいう。

「二度と逆らいたくない」

 友は言う。

「奴の真の姿だ」

 当初、小隊長に最もふさわしくないといわれた小隊長は、敵弾を一切喰らうことなく、かつ四回の射撃のみで第一試合を制した。


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