9話
「神よ、どうか娘達をお救いください」
フォルマンはそう言って天に祈りを捧げた。
「旅団長、いいのですか。大佐についていかなくて」
彼の横でそう尋ねたのはクルト・アルトマン少尉であった。
リューイの同期であるヴェゼモアの弟。
「あぁ、私は日陰役だ」
フォルマンはそう言って笑うとクルトの肩を叩いた。
「君の兄もこうして、あの子を救うために死んだのかもしれんな」
彼の言葉を聞いてクルトは言葉を詰まらせた。
だが、ごくりと息を飲み込むと笑みを浮かべてこう答えた。
「兄が命をなげうってでも助けた大佐のために死ぬのなら、悔いはありません」
その言葉を聞いてフォルマンはニヤリと笑みを浮かべた。
だがそのあと彼の肩を叩くと真剣な表情でつげた。
「いいか、家族のために生きて、生きて帰るぞ」
「お父さん……!」
戦車に揺られながら、私は胸の前でこぶしを握った。
「お願い、生きて」
この世界に転生して、まともに人の愛を得た。
父の愛。
母の愛。
部下たち。
優しくも厳しい上司。
そして、温かい同期たち。
だが、戦争を繰り返すたびに同期たちは減っていった。
「大丈夫だよ、リューイ」
隣で並走するリマイナがそう言って笑った。
「だって、『私たち』のお父様だよ?」
彼女がそう言って屈託のない笑みを浮かべる。
何度この笑顔に救われただろうか。
道を踏み外そうとしたときに、彼女は命がけで私を助けてくれた。
「えぇ、そうね。仕事をするとしましょう」
私はそう答えると、前をにらんだ。
目の前には線路が横断しており、反対側の様子を見ることはできない。
そこで、少し手前で部隊を停めさせると、私は戦車を飛び降りた。
一歩一歩自らの足で歩いて、線路へと這い上がる。
そして、その奥に見た物は──。
1000門の砲列であった。
「進め!! 進め!!」
その頃、グデーリアンはアラビノに向かって突き進んでいた。
直後、甲高い音が空から響く。
「弾着注意!!」
彼がそう叫んだ直後、周囲を爆炎が包む。
阿鼻叫喚の地獄絵図。
鮮血と肉片が飛び散る。
「足を止めるな! とにかく進み続けろ!!」
彼は、顔に血を浴びながらもそう叫んだ。
「あのイノシシ武者は何ですの?!」
その光景を見て王女は愕然としていた。
グデーリアンのやろうとしていることは確実に最適解であった。
だが、それは実行できるのなら。という話だ。
普通なら途中で士気が折れる。
攻撃は崩壊し、部隊は潰走する。
だが、この敵はそうならない。
いくら損害を受けようとこちらに向かってくる。
「撃ちなさい! 撃ちなさい!!」
王女は取り乱した。
その直後、信じられない報告が彼女のもとに舞い込んだ。
「砲兵部隊が敵の奇襲を受けました!!」
その報告を聞いた王女はすぐに怒鳴った。
「右翼の歩兵師団は何をしてるんですの?!」
王女の言葉に通信兵は一瞬うろたえた後、こう続けた。
「番犬の部隊に抜かれたそうです!!」
その報告を聞いて、王女はぽかんとした。
暫くすると顔を手で覆って笑い始めた。
「また、また、あいつですの」
笑いながら彼女はそう言うと、東をにらんだ。
「懲罰部隊はここで抵抗を続けなさい。各車、砲兵の元へと向かいますわ」
彼女の言葉に、懲罰部隊の隊長はピクリとも表情を変えずに答えた。
「承知いたしました。王女殿下」
「あの化物が来るよりも早く蹂躙しなさい!」
私は砲列に突入するとそう叫んだ。
王女が帰ってくれば戦力は拮抗する。
それどころか、ひっくり返されるかもしれない。
「大佐ァ! 相手の数を理解しとるんですか?!」
ロレンス大佐はそう言って声を上げた。
1000門の砲。
それを運用する兵数は一門につき五人ほど
つまりは5,000人程度の兵数がいる。
それに対して私達の第一旅団は定数で1,500人程度。
何度も戦闘を重ねた私達はもう少し少ないだろう。
「隊内無線を有効に活用し連携を取りなさい!」
「殿下、野良犬を殺す策など考えておられるのですか?」
前線から砲兵部隊のもとへ急行する最中、ジャスパーは王女にそう尋ねた。
その問いに、王女は微笑む。
「『彼』が残したアレを使いますわ」
王女の言葉にジャスパーは首を傾げた。
「すぐにわかりますわ」
「え、えぇ」
王女の諦めたかのような言葉にジャスパーは生返事で答える。
王女は何やら無線車の乗組員と会話を交わすとすぐに笑みを浮かべた。
「それでやって頂戴。見つけたら連絡して」
王女の言葉に無線車の車長が頷くと彼女は振り返った。
「神のお導きが、あらんことを」
「敵は同士討ちを恐れて砲を使えないわ! 今のうちに叩くわよ!」
敵は砲を失うのを、戦力が減るのを恐れた。
この場合の最適解は味方もろとも、敵を砲で打破する。
もちろんこれができる指揮官は多くないだろう。
だがらカミラ王女やトゥハチェンスキならやっただろう。
100の勝利のために80を犠牲にする覚悟が必要だ。
それとも、敵の砲兵をまとめ上げる指揮官がいないのかもしれない。
「撃ちまくりなさい! 敵は連携を取れてないわ!」
私はそう叫んだ。
悪魔は少しずつ近づいてきていた。
「どうかしら、いけそう?」
その頃、王女は野良犬を仕留めるため、最後の策を完成させようとしていた。
彼女の問に、無線車の車長は「もう少しです!」と答えた。
「……、捉えました!」
彼はそう叫んだ。
「第一中隊は前進! 第二中隊は──」
直後、響く野良犬の声。
そう、彼は見事に野良犬が使う隊内無線の周波数を捉えたのであった。
「その無線に介入できるかしら?」
「えぇ、周波数を合わせれば」
彼の返答を聞いた王女は満面の笑みを浮かべた。
「この勝負、わたくしの勝ちですわ」
「旅団長! 敵の半数は削れたんじゃないでしょうか!」
敵の殲滅を進めて、30分が経っただろうか。
戦車の威力を以てしてようやく半分。
敵もようやく踏ん切りがついたようで砲を使い始めた。
恐ろしいことこの上ない。
徐々に味方の損害も増えつつある。
ここらで撤退しても、おそらく後はクデーリアンが──。
そう、油断した直後。
無線機から少女の声が響いた。
「ごきげんよう、迷える子羊たち。神に逆らう貴方達に救済を授けますわ」
その声は聞くものを魅了した。
美しく、洗練された声であった。
「神のご加護があらんことを。悪魔を討ち滅ぼしなさい」
カミラ・ローズの声であった。