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58話

 ドロホヴォから後退するソ連軍歩兵部隊を追撃していた。

「前方敵戦車部隊! 見慣れぬ戦車です!」

 先鋒の第1中隊からの報告を聞いた私は首を傾げた。

「敵の新型ということかしら?」

 私の問いに「手元の資料には該当する車両はありません」とクラウス大尉が答える。

 彼の返答を聞いて私は何か異変を察知した。

「ロレンス中佐! この場の指揮を任せるわ!」

 私がそう言って声を上げると後方からトラックでついてきていたロレンス中佐が「了解」と答える。

 無線機を手に持ち、さらに命令を続ける。

「アウグスト少佐。一緒についてきなさい」

「了解」

 私はアウグスト少佐を連れて、混乱に包まれるソ連軍歩兵部隊を割ってクラウス大尉のいる丘へと向かう。

 すると、そこから見えた光景は異様なものであった。

「へぇ……。2個大隊規模かしら?」

 やや数は少ないかもしれないがおよそ2個大隊の戦車がこちらに向かってゆっくりと進んできていた 

「右側の戦車は見たことがありませんな」

 双眼鏡で敵を覗いたアウグスト少佐はそう言った。

 それに続いて私も双眼鏡を手に取って覗く。

「あれはアメリカの戦車よ」

 そこには、第2次世界大戦中アメリカでもっとも生産された戦車があった。

 M4中戦車、通称シャーマン。

 本来1942年2月に量産開始されるはずのそれが、なぜかこの東部戦線にあった。

「国籍は?」

 私がそう尋ねると双眼鏡を除いたアウグスト少佐はすぐさま答えた。

「イギリス軍の物かと」

 その言葉を聞いた瞬間、私は敵の指揮官に心当たりがあった。

 1年と少し前。

 英本土で死闘を演じた相手。

 またこの地で相まみえるとは。

 相棒の仇であり、戦友たちの仇でもある。


「敵の指揮官はイギリス王室カミラ・ローズ王女よ」



「ソ連軍歩兵部隊の処理は海蛇大隊に任せるわ」

 丘の上から、私はそう命じた。

 内心、私は焦っていた。

 戦車の性能だけで言えば、向かってくる敵戦車を撃破するのは非常に困難なのであった。

 というのも、現在のドイツ軍で主力となっている4号戦車が積んでいる75ミリ砲。

 これに問題があった。

 砲身が短く、装甲貫通能力が乏しいのだ。

 史実ではカモのように惨殺されていったシャーマンですら、正面から殴り合えば一方的に殺られる。

 T34だって同じだ。

 わが大隊に配備されているほとんどの戦車では敵の装甲を真正面から撃ち抜くことはできない。

 だからこそ、乱戦に巻き込ませたり、側背面を突ける戦法を選んできた。

 例外的に、リマイナと一部の車両は長砲身化されているが、あくまで例外だ。

 だが、ここで退くわけにはいかなかった。

「何度も同じことを言うようで悪いわね」

 私はそう言って苦笑いをアウグスト少佐に浮かべる。

 この戦いで何度同じことを言って彼らを鼓舞してきただろうか。

 彼らはもしかしたら聞き飽きているかもしれない。

 それでも、私は最前線に立ち、後ろに続く彼らを鼓舞し続ける。

 たとえ、何があろうと。

「諸君。今までありがとう」

 私は静かにそうささやく。

「もう少しで、私たちは歴史に名を刻むことになるわ」

 私の言葉に、無線機の奥から誰かが息をのむ音が聞こえた。

 もう史実は超えた。

 史実のドイツ軍が到達できなかったところまで、私は到達している。

「時代を切り拓くのは私たちよ。偉大なる勝利をつかむのよ!」

 声を張り上げる。

「紅き巨人が潰える時が来た! 引導を渡すのは我らである! 我らは時代の代行者である!!」

 その声に兵たちが歓声で答える。

 意気やよし。

 さぁ、やろうじゃないか。


「全速前進! 目標は敵戦車部隊!」

 その声の元、40両の戦車はうなり声をあげた。



「全車両、戦闘用意ですわ」

 カミラ王女は敏感に敵の変化を感じ取っていた。

「対突撃陣形! 車列を横隊に!」

 王女の命令を聞いた兵たちはすぐさま行動に移す。

 それを見たエレーナもまた、配下の大隊へ指揮を飛ばす。

「縦陣を。王女殿下の部隊を支援します」

 無感情な声で答えたエレーナに王女は微笑んだ。

 彼女たちの策は単純明快であった。

 カミラ王女の部隊で敵の戦車を押しとどめ、その間に側面をエレーナのソ連軍戦車部隊が突く。

「ジャスパー。ここが正念場ですわ」

 王女は、腹心にそう伝えた。

 彼女の右手は小刻みに震えている。

「いつまでも、殿下の御傍におります」

 ジャスパーはそう答えた。



「突撃用意!」

 私はそう命じるほかなかった。

 中遠距離で敵と砲撃戦を演じれば確実に負ける。

 ではどうするか。

 肉薄させるしかない。

 思えば戦争が始まってからまともな指揮を執っていない。

 何かあれば突撃させるしか能がないようではないか。

「リマイナ」

「なぁに?」

 全速力で進みながら陣形を整える部隊を背に、私は無線機で親友に声をかけた。

「今まで、ありがとう」

 私は静かにそう言った。

 その言葉を聞いたリマイナは「これからもよろしく、でしょ?」と笑った。

「えぇ、そうね」

 私はそう答えると、目の前で展開を終えようとする敵部隊をにらんだ。

「総員、傾注」

 無線機に向かって静かに声を発する。

 左足が小刻みに震える。

 武者震いだろうか、恐怖だろうか。

「今、目の前にいるのは同胞の仇よ」

 私の言葉に何人かが息をのむ。

 イギリス本土戦を生き残った者は多くない。

 だが、私の部隊にはその戦いで家族を失った者たちが多くいる。

 父の部隊にも2、3人いるらしい。

「イギリス王室、カミラ・ローズ第3王女」

 予想外のビックネームに兵たちは驚いた。

「私は彼女を一度捕らえ、逃げられているわ」

 言葉を続けるうちに、あることを思い出した。

 そう言えば、トゥハチェンスキも一度捕まえていたなと。

「私の顔に、私たちの大隊に泥を塗った不届きな王女様よ」

 私はそう言うと、声を張り上げた。


「遠慮は不要! 叩き潰すわよ!!」



「殿下、敵が突っ込んできました」

「わかっていますわ」

 双眼鏡を除くカミラ王女はジャスパーの報告を切り捨てると無線機を手に取った。

「狼狩ですわ」

 そう呟くと、砲塔から身を乗り出して、右手を振り上げた。

 全員の視線が彼女の右手に集中する。

 王女は堂々とした態度でそれを振り下ろすと声を上げた。

「fire!!」

 彼女の号令とともに、40両の戦車が火を噴いた。



「敵車列発砲!」

 私が想定するよりも、敵の射撃は早かった。

 それは、比較的砲身の長いM4だからこそ成せる技であった。

「針路58度!! 敵左翼に突入するわ!」

 私はそう叫んで、車列の向きを変えさせる。

 戦車の質が敵に負けているからこそ、姑息な手段をとった。

 局地的に圧倒的数量優位を作り出し、敵を圧倒する。

「応射しなさい! ひるんではだめよ!!」

 私の言葉に答えるように、ほかの車両も一斉に射撃を開始した。



「敵車列が針路を変更しました!」

 兵の報告を聞いたカミラ王女は舌打ちをした。

 敵は幸運らしい。

「右翼のエレーナ中佐の部隊で敵の後方を閉塞しなさい」

 そう、右翼にはソ連軍戦車部隊が待ち構えていた。

 もしも敵が右翼に突撃していれば待ち構えていたソ連軍が殲滅していた。

「さすが、神に愛されてますわね」

 


「敵右翼からソ連軍のT34が出現! 後方に回り込んできています!」

 最後尾を進む中隊からの報告に、私は驚いた。

 どうやら、敵の右翼には伏兵がいたようだ。

 敵はそれをさらけ出してこちらの後方を遮断しに来たらしい。

「構わないわ! このまま敵の左翼に突入!」

 ここで兵力を分散すれば敵の思うつぼだ。

「ただひたすらに! 自らの使命を心に刻み進みなさい!」

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