中ニの時に自分で書いた嫌われ夢小説の主人公になってしまった
「今日は転校生がこのクラスに来るぞ!さぁ、入りなさい」
担任の先生に促され、その少女が入ってきた瞬間。
私は全てを思い出した。
この世界が、「前世で私が中ニの頃に書いた嫌われ夢小説」の世界だという事に。
「口伝ひめるですぅ、ひめるって呼んでくださいねぇ。よろしくお願いします〜」
いかにもな舌ったらずな自己紹介をした少女、ひめるは両手を顔の前で握りしめて、愛らしい顔でにっこり笑う。
間違いない。
このわざとらしいくらいのぶりっ子仕草に黒髪ぱっつんのハーフツインテールという、ザ・オタサーの姫装備。
私が「主人公を嵌める悪女」として夢小説にて生み出した創作っ娘のひめるだ。
そして、ひめるは私と目が一瞬合い、誰にも気づかれないように憎々しげに睨んできた。
◆◆◆◆◆
夢小説、というのは、架空のキャラクターを作り、既存のキャラクターとの恋愛や友愛を紡ぐ妄想を文字にしたものだ。
中でも、前世の私がはまったのは「嫌われ夢小説」だ。嫌われはその名の通り、キャラクターのイケメンたちにに嫌われ、殴られ、追い詰められ、病まされ、ぼろぼろにされたりする。
しかし、味方になるイケメンが一部いて、最終的ハッピーエンドになる復讐系スカッとストーリーが多い。
そして、その嫌われ夢小説に欠かせないのが「悪女」だ。
悪女はイケメンたちのハーレムの中にいる主人公に嫉妬をして、嘘と演技を駆使して主人公の取り巻きを奪うという役割がある。
よくある王道パターンは悪女がカッターで自分自身を傷つけておいて「きゃー!!!主人公ちゃんがー切ったー!!うええひどいよ〜!!私は仲良くしたいだけなのに〜」からの、イケメンたちの「ちくしょう!悪女ちゃん大丈夫か?主人公!悪女ちゃんが可愛いからって嫉妬かよ!」だ。
警察に行けや指紋を取れというツッコミは無しにしていただきたい。
これはもう嫌われ夢テンプレみたいなものだから。
かくいう、私の書いた夢小説もそのパターンだ。
口伝ひめるは転入してきてすぐに主人公をはめにくる。イケメンに囲われてるのが気にくわないという理由により、お決まりのカッタープレイで。
更にそこからちょくちょく包帯を色んな箇所に設置して主人公をクラスから完全に孤立させる。
もちろん主人公の親や教師だって、都合よく騙されてひめるの味方をする。
でもまあ夢小説らしく、一番私がタイプだった他クラスのイケメンは主人公の味方で、最終的にみんなの前でひめるのしたことはバレて主人公はハッピーエンドだ。
自分の生み出した「ひめる」が生で見れたのは正直ちょっと嬉しかったが、問題はそこではない。
ひめるは主人公を睨むのだ、みんなにバレないように。
先ほど、私がされたように。
そう、つまり私は、前世で自分が書いた嫌われ夢小説の主人公になっていたらしい。
一旦気がついたら理解は早かった。
私、イケメンに囲われてる。
そして、私、可愛い。
ふわっふわの色素の薄いホワイトブロンドに左右の瞳の色の異なるオッドアイ。
聡明で成績は常に学年トップで、運動は少し苦手。家は大財閥のお嬢様。
もう、この状態、完全に中ニの時にキメッキメな気持ちで私が考えた主人公でしかない。
◆◆◆◆◆
「ハクアちゃん!ひめるとお友達になろぉ?」
にっこり笑って差し出された手。
放課後、真っ先に私の席にきたひめるの手だ。
私が昔書いたままの台詞を言ってくる。
ハクアちゃんというのは私の名前だ。
白い鴉ってなんかかっこいいという気持ちで使っていた私の夢女子ネームだ。
ちなみにハクアちゃんこと私は日本人設定だ。
ホワイトブロンドのオッドアイでも日本人だ。
「ええ、ひめるちゃん、よろしくね」
私は微笑んでから、両手でひめるちゃんの差し出した手を軽く握った。
美少女同士のやりとりにクラスの連中はきゃあきゃあ言ってる。
ひめるは私に微笑み返してから、私の左右と後ろにいるイケメンアニメキャラクターたちにも握手をしていた。若干恥ずかしそうに伏し目になってるのは、自分を奥ゆかしく愛らしく思わせるのに最適で、イケメンアニメキャラクターたちはひめるに一目惚れしかけてる。
私が書いたストーリー通りに。
ひめるはこの後、私に学校案内を頼み、カッターで自分自身を切りつけて、私にやられたと罪をなすりつけるつもりだ。
そして翌日からクラスで私をいじめさせる。
でも、あいにく、私はいじめられる趣味はない。なので、抵抗させてもらうとしよう。
一通り挨拶が済んだのか、私はひめるに学校案内を頼まれ、「私でよかったら」と快諾した。
「ハクアちゃんってとっても美人さんだよねぇ。ひめる羨ましいなぁ」
「ひめるちゃんも可愛いわ」
「ハクアちゃんと仲良しの男の子たち、みんなかっこいいし、ハクアちゃんってお金持ちなんでしょ?なんでも持ってるんだねぇ。羨ましいなぁ」
「ひめるちゃんならすぐみんなと私以上に仲良くなれるわ」
「ふーん…」
誰もいない廊下。
ここら辺の会話だっただろうか。
ひめるが「アンタ、気にくわない!」とカッターをスカートから取り出すのは。
先陣していた私は、くるっとひめるの方を振り向いた。ひめるは「アンタ、」と言い、自分のスカートに手を入れ。
「…は?きゃあああああああああああああああああ!!」
そして、私にカッターで顔を思い切り切りつけられて、悲鳴をあげた。
「いたい!いたい!いたい!いたい!!は!?なんで!?あんた!なに!血がでてる!血が!!いたい!いたい!!」
「ひめるちゃん、もうちょっと声のボリューム下げよう?」
膝を床について両手で顔を抑えるひめる。
私は指を口に当ててしぃーっと言ってから、ひめるのカッターを奪い取った。
そして、ひめるの手首を片方取り、床に手のひらを付けさせてから、カッターでひめるの手の甲を思い切り突き刺した。
「あああああああ!!!いたい!!!!!やめて!!!やめて!!やめてよ!!!なんなの!!!なに!!!いみわかんない!!!」
そこで。
「ハクア!!ひめるちゃんになにしてるんだよ!!」
クラスのイケメン4人がやってきた。
元私の取り巻きで、先ほどひめるに一目惚れしたアニメキャラクターたちだ。
「み、みんな…!ハクアちゃんが…!いきなりひめるのこと切りつけてきて、ひめるが可愛いから気にくわないって…」
涙目でうるうる訴えるひめる。
さすがだ。ちゃんとこんな状況でも被害者面ばっちりだ。それでこそ悪女。
もっとも、今は実際にひめるは被害者になるけど。
対抗できるかどうかわからないけど、私も一応アピールしておこう。
怯えたように若干手を震わせながらすとんと座り込む。
「ひめるちゃんがいきなり一人で自傷行為をし始めて、私はただ止めたくて…」
「はぁ!?!?」
ひめるがかなりキレていた。
気持ちはわかる。
腕を軽く自傷するつもりが顔を切られ手の甲を突き刺されたのだ。普通に怒る。
「ふざけるなよ!ひめるちゃんが自分で自分のこと切るわけないだろ!!」
「そうだ!そうだ!」
「ハクアがそんな方だったとは見損なったよ」
「そうだ!そうだ!」
イケメンたち4人はひめるを信じた。
さすがに顔は自傷するのは無理があったか。
「うわぁん、ひめる、こわかったぁ!!」
彼らに抱きつくひめる。
たしかに怖かっただろう。
いきなり顔切ってくる女とか、普通に怖いよね。
わかる。
「おい!ハクア!どういうつもりだ!」
イケメンの一人が私に掴みかかった。
服に皺がつくのでやめてほしい。
でも多勢に1人で勝てる自信もない。
うーん、と私がどうしようか悩んでるいると、王道展開「仕返し」が始まった。
これはあれだ、「悪女ちゃんをいじめるなんて悪いやつめ!痛みを教えてやる!」というやつだ。
私は「こい!」とイケメン3人に体育館倉庫に連れてかれた、イケメン4人のうちの1人はひめるを家へ連れてくらしい。
すごいなぁと私は思う。
思いっきり私が書いたのとは違う行動をしたのに、書いたのと同じ状況になっている。
ひめるなんて、家連れて帰るより病院連れてくべきなのに、家連れてかれたし。
体育館倉庫でこれから私は「ひめるちゃんと同じ痛みを味わせてやる!」と殴られそうになり、そこで私の叫び声に気が付いた他クラスのイケメンに「なにしてるんですか!」とギリギリで助けられるのだ。
「ひめるちゃんと同じ痛みを味わせてやる!」
「きゃぁ!やめて!」
「なにしてるんですか!」
と、この通りにだ。
「ハクアが、ひめるちゃんをカッターで切りつけたんだ!謝りもしない!最低だ!ひめるちゃんが可愛いからって嫉妬して!!」
「そんな…私してない…信じて…」
「ハクアさんがやってないと言ってるから、俺はハクアさんを信じます」
「…勝手にしろ!!」
同じクラスのイケメンたちは荒々しく体育館倉庫から出ていった。
「ハクアさん、大丈夫ですか?」
他クラスのイケメンは、心配したようにしゃがみ込んで目線を合わせ、私に問う。
「…大丈夫。心配かけてごめんなさい」
私は弱々しくも「辛いけど、貴方に迷惑かけたくないから元気に頑張って振る舞う女の子」に見えるように振る舞う。
手のわずかな震えもさりげなく目に入るようにして。
◆◆◆◆◆
そして。
家についてふっかふかのベッドに寝転がる。
明日は、なんだったっけ。
そう、ひめるが「ハクアちゃんの雇った男の人に犯されて…」って嘘をついて主人公を嵌めて、教室で泣くんだった。
私はベルを鳴らした。
使用人が部屋に入ってくる。
「ハクアお嬢様。およびでしょうか」
「ええ、今日ね。クラスの男の子たち三人に、体育館に連れ込まれて、…怖い思いをしたの。お父さまに助けてくれるよう伝えてくれる…?それと、私今からちょっと出かけるから護衛を一人用意してもらえる?12時前には戻るから」
「かしこまりました。旦那様に伝えたのち、相手の家へ連絡させていただきます」
「ありがとう」
日本一金持ちな財閥設定にしといてよかった。
中ニの私えらいえらい。
これでクラスのイケメンたちのことは大丈夫だろう。
私は軽くカーディガンを羽織って、護衛を連れて夜の街へ出かけた。
護衛は私が何をしようが口を出さない。
口を出せない。父によく教育されている。
目的はひめるを犯すための男探しだ。
めぼしい男数人に声をかけ、一人づつ100万を渡した。
「頑張ってね。ひめるちゃんを一回犯すたびにプラス100万をあげる。なるべく好きとか愛してるとか可愛いとかたくさんたくさん言ってあげて。そしたら、将来誰かから愛された時に、同じことを言われて貴方たちとのことを思い出せるはずだから」
私はそう伝えて、護衛と家に帰った。
家に入ると、クラスのイケメンたちが親と共に土下座をしていた。
私は「申し訳ございませんでした!」という彼らをちらりと一瞥して、父に「ただいま戻りました!」と駆け寄った。
「おかえり、可愛いハクア。お前に酷いことをした奴らは彼らで間違いないか?」
「ええ。…体育館倉庫に連れてかれて、怖い思いをしました。」
私は大袈裟に父の前で今にも泣きそうな顔をする。
父の権力で、彼らの父親は職を失う立場。
世の中、力がやはり全てなのだ。
財力や権力を持っている側が常に正しくなる。
「父様、私、思い出すととっても怖くて…」
「そうだな、ハクアはもう寝るといい。私が全て解決しよう」
「ええ、ありがとうございます」
私はひれ伏す彼らを見て口パクで「ざまあみろ」とだけ伝えて、部屋で気持ち良い眠りについた。
◆◆◆◆◆
翌朝、ひめるは学校に来なかった。
なんでも、部屋に複数人の強盗が押し入ったらしい。かわいそうに。
昨日揉めたイケメンたちも、学校に来なかった。
なんでも、昨日みんな一家心中をしたらしい。かわいそうに。
私は隣のクラスのイケメンに告白されて、それを了承した。
かっこいい彼氏に、お金持ちな家柄、珍しくも美しい完璧な容姿に、出来の良い成績、今日も私は幸せなのだ。
end