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 乗せられたアルム

「「はい?」」


 カレンが何を言っているのかわからない。普通暇だからと狩りに行こうとはならない。


「さっき小耳に挟んだのよ。どうやら今パディー村は肉不足らしいわよ」

「そうなの?」


 今この場で一番村のことについて詳しいであろうマリナ様に向かって問を投げる。カレンは無茶苦茶言うが、無駄な嘘をつくことはない。――習い事から逃げることを除いて。


「……え、ええ、お二人もご存じかと思いますが、先のゴブリン騒動で森が荒らされ、近辺から獣が減ってしまい獲物の確保が思わしくありません。それに、騒動の時に狩人の何人かがケガをして動けない時期が続いたので、村は慢性的な肉不足になっています」


 マリナ様はどこか言いにくそうに内情を打ち明けてくれた。本来、外部の人に村の弱みを知られるのはよくないのだろうけど、ウッドランド村はある意味関係者だからごまかしきれないと話してくれたのだろう。

 それにしても慢性的な肉不足とは頂けない。肉は人が生きてく上での活力になる。肉が食べられないなんて村の人たちが可哀そうだ。


「あっ、でも、今年は豊作で野菜やお米が十分に収穫できましたし、湖の恩恵も豊なので食に困るなんてことはありませんよ」

「確かに昨日の夕食は美味しかったわね。おなか一杯になるまで食べられたし、村の人たちも楽しそうだったわ」


 確かに昨日の宴では十分な食料がいきわたっていた。豊富な食材に十分な量が配膳されていた。あのウナギでも最初のインパクトさえなければ美味しく頂けたのは間違いないだろう。


「でも、やっぱりお肉も食べたいのよね。脂が滴るお肉と一緒にお米を食べてみたいのよ」

「それは……」


 カレンが言いたいことは良くわかる。お米は様々な食材と相性がいい。それこそパンよりもお米のほうが僕は好きだったりする。お肉を甘辛いタレを付けて食べれば間違いなくおいしい。疑う余地などない。


「確かに……、それは僕も食べてみたいかもしれない」

「でしょ? でも、今それを提供できるのはアルムしかいないのよ。残念ながら狩人の人達も二日酔いで動けないらしいわよ」

「むむむ……」


 一応狩りができるように、道具一式は揃っている。正装ということで、何時も狩りに行くときの服装で来たから、今から狩りに出るのも十分可能だ。狩猟に出るにはいささか遅い時間だが、森の奥深くまで入らなければどうにでもなる。


「そ、それはだめです。お客様にそんなことさせられません。そ、それに、森はいまだに獣の影が薄いと猟師たちが申しております。たとえ狩りにでかけても獲物を得るのは難しいですよっ」


 パディー村では、以前の騒動以降なかなか獣が戻ってこないらしい。ウッドランド村の方は、早期解決できたからこそ獣がすぐに戻ってきてくれたけど、この村では長らくゴブリンがとどまっていた為に、なかなか獣たちが元の数まで戻らないらしい。地元猟師の見立てでは、今年一杯獣は戻ってこないとのことだ。


「そっかー、流石に獲物がいないのなら狩りに行っても仕方ないね。いくら僕でも居ないものは狩れないよ」

「ですよね。凄腕と言われるアルム君でも、獲物がいなくては狩りになりませんよね」


 マリナ様は僕の言葉を聞いて胸を撫でおろす。

 僕は凄腕っていわれるような凄い狩人ではないけど、ある程度獣がいるもりなら多少なり獲物を得ることはできると思う。でも、それは獣ありきのことだ。こんな時は何だったかな? ない袖は振れない。違ったかな?


「それは問題ないわ。森に獣がいなくても、この村の西に広がる平野には沢山獣が居るらしいわよ。それも大物ばかりで食べ応え十分な獣ですって! アルムも一端の狩人を名乗るなら大きな獣の一匹でも仕留めないと格好がつかないわよ?」

「……僕にだって大物の一匹や二匹狩れるよ」

「あら、それは獲物をしとめた人だけが言っていい言葉よ。口先だけなんて誰も信じないわ」

「ま、まあまあ、お二人とも落ち着いてください」


 カレンが挑発するから部屋の中には緊張感が広がった。

 僕にとって狩りとは事前準備をしっかり行い、獲物を発見したら確実に仕留めることができる状況をつくりだすものだ。でも、だからと言って突発的な状況で狩りができないなんて事はない。

 獣を狩るのに必要なのは、いかに地形を活かした仕留め方をするかだ。たとえ平原であろうとも、何もない地形が続いているわけではない。平原には木も生えていれば、大きな石が転がっていることもある。水辺の周辺では土がぬかるみ、背の高い植物が生い茂る場所もある。姿を隠し、獣の不意をつくのは不可能ではない。


「そうだね。僕もちょうどお肉を食べたいと思っていたんだ。これもちょうどいい機会だから大きな獲物をしとめてパディー村の皆に振舞うのも悪くないかもね」

「そうこなくっちゃね。詳しい場所は聞いてあるから、あとは向かうだけよ」

「ちょ、ちょっと待ってください。客人であるお二人をそんな危険なところに行かせられません」


 僕とカレンが同時に席を立つと、マリナ様が慌ててそれを抑えにかかる。

 確かに彼女が言いたいこともわかる。狩人には自分の縄張りというものがある。だから余所の狩人がその縄張りを犯すのに忌避するのは当然のことだ。彼女もこの村を収める領主家の者であるなら、村の狩人に気を遣うのは当然と言えるだろう。

 でも、こちらにも引けない理由がある。僕はこれでも一端の狩人としての誇りがある。だから、大きな獲物を得るのが立派な狩人になるための通過点だとするなら、僕はこれを避けて通るわけにはいかないのだ。

 それに、狩人なら自分の住む村に肉不足をもたらすなどあってはならない。たとえイレギュラーが起きて獣の数が減ったとしても、創意工夫をして獲物を得るのが狩人としての務め。それができていない狩人の縄張りの主張など聞いてはいられない。口を開く前に獲物を手に入れろと言ってやりたい。……この言い訳でいこう。


「えー、私お肉が食べたいわー」

「えー、僕お肉が食べたいよー」

「お、お二人とも……」


 こうなったら引く選択は僕にはない。

 それに、実際問題冬越えの前に肉不足というのは非常に危険だ。冬場は寒さに打ち勝つ体力が必要になる。たとえ十分な食料があったとしても、冬の寒さを乗り越えられるための体力を得るには、肉が一番ふさわしいのだ。動物性タンパク質ほど即効性があり持続力のある力の源となる物はない。


「マリナ様、これはパディー村に必要なことです。肉は人に活力を与え、冬の寒さに打ち勝つ体力を蓄えさせてくれます。実際、肉の確保に失敗した村では何人か凍死者が出るといいます。これは今年の冬を越すために必要なことなんです」

「そうよ。私たち貴族は収める地の事を一番に考えないといけないのよ。そして隣村が困っていたら手を貸すのも、又私たち貴族の務めなのよ。私は民が冬の寒さに苦しむ姿なんて見たくないわ」

「ア、アルム君……カレン様……」


 駄々っ子モードからの真面目ちゃんへの急転換。これには流石のマリナ様も心を動かさざるを得ない。交渉ごとにギャップは重要な武器になるってゴモンのおっちゃんが言ってた。それに、真面目な顔をした時のカレンには何故か不思議な説得力がある。普段ふざけているくせに、ここぞとばかりに真面目になった時のカレンの言葉には力があるのだ。


「お、お二人ともそこまでこの村の事を……及ばずながら私も微力を――ってなりませんからねっ! 危ないことは禁止ですっ!」

「「チッ、だが断る!」」


 流石にごまかされてはくれなかった。



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