欲の向かう先
「あら? アルム、どうかしたの?」
「うん、こっちは一段落したから様子を見に来たよ」
キッチンを散らかして、何かを必死に瓶に詰め込むカレンに話しかける。
昨日はカレンに料理を体験してもらったけど、料理にはその人の人柄が表れると言うから、この散らかったキッチンがカレンの内面を現しているようだ。
「そうなの? あ、それよりこれを見なさい。カリンの蜂蜜シロップよ!」
それは、今しがたカレンが必死に瓶に詰めていた物だった。
薄い琥珀色をした液体に、ざっくばらんにカットされたカリンがゆらゆら漂っている。確り蓋がされているのに甘い匂いが漂ってきて、このシロップが完成するのが今から楽しみになる。
「それにしてもよくこんなに蜂蜜持って来たね」
「ん? 違うわよ。これはアルムの家にあった奴よ」
「え゛っ?」
確かに我が家には蜂蜜のストックが置いてある。
でも、それは姉さんが飲むミードを作る為の原料であって、余っている訳では無い。
この蜂蜜は森の中で巣を作る特殊な蜂が集めた珍しい物なので滅多に出回る事が無い。狩りの時、余裕があれば集めていた物なので直ぐに補充出来るわけじゃない。僕は悪くない。
「あれ? 使ったら不味かった?」
「……それ、姉さんのだよ」
「……今度蜂蜜を送るわ」
姉さんは滅多にお酒を飲まないけど、冬場に暖かいミードを飲むのを密かな楽しみとしている。それが無くなったとなれば姉さんの機嫌が下降するのは間違いない。カレンもその辺りは理解しているみたいだ。
「まあ、カリンシロップがあればそこまで機嫌は悪くならないかな?」
「……そう願うわ」
姉さんの機嫌は、何故かウッドランド家の領地運営に直結するらしい。
以前、姉さんがヘソを曲げた時、姉さんと仲の良い人達が大規模なストライキを引き起こして一時村の機能がマヒしたことがある。
確か、あの時はケント兄ちゃんが何かやらかしたらしい。その後必死に謝って許してもらったらしいけど、姉さんが何に怒っていたのかは教えてくれなかった。ケント兄ちゃんなら何をやらかしても可笑しくないから見当もつかない。
「と・に・か・く。出来栄えはいいわよ。美味しくなるのは間違いないわ」
「みたいだね。甘いいい香りがするよ」
やってしまった物を何時までも引きずっていても仕方がないから、カレンは話を戻した。こうした切り替えの良さはカレンの長所の一つだろう。
それにしても興味がそそられる匂いだ。カリンの甘い香りと、蜂蜜独特のねっとりとした甘さが交わったシロップが完成するのが今か待ち遠しい。
「カレン様、こちらもそろそろ出来上がりました」
「どれどれ……うん、完璧ね。これで作るケーキが……ふふふふっ」
カレンがカリンの瓶詰を終わらせた処で、コーニャさんが煮詰めていたザクロシロップも完成したらしい。カリンのシロップと違って、酸味が効いた甘い匂いが立ち込めて鼻孔を擽る。
ザクロシロップ好きであるカレンの許しが出たなら、上質なシロップが完成したと見て間違いない。後は不純物を濾して瓶に詰めれば出来上がりだ。
「ここにコットンの濾し布が有るから、瓶詰しちゃおうよ」
「それもそうね。アルムも手伝うのよ」
「仰せのままに、お嬢様」
命令口調のカレンに乗っかって恭しく腰を折れば、カレンも満更でも無いようで、満足そうに頷く。普段お嬢様扱いすると怒る癖に、こういったノリも嫌いじゃない我儘なお嬢様だ。
三つの麻袋にをパンパンにしていたザクロも、瓶詰したら10本にも満たない数。このシロップはどれだけザクロが凝縮されているのだろうか?
「ふふふっ、これで甘いお菓子が食べ放題ね」
カレンの口から欲望が駄々洩れだけど、その恍惚とした顔をみれば、どれだけ楽しみにしていたのかが伺える。
「カレン様、毎日は駄目ですからね。三日に一度ですよ」
「ええっ!?」
カレンは恍惚とした顔から一転、コーニャさんの牽制に絶望したかのように顔を曇らせる。セルフで上がったとは言え、自分が楽しみにしていた物を制限されるのは辛い。
でも毎日甘い物は、流石に食べ過ぎだと思う。
「まあ、まあ、食べ過ぎは良くないよ。それに沢山あっても流石に毎日食べたら直ぐ無くなっちゃうから、長く楽しむ為にも少しはがまんしないとね」
「アルム君の仰る通りです。——それに冬場は太りやすいですよ」
「! そうね。長く楽しむ為にも我慢するわ」
一応フォローしたつもりだったけど、コーニャさんがなにやら耳打ちしたら、突然カレンの顔が変わって同意してきた。コーニャさんが何を言ったのかは分からないけど、カレンの動かし方を心得ているようだ。
カレンが納得した処で、セフィーさん達もピクルス作りが終わったらしく、騒がしさの質が変わって視線を向ければ、楽しそうに談笑していた。
「そっちも終わったみたいだね」
「あ、アルム君。はい、ザント君とトム君に手伝って頂けたので早く終わりました」
どうやら一緒に作業をしたのが良かったのか、セフィーさんと二人の仲は縮まったらしく、二人を呼ぶときの声から親しみを感じている者に向ける柔らかさがある。
村に来たばかりで、まだ親しい人が少ないセフィーさんに仲の良い知り合いが出来るのはいい事だ。
この村に着いた日は、まだ固い笑顔だったけど、今は自然体で笑えている様に見える。少しはこの村に馴染めてきたのだろう。
「セフィーちゃんも凄いんだよ! ウチらの知らないピクルス作れるんだよっ」
「へ~、南方特有の物かな?」
住む地域が違えば作られる保存食も違う。エルフ特有の保存食となれば他国で手に入れるのは難しい珍しい物になる。ミミが興奮するのも分かる。
「たまたまですよ。実家と保存食の作り方が違うみたいで、あたしも勉強になりました」
セフィーさんが住んでいた地域では、ピクルス液を作らずに香辛料を擦り込んで発酵させるらしい。香辛料が豊富なトロピカル王国ならではの手法みたいだ。
互いに知らない知識を教え合って、それが距離を縮めるのに一役買ったみたいだ。
「おお、それは良いね。僕にも今度教えてね」
「はい、あたしでよければお教えします」
食事の選択肢が増やすのは、生活を豊かにするうえで欠かせない。特に、保存食は選択肢が狭いから、新しいメニューは大歓迎。生活の楽しみがまた一つ増える。
「それじゃあ、互いにどれだけできたか見せあいっこしましょ。アタシはザクロシロップが9瓶と、カリンシロップが8瓶よ」
カレンも会話に混ざってきて、自分達の成果を自慢するように見せつける。
そこには透き通ったピンク色の綺麗なシロップと、色合いが美しい果肉が浮かぶ琥珀色のシロップが並べられていた。
「わー、カレンちゃん凄い! いい匂いがする~」
「おお、甘い香りがたまらないなっ」
「アリスさんの果実シロップも美味しかったですが、ここはシロップ作りが有名なんでしょうか?」
セフィーさんは少しずれた勘違いをしているけど、確かにこの村の女性陣はシロップを作るのが上手な人が多い。家庭ごとにアレンジされた物もあり、独自の発展を遂げている。
女性の欲望は時として留まることなく突き進む、その結果が多様性の発露、そして高い水準にまで引き上げた。
邪魔する者は排除され、尻に敷かれる。集団の力とは、時として可笑しな方向に暴走する事もあるのだ。
「そうでしょ! アタシ自慢の一品よっ。でも、こっちのピクルスも良い出来ね」
作業の殆どをコーニャさんが担っていた気がするけど、カレンは自分の手柄の様に主張する。いや、普段からカレンが食べるシロップを作ってるのは他の人だから、あながち間違いでもないのかな?
それにしても、ミミ達が作ったピクルスも見事なものだ。
種類が多いからか、小分けされた瓶の数が多く、これだけでも一つのお店が開けそうな見事なピクルスが並んでいる。
その中には、先程言っていたセフィーさんが教えた香辛料で漬けるピクルスもあり、その珍しさから目を引かれる。見た目も綺麗で、食べるのが楽しみだ。
「アルム達のドライフルーツは無理として……今ある分を皆で分けましょ。——それじゃ、残りを賭けて勝負よ!」
「「「「おっー!!」」」」
カレンが立場を利用して主張しないのはいいけど、なんでもかんでも勝負に持ち込むのは如何な物か。でも、このまま放置していたら家の中で暴れられてもたまらない。平和的な勝負になるように、僕も混ざって皆が暴走しないようにしないとね。




