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好物は優先的に

「確か、こっちだったよね?」

「うん、合ってるよ」


 大量のザクロ入り麻袋を抱えて、棗が群生する場所に戻る。

 しかし、あっちこっち森を彷徨ったから、みんな自分のいる場所が分からなくなったらしい。所謂迷子である。

 それでも、森を歩くのに慣れている僕には何方に上陸地点があるのか把握している。

 森の散策で一番最初にしなければならないのは、自分がどの位置に居るのか把握して、その場に戻れるように周辺景色を覚えておくことだ。この時重要なのは、太陽の位置と遠方の目印になる大きな物の特徴だ。

 それさえ覚えておけば、素人でもだいたいの場所は把握できる。


「森は似たような景色ばっかで迷うよな。俺、湖なら何処にいても分かるけど、森の中は全部同じに見えるわ」

「ぼくも街道を覚えるのは得意ですが、道のない場所を覚えるのは苦手ですね」


 やはり慣れない環境だと、どうしても森の風景に惑わされて居場所を見失ってしまうようだ。

 森の中では真っ直ぐに歩いていたつもりが、同じ場所を回っていたなんて話も聞くから、自分を見失わないようにするのは大切だ。


「ねえ、なんだか甘い匂いがするよー」

「あん? おー、本当だな。あっちの方だな。アタイが見てきてやるよ」


 先頭を歩くミミとエリザが何かを感じ取ったようで、風上にある匂いの元へ向かってエリザが先行していった。

 彼女は先頭を行くだけあって、きちんと自分の居場所を把握している。彼女も普段から木々生い茂る森で活動しているから、森の歩き方を心得ている。寧ろ、その膨大な森の植生知識を元に、僕よりも正確な位置を把握しているように見える。


「おーい、こっちにカリンがあるぞー。甘い匂いの正体はこいつだー」


 すると、暫くしてエリザの声が響いてきた。

 エリザが先行して一分もしないうちに聞こえてきたから、それほど離れた場所ではなかったのだろう。


「カリン! あの甘いジュースになるやつ! ウチあれ大好きっ」


 エリザの声を聞いて、ミミが走り出す。

 いくら近場とはいっても、何があるか分からないので、僕たちもそれに続いて足を速める。

一番後ろにいたコーニャさんをチラリと見ると、速度が上がった僕たちを見て、悲壮感が顔に浮んだけど、必死になってついてきた。

 彼女の体力不足は深刻だ。


「あっ、 本当に甘い匂いがするわね」

「だね。よく熟してるのかも」


 カリン独特の、鼻に残る強い香りが漂ってきた。

 この匂いだけで、カリンの甘さが分かってしまう。カリンは自然の恵みの中でも、特に甘味が強くて、薄めないと甘すぎて食べにくい。

 女性の大人は、このカリンとお酒、水で割った物を好んで飲む。カクテルの原料としても人気が高い逸品だ。


「ほれ、見ろよ。アタイが一番大きいの採ってやったぞ」

「わー、エリちゃん凄い! ウチもとるー」


 先行したエリザが、片手では持てないほど大きなカリンを抱えていた。

 果実の表面が綺麗な黄色に熟し、強い甘い匂いを漂わせる。

 なにより、木の高いところに生るカリンを、この短時間で木に乗って採取するその身軽さに驚かされる。カリンの木は、細かい枝が生い茂るから登りにくいのだが、子供特融の小さな体を使って、エリザは枝の間を器用に移動する。小さい身体こその採取方法だ。僕には真似できないし、他のメンバーにも無理だろう。木の管理をするうえで、日々木に登っているエリザだからこその荒業だ。


「エリちゃん~、次はこっちー」

「おうっ、まかせとけっ」


 そして、僕たちが手を貸すまでもなくカリンは麻袋一杯になるまで溜まった。幸い、カリンの木は一本しかなかったので、ザクロの様にあちこち移動しながら採取する必要がないのは助かった。

 それにしても、ここは自然の中だと忘れてしまいそうになるほど、豊富な果物が溢れている。

 もしかしたら、夏のゴブリン騒動で動物達の縄張りに変化があったのかもしれない。そうであれば、これだけ豊富な食糧が手つかずなのも頷ける。


「よっ、ほっ、はいっ、っ、とうっ」


 採取を終えたエリザは、サル顔負けの身のこなしで地面に着地した。見た目こそ美少女だが、彼女が僕たちの中で一番の野生児であることは間違いないだろう。


「よしっ、棗を採りに行こうぜっ」


 一収穫終えたとは思えない元気のよさで、何事もなかったかのように再びエリザは歩き出す。その後に続いてミミも動き出し、カレンは普段しないコーニャさんの面倒をみえいる。


「これ誰が持つんだ?」


 ザントの言葉が、僕たちの仕事が増えた事実を的確に突いた。


*


「……ねえ、これ採りすぎじゃない?」

「豊作ね」


 カリンを採取した後、仕方がないので僕が追加の麻袋をもって棗の群生地まで運び、既に採取を始めていた女性陣に合流した。

 ザントにはこの後舟を操作してもらわないといけないし、トムは僕ほど力も体力もないので、必然僕がカリンを担ぐことになった。

 そして、急かされる様に棗の収穫をして、これまた麻袋三つ分になった。ザクロと違って、小粒な棗が麻袋三つ分となると、その数は凄まじい。なにより、ぎっしり棗が詰まった麻袋は、追加で持ち運べる程軽くはない。


「これは往復しないと運べないわね」


 手すきの女性陣だが、端から運ぶ気がないのがありありと分かる言葉である。

 いくらここから上陸地点まで離れてないとは言っても、大きな荷物を持って往復するのは、かなりの重労働だ。


「いや、ちょっとは持って——」

「さあ、日も傾いてきたし早く帰りましょう!」


 こちらの言葉など聞く気がないように、カレンを筆頭に女性陣は舟が泊めてある川原へと歩いていった。

 僕たち三人は互いに顔を見合わせ、うなだれ往復する覚悟を決めた。

 そうと決まれば、カレンが言ったように、余り時間がないので急いで収穫物を運ぶ。幸い、一度歩いた場所なので、獣道のように道ができていたから然程歩くのに苦労はしなかったけど、やはり重い物を持っての移動は結構な重労働だ。

 荷物を運んで、舟に積み込んだ頃には疲労が隠せなくなった。ザントにはこの後舟の操舵があるので、往復したのは僕とトムだけ、更に僕は二つの麻袋を持って運んだので疲労も二倍だ。

 休日のお父さんの気分ってこんな感じかな?


「よーい、出発するぞー」

「「「おー」」」

「ぉ、おー……」


 ザントの掛け声に合わせて、舟をつなぎとめるロープを回収して小川の流れにのる。行きと違って舟を押さなくていいのが助かる。

 ただ、行きとは違う部分もあり、一抹の不安を覚える。


「ねえ、この舟沈まないわよね?」

「……ザントの腕しだいじゃないかな」


 麻袋七つに、それぞれの鞄に入れられた収穫物が、想定よりも重くて舟が異様に沈んでいる。

 朝舟に乗っているときは、体を乗り出さないと水面に触れられなかったのに、今は少し手を伸ばしただけで、冷たい水が感じられる。完全に重量オーバーだ。


「お前ら、朝みたいに身体を乗り出すなよっ」


 普段見せない真剣な顔でザントは舟を操舵する。ザントもこれ程の重量を乗せてこの舟を操舵したことはないのだろう。

 それを感じ取ったのか、みなおとなしく舟に乗っている。まあ、僕とトムは騒ぐ元気もないのであまり関係ない。

 舟は静かに出発したのだが、そんな平和な時間が長く続くことはなかった。川の流れを巧みにつかんで、見事に舟のバランスを保つザントの腕には見張るものがあるが、それは静かな湖面だからこそ。

 残念なことに、帰りは川を下るので、舟は前後に沈み込む。だから——。


「水をかきだせー。舟が沈むぞー」

「果物も濡らさないでよー」


 僕たちの休息はまだ遠い。




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