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激闘! 笹舟レース

「よっしゃ、早速始めようぜ」


 皆がスタート地点に並んで、いつでも始められる状態を確認したザントが催促してくる。

 今回は右からミミ、カレン、僕、エリザ、ザント、トムの順番だ。これは公平にじゃんけんで順番を決めたのだが、この時点で既に優性劣勢が出来上がっている。

 この小川は若干左曲がりになっているので、内側に陣取れたトムやザントが若干有利だ。残念な事に僕は外側よりなので、多少不利な状態でスタートとなる。


「そうね。スタートの合図は前見たいにコイントスにする?」

「駄目だっ、今回は石があるからそれが水に落ちた音をスタートの合図にしようぜ」


 前回の坂滑りの時、コイントスで痛い目を見たザントが食い気味にカレンの案を否定してくる。流石に前回ので学習したみたいだ。


「チッ。——そうね。それでいいわよ」


 あれ? カレンさん、今舌打ちしませんでした?


「合図なんて何でもいいから早く始めようぜっ」

「早く早くー!」


 カレンの舌打ちは、他の人には聞こえなかったようで、皆早く始めたくてウズウズしている。エリザなど、早く始めたくて出航させてしまいそうだ。


「よっしゃっ! じゃあ俺が投げるぞ。皆準備はいいな?」


 ザントが川底から程よい石を拾い上げると、投げる準備をして皆を確認する。待ちきれない面々は、まだかまだかとその石に視線が釘付けだ。


「よーし、いくぞー。よーい……」


 ザントは掛け声の後、下から放り出すようにスローイング。

 石は見事な放物線を描いて宙を舞う。僕たちの視線はそれをに釣られるように上から下へ。そして——。


——ドボンッ


「スタートッ!」


 みんな一斉に笹舟から手を離した。

 最初は皆ゆっくりと加速していく。スタート地点は比較的流れが緩やかだから、其々横並びでのスタートだ。


「ぼくが負ける要素がありません。最短距離を突っ切ります」


 そして、最初に状況が動いたのは最も有利なトムの笹舟だった。

 トムの笹舟はスタートと同時に、徐々に舟が回転して横向きとなってしまう。その結果、笹舟の側面に波を受けてしまい、笹舟に掛かる負荷に耐えられなかった接合部が裂けて、いとも容易く自壊してしまった。


「なっ、なぜですかー」


 トムは開始早々脱落だ。

 それもそのはず、トムの笹舟はミミが最初に見つけた乾いた笹で、重なりの部分も緩く、負荷が掛かった事で簡単に裂けてしまったのだ。


「へへんっ、そんなちゃっちい作りしてるから沈むんだよっ。俺の立派な帆舟は最強だぜっ」


 次に動いたのが、ザントの作った笹舟だった。

 この笹舟は、他のとは一線を画す作りをしていて、余った部分で帆を作り、川の流れに加えて風の力もその動力として利用している。

 二つの力で進むザントの笹舟は皆から一歩リードしてトップに躍り出た。


「甘いっ! その程度でトップになれると思うんじゃないよっ」


 だが、ザントの笹舟の後ろにピッタリとくっついて進むシャープなボディーを持つエリザの笹舟が追随する。

 この笹舟は、葉脈に沿って折り目が入っていて、他の笹舟と違って船体がVの字になっている。

 この形状は、正面からの波の抵抗を軽減した速度に特化した作りになっている。その分、横波の影響を強く受けやすいが、波に対して垂直になりやすいので、レースに使う形状としては非常に合理的な形と言える。


「はっ、そんな不安定な舟でこの先をのりこえられるか?」


 そう、横波を受けないコースなら非常に有用だが、荒れ狂う波が四方八方から襲ってくる複雑な流れが生まれるコースでは不利を強いられる。

 このコース最初の難関とも言える水面から顔を出す岩によって生まれる流れ込みに挑むには聊か心もとない。


「けっ、それぐらいアタイの舟は負けないよっ」


 先頭を走る二隻の笹舟は、真っ先に流れ込み地帯に突入した。

 案の定、エリザの笹舟は流れに誘われるように一直線で流れ込みに向かっている。これでは流れから抜け出す事が出来ずに沢の藻屑と化すだろう。


「あっはっはっ、全然ダメじゃねーかっ」

「うっせー! こっからだっ」


 エリザの笹舟は完全に破滅の流れに捕まって、徐々に流れ込みに近づいている。その流れは周囲の流れよりも早く、ザントの笹舟を抜かしてトップに踊りでるが、もはや破滅からは逃れられないかと思われた——その時、一陣の風が吹く。

 それは強くもない有り触れた風、人の髪を揺らす程度の優しい風だったが、それが齎す結果は無情だった。

 風の影響を受けやすいザントの笹舟は、その優しい風の影響を受けてエリザの笹舟へと体当たりをかました。

 これで進行方向に何も無ければ自らを加速させて、危険な流れ込み地帯を難なく抜けたうえにトップを独走できただろう。

 だが、現実は違う。

 ザントの笹舟がエリザの笹舟にぶつかった結果、エリザの笹舟は破滅への流れから抜け出して、逆にザントの笹舟が破滅への流れに引き込まれる。


「え? ちょ、ちょっとっ。何で俺の舟がああああ」

「へへんっ、ざまーみろっ。運も実力の内だっ」


 それからザントの笹舟は破滅の流れから抜け出せず、小川の一部になった。いくら帆が有っても、必要な時に風を捕まえられなければただの不要なオブジェクトでしかない。

 そして、見事に破滅から抜け出したエリザの笹舟だったが、その船体は川の流れを受けやすい。一つの破滅から抜け出せたとしても、次の破滅へと自ら向かって行く。

 結局、エリザの笹舟は自ら進んで破滅へと向かって行き、小川のゴミと見分けがつかなくなった。


「なんでだー。ちくしょー」


 こうして残ったのは、奇しくも全開の坂滑りで勝者となった三人だった。

 それぞれの笹舟は比較的流れ込みの少ない外側を進んだ為に、無事最初の危険地帯を抜け出す事が出来た。


「なによ、三人ともだらしないわね。やっぱりアタシの舟が一番みたいね」


 三人が脱落した事でトップに躍り出たカレンが余裕の笑みを浮べる。

 カレンの笹舟は、敢えて笹を裏向きに使う事で、滑らかな面を水に浸ける事で抵抗力を減らしている。

 この形状では、本来葉脈の僅かな出っ張りによる水の抵抗を受ける事で保たれるバランスを犠牲にしているのだが、その分速度が増し、流れの影響を受けにくいので環境に左右されにくい。

 ある意味、この上級コースの激しい環境に向いている形とも言える。

 エリザがこちらのコースを選んだ時に、特に反対する事無くこちらを選んだのはこの笹舟が有利なコースだとふんだのだろう。

 実際、現在安定してトップを走っているから間違いではない。でも——。


「甘いんじゃないかな? そんなふらつく笹舟で、この先の難所を乗り越えられるかな?」

「なんですって?」


 今僕たちの笹舟が進む先には、二本の流れがぶつかり合って渦を巻く場所に向かっている。

 ここでは、二つの流れがぶつかる事で生まれる複雑な波を見誤ると、そのまま渦の中に引き込まれてしまう。

 そして、カレンの笹舟はこの荒波を抜けるには舟のバランスが悪く、たとえ安全な道筋をみつけても波による転覆の可能性は捨てきれない。

 それに引き換え、僕の笹舟はちょっとやそっとの波ではビクともしないそそり立つ縁がある。なんだか言葉に矛盾を感じなくもないけど、兎に角波に強くて侵入ルートさえ間違えなければこの荒波を乗り越えられる可能性は一番高いだろう。


「さあ、どのルートで進もうかな? ま、カレンの笹舟じゃ何処を選んでも同じだろうけどね」

「言うわね、アレンのくせに。アタシの笹舟がそんな軟な訳ないでしょ」


 カレンの笹舟は右の流れから、僕の笹舟は左の流れから二つ目の難所に突入する。

 互いの笹舟は流れに乗って急速に接近し、流れがぶつかる所で複雑な波に攫われて、もはや何処に向かっているのか分からない状態だ。


「意外とやるね。器用に波を避けてる」

「そっちもね。流石波に強いわね」


 どちらの笹舟も操舵不能だが、波による転覆は逃れている。僕の笹舟は兎も角、カレンの笹舟も波に逆らわないように進む事で、器用にその姿勢を保っている。ただ、その分渦の中心に向かって引き込まれ、既にこの流れから逃れるのは至難の業だろう。


「いけっ、そうだっ、波に抗えっ!」

「なにか、何かないかしら。なにか打開の一手を……」


 現状優性なのは僕の笹舟だ。カレンの笹舟は既に川底に誘われる流れに乗せられている。そこから脱出するには、エリザが破滅の流れから抜け出した時の様に外的要因がなければ難しいだろう。

 それに比べ、僕の笹舟は順調に渦から離れていくコースに乗っている。このままいけば僕の笹舟だけが生き残る。


「そうだ! それでいい。流石僕が作った笹舟だっ」

「なんで、なんでよっ。根性見せなさい! あなたはココで終わるような軟な作りはしてないわよっ」


 僕は勝利を確信し、カレンは根性論を唱え始めた。

 でも、流石カレンの笹舟と言うべきだろうか?

 渦巻く流れに乗せられ、高速に回転した事でバランスの悪いカレンの笹舟は、船首を前方に向ける事が出来ずに回転を始める。

 だが、これが切掛けで、船体には速さの違う二つの流れをその身に受ける事と成り、速度の違う流れは奇跡的にカレンの笹舟を外側へと弾き飛ばした。


「な、なにっ!?」

「やったっ。流石アタシの笹舟っ!


 弾き出されたカレンの笹舟は、渦の流れから逃れ、その船体を大きく前進させる。

 しかし何の因果か、その弾き飛ばされた先には荒波に耐える様に進む僕の笹舟があった。


「「あっ」」


 そこからは早かった。

 重なり合った笹舟は何方の船体も横倒しにし、浸水した笹舟は抵抗する事も出来ずに水中へと沈んで行く。こうして小川の底には二隻の沈没船が生まれた。

 最後は何とも呆気ない終りを迎え、僕たちの笹レースは終わった。流石に最初から上級コースは僕たちには早すぎたのだ。

 ただ、勝者の居ないレースなんてつまらない。ここはもう一度笹舟を建造して再戦を——


「わーい、ウチが一番―」


 次は挑戦者として頑張ろう。



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