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姉、仕事モード

「あ、見えてきたよ。あそこが治療院」

「本当に奥まった所に有るのですね。アルム君が居なかったら辿り着けなかったです」


 あの後、僕が11歳だと中々信じてくれなかったセフィーさんを説得して、僕の呼び方も『さん』から『君』に変えてもらった。

 僕の倍はある年齢のセフィーさんに年上扱いされて、とても傷ついたので、今度セフィーさんの国の料理を御馳走してもらう約束をした。

 美味しかったら作り方を教えてもらおうと思う。


「ちょっと待ってね。今姉さんを呼ぶから」

「はい、お願いします」


 姉さんは治療院に居る時、基本的に奥の部屋で薬の調合をしているので、大きな声で呼ばないと出てこない。


「姉さーん、お客さんだよー」

「アルム!? ちょっと待っててね」


 案の定、姉さんの返事は奥の部屋から聞こえてきた。

 そして、なにやら大きな物音が暫く続き、それが止んだと思ったら姉さんが出てきた。


「お待たせ。アルムがここに来るなんて珍し——誰よ、その女」


 笑顔で、柔らかい声で出てきた姉さんは、僕の隣に立つセフィーさんを見つけると、無表情になって、極寒の様に冷え切った声に変わった。


「えっ? えっ? えっ?」


 初対面の相手に、いきなり『その女』扱いされたセフィーさんは、戸惑いを隠せず混乱している。

それに、あんなにも冷たい声で言われてしまえば、相手が敵対的であると嫌でも分かる。


「姉さん落ち着いて。こちらの人は、新しく派遣された治癒師の人で、セフィーさん。それで、こっちが僕の姉さんで、この村の治癒師のアリス。さっき冒険者ギルドで偶然会ったから、ここまで案内してきたよ」


 僕の説明を聞いた姉さんは、先程までのブリザードを引っ込めて、再び笑顔を取り戻す。


「あら、そうだったの、ありがとね。——初めまして、私がこの治療院を任されていますアリスと申します。私達の要請にお答えいただき、有難うございます」

「えっ? あっ、はいっ。セフィーと申しますです。よ、よろしくお願い致しまする」

「「まする?」」


 先程の混乱から未だ抜け出せていないセフィーさんは、ちょっと可笑しな返事をする。フードを下したセフィーさんは美人なので、多少の混乱も可愛く見えるだろうけど、顔を隠した今の姿では、どこか怪しい人に見えてしまう。


「取り敢えず、立ち話もなんですので、どうぞ中にお入りください。アルムも時間が有るなら寄っていってね」

「は、はいっ。失礼します」

「うん、寄らせてもらうね」


 僕たちは姉さんの案内の下、治療院に入る。

 治療院の中は、薬草と消毒液の匂いがした。姉さんからも仄かに薬草の匂いが付いていたので、先程まで薬の調合をしていたのだろう。

 そして、人を迎え入れる様に設えられた部屋に案内されると、家の物と同じような立派なソファーに進められた。

 セフィーさんは、ここに来てやっとフードを下した。それを見た姉さんの整った眉が、一瞬ピクッと動いたけど、それ以上何か反応することは無かった。


「ちょっと待っていてくださいね。今お茶を用意してきます」

「は、はいっ。お構いなくっ」

「僕、果実水がいいなっ」


 僕の注文に、姉さんはウィンクを返して一度部屋から退出した。

 そして、姉さんが居なくなると同時に、セフィーさんの緊張が一気に解けた。


「ア、アリスさんって怖い方なんですね?」

「そうかな? 僕には優しいよ。真面目で確りしてるし、あんなのはちょっとしたお茶目だよ。さっきのは気にしないで、仲良くしてね」

「は、はい。善処します」

「それ、改善されないやつだから」


 こうして、僕たちが雑談していると、戻って来た姉さんが扉を開いて入って来る。

 その手には、お茶のポットとカップが二つ。そして、僕が頼んだ果実水が入ったグラスを乗せたトレイを持っていた。


「お待たせしました。紅茶ですが良かったですか?」

「はい、ありがとうございます」

「アルムにはこれね」

「うん、ありがとう」


 果実水を受け取って、喉を潤していると、早速とばかりに姉さんはセフィーさんに仕事の話を始めた。

 僕には余り関係の無い話なので、適当に聞き流しながら果実水を楽しむ。暑い日に冷たい果実水は身体から熱を奪ってくれるので嬉しい。


「仕事の話はこんな所ね。シフトは後で相談して決めましょう」

「分かりました。この仕事量をお一人で熟してたなんて、アリスさんは凄いのですね」


 何時の間にか、仕事に関する話はひと段落ついたみたいで、セフィーさんも最初程緊張していないみたいだ。


「アルムが助けてくれましたからね。あ、それと、住む場所についてですが」

「はい、用意して頂けていると窺っていますが、大丈夫でしょうか?」

「はい、家と必要最低限の物は準備してあります。ですが、足りない物はご自分で買い足して頂く事になるので、そこはご了承くださいね」

「大丈夫です。一応、遅れて荷物が届く手はずになっていますから」


 流石にセフィーさんも、身一つで遠方に引っ越すわけにはいかないので、幾らかの荷物を持って来たらしい。

 ただ、荷物と一緒に移動していては、ただでさえ長い旅路で長期間移動を求められるのに、更に足が遅くなってしまうので、後から送って貰えるように手配していたようだ。


「あっ、姉さん。セフィーさんの住んでた所は暖かい場所だったらしくて、冬ごもりの準備をした事無いんだって」

「あら、そうなの? そうなるとその辺りの説明をしてあげないといけないわね」


 僕は、先程の話を思い出して、それをそのまま姉さんに伝える。いくら荷物を送ってもらえると言っても、南方から運ばれてくる荷物に、冬を乗り越えられるだけの物があるとは思えない。

 やはり、こちらで気を使ってあげないと、折角姉さんが多忙から解放されるはずが、来年には元通りになってしまう。

 それに、派遣された人に死なれると、次にお願いした時に来てもらえないかもしれないから、こちらでの生活の仕方をしっかり学んでもらわなければならない。


「うん、だから僕が教えてあげようと思うんだけど、どうかな?」


 さっき、助けてあげると約束したし、ここは僕が手を貸してあげるべきだろう。そうすれば、姉さんの手を煩わせる事も無いしね。

 姉さんは僕の提案を聞いて、少し考えた後口を開いた。


「そうね。じゃあアルムにお願いしようかしら。流石に長旅でお疲れでしょうから、数日休暇を用意するので、その間に準備してもらえればいいわ。セフィーさんもそれでよろしいですか?」


 セフィーさんは、ここの冬を体験したことが無いから、実感が湧かないのだろう。未だに冬ごもりの準備と聞いても、どこか他人事のように感じる。


「はい、お任せします。冬ごもりの準備といった物が、どういった物なのか分かりませんので」

「ええ、お任せください。実際、他から来られた方は、この土地の冬の有り方を知らないので、そういった方々に伝える方法を心得ていますから」


 この村に移住してくる人は少なからず居る。だけど、この土地での生活方法を知らないので、そういった人達には、実体験を持って理解してもらうようにしているのだ。

 この方法を確立してから、この地の冬を舐める移住者は居なくなったので、確かな方法だと思う。


「はい、アルム君よろしくお願いしますね」

「うん、任せて。ばっちりセフィーさんにレクチャーするよ。日取りが決まったら教えてね」


 セフィーさんが今年の冬を快適に暮らせるかの瀬戸際だから、確り教えてあげよう。


「それじゃあ、話が纏まった処で、シフトを決めていきましょうか。アルムはどうする?」

「僕は準備もあるから帰るよ。果実水ご馳走様。セフィーさんもまたね」

「ええ、じゃあ後でね」

「はい、ありがとうございました」


 さて、セフィーさんにウッドランド村の冬を、体験してもらいますかっ。




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