各々の夏の日
大焦熱と焦熱が地獄よりこの世界に到来した日から、実に1ヶ月が過ぎた。
季節は夏。今日は特に人を熱中症に陥れるのに充分な気温が廃れた街を覆っていた。
そんな中、執平は廃屋でソファーに寝転がり、この尋常でない暑さに襲われて呻く。
「あっっちー……、だりぃ」
只今、午前10時。執平はつい先程汗だくで起床し、それからこの暑さを改めて思い知らされていた。まるで蒸し風呂の中にいる様な
ボロボロのソファーから露になっているスポンジが彼の汗で湿っていく中、服をぱたぱた仰ぐ執平はある事を思い出して、更に項垂れる事となった。
「…………朝飯どうしよう」
――執平がご飯で悩んでいる一方、この街で唯一綺麗なマンションの、ロビーに乃南はいた。
「ふぅ……、今日も暑いなぁ」
白の薄着の乃南もこの暑さにまいって、ハンカチで額の汗を拭きながらマンションを出ようとしている。
その時、端から乃南を呼ぶ声がした。
「また何処か行くのかい? 乃南ちゃん」
乃南を呼んだ声の主。それは、このマンションの警備員兼管理人の佐武銀次だった。
警備員兼管理人として、佐武にいつも世話になっている乃南は、暑い中で微笑んで返事をする。
「あ。佐武さん、こんにちは。今日もモンスター狩りに行くんですよ」
「若いのに強いねぇ。俺、たまに思うわけよ。モンスターと闘ってみたい! ってな。早く危険なモンスターがこの世から消えて欲しいのが俺の願いであって。でも今更モンスター退治の仕事なんてなぁ……。年だからよ」
佐武の笑みに乃南もつられたのか、作った微笑みを見せる。
ーーフィギュアセラーという職は、その名は明かされていない。ただ“モンスター退治の仕事”として公になっていた。何も知らない公衆にとっては、まさに謎の職ではあった。
乃南はもうずっと前に、佐武との会話からこの事を察していた。
モンスターは消えない。
乃南はこの言葉を言えず、心に留めておかざるを得なかった。と言うのも、佐武はフィギュア関係の知識は皆無だからだった。
そんな彼と別れた乃南は、常時額に滴る汗を何度もハンカチで拭きながら、サイクルを止める方法を考えてみるのだった。
(フィギュアバイヤーにフィギュアを渡さなければいい……? いや駄目だ。この仕事を生業にしている以上、お金を手に入れるのに続けなければ生きていけない。それに世界規模でそんな事起こせないし。フィギュアバイヤーが土管に入れなければ――いや、地獄との契約があるんだ。……なんで、地獄はサイクルを作ったんだろうか……?)
――乃南が顎に手を当てて様々な思考を張り巡らせながら街を出た頃、幽皇は、執平がモンスターを殺すのに持って来いな場所だと教えてくれた森の中を、道に沿って歩いていた。
朝だと言うのに、相変わらず奇妙さを引き出している薄暗い森。聞こえるのは幽皇の足音と、そよ風により葉と葉が擦り合う音のみである。
その後ろで、静寂の中幽皇を狙おうとしていた1匹の蝙蝠のモンスターがいた。
そのモンスターは目を光らせ、無音で枝から飛び立つと、刃物の様に研ぎ澄まされた羽で幽皇の首を斬りに向かう。
だが、幽皇には通用しなかった。危険を察知していた彼は、踵を返して躊躇無く一気に蝙蝠の顔を殴り飛ばした。
鼻から大量の血を吹き出した蝙蝠のモンスターは、声を出す間も無くボトッと地面に落ちた後、フィギュアと化した。
「また“シラブル”かよ。あー、Lv.2なんか相手になんねーぞコノヤロー」
幽皇はフィギュアになった蝙蝠――シラブルを、リュックの中に入れてまた歩き始める。
そのリュックの中は、幾つものフィギュアで既に詰まりきっていて膨らんでいた。
――暫く歩いていく内に幽皇は、執平と乃南が辿り着いた例の広場に出た。
そこには川があり、あの2人が来た時同様に濁っていた。
「喉乾いたけどなぁ。流石にこの水は飲めねぇよなぁ」
川の色をしゃがんで確認していたその時、幽皇は何かが森の茂みの中から近付いて来ている事に気付く。
立ち上がり、鋭い眼光でガサガサと音がする方を向いた。
――すると突然、トゲの生えた鰐が2匹、幽皇に向かって凄まじいスピードで飛んで来た。
「うお!」
即座に反応した幽皇は、ギリギリながらも無駄な動き無く避ける。服だけがほんの少し破けた。
それでも着地した鰐は、猛攻を止めようとはしなかった。
「こいつがジェニー・ワットだな。Lv.3が2匹か。暇潰しにはなるんだろうな?」
指の骨を鳴らして戦闘体勢に入る幽皇に、左右挟んで迫り来た2匹のジェニー。1匹は上半身、もう1匹は下半身を狙って突っ込んで来る。
「当たるか!」
幽皇は上方と下方を狙うジェニーの間隙を見極め、後ろに倒れる形で軽く地面を蹴って間に入り、横になった身体をジャイロ回転させながら避けてみせた。
何という身の熟し――しかしながら、避けただけでは彼の服の代償は償われないのは言うまでもない。
幽皇は自らの上下を通り過ぎようとするジェニー達の、火を噴き出しているジェット型の尻尾を空中で素早く掴み、着地しながら引き寄せる。
それによりジェットの勢いが止まったジェニーは驚きの表情で困惑し、火を噴き出すのを止めてしまった。
「ウオォォォ!!」
ジェニー達に不気味に微笑みかけた後、2匹を縦に思い切り振り回した幽皇。哀れな鰐2匹は、何も出来ぬまま回った。
そして哀れにも、回転の勢いそのままに、脳天を地面に思い切り叩き付けられてしまうのだった。
「グギャゥン!!」
当たり所が悪く、2匹して情けない声を上げてフィギュアになるジェニー。
「弱ぇなコノヤロー! チッ……。執平、この森は駄目だったぞ」
「ーーハックシュ!!」
「風邪か?」
「いや、違うと思う」
――幽皇が森のモンスターの弱さに呆れて元来た道を戻っていた頃、執平は灯馬の店を訪問していた。その理由は言うまでもなく、いつもの事であった。
「しかし……朝飯って。こんな時間に」
「今時10時過ぎの朝飯は若者には珍しくないのだよ灯馬君? ……いや、とにかく作ってください灯馬さん! おけらになってるんです財布の中身が!」
金が無いのを理由に、変な言い分を付けて朝飯を作ってくれるよう頼んでいる執平と、その仲間の姿が悲しくも、何処か憎めずにいる灯馬が店にいた。
「ジェニーとかスレワドとかサクフマンとか。倒した金結構あったろ、もう無くなったのか?」
カウンターに直接腰を掛けながら呆れる彼に、執平は汗を服の裾で拭ってから椅子に座り、深く溜め息をついて項垂れる。
「確かに3万円あったよ? サクフマンが1万8,000円なのには驚いたよ? でもさぁ……使っちゃうんだよ、食費に。4食は止めたけど、3食でもさぁ」
「本当はもっと高値で買えたんだけどな」
同じく暑さで汗をかいていて服を仰いでいる灯馬は、これからの事で再び路頭に迷い出した執平に聞こえない様にそう呟く。
しかし今の彼の小声を、眼前の執平の、金に関しては半端無い聴覚を発揮する耳は一言一句聞き逃さなかった。
「は!? 幾らで買えたんだよ本当は!!」
彼のその地獄耳に少し驚いた灯馬は、カウンターを叩いて立ち上がった執平の威圧感に負けて、苦笑を見せる口を仕方無く開く。
「大体、3万5,000円……?」
「ほぼ倍じゃねーか!!」
「うるせぇ! 俺が殺したんだ、金やっただけでも有り難いと思え!!」
そう言って自分を親指で指しながら、開き直ったケチ灯馬。彼の口から衝いて出た暴言に心を傷めたような動作をした執平は、力が抜けたかの様に椅子に座り、カウンターに崩れ落ちて真っ白になった。
騙されて、しかも灯馬の逆ギレの言い分を内心理解してしまった事がよっぽど悔しかったのだろうか、魂が口から出るのが目に見えそうだった。
その時、灯馬の店の扉が鈴を鳴らしてゆっくり開く。
「いらっしゃ――」
それにも関わらず、灯馬はいつもの決まり文句を思わず途中で止めてしまった。それ位の客が来たという事だった。
と言うのも、その正体が警察だからであった。3人、凛として扉の前に佇んでいる。
「俺何もしてないっすよ」
冷静な灯馬は唐突な事態を忌避すべくそう言って、一体何なのかも解らない状況から逃れた。彼の無駄な主張を無視して、1人の警察の口が開く。
「芽吹幽皇という殺人鬼に似た男が、何週間も此処に滞在していたという情報が入ったんですが……。何か知っていますか」
警察は、サイクルの件からすっかりこの街の何処かの廃屋に居座っている幽皇に用があるようだった。彼等はそれをどうにか嗅ぎ付けてやって来たらしい。
執平と灯馬は訝しい思いを隠す。執平がまず口を開いた。
「この糞暑いのに御苦労様ですね。でも残念な事に、芽……、芽……、芽茎?」
「芽吹です」
わざと知らない振りをする執平に対し、警察の1人がツッコミを入れた。しかし彼は、逆に疑われる程までにボケを貫く。
「とにかく“芽抜き”なんて俺達知りませんから!」
降り注ごうとしているピンチから幽皇を守る為、必死にごまかそうと嘘をつき続けた執平に、警察は多少の呆気と困惑を見せ、互いに向き合う。
そこで灯馬が思い出したかの様な表情を作ると、彼等に向けて口を開いた。
「そう言えば東の平地にある、まっすぐ伸びている道でそいつとすれ違いましたよ。2日前。金髪でグラサンの大男でしょ? 東方面に行きました。この街に居るかは知りませんが、彷徨くとするならあの辺りかと」
冷静な灯馬の嘘の弁論を聞いた警察は再び顔を見合わせ、そして執平と灯馬の方を向いた。
「……そうですか。何かあったら、此処までご連絡を」
3人の警察は終始疑う様な鋭い目付きで執平達を睨み付けると、自身の所属する警察署の住所と電話番号が書かれた紙をカウンターに置いて、身を引く様に店を出ていく。
「……そういえば幽皇、今日森に行くって言ってたなぁ」
去って行く警察を窓から眺めながら、独り言を呟いた執平。その独り言をカウンター席に座ろうとしていた直前に聞いた灯馬は、驚いて執平の方をいきなりガバッと振り向く。
「オイ、なんでそれを先に言わねぇんだ! 森は東の方向だろ!」
「え? ……ぁぁぁ……」
しまった、という困惑な表情をみるみる内に表に現した執平は、灯馬と顔を見合わせる。灯馬は自分の嘘が半分真になってしまったという偶然に、汗を流す額に手を当てて溜め息をついた。
――その頃、その幽皇はというと、街へ続く平地の1本の帰り道を怠そうに歩いていた。
警察が向かっているとも知らずに。
「あ゛ー、暑いぞコノヤロー……。森の中より暑い」
幽皇は滴る汗を袖で拭き、呻きながらゆっくりと歩いていく。
それから時間が少し経過した。
この時、幽皇の全身を予期せぬ感覚が襲った。この暑い日差しの中にも関わらず、彼の背筋は震えて凍りつく。
「……なんか面倒臭ぇ事が起きそうだな……」
幽皇は凍える様な震えを身の危険と捉えた。
そして、犯罪者の勘という物だろうか、案の定、前から警察3人が歩いて来ていたのを遠くから見て、彼は口をあんぐりさせて目を見開いた。
「な、なんで警察が此処にいんだよ!? クソ……何か身を隠す物は……!」
幽皇は舌打ちをしてから辺りを見渡し、奇跡的に近くに生えていた大きな樹を見付け、でかい身体を素早く隠す。
そして、3人の警察が樹の前を通る動きに合わせて、彼等の目に映らないようにする為、幽皇は対角線になる様に樹に沿って背中合わせで動いていった。
警察が自分に気付く事無く樹を通り過ぎるのを見て、幽皇はホッと胸を撫で下ろす。
――だがそうもいかなかった。
「そんな所で木陰の中一休みか? 芽吹幽皇」
「……え?」
再び帰路に着こうと歩き始める自分を呼ぶ声に反応して、幽皇は後ろを恐る恐る振り向くと、口と目を開けて驚愕する。通り過ぎた筈の警察3人が険しい表情で幽皇を睨んでいたからだ。
だが更に驚いたのは、その中の腕を組んでいる1人が、幽皇には鮮明に見覚えがある顔だった。
「テ、テメェ……、流雲邦春」
「あぁそうだ。6年振りだ、芽吹幽皇。お前が俺の“先輩を殺したあの日”以来だな……」
流雲邦春。
彼は思う所があるようで、幽皇に対して酷い形相で睨みつけた。
「その事件の事も他の事も……、罪が消えるなんて思っちゃいねぇ。だが、俺はもう改心したんだ。これからは人に暴力は振るわねぇよ」
幽皇は気持ちを落ち着かせ、今の自分の考えを話す。しかし、それを警察が信じる筈が無い。流雲の顔が、彼にとって憎たらしい顔になる。
「だからと言って俺達が引き下がるとでも? 考えが甘いな、罪を何だと思ってる」
幽皇の言動は更に、逆に火に油だった。どの道このままでは捕まってしまう事は、彼とて百も承知だった。
彼は流雲達が剣幕の眼差しで見ているのを確認して、汗を流している額に息を吹きかけて前髪を泳がすと、即座に帰路へと逃げ出す。
「待て!!」
警察はやはり執拗に幽皇を追い掛ける。
必死に逃げた幽皇。
――それを離れた場所で偶然見付けていた乃南。
「……無視、しよう……うん、大丈夫、幽皇さんなら、うん」
4人はまっすぐの道をただただ走り続けた。
「マジしつこいっつーの!! 大体、お前がなんで此処にいんだよ!?」
「上層部は、自分達が何度立ちはだかっても犠牲者が増えるだけで必ず逃げられ、更にお前がモンスター退治の職に就いた噂もあって追跡を暫く断念しているが、俺達は違う! お前が居る所に流雲ありだ!!」
「何だそりゃ、ふざけやがってコノヤロー!!」
そうして流雲達をだんだんと突き放していく幽皇は、哀れな叫び声を遠くの山で見事に木霊させたのだった。
――その頃乃南は、廃れた街から少し離れた場所にある隣街に入っていた。
そこでは数十匹の小さいヘドロ状の跳ねてる丸いモンスター、“タントー・ポル”が徘徊している。顔は存在しているのだろうが、部位は大きな口だけの丸くて奇怪なモンスター。
街の人達は、タントーの大量発生に困惑していた。
タントーの主な生息地は下水道なのだが、運悪く開いていたマンホールから出て来てしまったらしい。おかげで街道はヘドロだらけだった。
「タントー・ポル……。Lv.2で、確か口からヘドロを吐くモンスターだったかな。汚らしいけど、モンスターにはしっかりした建物の中には入らない習性があるのが、この街にとっては不幸中の幸いですね」
街が慌てふためく中で、乃南はモンスター図鑑に書いてあった事を顎に人指し指を置いて目を瞑りながら思い出して呟く。彼女は執平に借りた膨大なモンスター図鑑を殆ど記憶していた。
「よし! それじゃあ倒しますか!」
気合いを入れる為、ジェニーの時と同じ様に頬を軽くペチンと叩いた乃南は、次々に襲い掛かって来るタントーをナイフで切ったり、刺していくのだった。
――数時間後――
「執平、お前強くなる為の修業とかしないのか?」
所変わって灯馬の店のすぐ近くの外では、執平が店の中から外へ青いホースを引っ張っている最中だった。
執平はホースを手に持ちながら、先程の灯馬の質問に声高に答える。
「その内するとも! 骸骨野郎との因縁終わらせる為にも、強くならねぇとな!」
「思ったんだけどよ。お前がノームを倒して大金を手に入れたところで、100年後また復活するんだから、因果関係は終わらないと思うんだが」
再び店の中に入って行く執平に向かって、灯馬は100年後を想定して述べる。彼の意見を聞いた執平はカウンター前で立ち止まり、ホースを両手に持ちながら少し考えると、意見に対して逆に聞き返した。
「100年後以降、孤魔寺家にフィギュアセラーがいなければいいんじゃねぇかなぁ?」
「どうだか……。『モンスターは人を襲う』、それはノームにだって言える言葉だから、フィギュアセラーがいないって知っても孤魔寺家自体は襲うんじゃねえかな。……それで、何やってんださっきからお前」
聞き返してからすぐに店の奥へと入って灯馬の意見を受け流した執平だが、彼はなかなか店から出て来なかった。
灯馬は店から引っ張られているホースを見て彼の行動を理解し、身体を少し退かせ、ホースから離れた。
「冗談よせよー……?」
その時執平は灯馬が予測した通り、店の奥にあるキッチンで蛇口を限界まで捻っていた。
その時、外にあるホースが蛇の様に暴れ、水を辺りに撒き散らし始める。ホースから離れていた灯馬だが、飛び出る水の勢いに負けて見事に水を被った。
「……オイ、執平」
「だって暑いじゃん!? 暑いからー、水遊び!」
「ガキのする遊びだぞ」
呆れる灯馬を他所に、店から出て来てホースを握る執平。そのホースの先端の口を摘んで水の出力を強くし、灯馬の上に降り注がれるように水を宙に飛ばした。
「雨だー!」
「雨じゃねぇ! うわ、冷たっ!」
彼がそうして執平にシャワーを浴びさせられていた丁度その時、森に行った時よりも一層怠そうな顔をした幽皇が帰って来た。
「来たか幽皇!」
「……お、水遊びか! 俺もまぜろ! 暑いんだよなぁ、今日は特に」
ところで執平と灯馬が危惧していた警察の件だったが、警察は途中で撒いてきた、と彼は答えた。聞こえは最悪だが、流石は犯罪者と言うところであった。
「幽皇! 執平からホース奪い取れ!!」
「任せろ日比谷ぁ!!」
執平のくだらないシャワー攻撃に業を煮やした灯馬は、幽皇を使って今すぐ止めさせようと執平を指指す。
執平は迫り来る幽皇の顔目掛けて直接水噴射で抵抗するが、彼は水をものともせず、濡れたサングラスを取って地面に放り捨てると、口をニタッと釣り上げて呆気無く執平から奪ってみせた。
そして隙を見せた執平の顔面に水を掛ける。
「あ、テメェ! ……濡れちまったらもう自棄だ!」
執平は濡れた服から水飛沫を飛び散らせながら、再び店に入っていく。逃げたのではない、何か企んでいる事は2人共すぐに理解した。
「……はっ!」
その時、同じく服の濡れた灯馬が何かに感付いて声をあげる。執平がいなくなったので、楽しんでいる幽皇が次に水をかける対象は自然と自分に向けられる、という事に。
「日比谷隙有り!!」
予想通り結局幽皇に裏切られた哀れな灯馬は、直に思い切り水を浴びさせられた。
「……オゥオゥオゥテメェ等!! 俺を敵に回した事を後悔させてやろうじゃねぇか!」
服が完全に濡れた事による自棄もあってか、灯馬は『ガキのする遊び』でとうとう本気を出そうと、少し垂れた前髪を元に戻しながら眉を顰めた。
灯馬が幽皇の水攻撃に対抗して、ホースの取り合いになっていた。
――その時だった。
「お前等隙有り!!」
いきなり2人の上の方から、大きな声と共に大量の水が一気に降り掛かって来た。それを直に浴びた灯馬と幽皇の潰れた髪の内側に見える目は、何が起きたか一瞬戸惑っている。
だが、すぐにこんな事をする奴は1人しかいない、と彼等は悟った。
「何しやがる執平!!」
犯人は言うまでもなく執平だった。いつの間にやら店の屋根に登り、バケツに入れた水を落としたのだった。
「バケツ攻撃だぁ!! とう!」
執平は更に用意したもう1個のバケツの水を容赦無く蹴り落とすと、自分も颯爽と飛び降りた。
「降りて来たな! いい度胸だ、くらえオラァ!!」
幽皇は着地した執平の顔に、自分もされた様に水を掛ける。その間、灯馬は隙を見て、もう1本ホースを用意して蛇口を捻っていた。
最初の様に暴れ出したホースは、執平と幽皇を容赦無く襲う。
「うわ、灯馬ずりー!」
結局、馬鹿にしていた筈の灯馬も含めた3人で、店前の道を所狭しと遊んでいた。
それから少しすると、そこへ乃南がやって来た。タントーとの戦いで、全身ヘドロだらけであり、汗だくだった。
乃南は未だ無邪気に遊ぶ3人を見て、多少の困惑と共に微笑みながら呼び掛ける。
「何やってるんですかー?」
「あ、師匠! ……どうしたんすか、その汚れ!?」
執平と幽皇は汚れた乃南を見付けると、すぐさま駆け寄った。
「ちょっと、モンスターと交戦して……」
全身ヘドロだらけで疲れ切っている乃南の姿を見て、執平は良い事を思い出した様な表情になった。そして無邪気に笑って、水がどぼどぼ流れるホースを乃南に差し出す。
「師匠も水遊びやりましょう! 服、綺麗になりますよ!」
――その言葉に、一同は驚愕した。
乃南は汚れた服を見て、暑い故に薄着であるこの服が、透けると思うと顔を赤らめた。
「……い、いいえ、マンションに帰ってお風呂に入りますから。わ、私の事は、お気遣い無くっ!」
そして困惑した顔をして溜め息をつきながら、早歩き、そして次第に駆けて去っていくのだった。
「師匠付き合い悪いなー。疲れてるから仕方無いけど」
「いや、薄着の女性をこの遊びに誘うお前の方がどうかしてるぞ……」
「なんで?」
そんなこんなで、3人は猛暑という名の昼の暑さを楽しく凌ぐ事に成功したのだった――。