闘う事に生涯をかけた
爆発による煙が執平の部屋のあらゆる物を白く覆い被せ、充満している。
その爆煙の中、サクフマンは込み上げた思いを狂った様に笑って表していた。
「ひゃーははははは!! 死んダ! 死ーんーダー!!」
初心者キラーとしての仕事を終え、サクフマンは満足感を覚えて、三日月形の口を精一杯開けて笑い続けた。
しかし、途中である事に気が付くと、笑った口を固めたまま目を凝らして周りを見渡し始める。
(……あレ? スレワドの光線で起きた爆煙も一緒だったから判んなかったけど、なんかいつもの俺の爆発と違ウ。……弱くなってル? それに、何故スレワドは戻って来ないんダ)
「まさか――」
その時、煙の中から2つの人影がうっすらと現れた。
「痛ぇなシルクハットテメェ」
「あー危ねぇ危ねぇ、もう反射的に動いてたよ? 俺」
サクフマンにとっては喫驚の事だった。無理も無い。爆煙の中からシルクハットの爆発をくらった筈の灯馬が、そしてフィギュアになったスレワドを持った執平が歩いて来たのだから。
「スレワド!! 貴様どうやってスレワドヲ!?」
説明したところで喜怒哀楽の激しいサクフマンの怒りは収まらないが、執平はスレワドのフィギュアをそこ等に放り投げて言い放つ。
「俺が右腕と右の脇腹をまとめて噛まれてた時に、左手で持ってたこの槍を短く持ち替えて、咄嗟に頭に何回もぶっ刺してやったんだ。そんで犬の力が弱くなってきたから、なんとか牙から抜け出せはしたけど……、少し遅かった所為でこの様だ」
そう言って執平は焼け焦げて破けた服の大きな穴を左手の親指で指し、そこから見える火傷した右肩をサクフマンに見せながら苦笑いを浮かべた。
「で、灯馬は何やってたんだ?」
執平は、気休めではあるが肩の火傷の痛みに吐息を吹きかけた後、隣の灯馬に話を振った。
「俺か? アイツのシルクハットを拾った時、その裏が機械仕掛けになってるのを見付けてな。取り敢えず銃弾を何発か当てて壊しておいたんだが……、煙が凄いだけで威力が弱くなったとは言え、超小規模でも爆発するとは思わなかったな。お陰で頭がクラクラしやがる」
「やはりそうだったカ。あの時カ。……だけど銃の音はしなかったけド?」
サクフマンは内心焦りつつも平静を装って笑いながら、執平の様に疑問を質す。
だがその疑問の答えは灯馬が答える事も無く、身構えているサクフマンの目に自然と入って来た。
「……あぁ成る程、サイレンサーってやつネ」
何かに気付いて納得したサクフマンの視線は、灯馬の銃へ行っていた。その銃にはいつの間にかサイレンサーが装備されていた。
「シルクハットがお前の主な攻撃手段なら、それを壊す際には気付かれない方がいいだろ? まぁ完全には壊せなかったみたいだがな」
灯馬は目を瞑りながら、クラクラする頭を指で軽く叩いてアピールする。その時、執平が攻撃手段という言葉で何かを思い出した。
「い、いや、灯馬! アイツはあの丸い腹に刃を仕込んでるんだ!」
彼はサクフマンの腹を指指して、先程とは逆の立場で注意を呼び掛ける。
「あの腹にか? ハッ」
だが灯馬はその丸い腹を眺めると、馬鹿にした様に笑うだけだった。執平はその横顔を見て、つられて鼻で笑う。
すると険しい表情のサクフマンの丸い身体から、執平の言うように刃物が恐ろしく光りながらその扇形の姿を露にした。
「あまり笑うなよお前等……。これで殺されたフィギュアセラーも、いるんだからなァ!!」
眉間にしわを寄せた憤りの顔が、執平達に迫り来る。幅跳びの様に跳び込んでいったサクフマンだが、執平と灯馬はそれを無駄な動き無く避ける。
サクフマンの腹の扇形の刃は床に思い切り刺さった。
サクフマンはそれを素早く抜く。だが、振り返った途端、2人の人間によって心臓部分に銃と槍を突き付けられた。
「頭は効かねぇが、この部位なら効くんじゃねぇか?」
「短気な性格が裏目に出たな。終わりだ、シルクハット野郎」
一気に窮地に立たされたサクフマンは歯軋りをしつつも、少しして舌打ちをし、その場に胡座をかいて意を決したかの様に丸い身体を地に付けた。
「クソ、殺したきゃ殺セ! 生まれてこの方40年。初めてだ、殺されるなんて事ハ……」
執平はその言葉を聞き、モンスターの出生について疑問符を頭の上に浮かべたが、一方で灯馬はサイレンサーを外した銃を構えたまま黙って聞いていた。
「……オイ、フィギュアバイヤー」
「何だ」
サクフマンへの視線を石像の様に動かそうとしなかった彼は、俯きながら静かな声で名前を呼ぶサクフマンに返事を交わす。
その隣で執平は、先程の疑問はひとまず置いといて、早くフィギュアにしたいが為に槍を持つ手をウズウズさせていた。
「フィギュアバイヤーとの“アレ”って事実なんだよナ? 俺は……、俺はまた――」
「心配すんな」
そして本日何度目かも解らない銃声が街に鳴り響き、サクフマンは命絶えてフィギュアと化したのだった。
――10分後――
「……で、アレって何なんだよ?」
「何回も言ってるだろ! 秘密だ、秘密」
サクフマンとスレワドとの戦いが終わり、執平と灯馬は夜の帳が下ろされてすっかり暗くなった街道を、灯馬の店に向かって歩いていたところだった。
不規則に点滅している街灯が2人をたまに少しだけ照らしている。廃れた街と言っても住んでいる人がいる以上、最低限の役割は果たしていた。
「そんな事より、良かったな執平。このサクフマンとかいう奴は他のモンスターよりかなり希少価値の高いモンスターだ」
「は? こんな奴が? なんで?」
執平は目を丸くしてサクフマンのフィギュアを物珍しそうに見つめた。雪だるまの様な丸い体躯が瞳に映る。
灯馬は、彼がじっと見ているそのフィギュアを奪い取り、それを執平に向けて指指しながら語り始めた。
「コイツみたく人間の言葉を操るモンスターは基本、希少価値が高いもんなんだ。コイツの場合、Lv.3だから世界に10体ぐらいしか存在してないだろう」
それを聞いた執平は驚きの表情を見せて、目を見開いて再びフィギュアを眺めた。そして灯馬は詳細を説明し始める。
「1種類につき、Lv.3からLv.6までは約10体、Lv.7からLv.9までは約5体、そしてLv.10以上は1種類のみで、たった1体。Lv.3からLv.9までの種類の数は明らかになっていないが、そういったモンスター達を総称して“マイノリティ”と呼んでいる」
「Lv.10以上は、たった1種類で1体……」
つまり、Lv.3のマイノリティの中の1種類であるサフクマンは世界で10体に対し、Lv.10のマイノリティは全1種類の、数は1体。しかもそれがノーム・フォグブロという事になる。
執平は、あの“喋る骸骨”ノーム・フォグブロの驚異的かつ異端な姿を脳裏に自然と思い返していた。
世界にたった1体のモンスターに自分は遭遇したのだ、と思うと、執平はその超低確率な巡り合わせに手を震わせながらも、思わず顔をにやけさせた。
そして彼は、興奮止まぬ内に唐突に叫び声をあげる。声が街の廃屋中を駆け巡り、銃声にも負けない程の迷惑さを表した。
「……んだよ執平、うるせぇぞ」
一瞬肩を震わせた灯馬は急に発せられた執平の行動と声に、耳を塞いだまま注意する。
「負けてらんねぇな! 希少価値が高いなら、他の同じレベルのモンスターよりも値段が高いって事だろ!?」
「……まぁ、そうなるな」
叫び終えた後で夜空に瞬く星に負けない程までに眼をキラキラと輝かせている執平を見て、灯馬は少し退きながら応答した。
「よし、俺はあの骸骨を絶対倒すぜ! Lv.10で! マイノリティで!! アイツを倒せば億万長者も夢じゃねぇ!!」
執平は夜遅くにも関わらず未だはしゃぎ続け、自分が紙幣の海を泳いでいるのを想像して満点の笑みを零した。
その妄想に浸っている執平を見て、更に退く灯馬。しかし、言葉だけは彼を心配していた。
「お前あの時、恐怖で何もできなかったんだろ? 大丈夫かよ。……ていうかお前の夢ってそんなにでっかい――」
「絶対強くなるぞー!!」
夜の静寂はおろか、灯馬の気遣いすら執平はその声で打ち消し、夢を信じて握り締めた拳を上に高々と掲げると、もうすぐ近くに見えている灯馬の店まで調子良く走り出す。
それを見た灯馬は、彼の溢れんばかりの元気の良さに呆れて溜め息をつき、微笑みながら歩き続けた。
そんな彼の表情とは裏腹に、脳裏にはある確かな違和感が残っていた。
(……アイツ、脚は?)
灯馬に疑問を持たせたまま走った執平は、彼を置いたまま彼の家に到着し、玄関前まで来て勢いよく扉を開けて再び大声を張り上げる。
「誰も居ないけどただいま!!」
そう言った彼だったが、しかしながら先程まで執平と灯馬以外に誰も居なかった筈の店内から、聞き覚えのある女性の高い声色をした返事が返って来る。
「あ、お帰りなさい!」
その声の主は、フィギュア集めに何処かへ行っていた乃南だった。
執平は彼女に気付くと、半ば驚きつつ、にやけていた口を大きく開いて更に嬉しそうな表情を浮かべた。
「あれ!? 師匠じゃないすか! 旅に行ってたんじゃないんすか!?」
「言いませんでしたっけ? 今度からは此処を拠点に行動しようと思ってるんです。ていうか敬語が適当になってますけど……」
「いやー、丁寧に接してても親近感湧かないんで! ね!」
乃南は彼の敬語及び師匠呼ばわりは既にどうでも良くなって来ていたのだが、その敬語自体が曖昧になり、更にいつ敬語が直るのか、と思う気持ちが一方で強まる。
本当に乃南を師匠だと尊敬しているのなら、執平は弟子としてもっと立場を弁えるべきなのは言うまでも無い。
――ところで、彼等が2人で会話をしていたそんな中で、その状況が終わるのをイライラしながら椅子に座って靴を鳴らし、カウンターに肘を置いて待っていた人物がいた。
そんな“誰か”に執平は今更ながら気付くと、2度見して肩をビクッと震え上がらせた。
「……だ、誰っすかコイツ?」
「人を待たせるたぁいい度胸じゃねぇかよオイ」
その男は立たせている金色の髪を指で弄くり、サングラスをもう片方の手で調えた。
そして左目にある、サングラスからはみ出て見えている、鋭利な物で斬られた様な1本の痕跡を指で掻きながら肘をカウンターから離し、執平を睨み付ける。
「人を待たせるって言ったって、俺待たせる様な事してないし……。第一、初対面だろうが! 誰だお前!?」
明らかに悪そうなオーラを放っているその男の眼力に多少困惑しながらも、執平は指を指して対抗意識を燃やした。
すると、その男も負けじと対抗――というよりかは返事をし始める。
「俺は芽吹幽皇!! 元暴走族総長!! 24歳独身!! お前は!?」
股を開いて広げた膝に手を置く体勢で、座ったままで芽吹幽皇と名乗った、荘厳な覇気を漂わせる男。
その姿、そして自分より大きな声で自己紹介されて少したじろいだ執平は、彼に挨拶を返さないでそのまま乃南に救いの手を求めた。
「何なんすかアイツ、超怖いんですけどー……」
そう言いながら執平は乃南の二の腕を掴んだ。そんな情けない男を、乃南は苦笑いしつつも同情する。
その時、執平は今の幽皇の自己紹介の中の1つを思い出し、取り上げて乃南に問い掛けた。
「て、ていうか師匠、元暴走族と一緒にいたんすか!? 大丈夫でした!?」
「まぁ、はい。でも少し気まずかったです、本当に。……なんか暴走族の時の仲の良い子分を此処で打ちのめしたっていう2人に用があるみたいです。此処ですから……まぁ、こんな事言うのも悪いですが、どうせ執平君と灯馬さんですよね?」
乃南に辛辣ながらそう言われて、執平は1回過去を振り返ってみた。そうしてようやく、今日の平和だった筈の昼頃に起こった後味の悪い出来事を思い出して、少し苦笑いを浮かべる。
「あぁ……アイツ等か」
執平はあの意気地無しなハゲ達も暴走族だったのか、と思うと、苦笑いからただ普通に笑えて来た。
そんな彼も、灯馬――基、鬼灯に対して壁際でガタガタ震えていた事は、彼の脳内で既に都合良く消されている。
執平の訳あり気な顔を見て溜め息をつく乃南の後ろで、幽皇が何かに気付いたらしく、ガバッと椅子から立ち上がった。執平と乃南は肩をビクッと震わせて即座に彼の方を向く。
更に言うと、椅子から立ち上がった彼の身長は2mありそうなくらい大きく、それに対しても2人は驚かされた。
「言い忘れてたが、俺はフィギュアセラーをやってる! そして此処に来たのは俺の子分を――」
「あーあーあー!! 聞いた、聞いたよ師匠から! お前が探してる2人ってのは俺と、此処のフィギュアバイヤーの事だ――って、お前フィギュアセラーなのか!?」
執平はまたもや喫驚した。フィギュアセラーだという事には関心せざるを得ないし、同じ職を持つ者としては仕方が無かったのだが。
モンスターが徘徊するこの世界、フィギュアバイヤーの職を知っていて、加えてモンスターフィギュアを売りさえすればフィギュアセラーになれる。
故に、どんな一般人がどんな志でフィギュアセラーになっても、おかしくはないのだ。
「本題に戻すぞ! 俺の可愛い子分を倒したのはテメェと此処の経営者なんだな!?」
剣幕な表情の幽皇は指と首の骨を鳴らし、畏怖の念を植え付ける様な眼差しで執平に近付いて来た。その般若にも似た強面に、執平は完全に腰を引く。
「ちょ、待て待て! 一緒に居たけど、俺は手出してないから! 悪いのは全部此処の経営者さんだから!!」
「じゃあその経営者呼んで来いやぁ!!!」
壁際に寄る2人に、“超”が付く程の威圧感が地上2m程の位置から降り注いで襲う。
執平は此処に来ないで住み処に居れば良かった、とつくづく思っていた。彼の背中につく乃南に関しては、涙目になっている。
――その時、丁度良いタイミングで灯馬が欠伸をしながら店に帰って来た。
「執平ー、思ったんだけどお前脚完治してないのになんで走ったんだ――え? 何この状況?」
3人が一斉に灯馬を見た。
執平と乃南は安堵の溜め息を漏らし、幽皇は経営者がコイツだ、と直感的に判断して標的を灯馬に変える。
「テメェが俺の子分を負かしやがったんだな」
灯馬は見知らぬ金髪の長身に、訳も解らずに胸倉を掴まれる。
だが焦る事も無く、冷静沈着な彼はただただじっと幽皇を見た。
「子分……? 子分……。あぁ、ハゲ達の事か。いやぁ、あんな奴等の為に夜遅くわざわざ来るとは、余程暇なんだなお前」
嘲笑いを見せながら、胸倉を掴んでいる幽皇の手の首を掴み、抵抗し始めた灯馬。
――彼は、火に油を注ぐのが好きなのだった。
お陰で幽皇の額にははち切れんばかりに浮き上がる血管の姿が露になっていた。
「と、灯馬さん、もうやめてくださいぃ……」
既にこの殺気漂う状況に耐えられなかった乃南。此処に来ないで、閑静なマンションに直行すれば良かった、とつくづく思っていた。
そんな彼女に灯馬は、未だに胸倉を掴まれている事に抗っていながらも気付く。
「よう椎名。まだ旅に出てると思ってた。おかえり。で、なんで泣いてんだ?」
「そ、そうだ! 師匠泣かせんな暴走野郎!!」
灯馬と言う名の救世主が帰って来た事で、再び対抗する勇気を貰った執平も反撃に出る。
逆に追い詰められた幽皇は灯馬の胸倉を放し、服のしわを直す灯馬の頬を、我慢出来ずにすぐさま殴り付けた。
油断していて、いきなりの攻撃に反応出来なかった灯馬は、殴られた事で背中から壁に激突する。
「うぉー! 灯馬ぁ!!」
「今そこの女が泣いてようが何してようが関係無ぇんだよ!! とにかく俺は子分の敵討たなきゃならねぇ、表出な!!」
壁に寄り掛かって座っている灯馬の前に、手をスラックスのポケットに入れて大きな身体を更に大きく見せた幽皇。それには流石の灯馬も少し畏怖の念を覚え、舌打ちをする。
そんな中、執平が幽皇にある事を言って、宥めようとした。
「なんでそんなに暴力にこだわるんだよ。話し合おう? ねぇ、話し合おう?」
乃南も隣で首を何回も縦に振り、執平の意見に賛同する。幽皇はその言葉を聞き入れたのか、床に座っている灯馬の前を離れ、店内を不規則に歩きながら、先程の威勢とは真逆で冷静な態度で喋り出した。
「……俺は闘いや喧嘩が昔から好きなんだ。子分の敵を討つ時は必ず力で相手を捩伏せてやった」
幽皇は店内を少しうろつくと、最初に座っていた椅子に再び座る。乃南が嫌な表情を示す中、彼は更に語った。
「“族”を辞めてからの職業も、この力を生涯に渡り有効活用できる職に就きたいと思って、モンスターを殺して利益を得るフィギュアセラーを選んだ。俺は闘う事に生き甲斐を感じてんだ」
そして彼は自分が投げ掛けている話題に関して、執平達に共感を求め始めて来た。
「お前らだってそうだろ? 闘いを求めてなきゃすぐに貧乏人になっちまう。……フィギュアセラーは、闘う事に生涯をかけている!!」
いきなりの熱弁に、3人は呆気に取られた。
と言うのも、“元”とはいえ暴走族の総長がここまで感情的に語るとは思ってなかったからだ。
「……まぁいい、勝負だお前!!」
「結局!?」
宥めようとしていた執平の仲介の意見も虚しく、そんな意気揚々と声を張り上げる幽皇には、復讐の闘志は消えていなかったのだった。
「えー……まぁいいけど。取り敢えず、自己紹介だけしとくか。日比谷灯馬。フィギュアバイヤーだ」
「フィギュアセラーの芽吹幽皇だ!!」
――そうして一悶着ありつつも、表に出て闘う事になった2人。
空はいつの間にか雲が立ち込めて、輝く星と月を隠し、夜の暗闇を更に際立たせていた。
そんな中、フィギュアセラーがフィギュアバイヤーを相手にしていいのか、と執平と乃南は店の扉の前に立って、対峙する灯馬と幽皇を不安そうに見ながら思う。
「生き甲斐を感じて、生涯を懸けてきたお前の闘い方、見せてみな?」
「俺の子分に手を出した事を後悔させてやるよ」
そう言って幽皇はサングラスを外し、上着の内ポケットにしまった。露になった目は鋭くて、意外に格好良い目付きをしていた。
――すると、眼光の鋭さそのままに、驚く事にその幽皇が助走無しで地面を思い切り踏み込み、灯馬を越えるジャンプをしてみせた。
「んな!?」
その高さに3人は目を丸くして、舞う幽皇を眺める。
(オイオイ、俺の身長176㎝だぞ。その高さを助走無しで跳びやがった)
3人の驚きを気にも止めず、幽皇は空中で身体を前転させ、歯軋りをしながら驚愕する灯馬の脳天に向かって真上からの踵落としを振るった。
灯馬は蹴られる前に、半ば反射的に両腕でガードする。
「んん……!」
だが、その両腕は踵落としに耐えられずにジンジンと痛み出した。
だが腕をぶら下げる灯馬に構わず、幽皇は攻撃の手を止めない。次は体勢を低くして足掃いをして来た。
「うわっ!」
灯馬は足を掃い除けられ、地面に尻をついてしまった。
そこをチャンスとばかりに、倒れた灯馬の脇腹を狙った幽皇の大きな足。
「うおぉらぁ!!!」
幽皇は脇腹目掛けて振り上げた足を、空を切る様に思い切り振り下ろした。
――そうして、鈍い音と共に灯馬は吹っ飛んだ。
自身の店の屋根に身体を乗り上げ、無気力にゴロゴロ転がってその屋根から落ちていった。それを見計らって、容赦の無い幽皇は上段の蹴りを背中に入れる。
落ちた隙を蹴られたので抵抗する術も無く、灯馬はその蹴りの威力を残したまま店の壁に身体を強打した。
「し、しっかりしろ灯馬!!」
執平と乃南は壁に激突して俯せに倒れた灯馬のもとへ駆け寄り、名前を呼びながら身体を揺さ振った。
灯馬は血の混ざった唾液を吐き捨てながら、呟く。
「……あー、効いたぁ。あまり長引くと死ぬなぁ、こりゃ」
「殺す気でやってんだ。次は命は無ぇと思いな」
鋭い眼差しを向ける幽皇の、吐き捨てる様な無情の言動。
それを聞いた途端、何故か突然乃南が強張った表情でプルプルと震え始めた。
しかし恐怖からではない。それは、幽皇の残酷な性格への怒りからだった。いくら寛容な彼女でも、これには堪忍袋の緒が切れていた。
「……殺す……? 人を?」
「し、師匠……?」
執平がその異変に気付いて呼び掛ける。しかしそれを無視して乃南は、背の高い金髪の、左目に傷のある暴走族総長の前に勇ましく立ちはだかった。
「オイ、俺はいくら女でも容赦はしな――」
「フィギュアセラーは、モンスターだけを抹殺対象にする職です。子分がどうとか、昔からの生き甲斐っていうのはどうでもいい。この職で闘っていく事に生涯をかけてるなら……」
そして涙目の彼女は眉間にしわを寄せて、これまでに無い程の声量で叫んだ。
「せめて人は! 殺そうなんて思わないでください!!」
――その時、頬を叩いた音が爽快に鳴り響いた。
彼女が、手を幽皇の顔の方まで上げて、精一杯のビンタをくらわせていたのだった。
誰も予想だにしていなかった乃南の行動を間近で目に捉えてしまった執平と灯馬は目を瞠った。
「し、師匠!! ヤバイっすよ! 死にますよ!?」
執平が灯馬から乃南のもとへ駆け寄り、彼女の手を強く掴んで引っ張る。だが、乃南はその場から1歩も動こうとはしなかった。
「モンスターもそうですが……、特に私は殺人を犯すような最低な人間は絶対に許さない!!」
幽皇を見上げている乃南の頬には、大粒の涙が流れていた。本当は、殺す事を厭わない幽皇が怖くて仕方無いように捉えられる。
すると、その涙が幽皇の心に多大な影響を与え始めた。
「……師匠」
「え?」
呟く様に師匠、と乃南を呼ぶ声がした。だが呼んだのは執平ではなかった。
声の主は、ビンタをされて先程まで呆気に取られていた幽皇の声だった。
「オイ、テメェ! 勝手にこの寛大なるお方を師匠呼ばわりすんじゃねぇ!!」
「いや、貴方もですよ」
幽皇を指指している執平に対し、乃南は涙を指で拭きながら、執平の方を向いてツッコミを入れる。
そんな彼女が幽皇に目を戻すと、なんと彼の目からも涙が零れ出ているのが判った。
「……俺、今までいろんな野郎と闘って来たけど、こんなに愛情の篭ったビンタは生まれて初めてだ。あんたは、最高のフィギュアセラー――いや、最高の人だぜ」
3人が呆気に取られ返されて理解に苦しむ中、勝手に感動し始めた元暴走族総長は、そんな空気にも構わず話し続けた。
「俺は、間違ってたのかもな……。殺す事なんかに生き甲斐を感じていたとは……」
幽皇は崩れ込む様にして、その場に膝を付いて俯く。そこへ執平が何か決心したかの様な眼差しをして歩いて来て、しゃがみ込んで幽皇の肩に優しく手を置いた。
「良くわかんないけど、今からでも遅くない。やり直せるぜ? ……よし、前言撤回! 次からはあの方を“師匠”と呼べ、同士よ!!」
「同士……。良い言葉じゃねーかよぉ!!」
幽皇は更に号泣し、思わず執平と抱き合う。
――此処に男同士の華やかな友情が生まれたのだった。
そんな一部始終を陰でこっそり見ていた昼間のハゲ達。コイツ等も男泣きしていた。
「芽吹総長が、暴力行為にまで足を洗うとは……!」
殆どの人が泣いてハッピーエンドで済まそうとする中、灯馬と乃南だけは気持ち良く終わる事は出来なかった。