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FIGURE SELLER  作者: shino
3/15

骸骨の濃霧

 朝の日の光に照らされている中、森にある、川の流れている広場で正面を向いて対峙している乃南と、鰐のモンスター、ジェニー・ワット。


(相手はLv.3のモンスター。気を引き締めないと!)


 乃南は自分の頬を両手で軽くペチンと叩く。痛みは伴わない程度に、しかしながら気合は入った。


「師匠が倒すっていうなら、金はやっぱり師匠の物ですよね……。情けない」


 端でそれを見ていた執平は残念さと自分が負けたという失望に、槍を杖にしたままショボンと肩を落として俯く。だが乃南は執平を励ます為に、また先程の様に愛嬌ある顔でにっこり微笑んだ。



「あまり気を落とさないでください。お金は半分ずつにしましょう。執平君だって闘ったし、私を助けてくれましたし」


「し、師匠……!」



 乃南の笑顔と優しい言葉に感激し、執平も前を向いて笑顔を取り戻した。彼女の、少なくともこの草地よりも数十倍はある寛大な心に、輝きのある感動を覚えたのだった。

 最早、執平の中で心の師匠と化した乃南は“自称”弟子の執平が頭を上げたのを確認すると、微笑をやめてジェニーの方に目を移し変えた。

 そしてナイフを華麗な指捌きで回転させてからジェニーに向けると、女性独特の高い声色で挑発に出た。


「いつでも来なさい。直球ワニさん?」


「グガォォォォ!!」


 ジェニーは乃南の挑発の言葉を合図にしたかの様に、乃南目掛けてこれまたミサイルの如く突っ込んで来た。目付きの悪い表情や、唾を飛ばす程の大きい声からして、完全に苛立っているという事が鮮明に判断出来る。

 そのまま脚に食らいつくかと思われた。

 だが、ジェニーは突っ込みながら途中で4本足のジェットを一瞬だけ使い、自身の身体をまるで幅跳びをする様に浮かせ、乃南の腹部を狙って飛んで来た。


(やっぱり使って来た!)


 しかし4本足のジェットを見た時からこの動きも想定内だった乃南は、すかさずジェニーに当たらないように地面にしゃがみ込んで、ナイフを自分の頭より少し上に構えた。

 方向転換をすぐには出来ないジェニーは、物凄い速さで乃南の上を通り過ぎ、その風で乃南の髪をバサバサと揺らす。


 それと同時に、銀色のナイフは自らの刃を動かさずして、ジェニーの腹を一直線に斬ってみせた。

 つまり、ジェットの勢いを利用して、ジェニーは自分自身の腹を真っ二つに割いたのだった。



「グガァァァァァー!!!」



 赤い血を流しながら、哀れな鰐はこれまでにない苦痛を味わったかの様に鳴き喚き、また木に激突する。だが、まだフィギュアにはならなかった。どうやら、まだ辛うじで体力はあるみたいだった。

 乃南は緊迫している鼓動を抑えながら立ち上がり、そのままジェニーが息絶えるのを、血の滴り落ちるナイフを握り絞めながらじっと見つめて待つ。


 ――暫くして、ようやく尻尾や目でさえ全く動かなくなったジェニー。2人は安堵の息を漏らし、気が抜けた表情を見せた。

 だが、その表情は2人の下からすぐに消えて失くなっていった。それは何故か。


 未だ、フィギュアにならないのだ。


「……何なんだ?」


 執平と乃南が危惧をよぎらせながら、不穏な空気を感じる。

 丁度その時だった。

 先程まで石の様にピクリとも動かなかったジェニーが、2人をこれまでに無い程脅し付ける、強大な叫び声を森全体に響き渡らせた。


 Lv.3の咆哮ほうこう。木が、川が――森が揺れる。

 それも束の間、ジェニーの叫び声により怯んだ乃南の頬に、何やら鋭い物体がかすった。



「――まさか」



 次の瞬間、ジェニーの背中に付いていた筈の全てのトゲが、次々に四方八方に飛んで襲いかかってきた。


「執平君! 木に隠れて!!」


「は、はい!」


 この光景を目の当たりにした執平は、頬に微量の血を流している乃南に言われた通り、なんとか片足で木に隠れる。乃南も必死にトゲを避けながら、木に隠れようと動く。

 しかし簡単には行く筈が無かった。何十本にも及ぶ花火の様なトゲの猛攻は、次々に乃南の身体を裂いた。


「痛っつ……!」


「し、師匠!」


 今こそ弟子の役目だ、と決心した執平は、師匠である乃南を守る為に走ろうとしたが、右脚の激痛が邪魔をし、それに堪えられず倒れてしまって動けなくなってしまう。

 その顔は、痛みに耐える表情に加え、師匠を守れない悔しさと情けなさも兼ねていた。


 ――そして間もなく、トゲは飛んで来なくなった。

 執平は木の奥で汗だくになりながらも槍を再び杖代わりにして、深く息を切らしながら、仰向けに横たわっている乃南の所までなんとか歩き始めた。


「だ、大丈夫ですか? 起きてください、師匠!」


 執平は今出せる精一杯の声を、乃南の耳に確実に伝える。

 それに応える様に乃南は地面に生えている芝生を掴んでから、ゆっくり上半身を起こして立ち上がった。


「痛たた……。結構掠っちゃいました……。刺されもしちゃって」


「大丈夫ですか師匠。トゲが――」


 乃南の怪我が最優先の執平は、そう言いながら乃南の腕に浅く刺さっている1本の細いトゲを丁寧に引き抜こうとしたが、乃南は執平の手を患わせない為に、首を横に振って自分で引き抜いた。


「でも、全部急所じゃなくて良かったです。……で、ワニは?」


 ジェニーは、アレが最後の切り札だったのか、遂に力尽きたらしく、1つのフィギュアになって芝生に紛れる様に落ちていた。

 それを見て、2人は呟く。



「……勝ち、ですかね」


「あの一撃で決めたかったんですけどね……。まぁ、追い詰めたのは確かです」



 そして森は揺れるのを止め、再び静寂の時間が辺りを覆い尽くしたのだった。



 ――森を出てから数時間が経つ。辺りはまだ明るく、時は午後2時10分から11分の間をゆっくりと、しかし確実に刻んでいた。

 執平と乃南は、森へ行くのに通って来た平地の道を戻るように歩いていた。

 その時間の中で、所々で休みながら歩いていた彼等は、自分達の腹時計が空腹感を訴えている事に気が付く。だがそれよりも、ジェニーに各々やられた箇所の痛みが抑えられず、腹拵はらごしらえするどころではなかった。


「ヤバくないですか、執平君。何処かに病院とか、無いですかね? モンスター専門の」


 ジェニーの猛攻に数箇所をやられていた乃南だったが、それよりも執平の右脚の方を心配そうに見ている。そんな彼女に、執平は申し訳無さそうな表情で立ち止まって対峙した。


「……すいません。俺が森へ行きたいって言ったばっかりに」


 そして槍を支えにしながら、乃南へ謝罪の意を込めて深々と頭を下げる。自らの勝手な考えが他人を傷付けてしまった事は正直辛いと執平は酷く感じていた。



「いいえ、謝らないでください。フィギュアは取れましたし、いい経験になりました。……それより本当に大丈夫ですか? 肩貸しますよ?」



 元凶は自分だ、と後悔の念を露にする執平を許し、頭をすぐに上げさせて更に心配をかける。

 椎名乃南という人間を、この1日で執平は理解出来た気がした。

 その上で、彼は申し訳無さそうに呟く。



「……ご心配無く」



 ――それから少しして、2人は灯馬がいる廃れた街へ、行きよりも長い時間をかけてしまったが、どうにか辿り着く事が出来た。

 そこは廃れた街と言っても、昼時は少しだけ住み処としている人が歩いている光景が見れる筈だった。


 ――そう、『見れる筈だった』。


 2人が街の入口に入った、まさにその瞬間の事だった。

 廃れた街全体が、飲み込まれるかの様に霧に包まれたのだ。

 そして、執平と乃南が気付いた時にはその霧は日光を通さない空間を既に作り出していたのだった。


「な、何だよこの霧は」


「……あ! 森で見たのと同じですよ、この霧!」


 乃南の言う通り、この紫がかった白い霧は森で既に見ていた霧だった。執平もそれを思い出し、浅く溜め息をつく。

 2人は唐突に現れた霧で前が殆ど見えない事に多少戸惑いつつも、手探りで灯馬の店を探し始める。2人にとっては灯馬の安否も気になるところであった。



「灯馬ー!」


「灯馬さーん!!」



 2人は困憊した身体で発せられるだけの声を張り上げて、まさに五里霧中の状態で灯馬を探した。

 その時、音程の低い不気味な声が霧中を木霊するかの様に響き渡った。それは執平と乃南の耳を、弄ぶかの様にくすぐる。



「オオオォォ……」



「……今、確実に何か聞こえましたよねぇ師匠?」



 霧が立ち込めて辺りの状況が良く判らなくなっていた時から内心恐怖が勝っていた執平は、それを遂に露にし、槍を持った手も含めて乃南の肩を子供の様に掴み出した。



「あの、貴方の気持ちを落ち着かせる為に肩を貸すって言ったわけじゃ――いや、何でもないです……」



 乃南は腰を低くして自分の背中に隠れる執平を見て、浅く溜め息をついた。

 しかし右脚が地面に付けられない執平にとっては厳しい格好のようで、少ししてから乃南の肩を、残念と言わんばかりの顔で結局渋々離れたのだった。



 ――2人は声がしてから暫く立ち止まっていた。


 見渡せば霧、霧、霧。


 執平にとっては前から住み込んでいる街だが、今回ばかりはその廃れた街に対して、異質の恐怖心に圧倒されてばかりでいる。全ては霧が、2人の心を支配しようとするかの様に恐怖の念を発している故の物だった。

 夢なら覚めてほしい、と2人は願いつつ、冷静さを消さないよう話す。



「俺達、街の何処にいるんですかね」


「さぁ、だけど人1人居ないのは変ですね……。霧があるから家の中に篭ってるんでしょうか」



 乃南は少し眉間を寄せ、霧が何故起こったのか、この街の小数民は無事だろうか、と考えた。

 だがすぐにあの声が再びやって来て、乃南も思わず肩を震わせ考える力を停止させる。




「オオオオオ……」



「まただ! なんか大きくなってるしぃ!」



 不気味な呻き声は、聞こえる度にその声を近付かせて来ていた。

 執平達が立ち止まっているのに近付いて来るという事は、声が向かってくるという事を証明していた。



 ――つまり、“何か”が現れる前兆だった。



 恐れつつも2人が耳を済ますと、その“何か”は正面から来ているように感じ取れる。

 先程より頻繁に聞こえて来る、不気味な不気味な、吐息の様な声。



 ――2人は息を飲んだ。

 森よりも静かな、心臓の鼓動まで聞こえる程の静寂が霧と共に2人を包む。


 すると、遂に人影が霧の中からうっすら見えて来た。



「……誰だよ一体」



 空気をよどませ視界を汚し――。



 2人の眼前に現れたのは――。




 宙に浮き――。





 生きている――。






 そう、生き、動いている――。









 “骸骨”だった。



「キャァァァーーー!!!」

「ギャァァァーーー!!!」



 執平と乃南の目線を確実に支配して現れた、生きられる筈の無い人間の死骸相手に、2人はこれ以上無い叫び声をあげ、瞬く間に硬直した。

 その異端な存在である骸骨はボロボロの布を身に纏い、腕、背骨、肋骨が破けた箇所から見えていて、それより下の骨は無く、宙に浮いている状態だった。

 そして頭蓋骨の目の穴には、少し充血した目玉が中から執平と乃南を、1寸の狂いも無く見つめている。

 ただずっと、2人を。

 灰色を少し被り、純白とはとても言えない色の骸骨からは、ただならぬ威圧感と恐怖の覇気が感じられた。

 執平は呼吸を荒くし、暑い訳ではないのだが汗を、顎から何度も滴り落とす程までにかいている。



(意識が遠退きそうだ……。師匠、師匠は大丈夫か?)



 こんな状態にも関わらず、今日出来たばかりの師匠に気を配った彼が隣を見る。

 すると、涙を流していても生気がまるで感じられない目を持った乃南が、殆どの生気を奪った骸骨を見ながら佇んでいた。常人では足元にすら及べない、圧倒的な覇気にあてられたと言えよう。

 彼女に襲い掛かった、眼前に浮かび上がる恐怖。それによる思考の停止、混乱。

 執平もこれには驚愕の一言、と言いたいところだったが、この状況下でまだ声は出せなかった。





 ――最早何もかもが音を失った世界で、2人と対峙した骸骨の口が静かに動いた。



「俺は、モンスターのノーム。“ノーム・フォグブロ”」


「し、喋った……!」



 “下半身の無い幽霊骸骨が動き、自分に向かって名を名乗っている”。


 この有り得ない衝撃的事実を目の当たりにした執平は目をこれでもかと開き、息を更に荒げる。

 しかしその骸骨に対しては、今の彼では何も出来なかった。否、動けたとしても攻撃する気にはなれなかっただろう。それでも彼は、口だけはどうにか開かせた。



「100年ぶりの表世界だが、俺は運が良いようだ。……アイツの子孫である貴様と、こうして出会えたのだからな」


「ひ、100年……、子孫……?」



 ノーム・フォグブロと名乗る宙を浮く骸骨が歯と歯を微かに打ち鳴らしながら言っている事を、汗をだらだら流す執平は全く理解出来ないでいる。

 しかし、彼の表情等をお構い無しに、骸骨のノーム・フォグブロは話を止めなかった。



「しかし今のお前は、弱い」


「何」


「もっと、もっと強くなるがいい、孤魔寺家のフィギュアセラー」



 ――ノームの口が閉じてから、少しばかり2人はお互いを凝視していた。たがしかし、相対している骸骨モンスターの姿に執平の目が慣れる事は無く、圧倒的な恐怖と迫力を前に、『弱い』という言葉に反論する気にもなれないでいた。


 そうして時はゆっくりと進んでいったが、霧の世界の3人は動く描写を未だに見せない。


 ーーだがその時、いきなりノームが口から霧を吐き出した。

 周りに漂っている霧とは違う、青く、キラキラした霧。




「また会おう。必ず」




 それを無意識に吸った執平と乃南は、ノームの放った最後の言葉を曖昧な物にしながら、その場に力無く倒れ込んだ――。




 ――灯馬の店――




「――! ――平! 執平!!」


 霧が晴れ、昼の光に照らされた廃れた街。

 ノームが消え失せてから数十分後の、灯馬の店内にある寝室。そこでは灯馬が未だ目覚めない執平をベッドに寝かせ、何度も呼んでいたところだった。


「ん……」


 そしてようやく執平は瞼をゆっくり開き、疲れ切った表情で辺りを見渡し、自分達が霧中探していた灯馬の存在に気付いた。


「と、灯馬……、此処は?」


「俺の寝室だ! 2人共街中で倒れてたんだよ!」


 執平は身体を起こして暫くほうけていたが、『2人』と聞いたのが今更脳に伝わったかの様に、執平の頭に乃南の事がよぎる。

 彼が店の中を、半開きからはっきりした眼に変えて更に見渡すと、左隣に、執平が持って来たモンスター図鑑を開いて、椅子に座りながらじっと何かを探している乃南の姿があった。

 執平は彼女の姿を見て、安心感により、肩の力が一気に抜ける。



「……椎名から聞いたよ。ノーム・フォグブロとかいう骸骨に遭遇したらしいな」



 そこへ、灯馬が例の骸骨の名前を出した。執平は安堵の表情から慌てた顔になって、灯馬の胸倉を咄嗟に掴む。



「そ、そうだ! アイツは、アイツは何処に行ったんだ!」


「知らねぇよ! 俺はただ外が霧で何も見えない状況で危なかったからずっと家にいて、晴れてから外に出て街中を歩いてたら、お前等が倒れてたのを見て急いで助けた……。その時は、その骸骨はいなかったよ」



 執平は灯馬の胸倉をゆっくり離しながら悔しそうに舌を鳴らした。灯馬が襟を正す隣で、彼は溜め息をついて頭を抱え、あの時を必死に思い出そうとする。



(……ていうか師匠。名前を知ってるって事は、あの時名前を聞くぐらいの意識は保ってたんだ! 流石師匠。精神力が違うな)



 ――口を開き、会話をする程まで意識があった自分の方が精神力が強い事に気付かない弟子。

 しかし執平が知りたいのはそんな事ではなかった。だがそれを考える前に、瞬間的に痺れる様な痛みが執平を襲う。



「痛っ!! あ、脚噛まれてたのすっかり忘れてた……!」



 脚をやられてからの中で、これまでに無い大声を発した。灯馬を捜した時ではなく、脚の痛みによる声が1番大きいとは、皮肉な物だった。


「応急処置はしておいた。あの緑色の液体も幸い毒では無かった様だが。まぁ、暫くは闘えないな」


 執平の脚には包帯が器用に巻き付けてあり、更に乃南にも包帯、そして絆創膏が貼られてあった。灯馬が介抱した物と知ると、執平は感謝して頭を下げた。

 だが、暫く闘えないのは貧乏な執平にとっては辛いものであった。彼は脚を見る度に後悔の念に襲われた。



「で、他に何か思い出したか」



 溜め息をついて俯いていたところへ灯馬にそう催促されたので、執平は今を悩むのを止めにした。乃南も目を向ける中、彼は痛みを堪えながらも再び骸骨関連の記憶を探り出す。



「……そういえば子孫だとか、100年振りだとか何とか」


「……100年だと!?」



 その時、灯馬が何か知っている素振りを見せた。そんな彼の肝を潰した様な言葉に乃南は反応して、元気の無い声色を出した。



「その時、何かあったんですか?」



 その顔は、ノームが頭から離れずにいたからか、何処となく元気が無かった。そして顔色も悪い。



「いや、何があったかは知らないが……。何でもない、忘れてくれ。そ、それより椎名、何見てんだ?」



 話を変えた灯馬に乃南は少し懐疑な表情を見せたが、思いは口に出さずに、膝に置いている本を彼に見せる。


「執平君のモンスター図鑑です。……あの骸骨、載ってないかなって」


「そんな体調不良な顔でよく調べる気になりますね師匠。その精神力、見習いたいです。マジで」


 感心している執平を見ると、乃南は深く溜め息をついた。

 理由は2つ。ノームに遭遇して気分が良くない事。そして執平が師匠と呼ぶのをやめない事。つまりは、慄然りつぜんと呆気。

 しかし、今日1日執平に付き合った事で、師匠と呼ばれようがボスと呼ばれようが、乃南にはどうでも良くなって来てしまっていたのだった。

 そう思いながら乃南が図鑑をパラパラとめくっていると、ある頁がその眼に映って止まる。


「あ、ありました」


 乃南が見付けたのは、ノームについて書かれた頁だった。動く骸骨を興味本位で見てみたかった灯馬はすぐさま反応する。執平も、あの姿を思い返して少し悩んだが、それを見せてもらおうと乃南に近づいて来てもらった。

 そこには、奴の絵と詳細が簡潔に載っていた。



 ――――――――――


 “ノーム・フォグブロ”


 Lv.10

 主な生息地:地獄

 特徴:一般的な人間の上半身の骨体だけで浮いて移動している、布を纏い、霧を操る骸骨。目玉が頭蓋骨の中にあり、それを媒体として辺りを見る。骨と霧を駆使した戦いを得意とする。その他詳細は現段階では一切不明。


 ――――――――――



「れ、Lv.10……」


「なんかもう笑うしかありませんね」



 Lv.3等とはあまりにも段違いに高いそのレベルに、2人に絶望感が一気にのしかかって来た。この差を見ると、2人が終始何も出来なかったのも頷ける事実だった。


 ――だがそんな暗い雰囲気が寝室を覆うのも束の間、2人のお腹から空腹を知らせる音が鳴る。


「あ、お、お腹が……」


 執平と灯馬に腹の音を聞かれて、乃南は女性らしく顔を赤くした。

 そして執平は何か作ってくれ、と言いながらベッドから立ち上がろうとする。しかしながらその経緯で右脚を床に付いてしまい、激痛が脚を走って思い切り叫んだ。

 灯馬はそんな2人を見て微笑しながら、ベッドに広げてあるノームの頁を横目にチラッと眺めた。



(……地獄か)


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