第5話 取引と地獄
□アルムスフィア聖王国 ウォーデン城 地下牢獄:《死霊魔術師》一ノ宮和樹
「うぅ。くそ。何でだよ!」
ウォーデン城の地下の暗い牢屋に放り込まれた俺はずっと嘆き続けていた。俺は別に何か犯罪などの悪いことをしたわけでもなくみんなと共に元の世界へ帰るためにむしろこの国を救おうと思っていたのだ。なのにただ職業が《死霊魔術師》だというだけでまるで悪魔のように扱われたのだ。俺は怒りよりも悲しみのほうが大きく、今にも泣きだしそうだった。
「はい。こちらの牢になります」
「ありがとう。彼と1対1で話すから下がってください」
「はっ」
突然聞こえてきた声に反応して俺はその声の方向に振り向く。するとそこには金色の髪にピンク色でフリルのついた豪華なドレスを身に纏った同年代の女の子が、格子の向こう側で灯りを持って立っていた。女の子の愛くるしい青い目がこちらを覗き込む。
「あなたが一ノ宮和樹様でよろしいですわよね?」
「あ、ああ。き、君は?」
女の子は格子の向こうからそう言って微笑む。俺は女の子の完成された可愛さに思わず言葉を失ってしまう。それでも何とか返事をしようと口を動かす。
「申し遅れましたわ。私はアルムスフィア聖王国の王女ティファニー=ラム=アルムスフィアと言いますわ。先程和樹様が取り押さえられていたのも一部始終見てましたわ」
「見てたのか......」
では見てたのなら自分に何の用なのだろうかと俺は気になった。
「王女様が俺に何か?」
「私は取引を持ち掛けに来たのです」
「王女様が俺に?」
俺は立て続けに来る驚きに思わず大きく目を見開く。
「それで取引なのですが和樹様、その牢屋から出たくはありませんか?」
「へっ?」
思いもよらぬことを聞かれた俺は間の抜けた声を出してしまう。
「そ、それは。......出たい。出たいに決まっている!」
「それではあなたをこの牢屋から出して差し上げますわ。但し、条件としてはあなたのご友人方と接触しないこと、そして毎晩私の部屋に来ていただくこと。お守りいただけますか?」
つまり俺は牢獄から出ることは許されるがみんなとは会えないということだ。牢獄にいても結局みんなには会えないことを俺はわかっていた。
「わかった。その条件を呑む」
「いいお答えがお聞きできてとても嬉しいですわ」
ティファニーはそう言ってとても嬉しそうに満面の笑みを浮かべる。その後ティファニーは歩いてどこかへ行ってしまった。しばらくすると微かにだがティファニーの話す声が聞こえてきた。
「ここから出たらまずはこの世界の知識が必要だな......」
俺はブツブツと独り言のように呟きながら、これからやらないといけないことを考えていた。
「和樹様、もう出てもよろしいですわよ」
「えっ? あ、ああ」
俺が考え事に夢中になっている間にどうやらティファニーは牢屋の鍵を開けていたようだ。俺は牢屋から歩いて出た。
「取引の対価のこと忘れないでくださいね。それとラウム卿には出来るだけ遭遇しないようにしてください。後々が面倒ですわ」
俺がこの地下の牢獄を去ろうとしたときにティファニーが俺の耳元で小声で囁いてくる。俺はコクリと頷いてそのまま牢獄を出て行った。
◇
「書庫はどこにあるのか教えてほしいんですけど......」
「書庫でしたら奥の階段を1つ上がっていただけたらすぐ見えますよ」
「ありがとうございます」
俺は牢獄から出た後書庫に向かいたかったのだが、残念なことに未だにこの城の各部屋がどこにあるのかを把握していない。そこでちょうど廊下で出会った本を持った侍女さんに書庫の場所を聞くと丁寧に答えてくれた。
言われた通りに奥の階段を1つ上がると書庫と思われる部屋を発見した。俺はその中へ足を踏み入れた。書庫の中は俺が知っている図書館などとは比べものにならないくらいの量の本が棚に入っており、まるで無数の本棚によって圧迫されるのではないかという錯覚を起こしそうなほどであった。
「みんなの役に立つためにもできることをしないとな」
やる気満々な表情で呟きながら俺はこの世界の歴史、国、法律や魔法について日が暮れるまで調べ続けた。
そして夜になり俺はティファニーとの取引に則りティファニーの部屋に訪れる。ティファニーの部屋はさすが王女様の部屋というだけあって家具が素人目の俺でもわかるくらいに素晴らしいものばかりだった。
「しっかりと来てくださって嬉しいわ」
「それが取引だからな」
ティファニーは嬉しそうに微笑む。
「こちらに夕食を用意してありますから一緒に食べましょう」
「夕食? わ、わかった。いただくよ」
そして俺はティファニーと2人で話しながら夕食を食べた。俺が元の世界の話をするとティファニーは興味津々といった様子で俺の話に食いついていたし、話を楽しそうに聞いてもらえて俺は嬉しかった。
「夕食美味しかったよ。それじゃあ俺はまだ調べものがあるから」
「何言ってるんですの? まだメインディッシュが残っていますわ」
そう言って俺が席を立ちあがるとティファニーは表情を隠して肩を震わせながら言った。
「どういうことだ?」
俺には全く訳がわからないがティファニーの様子がおかしいことから嫌な予感が脳裏をよぎる。
「メインディッシュは、あ、な、たですわ! アハハハハハハハ」
そう言われた瞬間俺は咄嗟に部屋から脱出しようと全力で駆けだす。今までのティファニーとは全く別人といえるほどの変わりようとその狂気じみた笑い声に俺は恐怖を覚えてしまう。
「逃がしませんわよ!」
ティファニーがそう言って俺に向けて手をかざすと急に俺の体が言うことを聞かなくなりその場で倒れこむ。急に体の自由を奪われたことから考えてあれは魔法なのだろうと咄嗟に俺は判断する。
「あなたには私の玩具となってもらうために来てもらったのですからあれで帰られてしまっては困りますわ。アハハハ」
「グハッ! 何をするんだやめてくれ。 カハッ!」
ティファニーは俺に近づくと思い切り鳩尾に蹴りをいれる。俺はあまりの激痛に血反吐を地面にぶちまける。するとティファニーは俺を引きずって部屋の天井と繋がっている鎖で俺の両手を縛って吊るし上げた。
「や、やめてくれ。もう嫌だ!」
「もっと、もっと泣き叫びなさい! 楽しい、楽しすぎるわ! アハハハハハハハ」
そこからもう死にたくなるような地獄の時間だった。顔面を何発も殴られ、体中を叩かれ、殴られて何度も地面に血反吐や食べたものを地面にぶちまけた。泣き叫んでも無視され続け、気づけばそれが痛みなのかもわからなくなるほどであった。
そして気づいたときには全身傷や痣だらけになっていた。そしてどれくらいかの時間が経ったのか把握する余裕はなかったがようやく俺は解放される。そして城内を歩き回っても誰にもこのことを悟られないようにするためなのか回復魔法で俺の傷や痣を治した。
「私、和樹様のことが気に入ってしまいましたわ。明日もまたいらしてください。さもないと......わかってますわね?」
「わ、わかった」
「それと今日のことはくれぐれも内密にお願いしますわ」
部屋を出る際に俺の後ろからティファニーがそっと近づいて耳打ちする。俺は恐怖のあまり体が震えながらもなんとか返事を口にした。
それから俺はティファニーによって用意された寝室に入るとあまりの辛さに思わずベッドの上でうずくまり声を殺して泣き出した。そしてひとしきり泣くと疲れがどっと押し寄せてきて俺はそのまま眠りに落ちていった。
次回は秀一視点の話で和樹が拘束された直後まで話が戻ります。
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