君にワスレナグサとブーゲンビリアの花束を、お前にアイビーとシオンの花束を。
よく判らないことになるのはいつも通り。
なかなかにテキトーになるのもいつも通り。
語彙力、文才力がないのもいつも通り。
―――もし明日、私がいなくなるって言ったら…君は何て言ったかな?
ジーと蝉が鳴き、ジリジリと陽炎ができる夏本番を迎えた東京都。そのあるアパートの一室から少女の甲高い声と呆れたような青年の声が響く。
「一週間後星を見に、和歌山に行こう!!」
「お前、頭大丈夫か?」
「ひどっ!大丈夫ですぅ~!」
その部屋では家主(と思われる)10代後半(と思われる)の黒髪の青年と茶髪の幼げな顔つきの少女が長机を挟んでいた。
黒髪の青年は茶髪の少女に対して顔を顰めながら少女のおでこに軽くデコピンをし、ぺちという音がする。当の少女は小さい声で「痛っ」と言って、おでこを両の手で抑え恨めしそうに青年を睨んだ。青年はその様子を見て「はぁ」とため息を吐き、二人の間にある長机の上に置いてあるレポートに向き直った。
「だって、その日は星がとっても綺麗に見えるらしいよっ!?見たいじゃん!!行こうよ、玲央!」
少女は既にレポートに向き直った青年―――玲央の様子にめげずに机をがたっと揺らしながら上半身を机の上に乗り出し、玲央の視界に入り込む。
「なんでわざわざ星を見るためだけに和歌山まで行かなくちゃいけないんだよ。…いいか?俺たちはそんなことしてる暇ないの。…判ったらさっさとレポートやれ。」
「そんなぁ…。うぅ、わかった…。」
玲央の言葉に少女は大人しく頷きながらも渋々と座り直し、シャーペンを握りしめる。
暫くして静まり返った部屋にシャーペンの軽やかな音が鳴る。玲央はちらりと目の前でシャーペンを動かす少女の姿を見る。その姿はまるで捨てられたような子犬のような潤んだ瞳で、がっくりと肩を落としている。少女が着ているTシャツの猫のように、しょぼんと耳が垂れ下がっているような錯覚に襲われる。その姿を見た玲央は少なからず罪悪感を覚えた。
そもそも二人は幼稚園から小中高・大学同じという腐れ縁の為に言いたいことは何でも言えるくらいの仲の良さだし、こうやって二人きりで会うのだって多々ある。
親友と形容するに相応しい二人は長い時間を共にしてきた。その過程で玲央が少女に対して恋心を抱くのは、遅くはなかった。
初めは女友達として見ていたがある瞬間を境に“異性”としてしか見れなくなり、そのドキドキは恋に変わっていった。
それからは苦悩の連続だった。自分のことに対して鈍い少女の言動のせいで散々苦しめられた玲央は、葛藤しながらも今日の今日まで頑張って来たのだ。のに、二人で遠出など冗談ではないと思ったのだ。
近しい間柄の為に軽く言われる「大好き」という言葉を言われる度に傷ついていた玲央は、それでもその言葉を聴けることが嬉しくて少女のおねだりには弱かった。今回も結局は聞くことになる宿命になるのだろう。
少女のしょぼんとした姿にとうとう決心がついた玲央はもう一度「はぁ」とため息を吐いた。
その後二人のレポートが終わり、少女が帰宅する時間になった。
「おい、もう時間だぞ。」
「ふぇ?あ、ほ、ほんとだ…。」
少女は毎日のように玲央の家に遊びに来ても必ず決まった時間に帰っていた。一度玲央が訊いてみれば、「お母さんが遅くに帰ってくるとうるさいからさ」と言って、苦笑いを浮かべていた。その時に浮かべた顔を玲央は知っていたから、何も言わずにただ頷いた。
日の長い夏でも定時に帰る少女に少しの名残惜しさを募りながら、玲央は口に出したい言葉をいつも通り吞み込んだ。
―――送っていく。
その言葉を出せないまま少女は荷物をまとめ、玄関に急ぐ。玲央もその後に続いていき、見送りに行く。少女は先程まで何も言わなかったが、靴に手を掛けるなりこう口を開く。
「うぅ、行きたかった…。」
玄関で靴を履きながらぐちぐちと零す少女の姿を見て、玲央は口を開く。
「純恋。」
「なぁに?私は…。」
「来週、空けとけよ。」
その言葉に顔をパァッと綻ばせる純恋。
「行ってくれるの!!ありがとうっ!!玲央大好き!!」
「はいはい、その言葉は聞き飽きたよ。」
わーい、と手を挙げて喜ぶ純恋に対し、よく聞く言葉を軽く受け流しながら、
(その言葉が本当だったらいいのに…。)
玲央はよく聞く言葉でも照れてしまうので、紅くなった顔を見せない為に純恋を家の外に締め出す。
「ほら、じゃあな。」
「え、ちょ!またね、玲央!!」
背中を押して外に放り出す瞬間に純恋は満面の笑みをみせた。その顔を見た玲央は扉に凭れ掛かり、
「ほんと、ずりぃ奴…。」
と呟いた。
その一方で、玲央のアパートから近い場所で、
「もうちょっと一緒にいたいなんて、言えないよ…。」
と、弱弱しく頬を紅く染めながら呟く純恋の姿があった。
***
それから早くも時は流れ、約束の日になった。
「玲央、私…すごく眠いんだけど…。」
「お前、馬鹿だろ。どうせ、今日が楽しみで眠れなかったんだろう?」
「えへへへ、まぁねぇ。」
新幹線に揺られながら二人は駄弁る。そんな他愛のない会話をしながら笑いあう二人の姿は他の目から見れば恋人同士のようである。
純恋は嬉しそうな表情を浮かべたが、瞳は光が入っていないような色をしていた。
***
「玲央、待って、歩くの早いよぉお。」
「はぁ?普通だろ?……。」
「もう!私は女の子なんだよ?!もうちょっと気遣ってよね!!」
純恋がぐちぐちいうのに対して、玲央はふと考える。
―――手を繋ぐチャンスでは?、と。
「全くもう、玲央ったら……ふぇ?」
「…これでいいだろ?」
急に間抜けな声を上げた純恋。なぜかというと、純恋の華奢な右手を玲央の骨ばった左手が包み込んだからだ。あまりにぽかんとしている純恋に対して、玲央は
「なんだよ、嫌…なのか?」
と、頬を紅く染めながら尋ねる。純恋はその声にようやく我を取り戻し、
「っ、全然!!……嬉しい。」
最後の方の言葉は徐々に小さくなったため、玲央の耳には届かなかった。
お互い顔を紅くしながら、相手に顔が見られないようにと下を向いて歩く。数分すれば目的の場所につく。その場所は、たくさんの星々で照らされてた。
純恋はその光景を見るなり、先程とは逆に玲央の手を引っ張ってぐいぐいと進んで離した。
「わぁ!!すごい!!キレー!!」
空を見つめる純恋の瞳はきらきらと輝いていた。そして、カバンからおもむろにレジャーシートを取り出してバサッ、と広げる。玲央が「なんでそんなものを持っているんだ」という顔を向けていると、
「玲央、寝っ転がって見ようよ!!ほら、ここ!おいで!!」
純恋はレジャーシートの左半分の部分をべしべしと叩いて、玲央を招く。玲央が素直にそちらに行けば、ぐいっと軽く引っ張られ、純恋の横に寝転ぶ。
玲央が寝転ぶなり、純恋は玲央の左手を先程と同様に握りしめた。その行動に玲央の左手はピクリと動いたが、そのまま手を重ねた。
しばらく無言で星を眺めていると、純恋が口を開く。
「ねぇ、玲央。星が…綺麗ですね。」
「ん、急に敬語とかどうした?…でも、本当にそうだな。」
そんなの見れば当たり前、というようになるべく自然に玲央は返事をした。そのとき夜空を仰ぐ玲央の瞳には、哀しそうに大きな瞳を揺らし涙を一筋零した純恋に気づかなかった。
暫く二人は手を繋いだまま夜空を眺めていた。時折純恋が玲央の手をギュッと握りしめたり、純恋が星に夢中になっている時に玲央が純恋を見て微笑んだりしていた。もちろん純恋も玲央のことを見つめていたが、この時間二人の視線が交わることはなかった。
「…星、綺麗だったね。」
「そうだな、来て…よかった。」
しん、とする空気の中お互い顔を見合わせない中、純恋が口を開く。
「ねぇ、玲央…。もし、もしさ……―――――――――。」
純恋はその後の言葉を出さずに口を閉じる。玲央が不思議そうに首を傾げながら、純恋の顔を見る。
「…やっぱり、なんでもない!忘れちゃった。」
「は?なんだよそれ。ほんとに、お前は…。」
見たことのない表情に半ば期待を込めていた玲央は「はぁ」と心の中でため息を吐いた。
「まぁまぁ。ほら、宿に戻ろ?」
そのまま二人は宿に戻り、夜を超える。しかし、その次の朝、純恋の姿はなかった。
***
「先に、帰った?」
「はい、笠井様は朝早くに宿をご出発になられました。山田様がお見えになられましたら、こちらをお渡しくださいとの言伝です。」
そう言って仲居さんが持ってきたのは、花束と手紙だった。
玲央はそれを受け取って、すぐさま荷物を整え宿を後にした。それでも、どこかの駅で事故が起こったらしく大幅に運転が見直され、東京に帰れるのは翌日になりそうだった。
玲央は桜が描かれたレターセットを無造作に破り、中の紙を取り出す。その紙には丸っこい字でこう書かれていた。
―――玲央へ
昨日は私のわがままに付き合ってくれて、ありがとう。
思い返せば玲央はいつも私のわがままをきいてくれたから、今回もそれに頼っちゃってごめんね?
さらに、朝起きたら私がいないとか勝手すぎてごめんね。本当に反省しております。
ちょっと用事があってしばらく玲央に会えなくなるから、想い出作りに来たんだけど、玲央はどうだった?私はとても楽しかった、ありがとね。
お詫びと言っては何だけど、花束を玲央に贈るね?
まぁ、どうせ花の種類はわかんないと思うから、とっても優しいこの純恋様が書いといてあげる。
花束に入ってるのは、ワスレナグサとブーゲンビリア。紅いバラにヒマワリにゴデチア。でも、ほとんどはワスレナグサとブーゲンビリアだよ。あと、ひとつだけ書いてない花を入れといたから、それは自分で当ててね?
私の趣味丸出しの花束でごめんね、でも!ちゃんと大切に育ててよ?
また、星を見に行こうね!!!
その文を見て、何かを察した玲央は家路に急いだ。花束を握る手に力を込め、ただ、祈っていた。
この予感が、当たらないようにと―――。
しかし、そんな玲央の望みも空しく東京駅に着けば母親からの着信。
玲央は「ああ、もう!」と言いながら電話に出る。
「なに、母さん!今それどころじゃ――――――――は…?」
玲央の腕がだらんと落ちる。ケータイからは母親の声が響く。人が大勢行き交う場所で玲央は光を失った。
―――純恋ちゃんが事故に遭って、即死した。
その後玲央は、もぬけの殻になったように病院ではなく、家に帰った。母親から大量に着信履歴が入るのも無視して、ただ家に帰った。帰ればまた彼女が合鍵を使って自分の家にいるのでは、と思ったから。
案の定帰っても彼女はいる訳もないし、いた痕跡もない。
玲央はもたもたと足を動かし、居間に進む。玲央は気を紛らわそうとTVを付けて、花束を握りしめたまま座らない。TVから流れる笑い声に、逢いに行く勇気も出ない自分に段々とイライラした玲央は、花束を投げつけて、「くそっ」と大きな声を上げる。そのまましゃがみ込んでいれば、TVから流れた言葉に顔を上げる。
―――ブーゲンビリアという花の花言葉は“あなたしか見えない”という意味で―――。
(ブーゲンビリア、それってあいつが…!!)
玲央は慌ててくしゃっとなった花束を拾い上げ、花を一本いっぽん取り出していく。そして、花言葉を調べていく。その過程で、どんどん玲央の瞳には涙が溜まり、遂には流れ落ちた。
ひとつ小さな花が入ってることに気が付き、その花を写真で取りネットで検索する。その画面に映った花とその花言葉に玲央は堪らず声を上げて泣き叫んだ。
***
あれから数日。純恋の葬式にも参加しなかった玲央は、彼女と一緒にいた日のことを思い出して、彼女の言動を思い出すということをしていた。
その中で玲央が思い出したのは、あの言葉。
―――“星が綺麗でね”。
「もしかして、あれって…。」
この言葉も検索にかけてしまえばすぐに出てくる。でも、玲央はその言葉はもう一つの意味合いがあったのではないかと考えた。長年付き添って見てきた愛しい人の気持ちが、考えていたことがやっとわかった玲央は、意を決して部屋からある場所を目指して進んだ。
***
玲央が向かったのは、純恋が眠る場所。ただ、その前に二人で行った旅館にも足を運んでいた。
墓の前で、色とりどりの花束と三通の手紙をを持った玲央は、口を開く。
「花束の中に一緒に入ってたキスツスは、ああいうことだったんだな。もうちょっと早く気づけたら、良かったのに…な。…ずっと一緒にいたのに、っ気づけなくてごめんな。」
玲央の瞳からぼたぼたと涙が零れ落ち、墓石に模様を作る。玲央はそのまま崩れ落ちて膝をつく。嗚咽を漏らし、鼻を啜りながら柔らかい表情を浮かべ、目の前に置いた花束を見て笑う。その花束にはシオンの花と、アイビー。ブーゲンビリアにゴデチア、ネリネ、紫のアネモネが彩っている。
「ほんと、お前は、ずりぃ奴だよ。……俺が逝くまで待ってろよ。その時は―――。」
―――――世界でいちばん“幸せ”って言わせてやるから、
―――――世界でいちばん幸せな花嫁にしてやるから、覚悟しとけよ。
よくわからないものを読んでいただきありがとうございました。
因みに純恋が言った
「星が綺麗ですね」=「あなたは私の思いを知らないだろう」
「月が綺麗ですね」=「愛しています」
を、二重の意味で言ってる感じです。(月を星に言い換えております。)
文中の花言葉
ワスレナグサ=わたしを忘れないで
ブーゲンビリア=あなたしか見えない
紅いバラ=あなたを愛しています
ヒマワリ=あなただけを見つめます
ゴデチア=変わらぬ愛
シオン=あなたを忘れない
アイビー=死んでも離れない
紫のアネモネ=あなたを信じて待つ
ネリネ=また逢う日まで
キスツス=私は明日死ぬだろう
(この話、気が向いたらまた書きたいなとか思ってたり…。)
↑迷惑なことを考える人。
最近世界と人と神とを上げないのは、ネタが思いつかないで、結末しか思い浮かばないとか、そんなことはないんでs……。
最近Twitterを始めました。と言っても、10か月前に作るだけ作って放置してたし、よく解らないから変なこと呟いてるし、変人ですが、よろしかったら病んでる私をフォローしてあげてください。
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今後ともお願いします(・ω・*)