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夢で逢えたら

作者: トマトだけは…

 暗い廊下の先。薄暗い階段の先。中途半端に暗い部屋。

そろそろそんな季節ですね。


「ただーいまーっと…。」

 夕方。家族がまだ誰も帰っていない家に帰る。家というのは不思議なもんで、誰もいないと不自然なくらい暗い。ただ電気がついていないからじゃないか、と誰かが言う。でも、なんだろうか。暗い気がする。

 外から嫌な低い音がする。慌てて窓から空を見上げると、少し前までまばらだった雲が空一杯に広がっている。そして、目を焼く一瞬の白光、次いで空をつんざく雷の音、最後に大粒の雨が空から降ってきた。

「あっぶねー…降られなくてよか…あっ!洗濯物!」

 慌てて二階に駆け上がる。ベランダには洗濯物が…しかも、よりによってシーツとバスタオルがかかっていた。すぐに濡れるくせに、乾くのが時間が掛かる。急いで取り込んで、部屋の適当なところに干して…としていたら、風が吹いた。洗濯ばさみを外した手ぬぐいが手元からふわりと飛ぶ。そのままふわりふわりと飛んで、三階への階段に落ちた。

「あー…そいや上の部屋窓開いてんじゃねぇかな…。」

 幸いにも取り込むのも干すのも終わった。ついでに三階に行って確認してこよう。それが終わったら、風呂のスイッチを入れる。今日は一番風呂だ。


 三階にも広めのベランダがあり、その横に一つ部屋がある。そこが両親の…いや、父親の部屋だ。

実のところ、あまりこの部屋には入りたくない。というのも、その部屋には市松人形があるのだ。男らしくないと笑うなら好きにしてくれ。ただ、どうもあの人形は好きになれない。父親が貰った物で、なんでも結構良い物らしく、ガラスケースに入っていて、やたらと達筆な木の看板をお供にしている。笑ってしまうのが、母親はその人形が怖くて、今は二階の部屋で眠っているのだ。父親はというと捨てるわけにも売るわけにもいかないらしく、それでも母親が嫌な顔をするというので、クローゼットにしまい込んでいるのだ。

 かくいう自分も好きじゃないし、たまに布団を三階のベランダで干す時に、目があってなんとも言えない気分になることがなくなるし、文句を付ける気はない。嫌いなものは嫌いなんだからしょうがない。好きだって人がいるなら是非あの人形をくれてやりたい。

「…げ、扉開いてんじゃん…。」

 部屋の扉が開いてるということは、恐らく父親は窓も開けている。普段から熱が篭るとか言って窓も扉も開けっ放しにしているのだ。ベランダが近いからだろうか、雨の音もする。急いで上がって窓を閉めたほうが良いだろう。部屋がびしょ濡れになって怒られるのも嫌だ。


 部屋に入ると、まず中央にベッドが見える。そしてベッドを囲むように壁際には服の詰まった衣装ケースや、たまにしか使わないスーツケースなんかが置かれている。押し入れの中では昔流行ったクマのぬいぐるみが歓迎するように笑顔でケースの上に座っている。彼に軽く挨拶を交わし、窓を閉める。ついでに鍵もかけてやろう。なに、サービスだ。

 さて、これで用事も済んだ。ぐるりと反転すると。視界にクローゼットが映った。戸が開いている。ほんの少しだけ開いていて、中は見えない。……嫌な感じがする。まぁ、別にあれを閉める必要なんて無いのだ。気にせず部屋を出よう。急ぎ足で部屋を通り抜ける。クローゼットから遠い方を歩きながら、クローゼットを見ないように少し顔を背けて歩く。部屋の中は見なくてもだいたい分かる。そうだ、そこにスーツケース。衣装ケース。積まれたシャツ。クマのぬいぐるみ。部屋の扉。ほら、なんてこともない。

 ふわりと、風が首筋を撫でた。後ろから風が――あれ、窓は、閉めたよな?

肩越しに後ろを振り返る。窓は、閉まっていた。クローゼットの扉が開いている。扉が、その中身を見せないように、あるいは見せつけるために、90度だけ開いている。

 閉めようか。一歩足が下がった。あれ、おかしいな。足が止まった。別に閉める必要はないんだ。でも、閉めない理由もない。また、風が吹いた。ゆっくりと、クローゼットの扉が開いていく。金具の軋む音がはっきりと聞こえる。一歩前に足が動く。あれ、いつこっちを向いたんだっけ。不思議な陶酔の中、クローゼットに近付いて、扉に手を当て、閉めた。金具の音がした。軽く引っ張ってみるが、しっかりと扉は閉まっている。

 なぜだか急に背筋が寒くなり、部屋から転がるように外へ出た。そしてそのまま風呂を付けると、自分の部屋に篭ってゲームを始めた。


 夕飯時。リビングに降りると、今日は珍しく早かった父親がいる。

「あ、そういえば、父さん。窓閉めといたよ。」

「ありがとうな。」

「んで、さぁ…。あーと、ほら、クローゼットが微妙に開いてたんだけど…。」

「クローゼット?」

「うん、いや閉めたんだけどさ。あそこに入ってるんでしょ?あの人形。」

 父親は何かを思い出すように首を傾げる。

「ん~…?あ、いや人形はほら、あっちの…押し入れの方に入れたよ。」

「…へ、ぇ?」

「それがどうかしたか?」

「え、あー…いや、なんでも。」

 曖昧に返して、二階への階段に足をかけた。浮かんでくる嫌な想像を消し去るように、階段の電気をつける。一瞬で照らしだされる二階。左側には自分の部屋、正面には洗面台、並んでトイレ。右側の手摺壁の上に何かがいた。

 俺の部屋をじっと見つめる。和服を着た市松人形。

 アプリで日本人形を育てたことがあります。声が可愛かったです。

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