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剣士からLINEで連絡が入ったのは、小日向先生のゼミがあった日の夜で、由姫がちょうど帰宅した時刻のことであった。「こんばんは、剣道部が練習をお休みする日がようやく分かりました。来週の火曜日です。5日後となりますが大丈夫でしょうか?連絡待ってます」という文面の後に、笑った形の顔文字か添えられていた。
「火曜日か」
剣士からのLINEを見た由姫は一言つぶやきカレンダーに目をやった。特に何かを確認するでもなかったが、何かの約束をする時にカレンダーを見るのは無条件反射みたいなものである。
それから由姫は、LINEの返信を剣士に打ち始めた。「もちろん、OKです!よろしくお願いします」その後、由姫は剣士のまねごとをするかのように、同様の顔文字を添え、おまけにスタンプまで送信した。
「これであとは待つだけだな…」
由姫はそう言い、自分のベッドに倒れこんだ。そして大学から帰宅する道中に購入した雑誌を取り出した。それは由姫が剣道と言う武道を知るために読もうと考えた、剣道の月刊誌であった。その雑誌の表紙には、大杉剣士の名前が大きく取り上げられていたのだ。ちょうど大学の特集を組んでいるみたいであった。
そこでは大杉剣士が、大学NO.1だと評していた。それに感心した由姫は、そこに書いてあった文面を、声に出して読んだ。
「それはまさに剣先の盾。大杉が構えただけでその剣先は相手の喉を捉えて全く動かず。相手は打ち込めず、打つには大杉の攻撃を待つしか他に方法はない。しかし大杉の速さは過去に類を見ないスピードで、大杉が攻撃を仕掛け気づいた時には一本だ」
そして由姫はそこに載せられていた、剣士の写真に目をやった。やはり仮面をつけたその男はかっこいいのだ。由姫が理想とする、駿馬英以上にかっこよく映ってしまう。
なぜだろうか?なぜ、剣道の面をつけた剣士はかっこいいのか?強いからか?由姫はいろんなことを考えたが、結局結論は出ないままであった。
由姫が次のページを開くと、そこには面をとった剣士の姿が掲載されていた。それは見るからにブサイクで薄毛であった。このギャップを見ると、まさに何かのコントや喜劇を見ているようである。
「お面をとったところなんか載せなくていいのに、悲劇じゃん」と由姫はつぶやいて、さっさと次のページを開いた。
「うわあ…」
由姫はそこにあった男性の写真を見て凍り付いたように固まってしまった。
「かっこいい…」と由姫は感嘆の声をあげる。そこには見るからにイケメンの男性が剣道のお面をとった状態で掲載されていたのだ。由姫はそこで紹介されていた男性の紹介文を読む。
「平成の斎藤一!今日本で一番強い男!警視庁所属、武井龍也」
「日本で一番強い男か、かっこいいな」と由姫はつぶやいた。まさに由姫が理想とする男性であったのだ。さらに警視庁所属ということは、警察官であるのでストーカーに遭遇した時も、この人と一緒なら安心なのだ。由姫の妄想はどんどん膨らんでいった。
由姫はその武井龍也の写真をハサミでカットし、自分のベッドの上の天井に張り付けた。もはや、大杉剣士のことなんかどうでもよかった。