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由姫は藍佳から剣士のLINEのIDを教えてもらった。以外に藍佳は、剣士のIDをスラスラとなにも見ずに言えるのであった。由姫は「覚えてるんだ、すごいね」と藍佳に言ったところ、藍佳は「人のこと覚えるの得意なの…私怖いな」と肩を落として言うのであった。
藍佳が言うことによると、剣士はすでに由姫からの連絡を待っているということなので、由姫から剣士に連絡をすることになった。しかし、由姫にはどうやって話を切り出せばいいのかが分からなかった。デートに行くとは言っても、由姫は剣士のことを恋愛対象として見ていない。絶対に恋愛対象にはならない、ブサイク系男子なのである。恋愛しようとしていない男性に向かって、どうやってデートの誘いを切り出せばいいのか。
由姫は話の切り出し方を考えようと思い、帰りに少し大きめの本屋に立ち寄った。ここで新しく出た小説の新刊でも手に取ってあらすじを読んでいると、話の切り出し方を思いつくかもしれない。本には人生の様々な場面で使える知識が詰まっているのだ。
しかしここで由姫は悩んでしまった。実際に好きでもない人間をデートに誘うなどといった、どう考えてもくだらない場面が、出版された本に、文庫化された本にあるのであろうか。そんなくだらないことを書いた小説が、売れるのであろうか、直木賞や芥川賞の候補になるのだろうか。哲学書であれば、ここで「いやならない」という文章が続くであろう。
由姫のそんな疑問は、藍佳から届いたLINEによって解決されることになった。
「大杉くんに連絡した」
「まだだよ」
「何してんの?まずは、こないだのこと謝るんでしょ!」
藍佳が打ち込んだこの文章を見て由姫は気が付いた。せっかく時間をとって来てくれた剣士にも謝らなければならなかったのだ。あの時は由姫が一方的に剣士を呼び出し、その後由姫は一方的に帰ってしまった。
「そうだね、じゃあそれで行くよ、ありがとー!」と由姫は藍佳に返事を返した。
由姫はそのまま帰宅し、さっそく剣士に対してこないだの謝罪を込めた文章を打ち始めた。
「こんばんは。伊藤由姫です。こないだは、いきなり帰ってしまい申し訳ございませんでした。こんな私ですが、以後よろしくお願いします」
返信は3分と経たないうちに帰ってきた。あまりの速さに由姫は、「はやっ」と言ってしまった。そこには、このようなことが書いてあった。
「こんばんは。いえいえ!まったく気にしていませんので、お気になさらずに…。こちらこそよろしくお願いします」
このメッセージを受け取った由姫は、「あっさりしてるなー」と独り言をつぶやいた。あっさりとしていたが、由姫はこの文章から、大杉剣士は正直な人間であることを推測であった。
「あ、ありがとうございます、そのお返しと言っては何なんですが、今度私と」と打ったところから、由姫は何を書いていいか分からなくなり考え込んだ。一体どう打てばいいのか、やはりここで悩んでしまうのだ。由姫は力が抜けるほど考え込んでいた。すると、どこかの指が触れたのか、途中までしか書かれていないメッセージが送信されてしまった。
「ああ!」と由姫は思わず叫んだ。
それから少したって、母親が由姫の部屋に上がってきた。先ほどの由姫の大声を聴いて上がって来たのだ。
「どうしたの?」
「いや、お母さん何でもないよ」と由姫は母親が心配しないように、笑顔で返事をした。
それから1,2分くらいして、剣士から返事が返ってきた。
「いや、お返しなんてそんな…」
「お返しです!デートしましょう、一回でいいので」
由姫はここでようやくデートの誘いを書けた。剣士の返事はこれまた早く帰ってくる。
「分かりました!やりましょう、伊藤さんとデートができるなんて、とてもうれしいです!」
剣士はその後、可愛らしいスタンプまで送信してきた。剣士はやっぱり正直者なのだろうと由姫は考えた。そして、可愛らしいスタンプを送ってきたり、そこからはできるだけ女の子になごんでもらおうとする気遣いがあると、由姫には感じられてきた。