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藍佳との待ち合わせ場所は、大学の食堂であった。由姫が大学に通っている時、藍佳に連絡を取ってみたところ、2日前の報告と変わりなく3限の授業が終わった後ということだったので、その時間の授業が終わると同時に由姫は食堂へと直行した。食堂へ行くと、藍佳はすでにその場に来ており、4席あるテーブルの1席に腰かけ、少し遅めのお昼ご飯を食べていた。
「早いね藍佳!」
「まあね、3限は授業なかったから」由姫の言葉に藍佳は淡々と答えた。
「ああ、そういや藍佳とってないのか…」
「3限は経済学でしょ」と藍佳はいやそうに答えた。
藍佳は高校生の頃から数学に嫌気がさしていたらしい。だから経済学という言葉を聴くだけで計算をするものだと思い込み、その授業をとるのに嫌気がさしたそうなのだ。しかし実際に経済学の授業では、難しい計算などはせずに単に経済のことを学ぶだけなのである。なぜならば、経済学は理数系ではなく文系の科目なのだから。
「計算なんてしないのにな…」
「経済で聴くだけで、も~嫌!」と藍佳は両手を自分の体に巻き付けて答えていた。
「大杉くんはまだ?」と由姫はあたりを見渡しながら、経済学の話で身震いしている藍佳に尋ねた。すると藍佳は両の手をほどき、「ああ、もうすぐ来るはずなんだけどな」と答えた。
藍佳は少し水を口に含んだ後、「大杉くん、なんか剣道部のことで1回顧問の先生にあってくるとか言ってたけど」と言った。それに対して由姫は、「大杉くん忙しいんだね」と少し感心しながら答えた。
「だってキャプテンだもん」と藍佳の言葉が返ってきた。
由姫は藍佳のその言葉を聴き、「えーほんとに!」と目を丸くして言った。それからテンションが上がり、「もう、何から何までかっこいいじゃん!」と大きな声で言った。
「由姫、恥かしい」と藍佳が周りを見渡しながら由姫を制止した。
「あ、ごめん…」と我に返った由姫は藍佳に謝った。
それから藍佳は、大きくため息を吐き由姫にこう言った。「由姫、あんたが見た時はさ、大杉くんかっこよく見えたかもしれない、私もかっこよく見えた。でもね、あの時は頭を守るために面をつけてたの、分かる?」
藍佳は事細かく由姫の認識について指摘していたが、由姫は「それが何よ!」と言い、聴く耳を持たなかった。藍佳は由姫に説得するのをあきらめたみたいで、「大杉くんを傷つけることだけはやめてね」と言うのであった。
それから少しして、藍佳がスマホの画面を見ながら、「あ、大杉くん来たみたい」と言った。由姫は「どこどこ?」と言った。藍佳はあたりを見渡し、それにつられて由姫も辺りを見渡した。
「こっち、大杉くん!」と藍佳は、食堂の出入り口に向かい叫んだ。由姫もそこに大杉くんが居ると感じ、期待を込めて見つめた。
その瞬間、由姫が抱いた期待は大きな音を立てて崩れ落ちていった。藍佳が大杉くんと呼んだその人はあの時のかっこいい剣士とは違い、頭の毛は若干薄く、テレビでよく見るブサイクで売っているお笑い芸人よりもブサイクであった。
ブサイクな大杉くんは由姫が座っているテーブルに近付いてきたが、由姫の目からは会う前までの輝きが失われており、言葉すら出なくなっていた。
大杉くんは、テーブルを挟んで由姫の前に立つと、「あなたが伊藤由姫さんですか?」と言った。大杉くんを傷つけないでと藍佳に言われていた由姫は、「はい、そうです、私、伊藤由姫です」と答えた。
少し心の中が落ち込んでいる由姫の顔を藍佳がのぞき込んでは来たが、藍佳は笑顔で「由姫はね、大杉くんの剣道している姿を見て、なんだろ、かっこいいなって思ったんだって」と言い、由姫を見つめた。
「そうです」と由姫は大杉くんに言った。
この時、由姫は藍佳が何度も自分に言わんとしていたことをしっかりと聴いておくべきだったと思っていた。大杉くんは由姫が今まであった人間の中で、最もブサイクであった。
その後、何度か大杉くんと趣味のことや学生生活のことを話し、気が合うところも多かったが、やはりイケメン枠からは大きく外れるため、由姫は今後、大杉くんとは会わないことを決めた。
「ちょっと、藍佳」と由姫は藍佳を呼んだ。藍佳は、「どうしたの?」と不安そうな顔で聴いてきた。由姫は、藍佳に場を変えることをジェスチャーで促し、大杉くんに「ちょっとトイレに行ってくる」と伝え、食堂の外へ行った。
「まさか、あんた帰るわけじゃないでしょうね?」と藍佳は少し怒った表情で聴いてきた。
「うん、無理、無理、無理、無理!」
「無理じゃない!」と藍佳は大きな声で言った。それから藍佳はこう続けた。
「大杉くんも、今日由姫に会うのを楽しみにしてたんだから、最後まで居てあげてよ…」と藍佳は懇願するように言った。
「いや、もう帰るわ…。すごく我慢してたんだからいいでしょ…」と由姫が言うと、藍佳が由姫の体を思いっきり押してきた。
「なら帰れ!もう二度とその面見せるな!」
藍佳はこう言い残し、食堂の中へと入っていった。由姫は、藍佳や大杉くんに対してすごく悪いことをしたという罪悪感に襲われていた。