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小さい頃からテレビに出る男性アイドルやモデルばかりを見てきた結果、少女が彼氏の条件として定めたのはただ一つにイケメンであることだった。ただイケメンばかりを求めていると、「自分の現実を見ろ」とか「自分の身をわきまえろ」と言われることが多いであろうが、この少女には持って生まれた最大の武器がその顔に備わっていた。
顔に散りばめられた目や鼻、口のパーツはおおよそ日本人の平均的なものであり、いわばとにかく可愛い顔であった。おまけに色白で、文句をつけようがないくらいのスタイルの持ち主であった。
名前は伊東由姫といい、名前からしても、見た目からしても周りの人間にはお姫様という印象を植え付けていた。
ところが由姫には成人するまで、全く恋人というものが出来なかった。それは、由姫自身の彼氏に求める条件が高すぎることにあるが、とにかく可愛すぎて周りの男たちが手出しできないことにもあった。
由姫は彼氏がほしがっていた。したがって、由姫は月に2回のペースで合コンに参加した。しかし由姫はいつも、「あの人は少しイケメンとは違うかな…」とか、性格のいい人間に出会っても、「ダメ、全然不細工じゃん」と男性陣に罵声を浴びせまくるのであった。
とは言っても、時たま由姫の条件に合致する男性が参加していることもあった。しかし、由姫がよくてもあちら側がいいとは限らない。由姫が「あの、この後どっかい来ませんか?」と誘っても「君は可愛すぎるからパス!」と簡単にスルーされるのであった。以上のように、由姫が求める男性の条件と由姫の一般人離れした可愛さが、由姫の恋愛の障害になっているのであった。
そんな由姫に対して、由姫の友人である窪田藍佳は「少しは妥協してみれば、性格だけで見てもいい人はたくさんいると思うけどな…」と言うのであった。しかし、由姫は藍佳のその意見に対して「いや!私はダルビッシュやキムタク、それに駿馬英様のようなイケメンの方と結婚するの」と聴く耳を持たなかった。駿馬英と言うのは、由姫が大好きなアニメの主人公である。
由姫は大学で哲学を専攻していた。勉強はよくできていた方で、福岡の名門である小勇館高校を卒業した後、九州でトップクラスの九都大学に入学した。大学でのゼミは、日本で有名な哲学者である小日向三次先生の研究室に入り、古代ギリシア哲学を学んでいた。
そんなある日、ゼミの話題で由姫の彼氏の条件が高すぎることについての問題が挙がった。それを議題として挙げたのは、藍佳であった。由姫はしぶしぶ「良いですよ、その議題で…」と言い、小日向先生もそれを了承した。
小日向先生は「由姫ちゃんは人間に恋愛できなくなっているんじゃないかな?」と言うのであった。「それはどういうことでしょうか?」と由姫はすかさず聞き返した。
小日向先生は意見としてこう言った。「プラトンは、人間の体を生きている間借りているただの道具であると言った。つまり、本当に人間性はその魂にある。恋愛で人間の肉体、つまり道具に愛を抱くものは、年月が経ちそれが劣化していくと飽きて捨ててしまうが、魂を愛したものにはそれがない」
由姫はその意見を黙って聞いていたが、自分が人間そのものを愛せなくなっているとはどうしても思いたくなかった。「では、私の愛は低俗な愛ということになるのでしょうか?」と由姫は小日向先生に聞き返した。「いや、君はまだ若いからそれでもいいんだ。プラトンは恋愛の段階として、最初に肉体への愛を述べているから」こんな風に小日向先生はプラトンの恋愛について説明していたが、由姫は先生に対する怒りが若干芽生えており、その言葉を聞き流していた。
ある日、由姫は大学の剣道部に入っている藍佳が出場する県道の試合を見に行っていた。由姫は剣道と言う国技を実際に見たのは初めてであったが、迫力のある声とスピード感あふれる試合に、輝かしさを感じていた。
藍佳は惜しくも準々決勝で敗退したが、「由姫の応援のおかげで、ここまで勝ち上がってこれたわ」と満足げに言うのだった。由姫が「おめでとう!」と藍佳に握手を求めると、藍佳は「由姫、ごめんけど剣道してたからくさいよ私…」と申し訳なさそうにするのであった。しかし、由姫はそんな事お構いなしに「いいよ!おめでとう」と言った。すると藍佳は、「由姫ってこういうところ本当に優しい」と笑顔になった。
藍佳が「よし、私はちょっと応援に行ってくるね!」と言って立ち上がったので、由姫は「誰の応援?」と聴いた。
藍佳はその由姫の質問に対して、「うちの同期が決勝に行っちゃった!」と答えた。「面白そう!私も見に行ってもいい」と由姫は藍佳に着いていった。
その藍佳の同期の男子はとても強かった。スピードで相手をかく乱し、最後は頭を強く2回打ち抜き2本先取で、時間を大幅に余らして勝利した。隣にいた「藍佳は、おめでとう大杉君!」と叫んでいた。
由姫は、飛び跳ねながら喜ぶ藍佳に向けて「あの人、大杉君ていうの?」と聴いた。「うん、そうだよ。経済学部の大杉剣士君。本当に剣道強くなってよかったねっていう名前だよね」と藍佳は言った。
由姫は藍佳の手を握った。「どうしたの?」と藍佳は驚いたように由姫に聴いてきた。「大杉くん、めっちゃかっこいい!紹介して」と由姫は藍佳に懇願した。
しかし、それを聴いた藍佳は首を振りながら、「面をつけてるからめちゃくちゃかっこよく見えるけど、外したらあれだよ、ブ」と言っていたが、由姫は「それじゃあ!」と藍佳の言葉を振り切り、会場を後にしてしまった。
これが、伊藤由姫が大杉剣士を知ってしまった瞬間であった。
参考文献
久保勉訳(2008).饗宴,プラトン著,岩波文庫