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二人の人物と出会い
松永幸太が新たに産まれ5日
名前が決まった。
幸太朗とつけられた。
何かの因果があるのだろう
あまりに気にしなかった。
というより気にする余裕もなかったのだろう。
そして名をつけられた数刻後
父である秀次にかかえられた幸太朗の下座に
一人の武士と奥方がいた。
(これは...この武士等についていかねば死ぬ。ついていったところで死ぬかもしれないがかけるしかない...しかし赤子...!!)
「表をあげよ、伊右衛門...」
目の前にいたのは秀次の家老として
そして謀反の疑い後取り調べをし、その後加増を受けた
山内一豊とその妻、千代であった。