08.目覚め - トーヤ -
※本日はまとめて2話更新していますのでご注意を。
異世界へ戻るとき、俺は色々知った。
いや、思い出したというべきか。
案内者であることを改めて認識させられた。
サヤの弟として生きてきたあのひと時が、とても懐かしくも感じた。
サヤの叱咤する顔、心配する顔、困っている顔、そして嬉しそうに輝く笑顔。
サヤのくるくる回る表情を見ているだけで幸せを感じていたのだと、今更ながら気付いた。
でも俺は役目を果たさなければ……。
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身体が機能する程度に魔力が回復した。
そして、私は目覚めた。
身を起こし、あたりを見回す。
サヤがいない。
「起きたか」
道久が声をかけてきた。
…ついてきたのか。
そうか、そうだろうな。
本人が望んだことだ。
それでいいのだろう。
さて、サヤは……
「行ってくる」
私は道久にそう告げると、立ち上がりその場からサヤのいる場所へと移動した。
瞬時に消える私を、ひらひら手を振り見送る道久が一瞬見えた。
順応能力が極端に高い道久。
いくら異世界へ行くつもりであったとしても、すでに馴染んでいる。
前々からすごい奴だとは思っていたけれど、あれは人間なのにいろいろ規格外な男だと俺の中でそう認識した。
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飛んだ世界は真っ白な世界だった。
着くとすぐにサヤがあちらの方向にいることを感じた。
私はその感覚のままに、足を運ぶ。
どうやらサヤは弱っているようだ。
いきなり現れるのは心臓に悪いだろうと思い、すぐに飛んで行きたい心を自制し、歩く。
見えてきた。
サヤとサヤの精霊と道久の精霊。
サヤの精霊に真名はついていないが、道久の精霊はシルフィアであることがわかる。
この短い時間に精霊と契約、しかも上級精霊へ進化済み。
やはり道久は規格外だ。
ふっと思わず笑みがこぼれた。
精霊達は早々に気付いていたようだ。
シルフィアが私にお辞儀をする。
私は視線でそれに答え、サヤを見つめた。
サヤの顔はほんのり赤く、金色の瞳が潤んでいた。
そうか、近くに神鬼の種族がいたな。
あれに強制的に目覚めさせられたか。
強制的に目覚めた後遺症なのだろう。
まだ若干身体が馴染んでいない。不安定だ。
私の目覚めが遅かったばかりに、短い時間だろうが随分いろいろ体験したのかもしれない。
「…トーヤ。身体はもう大丈夫なの?」
心配そうな瞳で見つめるサヤに私は微笑んだ。
「ああ、もう大丈夫。魔力は完全ではないけれど差し支えない程度だ。それより、遅くなってしまってすまないね」
サヤが目を見開く。
「トーヤ、なんだか別人みたいよ。トーヤなのよね?」
そう聞きながら、思わず私の頬やら頭やら手やらを撫でまわすサヤ。
サヤ、無防備だよ。
実際本人ではなかった場合、これは危険だよ…と教えてあげたいが、どうもサヤの心は弱っているようなので後でやんわり注意しよう。
私はサヤのペタペタ触る手をつかみ、そっと下におろした。
「トーヤだよ。ただ、案内者としての記憶が全て戻ってきたトーヤだけどね」
「……その、何も問題はない?大丈夫?」
サヤはまだ何かを心配をしていた。
サヤは昔から心配性気味だったと思う。
「ん?何かおかしいかい?」
私は逆に問いかけた。
サヤは何か違和感を感じているのだろう。
でも私にはそのサヤが感じる違和感というのがわからない。
「ん、ならいいのよ」
サヤはふんわりと笑うと私の頭をよしよしと撫でた。
背が低いサヤだから爪先立ちして、ようやく前髪を触るくらいの程度。
これは俺が身体が弱っていたり、怪我をしたときによくしてくれた行為だ。
成長するにつれ健康になり、怪我もする機会がなくなったのでかなり久しぶりだった。
昔からこれをされるのは好きだった。
なんだか安心できたから。
私は思わず顔をそらす。
「いや、サヤ。これはちょっと恥ずかしいのだが……」
だが今の私には安心と同時になぜか羞恥心が込み上げてくる。
されたのも久しぶりであったし、あれは子供だった。
今は成長し、更に記憶もある。
ほのかに鼻をくすぐるサヤの香りが、さらに恥ずかしさを誘う。
サヤもつい癖のようにやってしまったのだろう。
気付けば、ほんのり赤かった顔がさらに赤く染め上がった。
「ご、ごめん!」
顔を両手で覆い、「やだもう…」とつぶやいていた。
「いや、こちらこそすまない」
私がそう言うと、サヤは顔を覆っていた手を少し下げ除くように私を見る。
「トーヤ、本当に変わったね。なんていうか、一気に大人になったというか…。記憶がよみがえったからよね」
その様子に私は静かに微笑み、うなずく。
「…とりあえず、少し話そうか」
この真っ白な空間にずっといるのは心証に悪い。
私は魔力を若干この空間に流す。
すると白い世界が森へと変わった。
「わぁ……。これ、裏山?」
こくりとうなずき私は言う。
「そうだよ、疑似的にこの場を変化させたんだ。本物ではないけれど触ることはできるよ」
そうしてサヤを促し、ちょうどいい岩に腰を下ろした。
「シルフィア」
近くにいたシルフィアが一瞬びくりとした様子でこちらを見た。
が、すぐに察したようだ。
「大丈夫です。私からサヤ様については随時ご主人様に伝えております」
道久の精霊だけあって、察しが良い。
「このまま私もこの場にいてもよろしいでしょうか」
その問いに、こくりとうなずく。
シルフィアは深々とお辞儀をし、近くにたたずむ。
サヤの精霊のドラゴンは、会話の最中にサヤの膝の上に移動し、スヤスヤ眠りだしていた。
きっとサヤが少し落ち着いたから安心したのだろう。
私はサヤを改めて見る。
そんな私にサヤは小首を傾げた。
顔の赤らみは大分引きつつある。
裏山の風景を見せたのは正解だったようだ。
「さて、何から話そうか。…サヤは何から知りたい?この世界について?救世主として頼みたいことついて?」
フルフルと首を振り、サヤは言う。
「トーヤについて」
私は苦笑し、ではと話し始めた。
「私がサヤと過ごした地球では、案内者であるということは覚えていたけれど、その他は漠然としたことしかわからなかったんだ」
サヤが真剣な表情で聞いている。
「私は案内者となってから本当はもう何十億年と生きている。今回、サヤの地球へ転移する際、ちょっと不具合が生じてね」
「不具合って?」
「本来、サヤのような救世主の元へ迎えに行くのは、その前後1年ほどに到着するはずっだったんだ。それが予定よりも早い10年前に到着した。その影響のせいなのかはわからないが、まず外見年齢がほぼサヤと同じになり、そして転移空間に今までしてきた記憶やこの異世界コムドットでの記憶もほとんど置いてきてしまった」
「じゃあ、記憶が戻ったというのは…」
「そう、今回のコムドットに転移する際に全て回収することに成功した。その代わり少ない魔力もかなり消費してしまい、目覚めるのが遅くなってしまったけどね」
ここまで聞くと、サヤは少し考え込むように眉間に八の字を寄せる。
「記憶が戻ってもトーヤはトーヤでいいのよね?」
声に少し不安が混ざっている。
私は思わず微笑んでしまった。
なんだかサヤが可愛く思えてしまったのだ。
サヤは直情的だけれど、とても優しい女の子だ。
今だって、私のことばかり気遣い心配している様子がうかがえる。
地球にいた頃はどちらかというとサヤに翻弄されていたけれど、今にして思えばそれも可愛いものだったと思う。
記憶も性格構成も欠如していたせいで人の考え等が理解できず、サヤに対しても随分不器用に接していたと思う。
でもあの12年間のおかげで、私はより人間らしさを手に入れたと思う。
「うん、トーヤだよ。俺はトーヤのままだ。いろいろありがとう、サヤ」
思わず口調が「私」から「俺」に変わっていた。
サヤがトーヤとして望んでいることが分かって、自然に言葉が出てしまった。
サヤは俺の答えに満面の笑みを浮かべた。
しかしふとサヤが何かに気付いたようで、
「ねぇ、でも本当の名前を教えて。小さい頃の私はトーヤをトーヤとしてしまったけど、本当の名前があるのでしょう?私の中では今も昔もトーヤだから、昔のトーヤである名前も知りたい。昔のトーヤも私の家族として受け止めたいわ」
そう、聞いてきた。
そのあと少々小声で「言ってる意味わかる?」と不安げに見上げてくる。
サヤは全ての俺を家族として受け止めたいと言っているのだと思う。
そう思うと心がじんわりと暖かくなる。
なんとも幸せな気分だった。
「俺は、トーリヤータという。でもトーヤと呼んでくれると嬉しい」
「うん、わかったわ!トーヤ!」
どうやら俺についてはすっきりしたようだ。
顔が晴れ晴れしている。
サヤはわかりやすいな。
さて次は…
「今度はこの世界について教えて!」
聞く前に要望を言うサヤ。
うん、サヤらしいな。
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俺は説明をする。
この世界コムドットについて。
最初に言えることは、コムドットは原初の世界であること。
創造神の名からその名前を肖った。
ようするに、創造神コムドットが初めて作った世界は、サヤが来たこの異世界を指す。
けれど原初の世界だからこそほころびが出やすいもので、そのほころびを治す為におよそ千年単位の感覚で救世主が生まれ、俺が迎えに行き案内することが決まりになっている。
サヤの生まれた地球もコムドットが生み出した世界であり、原初世界コムドットが消滅すれば、その他の世界も連鎖してやはり消滅してしまう。
「……私の役目って、本当にとてつもなく重要だったのね」
サヤはそう聞いてもまだ実感しきれない様子だった。
まるでそれは他人事のようかもしれない。
しかし、俺はそれでいいと思っている。
サヤの力はチートだ。
よっぽどのことがない限りは目標は達成できるはずである。
むしろ辺に緊張してしまう方が失敗を招きかねない。
今までの私ならそういう裏背景はあまり教えないのだが、サヤであるなら大丈夫だろうと踏んで話した。
というか、サヤの問いにはどうも正直に答えなければいけない気がする。
今も詳細な説明をしたくなる衝動にかられるが、それをなんとか押しとどめる。
サヤの前世にも関わることは話すべきではない。
前世のことを話し、思い出してもいい思い出とはいえないかもしれないから。
俺は気を取り直すように笑みを浮かべる。
そして世界コムドットに住んでいる人種について教える。
この世界は人型が主として、様々な人種がいる。
地球でも人種があったが、世界コムドットの人種は少し違うかもしれない。
世界コムドットの場合、地球人と同じ人間族、獣人族、エルフ族、ドワーフ族、魔族、竜族、そして神鬼族。
「んー人間族っていうと、地球と同じなのかな?」
「いや、すごく似ているけれど、コムドットの方が色が多彩だよ。そうだな、唯一、一族全体で色形体が似通っているのはドワーフ族だね。その他の種別に関しては一定の特徴で区別をしているね」
実際に見ないと納得しにくいかもしれない。
サヤはわかったようなわからないような複雑な顔をしていた。
俺はクスリと笑い、今度は大陸について教える。
この大陸は大きく分けて2つに分かれていること。
サヤにはその大陸を横断しながら、最終地点で儀式をしてほしいとお願いした。
「………これはあれね。世界を教えてもらうと必然的に私がやるべきことが見えて来るわね」
サヤはニコリと笑った。
少し予知の能力が発動したのかもしれない。
サヤは目標が明確であればあるほど、燃える人だと思う。
本当にまっすぐなのだ。
「うん、そうだね。世界についての詳細は旅をしながら解説していくよ」
俺の答えに、サヤも「そうね」と同意する。
「うん、サヤにお願いしたいこと…そう、それは儀式なんだ」
「儀式?」
「儀式とは呼んでいるけど、ただある装置に力を注いで欲しいだけなんだ。救世主として生まれた者達にしかこれはできない。救世主のみ持っているこの力を装置に注くことできなければ、闇の力が暴走してしまう。そうするとコムドットの世界が崩れ、やがて消滅していくだろう。コムドットは全世界の基盤になっているから、その基盤が崩れると全てが消滅することになる」
サヤはその言葉に動揺することはないようだった。
しかし、何か腑に落ちない顔をしている。
「サヤ?」
何か聞きたいことがあればと、呼んでみるがサヤはしばらく答えなかった。
何かに集中をしているようだ。
瞼を閉じ、黙想をしているように見える。
俺は静かに見守った。
何分か経過しただろうか。
そっと、サヤの金色の瞳が覗かせる。
「トーヤ……私の予知がうまく働かないみたいのなの。トーヤが望む最終的な未来は見えるのだけど……。その装置って、暗闇の神殿…みたいなところにある装置よね?」
予知は本来からして不安定なものだ。
しかし、それを踏まえていても更に不安定なものだったのかもしれない。
サヤは少し狼狽えていた。
「サヤに最終的に力を注いでもらいたい装置のあるところは、サヤが見た場所で間違いがない。……ただ、サヤが今まで見ていたようにはもう予知として視えないかもない。…なぜなら、この世界はサヤのいた地球より魔力が濃く、また運命を強く持っている者が多くいるから分岐点が多すぎるのだと思うよ」
そう俺が言い通り、この世界コムドットは原初の世界だけあって、クセが強いのだ。
この世界で力ある者は運命を変える力を持っている。
だからちょっとした判断で道筋が変わってしまい、今は最終的な予知が見れたとしてもその過程は見えないのではないかと思う。
むしろ、最終的な予知でちゃんと神殿の装置に力を注いでいると視えるだけいいといえよう。
サヤは少々納得いっていない顔をしていない物の、その答えに了承した。
「またわからないところがあれば、また旅をしながら説明するよ」
サヤはこくりとうなずき、次の言葉を待っている。
「最後に救世主についてだね」
「…救世主って、それはさっき話した装置に力を注ぐ物のことなのでしょう?他に何かあるの?」
「うん、確かに最終的には装置に力を注いでもらうことなのだけれど、サヤはもう見たのだろう?闇の化け物達を」
「あ、もしかしてオウシュ達を襲っていたやつかしら?あれが関係しているの?」
「そう、闇の化け物が出現し始めていることが装置に力がなくなってきている証拠。神鬼達が調査しに来ている位だから、まだ出現し始めたくらいだとは思う。けれど出現し始めたということは、闇の神殿にある装置とは別に、神殿から離れた場所を安定させるために設置している聖闇球が、既に装置の影響を受け不安定になっている可能性が高い。遠回りになってしまけれど、サヤには闇の神殿に向かいながら、その不安定となっている聖闇球を安定させてほしいんだ」
サヤは真剣な面持ちでコクリとうなずく。
昔から覚悟を決めていたから、戸惑いがまったくないことがわかる。
うん、これならサヤは大丈夫だ。
俺は安心してその様子を見ていたが、ふと疑問が浮かんだ。
俺と話をしているうちに普段通りのサヤに戻っていった訳だけれど、あの時は顔が赤く、瞳も潤み、精神的に弱っていたように思う。
それについてはさすがの俺にもわからない。
「それにしても……サヤはどうしてそんなに弱っていたんだい?こんなところで…」
突然の俺の疑問にサヤの表情が固まった。
そして、顔がみるみる赤くなっていく。
「それは…………」
サヤが俯いた…と思ったら次の瞬間、
「部外者なんだからトーヤはそういうこと聞かないの!!」
怒鳴られた。
俺はびっくりした顔をしていたと思う。
その顔を見て、サヤは何かを振り切るように首をブンブンと振ると、おもむろに自分の顔をパン!と叩いた。
「行くわよ!」
眠っているドラゴンを抱きかかえたまま、サヤは立ち上がる。
そして逃げるように姿を消した。
やっぱり最後は怒られるんだなぁと思いつつ、そんなサヤに微笑んでしまう自分がいた。
怒っていたけれど、何かを振り切った気がするから、まぁいいんだろう。
そして俺もサヤを追いかける。
道久達がいるところへと。
お読み頂き、ありがとうございます。
わかりにくい説明で申し訳ない。
トーヤの口調が最初固いのは、トーリヤータでいるべきと思っていたから。
でもサヤにトーヤと認められて、はれてトーヤになれました。
ちなみにこの会話全てを、道久はシルフィアを通して聞いています。