07.異空間 - シルフィア -
結論から言うと、サヤ様がどこかへ消えてしまいました。
オウシュ(ご主人の拒否により敬称なし)からの求婚、そしてご主人様からの告白。
あきらかに、サヤ様は顔を赤く染めながら、表情は混乱の域を極めていました。
おかわいそうに…と思いつつ、結構楽しく傍観していました、すみません。
しかし、サヤ様の混乱の頂点はご主人様のせいですね。
あきらかに恋愛初心者のサヤ様を抱きすくめて、その耳に愛をささやき、そして頬とはいえキスをするなんて…。
考えなしもいいところです。
まぁ、それも狙いなのでしょうが…。
フフフ、でも多少なりとも衝動に駆られてした行為なのでしょうから、ご主人様は案外子供っぽいのかもしれませんね。
私はご主人様の一部を与えて頂き生まれましたので、ご主人様から多大な影響を受けています。
特に性格形成はご主人様の性格をもろに受けています。
多少の性格の悪さはご了承くださいませ。
少し時間を戻してみましょうか。
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私は皆様の話し合いのときは結界を貼っておりましたが、姿を現す必要もないので、その場の空気に溶け込んでいました。
精霊は実体を与えられても、ご主人様を中心に一定の範囲であれば元の精霊の原子として混ざることも可能です。
一定の範囲と言うのはその精霊の力量によります。
私であるなら、小さな町は余裕ですよ。
精霊の原子に混ざる利点は、その場の感知能力も上がりますし、ご主人様の範囲内であれば実体化するのは容易ですので、いざという時、対処する動作が早急にできますね。
私は風と闇が混ざってできた精霊ですから、そういうところは得意です。
暗殺に向いているでしょうね、命令が無い限りはしませんが。
ちなみに、実体化したままご主人様から離れた場合、実態を維持することは可能なのですが、遠くなればなるほど能力が落ちていきます。
離れる距離でどの程度能力が落ちるのかは、やはり精霊の力量によりますね。
「好きだよ、サヤ」
そういうわけで、ご主人様の愛の囁きは、ばっちりと聞こえました。
私に伝わってくるご主人様の感情。
ご主人様はサヤ様を抱え込み、独り占めしているその状態がとても嬉しくてしょうがないようです。
その嬉しさハンパないので、私までこそばゆくなります。
私の心とご主人様の心は一部つながっていますので、今回みたいな激しい感情の流れは手に取るようにわかります。
ちなみに、伝えようと思えば言葉も伝えられますが、普段はせいぜい感情のみですよ。
全て伝わってしまっては、プライバシーの侵害です。
私はご主人様の分身とは言え、個々の存在にはなっているのですから。
ご主人様が死なない限りシルフィアとして生き続けられるわけですが、ご主人様がこの世に存在しなければ、またその他大勢の精霊の原子になってしまう。
ご主人様に実態を与えられていなかったら、今もその場所の空気そのものであったり、闇の一部の影であったり、私以外の属性の精霊であれば、燃える火であったり、流れる水であったり、みなを支える土であったり……その場を形成する何かでしかないのですよ。
でも何かしたいという気持ちはどんな精霊にもあります。
ですので、精霊使いに認められ、そして自分もその主人を認めたときに初めて実体化できるわけですが、その時はもう嬉しくて嬉しくてしようがありませんね。
おっと、話がそれました。
私毎ばかり語って申し訳ございません。
でも最後に言わせて下さい。
最初はご主人様が好きな人はサヤ様とわかっていたので(ご主人様はまだ無自覚でしたが)、嫉妬心からサヤ様に生意気な態度をとってしまいました。
けれど、成長した私はサヤ様が大好きになりました。
サヤ様に素敵な名前をもらいましたし、上級精霊に成長したことによって、いろいろ見えるところもあるのです。
ご主人様が好きな女性、しかも名付け親を嫌うわけがないですよね!
むしろ、ご主人様よりサヤ様の方が大事です。
………これも、ご主人様の意向なのでしょうが、それでも好きなのですよ!
そんなサヤ様が……うーん、なんとも言い難い。
えっと…、未だにご主人様に抱きしめられたサヤ様がいよいよおかしくなっています。
本当、色恋沙汰はダメなのでしょうね。
普通の女子なら、胸キュンキュンのヨダレだらーだと思うのですがね。
ご主人様も気付かせるための荒療治なのでしょうけど…やりすぎましたね。
ほら、サヤ様から突然新しい精霊が生まれましたよ。
「キュゥゥゥゥイ!」
それは本当に突然でした。
光輝く白いボディがきれいな、ちょっぴり太った赤ちゃんドラゴンです。
といっても、この世界ではいないはずの形態です。
私が知っているドラゴンとはところどころちょっと違うのです。
このドラゴンは精霊です。
サヤ様から生み出された精霊なので、おそらくサヤ様が思う最強の動物なのでしょう。
このドラゴンちゃん、あきらかに怒っています。
そして、ご主人様を吹き飛ばしました。
それはもう器用に、サヤ様だけを除外した吹き飛ばし方でしたね。
ついでにオウシュにも近づくことはないよう牽制の攻撃はしたようですね。
吹き飛ばされたご主人のことはもちろんフォローしましたよ、後が怖いし。
そして、ドラゴンちゃんは小さな翼を突如ひろげ、大きくしました。
その大きさは人ひとり包み込むほどの大きさ。
白かった身体全身が半透明になり、光の加減によって虹色に輝きます。
大きくした翼は顔を赤らめ硬直しているサヤ様を包み込みました。
!?
ドラゴンちゃんは、そのまま瞬間移動しました。
すごい!これはなんでしょうか!!
思わず興奮しちゃいました。
闇と風をうまく使い、空間移動する私とはまったく異質のもの。
おお!さすがサヤ様!無自覚クイーン!!!
おっと、口が過ぎました。
ご主人を助けた際に実体化した私はご主人の隣で思わずつぶやきました。
「やりすぎですよ、ご主人」
ついつい、サヤ様のことを考えたらご主人「様」が抜けちゃいました(笑)
でもさすがご主人様、焦りも何もなく、この状況をおかしそうに笑っています。
「うん、サヤ、ほんと好き、たまんねーわ」
そう言って頬を紅潮させ、胸を高まらせているご主人様がいました。
この人サディストですよね、基本。
………忘れていました。
さっきも言いましたが、私はご主人様の性格から多大な影響を受けています。
この状況のサヤ様の赤面な心境を楽しんでいましたし、最後の瞬間移動のときなんて「すごい!」とかなり興奮していましたね。
それはご主人も同じなわけで……“反面教師”という言葉を思い出し、反省。
でも本当に、ご主人様と違って同情する心はあるのですよ!
「シルフィア…」
ご主人様がおもむろに私の名前を呼びました。
ええ、ええ、わかっていますよ、言われなくても。
さっさと動きます!働きますとも!!
何より、サヤ様が心配です、精神的に。
そうして、私はサヤ様の行方を追うことにしました。
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私の移動手段は、闇と風を利用します。
闇は別空間ともつながりをつくれるのですが、扉を開くのは風を利用します。
闇だけでもできるのですが、風も一緒に応用した方が楽にできるのですよね。
そんな訳で現空間を風で切り裂き、闇の空間とつなげ移動しました。
真っ暗闇の世界。
ここは先ほどの層とは違う層に位置します。
時間の流れや空間位置などが異なる世界です。
ま、気配はまったく感じませんので、ここにはサヤ様いらっしゃいませんね。
予想はしておりました。
多分、もう何層か渡らないといらっしゃらないでしょう。
幸い、私はご主人様の影響でサヤ様の気配には敏感です。
同じ層にいればすぐにわかります。
さっさと見つけてしまいましょう。
私は何度か別の層に移動してはサヤ様探しをしておりました。
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サヤ様はおりました。
そこは真っ白な階層です。
体育座りをして膝に顔を埋めております。
ドラゴンちゃんはサヤ様の横に寄りかかるようにして座っています。
心配そうに首をかしげるようにしてサヤ様を見ている姿が何とも愛らしいです。
でもこのドラゴンちゃん、おそらく精霊としては神級でしょう。
ようするに誰も敵う者がいないほどの精霊というわけです。
正直、こんな精霊がいること自体驚きですね。
サヤ様最強。
なんでしょう、このスペック。
あれですよ、ご主人様の言葉でいう、チートですね、チート。
そんなチートなサヤ様ですが、世界を救うとは全く関係ない所で苦しんでおります。
私がサヤ様に近づくと、ドラゴンちゃんがそれに気付き、私の周りを飛び始めました。
「キュゥゥイ!キュゥゥイ!」
これはサヤ様をどうにかしてとおっしゃっておりますね。
まぁ、私もご主人様の命令もありますから、元々お慰めしようと思っておりました。
「サヤ様…」
そう声をかけると、サヤ様がゆっくりと顔を上げました。
「シルフィア…」
サヤ様も顔はまだほんのり赤く、まだ先ほどの件を引きずっていることがわかります。
サヤ様のその様子に、私まで顔が赤くなってしまいそうです。
というのも、かわいらしいのです。
戸惑いずつ、気持ちを落ち着かせようと、どうにかもがこうとするサヤ様の様子がなんとも……。
あ、これはご主人(変態)の影響かもしれません、冷静になれ私。
とはいえ、正直なんと言葉をかけていいのかわかりません。
だって、私も恋愛なんてしりませんよ!
ご主人様の愛の気持ちは流れてきますが、私自体が誰かを好きになるとか全くよくわかりません。
すると、サヤ様はつぶやきます。
「私、何しに来たのかな…」
おおう!やばいんじゃないですか!
本当に、迷走してますよ、サヤ様。
「サヤ様は世界を救いに来た方です。サヤ様がこの世界が救えなければ、おそらく全てが消滅しますよ」
とりあえず、私は真実を伝えました。
全てというのはサヤ様の世界もろとも全てという意味です。
サヤ様は未来をも視ることができる巫女です。
これで思い出すでしょう。
そう、サヤ様はそもそもこの世界が救えなければ、自分の世界も滅ぶとわかっていると思うのですよね。
事実そうだと思いますよ。
世界の始まりは、正にこの世界。
原初より住んでいた私、精霊が言うんですから間違いはないでしょう。
なんとなくは感じるのです。
時折訪れる世界の滅亡の危機。
そして行われる救世の時事。
今は、その滅亡の危機に差し掛かっています。
何もできなければ、全てが消滅します。
精霊の寿命は長く、そして子子孫孫に伝わっていく種族。
けれど、人型の者のように言葉で伝えることはできず、感覚で伝えるのみ。
曖昧なのです。
オウシュのように魔法石や紙などに記録するわけでなく感覚で記録をするわけで、精霊内では伝達ができても、他の種族に伝えられるわけでなく、ただ見守るしかできない種族。
私達精霊は精霊使いの手助けがなければ何もできないのです。
たとえ、世界を救いたくても。
私は切望の眼差しでサヤ様を見つめますが、そういった裏の感情まではとどかず…
「どうして?私より、よっぽど力ある人がいると思うのだけど…」
うん!にぶい!自分を過小評価しすぎです!
……理解はできるのです。
サヤ様はあまりにも自然に、呼吸をするがごとく全ての力を使うことができるので、逆にその価値がわからないのです。
サヤ様にとっては普通で当たり前すぎて、他者の力と自分の力の差異がわからないのです。
私のご主人様は適度な力と感性をお持ちなので、逆にとても器用なのです。
オウシュは感覚がするどく、過去も視ることができる、そして長年生きた時間で物事を正確に判断できる方です。
このお二方はできること、できないことがわかるのです。
そして長所を最大限に引き出しています。
本当は、サヤ様は誰よりも内包する力は強いのです。
力を力として使用しようと思わないサヤ様だからこそ、救世主なのでしょう。
ご主人様、またはオウシュがサヤ様同等の力を手に入れたら…、きっと世界を救うどころが、破滅へ導いてしまうのではないでしょうか。
と、私が納得できてもサヤ様を説得しなければ意味がないのですが、私の結論をそのまま伝えても駄目でしょう。
私が今、サヤ様が一番すごい人と言っても信じないでしょう。
うーん、どうしましょ。
「キュイ?」
小首を傾げながら、私を見るドラゴンちゃん。
すみません、あなたの期待に応えられる自信がなくなりました。
と…そこへこの層に別に気配を感じます。
誰だろうと一瞬思いましたが、懐かしい気配に安堵します。
私が懐かしいと思うということは、ご主人様の御友人の方でしょう。
では私は役目を御免こうむりましょう。
お読み頂き、ありがとうございます。
シルフィアはこの中ではきっと常識人。
そして道久への突っ込み役。
多分、シルフィア視点はこの回のみです。
※精霊の実体・原子についての説明が分かりにくかったので変更。9/27