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06.神鬼 - 莢 -

移動は、シルフィアの言う通り、一瞬のことだった。

私が何をしたかといえば、シルフィアの中の風を感じただけ。

しかしそれだけでシルフィアは私の力を引き出し、私達の前に黒光りする扉が突然現れた。

そしてその扉を潜れば、その場所はトーヤが眠っている場所だった。


シルフィアが風と闇を司っている精霊だからこそできたことなのかもしれない。

詳しくわからないけれど、そんな気がする。


今度シルフィアに教えてもらおう。


「ほう、上位精霊ともなると、空間移動も容易いか…」

移動し終えたところで、オウシュがそうつぶやいた。


そうか、シルフィアは上位精霊なんだね、すごいな、ミッチー。

うーん、どうやってミッチーは精霊を呼び出したんだろう…。


「ねぇ、ミッチー」


私の呼びかけに、引き続き私を支えていたミッチーが「ん?」と言うと私の顔を覗き込むように見た。

ただでさえ結構密着している状態でさらに顔を近づけられると、いくら幼馴染のミッチーとはいえ、ビクリと体が硬直してしまう。


顔が赤いかもしれない…


ミッチーはというと、そんな私の様子を楽しそうな顔で見ている。


……絶対、私で遊んでいる。


「ち、近い!!」

少し怒った口調で言い、私はミッチーの顔をどけようと手を伸ばしたが、ミッチーはあっさりと避けた。


「はいはい、話はあとあと…。とりあえずここに座ってて」

ミッチーは私をトーヤの近くに座らせると、荷物の置いてある方へと歩いていく。


トーヤは未だ眠ったままだった。

特に健康状態が悪いわけではない。

ただ、少ない魔力が枯渇したために体力が追いついていないようだった。

今の私なら、そうなっていることがわかる。


私がいわゆる魔力が一番多く(というか、未知数?)、次にミッチー、そしてトーヤは少ない。

だからこそ、今回の目覚めた順番になる。

異世界へ移動することは魔力が削られるようで、魔力が少ないトーヤには負担がかかることだったのだ。


案内者のくせして一番目覚めるのが遅いなんて…。


私はトーヤの薄金茶の髪を撫でた。

スヤスヤと寝息を立てているようだし、起きるのを待つしかないのだろう。


ふっと私の横に影ができる。

オウシュがいつの間にか立っていた。

オウシュは鋭く揺らめく赤い瞳でトーヤを見ていた。


「……その者が案内者か」


そのつぶやきに、私はオウシュをハッと見た。

オウシュはその反応を予想していたのか、私ににっこりと笑いかける。


「俺の目は特殊でな、本質を見ることができる」


「それってどういう…」

私が問おうとしたとき、ビュッと音を立てて何かがオウシュに向かって飛んで行った。

オウシュはすかさずキャッチする。

500mlのペットボトルだった。

もしも私だったら顔面に受けてしまいそうな勢いだった


「あ、悪い悪い。力が入りすぎた。」

さわやかな笑顔で謝るミッチー。


さわやかなはずなのに……笑顔が黒い。

なんだろ、ミッチー…こちらに来てから何かが変わったような…。


「それ水が入っているから飲んどけよ。ほら、サヤも」


私の方にもペットボトルが飛んできたけれど、ゆっくりと弧を描いていたので取りやすかった。

若干苦笑いを浮かべつつ、「ありがと」と一言いって水を飲んだ。


オウシュはそんなミッチーの態度に気にも留めていないようで、私が飲んでいるのをチラリと見ると、自分も水を飲み始めた。


大人だな、オウシュ。

さすがにオウシュが外見通りの年齢ではないということには気付き始めたけれど、実年齢がいくつであるかなんてところまでは見当もつかない。


「さてっと。……シルフィア」


ミッチーが呼ぶといつの間にか現れたシルフィアがこくりとうなずく。

ミッチーは満足そうな顔でこちらに向き直ると笑顔で言う。

「結界も張ったし、これでいきなり襲われることもないよ。では話をしようか」


私は言葉もなしにやりとりをしているミッチーとシルフィアの関係に感心していた。


******************


トーヤとアヤメさんを木陰に移動させる。

二人はスヤスヤと眠ったままだ。


私、ミッチー、オウシュは各々の場所に座る。


まぁ、ミッチーは私が心配なのか、身じろぎすれば当たりそうなほど近い隣に座っているのだけど…。

ミッチー過保護になった?


「まずは自己紹介するよ。俺の名は道久。サヤの守護者だよ」


私はミッチーの言葉にはっとし、思わずミッチーを見た。

守護者といえば、ミッチーの父親の佐久間さん。

彼は母の守護者をしている。

ということは、ミッチーはその為に私の傍にいてくれていたのだろうか、今も…。

ミッチーは私の反応を予測していたようで(私はそんなに単純なのか…)、横目で見られた。

目線で「後でな」と言っているようだったので、目線を戻す。


「そっちで寝ているのは、統也。あんたが言ったようにサヤの案内人だ」


ミッチーは本当に簡単な自己紹介をした。

姓を言わないのは意図があるのかもしれない。


「改めまして、私は莢。この世界を救うよう頼まれて異世界から来ました」


私の言葉に、オウシュは満足そうにうなずいた。

「うん、そうだろうと思ったよ。サヤはあまりにも他とは異している。魂の輝きから、その能力に至るまで」


私はオウシュを見た。

これまで、初めて会うはずなのに全てを知っているかのような言動に疑問を感じて。

始めて会ったときは、確かに初対面の対応だったと思う。

けれど時間が経つほどに、何もかもが見透かされている気がするようになった。

オウシュは一体何者なのか。


「サヤ。そんなに不安げな顔をしなくていい。道久から礼の約束を交わす前にすでに話そうと思っていたのだから。私は、サヤ、君の味方だ」

オウシュは見透かしたように言葉を続けた。

そしてオウシュは自分のことを話し出す。


「俺の正式な名前は、オウシュ・キジェルト。神鬼という種族の代表だよ」


それを口火に、まずは神鬼について話し出した。


神鬼はこの世界で最も古い人種と言われていること。

神鬼は世界の事象を記録に残すという役目を負った種族であること。


世界に生息する種族の中でも最も稀有で、人とも魔族とも関わることはほぼないのだそうだ。

神鬼の里はそもそも結界に守られており、普通ではたどり着けない。

稀に感が鋭いものがたまたま里に迷い込むか、もしくは世界に影響を及ぼす者が神鬼と出会うことになる。


そして私たちは後者だ。

世界に影響を及ぼすとみなされているから神鬼であるオウシュと出会う運命だったと言えるらしい。


うん、確かにそうなのだろう。

トーヤに世界の救世主になってくれと言われたようなものだから。


「それと神鬼の中には稀に真眼を持って生まれるものがいる。それが俺だよ」


赤い瞳を指差し、オウシュはにこりと微笑んだ。


真眼は、真実を見抜く力を備わっているらしい。

オウシュに言わせれば、真実というよりは本質を見極める力があるとのこと。

例えば、個人の性格の詳細まではわからないにしろ、その人が善人であるか悪人であるか、活発か内向か等は魂の色でわかる。

精霊を従えるのか、魔力が多いのか、そういったものもオーラを見ると見えてくる。

長年生きていれば、大抵の違いは見えてくるのだそうだ。


といっても、真眼はいつも発動しているわけではない。

使い慣れているオウシュなどは常に弱く発動することも可能だが、自分の身体に異常があれば、やはり身体機能維持の方に力が自然と向かってしまうから、発動できないこともあるとのこと。


「俺が代表とされているのは、神力も強いからだよ」


オウシュは里で一番の真眼を持ちながら、神力もずば抜けていたそうだ。


神力とは、邪を払う力らしい。

ようするに私が地球で扱っていた力と似ている。

完全に同種のものかはわからないけれど、同じ邪なるものを払う力。


神力は世界で使えるものがほぼいない。

使えるとされる神鬼でも、めったに突出する力を有した者は現れない。

オウシュはその中では歴代でも類をみないほどの力の持ち主であったが、私に比べたら弱いらしい。


私にはそういう力の区別はつけれないので、正直よくわからなかった。

オウシュの方がいろいろ見えているだけに強そうであるし、精霊を使いこなすミッチーの方がやはり強そうに思えた。

今は眠っているトーヤにしてもそうだ。

身体能力はおそらくこの中でもずば抜けている。

ミッチーが精霊を従えるようになっただけに、トーヤだって何かしら能力が芽生えている可能性もある。

オウシュに先ほど目覚めさせられたから力の在り方が前より見えるようになったものの、まだ精霊と契約する方法は自分で見つけられるわけではないし、神力も使いやすくなった気はするけれど、別段前と変わった気がしない。


しいて言うなら、いつの間にか異世界言語が話せるようになっていたことぐらいか。


うーん、本当に私が救世主なのかとも思うときがある。


そこへ、柔らかな声が聞こえた。


「…オウシュ様」


アヤメさんが目を覚ましたようで、上半身を起こし、こちらを見ていた。

まだ顔色は悪いが、深海のような群青色の瞳に強い意志を感じたから大丈夫そうだ。


助けたときも綺麗な人だとは思っていたけれど、その時の印象より更に、落ち着いた色香があふれ出ているような、綺麗な人だと改めて思った。


「身を起こせるのなら、この娘、サヤに礼を言うといい」


オウシュの言葉にアヤメさんは私に目を向ける。

そして座り直すと、深々とお辞儀をした。

私は慌ててアヤメさんの元へ駆け寄った。


「ア、アヤメさん、安静にして下さい。そんなのいいですから!」


そう呼びかけるもアヤメさんは頭を上げることはなかった。

彼女は目が覚めたとはいえ、ようやく体を起こせるか起こせないか程度に体力が回復した状態だ。

身体を動かすだけでも今は辛いはずなのだ。

けれどアヤメさんはその姿勢を崩すことはなかった。


「いえ、サヤ様。そういうわけにはいけません。私はもう死んだものだと思っておりました。今生きていることが信じられないくらいなのです。またこうしてオウシュ様に仕えることができるなど……。サヤ様には本当に感謝してもしきれない気持ちなのです。本当にありがとうございます」


「お気持ちはわかりましたから、どうぞ顔を上げて下さい」


私は支えるようにして半ば無理やりアヤメさんの身体を起こした。


「…お優しい方なのですね」

そう言って私を見たアヤメさんの瞳は涙で揺らめいていた。


う……色っぽい。


こういうタイプは私の周りにはいなかった。

お母様は、凛とした綺麗な人とは思っていたけれど、アヤメさんのきれいさとは真逆だったと思う。

女の私ですらドキリとしてしまった。


私は起きて話の輪に加わろうとするアヤメさんをどうにか休ませようと説得する。

しかし、アヤメさんてば頑固だ。

折衷案で、木陰の根本に寄りかかりながら話に加わることとなった。


「わたくしの名前は、アヤメ・シカインと申します。オウシュ様の護衛及び従者として任されております。さきほどの皆様の会話は、寝かせて頂いている際に耳に入ってきておりましたので、このまま参加させて下さい。よろしくお願い致します」


それはそれはとても丁寧にアヤメさんは挨拶をした。

心からそう言っているだろうことが伝わる言い方だった。


アヤメさんが挨拶を言い終わるくらいのタイミングで、いつの間にか動いていたミッチーがアヤメさんにペットボトルの水を渡していた。

ボトルキャップのはずし方など、丁寧に説明をしている。


ミッチーはマメで、そして何気に優しい。

計算で動くことはもちろんあるのだけど、こういう時は自然と身体が動いていると思う。

誰にでも平等に親切に、それと同時にみな平等に距離を置く子だった。

例外は私とトーヤに対してくらいで、その距離を置く態度は親すらにもしていると思う。


「アヤメ、報告がある」


おもむろにオウシュが口を開く。


「俺はサヤを妻にしようと思う。そう決めたよ」


それは満面の笑みでオウシュは言いました……って、んんん!?


「まぁ、それはおめでとうございます!オウシュ様」

そしてオウシュの満面の笑みに頬を赤らめて自分のことのように笑顔を浮かべるアヤメさん。


ええ!!何それ、決断速いし、納得するのも早すぎ!

いやいや、そもそも私本人の意思は!?


思わず立ち上がり私は抗議の声をあげる。

「ちょ、っちょっと待って!オウシュ!何を言って…」


「いや、先ほども言っただろう。嫁に来いと…」


「いや、そ…」

「嫁が嫌なら俺が婿になろう。お前の仕事が終われば、俺は里などどうでも良いしな」


!??


もう突然の結婚話で混乱している私をよそに、アヤメさんは最後の「里」に対しては顔色を変えていた。


「サヤ様、神鬼の里はとても良い所です。差別もございません。ましてやオウシュ様が認めた人ならば、誰よりも大切にされるでしょう」


アヤメさんまでも説得し始めた。


いや、そういう問題でもなく、結婚なんて考えたこともなく…

仕事って、それは私の世界を救うことのはずで……え、世界を救うことを仕事で片づけるの??


オウシュは愉快そうに笑みを浮かべながらもその瞳はまっすぐで、私を見つめる瞳は妙に熱っぽさを感じた。

私を逃がさないようからめ取るように…。

宝玉のような赤い瞳から目が離せない。


パン!パン!


突然、拍手が鳴り響く。


いつの間にか、私の後ろに現れたミッチーが鳴らした拍手だった。

私はびっくりして後ろを振り返る。


もう、びっくりしっぱなしなのだけど…


「はいはい、その辺でその話はやめましょうね♪」

ミッチーの口調も明るいし、表情もにこやかだけれど、目が笑っていない。


不意にミッチーの視線が私に移り、私の視線と絡み合った。


やっぱりミッチー怒っている。


そう思ったとき、ミッチーは私を後ろから抱きすくめた。

抱え込むように私は抱かれて、私は身動きできない。


★!?$?☆!#!


私はさらに混乱しました。

言っておきますが、私は恋愛初心者です。

これまで異世界でするべき大業のために、鍛錬やら、術式の研究やらに没頭し、友人関係すら危うい生活を送ってきました。

それが、いきなり求婚されたり、抱きしめられたり、いったい何の試練ですか!!


誰か助けて!わーん!!


「あんたのあれ、やっぱり本気だったんだよな」

そう言いながらオウシュを睨み、私を抱く力を緩めないミッチー。


オウシュもミッチーを睨み返す。


火花が見えそうです。


「まぁ、あんたの気持ちもわかるよ、サヤ鈍いからな。はっきり言っておかないと意識すらしないだろ」


若干溜息が聞こえた。


「そういうわけで、あんたが宣言するなら俺もするよ。さっき守護者と言ったけど、それ以前に俺もサヤが好きだから邪魔させてもらうよ」

そうオウシュに言ったかと思うと、硬直している私の耳元にフッと吐息がかかる。


「好きだよ、サヤ」


囁く声は優しく、そして熱を帯びていた。

抱きしめている力は逃がさないと意思表示しているように力強く、でも優しくもあり、大切に思っていることが伝わってくる。


私は心臓あたりがぎゅっとなるような感覚と、そして全身を駆け巡るぞくりとした感覚に戸惑い、余計に混乱する。

なんだか全身が熱い。


ミッチーはフッと笑ったかと思うと、私の頬に掠るようなキスをした。


思考回路はショート寸前……昔のアニメにそんな歌があったような。


思わず思考が現実逃避。


うう、やだ、どうしていいのかわからない。


とにかく私はここから逃げ出したいと強く願いました。

お読みいただきありがとうございます。

サヤのドキドキ感を感じて頂けたらいいのですが…。

サヤのテンパりはもう少し続きます。

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