47.キサイトの内情 - 莢-
マティアスさんは聖闇国キサイトの内情を詳しく説明してくれた。
キサイトには古来からの技術があり、それは様々な魔法・術式・魔法石を組み合わせ、町には闇がはびこまないよう一カ所に集めてから、聖闇球へ流すというものだった。
しかし、闇の神殿のルチレイティの力が弱くなっていくことで、徐々に力が落ちていったキサイトの聖闇球。
それも別の技術を付け加えて持ちこたえていたものの、5~6年前にとうとう壊れ始めた。
一般の信者に影響が出る前に聖闇球を一部の者以外は閉鎖。
この事態は予測しており、聖闇球の力が落ち始めた初期に対策を考えていた。
その対策とは、闇を特殊な魔法石に閉じ込めてしまおうとする研究だった。
その研究はまだ完成には及ばなかったものの、周りの者が研究員へ半ば強引に急がせたため、その半年後に研究を実行することとなった。
最初はそれでも順調に見えた。
しかしその魔法石が増えるにつれ、その魔法石に関わる者達に変化が表れ始めた。
まずは、一番その魔法石に関わった研究員。
研究員から、エレノオラ・ダネーゼ。
エレノオラは無理をしていた研究員を心配し、よく足を運んでいた。
そして研究員達がそんなエレノオラに対し憧れと恋心を抱いてしまった為にそれは起きたといえる。
闇に侵された研究員が、エレノオラにその魔法石を美しいペンダントネックレスへと加工し渡してしまったのだ。
喜んで受け取ったエレノオラはそのネックレスを身につけ、闇に蝕まれていくことになる。
その後、闇に魅入られた研究員とエレノオラは闇の魔法石のアクセサリーを作成し、そしてそれは、エレノオラから叔父のツェーザル・ダネーゼの手へと渡されることになる。
後は、道久が先ほど言っていた通りで、闇に侵されたツェーザレは愛しい姪のエレノオラを初めての教皇にしようと推し進め、エレノオラもそれに乗り、他の枢機卿に対して様々な画策を練り実行した。
マティアスさんが気付いたときにはかなりの者が闇に侵食されており、体勢を整えつつ、対処をしなければならない状態になっていた。
主にツェーザレ派が目立っていたが、それとは別で闇に侵食された者が自分の欲へ走り悪さをしようとするので、その対処にも追われることになった。
「こうしておりますが、私も大変だったのですよ。幹部に近ければ近いほど魔法石の餌食になっておりましたからね」
その言葉に道久が問いかけた。
「そんな大変なら、ユーリーとも手を組めば良かったんじゃないか?」
「ユーリーはエルフ一族からの監視者ですからね。事を公けにしてしまうでしょう。私は内々に収めたかったのですよ。だから手を組む訳にもいかず、逆に邪魔させて頂きました。…まぁ、それもサヤ様達が来られなければ、今日、明日にでも闇に浸食された者達を処罰しようかと考えていたところだったのですけれどね」
マティアスさんはそう言いながら、にこりと微笑みを浮かべエレノオラさんを見る。
「貴方の命を奪うことにならなくて安心致しました」
マティアスさんの笑顔が黒い…。
エレノオラさんの表情は青い…。
「そういう訳でして、そんな主軸にいたエレノオラさんにはして頂きたいことがあります」
マティアスさんがそう言うと、青い顔のままエレノオラさんが必死な表情で聞き入っている。
「貴方には、あなたたち一派である闇に侵された全ての者達に召集をかけて下さい。そうですね、場所は第一会議室、今夜の12の鐘が鳴る時間にしましょうか。その時間はよく会議をしていたようですから不自然ではないでしょう?」
そう問いかけられたエレノオラさんは、コクコクと頷く。
「では行きなさい。時間はあまりないですよ。……あ、そうそう。わかっているとは思いますが、ここのことは他言無用です。救世主が来たことも、この方たちのお名前も決して口にしてはいけませんよ」
マティアスさんの黒い笑顔に、エレノオラさんは咄嗟にしてしまったのだろう。
「はい!先輩!!」
突然席を立ち、そう言いながら敬礼をした。
「フフ、懐かしいですね。でも今のあなたと私は同等の立場ですからね」
それでもエレノオラさんはお辞儀をし、そしてクルリと身をひるがえすと扉から出て行ってしまった。
……いったいどういう先輩後輩の間柄だったのだろう。
私がエレノオラさんの変わりように、半ばポカンとした表情で見てしまった。
闇に侵されていたとはいえ、先ほどの彼女とはあまりにも違い過ぎる。
「お騒がせ致しました。勝手に事を進めてしまってすみません。先ほどのサヤ様のお力を拝見しての判断だったのでしたが…」
「一カ所にまとめて浄化するってことか。手っ取り早くていいんじゃないか。サヤならできるだろ?」
マティアスさんの言葉を受けて、道久が私に問いかけた。
道久の問いかけに、先ほどのエレノオラさんを浄化したしたときのことを思い出しながら答える。
「できる。モヒュケと違って人だけでなく宝石もあるから若干時間がかかるかもしれないけれど」
私の言葉にマティアスさんが頷く。
「そう言って頂けて安心致しました。明日には立つということでこの方法しかありませんでしたので。…ただ、闇に侵された魔法石は彼らが持っているだけではないので、漏れは防げませんが」
そこへ道久が口を挟む。
「そこは大丈夫。さっきお膳立てしたっていうのはそこだから。ヒュリヤにその石の回収をやらしてる。まぁ、多少は残るかもしれないが、大元のルチレイティが回復する頃までなら大きな影響が出ることはないだろ」
そうか、ヒュリヤはそこで使われていたのか。
私は道久にこき使われているヒュリヤを思い浮かべ、同情する。
……いや、ヒュリヤの場合、喜んでいるかも?
「ヒュリヤ……。2年ほど前にいた巫女ですね。あれも結構闇に侵されていたようですが…」
考えるように宙を見ていたマティアスさんの視線が、私に移る。
「なるほど、そういうことですか。闇に侵されていなければ優秀だろうとは思っていました」
そう言って微笑みを向けられ、思わず私も微笑みを返す。
私、ヒュリヤに何かしたっけ?
正直覚えていない。
ごめんヒュリヤ。
「しかし、サヤ様ご一行は何というか、恐ろしい集団ですね」
不意に私達を見回しそう言うマティアスさんの目が私に止まる。
「…できれば、サヤ様の本当の姿を拝見させて頂きたいのですが、お願いできませんか?」
笑みが消えたマティアスさんの真摯な表情には、熱っぽさを持ちながらも請うような光が瞳に灯っていた。
今まで見たマティアスさんとはまた異なる様子に、戸惑いを覚えながら私は答える。
「え、ええ。マティアスさんは私達のことは全てご存じのようですし、隠す必要もないですよね……」
私はそう言って、手をペンダントトップに置くもオウシュが口を挟む。
「隠す必要もないが、見せる必要もあるまい?」
私が思わず手を止めると、マティアスさんがオウシュの方に顔を向けながら口を開いた。
「もう少し信用して頂きたいものなのですが、……残念ですね。いつか本当のサヤ様を御拝見させて頂きたいものです」
最後の言葉は私に向けていた。
その表情はにこやかであったけれど、どこか寂しそうに見える。
駄目なんだろうか。
さっきエレノオラさんに向けた笑顔は怖かったけれど、私はマティアスさんは信用できると思っている。
いや、そりゃ勘でしかないのだけれど。
チラリとオウシュの顔を見れば、オウシュは私に向かって静かに首を振った。
駄目か…。
そんなことを思っていると不意にトリィがつぶやくように言う。
「…いいんじゃない?多分、この人大丈夫だよ」
「何を根拠に……」
呆れ顔で言うオウシュに、トリィは言った。
「根拠って言われれば困るけど、血が教えてくれるっていうのかなー。後は精霊?私の精霊ちゃん達が喜んでるんだよ、この人に。……ねぇ、あんたって救世主の血引いてない?」
問いかけるトリィに、マティアスさんが目を見開いていた。
私も思わず口にする。
「マティアスさん、そうなんですか?」
すると、クスクスと愉快そうに笑い出した。
「クックク……。失礼致しました。トワイリィ様は元ホシプリット一族でしたね。…血ですか。まさかそんな感覚的なことで言われるとは思いませんでしたが……。そうです。私はこれでも救世主の末裔です」
コホンと一つ咳払いすると、マティアスさんは言葉を続けた。
「といっても、私も半信半疑だったのですよ。ホシプリットと違って、私のご先祖はひっそりと暮らしたかったらしく、救世主という名は世間に出さなかったようです。辛うじて、代々第一子とされた者が成人を向かえたとき、その本人のみに伝えられてきました。ですので、私の一族ですら知らない者がほとんどです」
そう一旦言葉を切ると、フッと自分の手を見る。
「私には皆様のような力を持っている訳でもないので、救世主の血を持っているなんて今まで実感がなかったのですが……。実を言うと、サヤ様に初めて会ったときから妙な親近感を持っていました。それが血であるのなら、少し納得したような気がします」
そして、ふんわりとした微笑みを浮かべた。
「…証拠はありません。けれど、救世主の末裔として私を信用して頂けませんか?」
私はマティアスさんの真摯な瞳を受け止める。
嘘を言っている目ではない。
それに私も親近感は持っていた。
私は自分の勘を信じよう。
甘いかもしれないけれど、人を信じて騙される自分より、人を信じられない自分の方が嫌だ。
「すぐに信用しなくてごめんなさい。私もマティアスさんに感じていました、この人はきっと信頼できると」
そう言い、私はペンダントネックレスを外す。
エメラルドグリーンの髪と瞳の色は本来の黒髪と金色の瞳に、そしてエルフの耳は人の耳へと戻った。
私がマティアスさんを見ると、マティアスさんは目を見開き、頬はほのかに赤く染めていた。
しばし呆然とした様子のマティアスさんが呟く。
「……女神」
それは思わず口から出た言葉のようで、ハッと口元を押さえていた。
「そういう訳だ。サヤのこの容姿ではキサイトの信者にでも見られたら面倒だ。その表情からするとお前ですらそうなのだからな」
オウシュが睨むようにマティアスさんを見ながらそう言った。
「……納得できます。エレノオラさんも女神の再来だのと言われていましたが、それの比ではありません。比べること自体おこがましい」
そう言うマティアスさんの瞳は、まだ私を見据えている。
そこまで見られると、さすがに居心地が悪いかも…。
そう思った私はもう一度ペンダントネックレスをかけ直す。
先ほどのエルフの姿へと変化する。
その瞬間に、マティアスさんが正気に戻ったかのように微笑みを浮かべた。
「女神そのもののお姿の救世主が現れたら、皆の騒ぎは尋常ではないでしょうね。そして私にそれを収める自信はありません。…私もサヤ様の正体を隠すことにご協力致します」
マティアスさんは決意の表情で言うも、不意にまた熱っぽさのこもる瞳で私を見た。
「…ですが、そのお姿でもかまいませんので、たまにはお顔を見せてくれると嬉しいですね」
「ええ、救済が終わった際には寄らせて頂きます。先ほど少しだけ見えた礼拝堂がとてもきれいでしたので、今度ゆっくりと見たいと思っていたんです。その時はどうぞよろしくお願い致します」
私がそう言って軽くお辞儀をして顔を上げれば、マティアスさんの暖かな笑顔が待っていた。
「あの礼拝堂は私の好きな場所の一つです。その際は、一番美しい時間帯をお見せ致しましょう」
そこへオウシュが諦めの入った溜め息を吐きながら言う。
「…甘いな。それもサヤの良い所なのだが」
「今更だろ?こいつは結構頑固だ。それでも一応警戒したほうだぞ、これ」
道久が同意しつつ呆れの入った口調で言う。
「かわいい♪そこがまたかわいいんだから、私達が守ればいいって♪」
トリィはニコニコしている。
そんな3人にマティアスさんがきょとんとした表情でつぶやく。
「さすが救世主だけあるというのでしょうか。愛されていますね、サヤ様」
いえ、愛されているというか…
ちょっと過保護過ぎやしないかと思ってきた。
その後、マティアスさんが軽くオウシュとトリィに挨拶を交わした。
神鬼の代表がキサイトへ来るのは何百年となかったらしく、親交を深めたかった様子のマティアスさんだけれど、オウシュに軽くいなされていた。
その会話の流れでわかったことなのだけれど、どうも神鬼はキサイトを良く思っていないみたい。
世界では『女神に一番近い一族は神鬼』という認識がある。
それがキサイト内の一部の人に嫉妬心を芽ばえさせることになり、神鬼とわかれば嫌がらせをするような者が出てきてしまった。
だから神鬼一族間ではキサイトの印象は悪い。
マティアスさんはというと、苦笑いをしつつあきらめの表情を浮かべていた。
トリィはというと、ユーリーさん所属の第四守護隊の隊長の盾を作ったこともあるくらいなので、キサイトとは仕事柄関わることはあったようだった。
仕事といっても、国としての単位ではなく個人に限ってのことなので、実際にマティアスさんと会ったことはない。
初対面の二人は和やかに挨拶を交わして終わった。
二人に挨拶をし終わるとマティアスさんがこの部屋から去った。
私達も次の行動へ移そうと席を立つとき、私の頭にふと疑問がよぎった。
それでは、その第四守護隊の隊長に会っていたら、トリィだってバレたんじゃない?
いくらエルフの扮装をしているとはいえ、トリィは髪の色も変えず女装しただけなのだから。
そう思った私が素直に聞いてみれば、ウィンク一つでトリィが答えた。
「それは大丈夫!認識阻害の効果も一緒にかけてるし、万が一私に気付いてチクろうものなら、二度とここでの仕事はしないって言ってあるから♪」
それって、トリィはよくお忍び行為をしているってことなのだろう。
そしてそのお忍び中にチクった場合、本人につくらないどころか、キサイトの関わる全ての者の仕事をしないという脅しをしたということか。
その脅しが効くくらいだから、トリィの職人としての腕は相当なのだろうと私はトリィを尊敬の眼差しで見つめた。
「フフフ♪少しは惚れたかな?」
そのまなざしに気付いたトリィが、私の頭をいい子いい子と撫でながらそう言う。
…トリィは私を子供扱いし過ぎなんじゃないかと思う。
本当に小さな女の子を扱うような対応だ。
そう思ったら、自然と顔がむくれてしまった。
「!?……可愛すぎ」
するとトリィが手を止め、ギラギラした目で私を見始めた。
それはもう、目も前のエサにおあずけをされている動物、もしくは獲物を狙う獣の目のように。
こ、怖い…。
私がヘビに睨まれた蛙状態で固まっていると、オウシュの声が響いた。
「落ち着け、トリィ」
そして、オウシュはトリィの後ろに束ねている髪を引っぱり、私から遠ざける。
「だから、それ痛いって!髪引っぱるなー」
トリィの声が部屋に響いた。
私は思わず溜息が出る。
トリィはいろいろすごい人だと思うのよ。
…でも突然何か火がつくようでちょっと怖い。
私にそう思わせる一幕だった。
皆様、初めまして。
エレノオラ・ダネーゼと申します。
私、闇に侵食されていたとはいえとんでもないことをしてしまったと、今は深く反省しております。
……本当に反省しております!
だからお許し下さい!マティアス先輩!
ああ、恐ろしい。
久しぶりに先輩のあの表情を見てしまいました。
あの表情を浮かべたときの先輩は本当に恐ろしいのです。
私と先輩はキサイト育成学校の出身で、先輩が3年のとき生徒会長を務め、私が2年のとき副生徒会長を務めさせて頂きました。
先輩が生徒会長のときの生徒の皆様は、楽しく平和で有意義な学校生活を送られたことでしょう、……一部を除きますが。
学校にはいろいろな者がいます。
犯罪でもしていなければ学校へ入る条件は問われておらず、貧しい者もいれば貴族もおり、人種も様々です。
しかしそれは逆に悪いことを考える者も現れてしまいます。
なぜならキサイトの学校を卒業すること自体がその者のステータスとなり、その後の人生を有利に進めることができるからです。
一般には「卒業した=品行方正の優秀者」という認識があるので、人を騙そうと思えば容易に騙せてしまうのですよね。
過去にそれをうまく利用したたちの悪い事件が実際にありました。
さて、そんなことは許さない先輩はというと、容赦がありません。
表向きは全くそういった様子見せませんが、影ではそういった輩を「そこまで?」と思わせるほどに追い詰めておりました。
身体的にも精神的にも地位的にも……。
それを笑顔で行ってしまうのですから、その頃の私は、正直、先輩に脅えておりました。
そう、私は先輩を何度か手伝っていたのです。
そうしますと不本意ながら立ち会う機会があるわけでして、その際に見るその者達の表情の変わり様には背筋が凍る思いでありました。
最初はイキイキと野望に燃えていた瞳の灯が消え、絶望へと変化していく。
人はこんなにも変わるものかと、初めて思ったのはこの時ですね。
悪いことなどしようと思わない私でも、もしこれが自分に向けられたらとつい考えてしまい、本当に恐ろしい思いでした。
何も知らなかった始めの頃、先輩に「箱入りお嬢様」と言われたことがありました。
その際は憤慨しましたが、先輩と共に時間を過ごすにつれて「ああ、私は確かに何も知らないただのお嬢様だった」と痛感致しました。
先輩はというと、どういう状況であっても歯牙にも掛けず、使える者であればそのまま自分の下僕にしてしまうのですから、何とも恐ろしい方です。
使えない者…ですか?
それは皆様が想像する通りです。
フフフ。
私の頭にはあの言葉が離れません。
『貴方の命を奪うことにならなくて安心致しました』
そして、先輩のあの表情。
ぞっとしました。
それが本気であったことが身体の芯にまで伝わってきました。
今思えば、学生の頃に私を立ち合わせたのは、私に対し「道を誤るな」と釘を刺していたのかもしれません。
……きっとそうです。
枢機卿となった私は少し調子に乗っていた部分があったのだと思います。
それが闇に侵される原因となったのでしょう。
今後は闇に侵されることがないよう、もっと気を引き締めていかなければなりません。
あの恐ろしい笑顔を拝むことがないように……。
私はすっかり心を入れ替えました。
だから、どうかお許しください、マティアス先輩…。




