43.潜入準備 - 莢-
私は、エルフでいう深窓の姫君ってどんな格好なのかと思っていたけれど、自分のエルフのイメージに近いものかもしれないと思った。
というのも良い意味で期待を裏切らず、ファンタジー感を溢れる服装といえるだろう。
白く薄めの軽やかな生地は動くとフワリと舞うように動き、その際、微かだけれど若竹色の色彩がキラキラと目に映る。
形はワンピースのようになっており、腰に巻く爽やかな若竹色のベルトがアクセントとなっている。
靴もベルトと同じ素材で若竹色のショートブーツだった。
姫君というから、もっとドレスやヒールなどの扮装をするのかと思えばそうではなかった。
昨日履いたヒールは歩きにくかったので、心なしかホッとする。
マントも用意されており、木の幹を思い出すような色合いの深い茶色だった。
触ってみるとほんのり暖かい。
不思議に思ってメイドさんに聞いてみれば、精霊の加護がかけられていて、羽織れば自然と体温調節してくれるマントなんだそうだ。
これはエルフ独自の技術で作られており、エルフの間でしか出回っていないのだと自慢にしていた。
肌に触れると、そのなめらかさの虜になってしまいそうなくらい気持ちの良い生地だった。
私がメイドさんとそんな風におしゃべりをしながらマントを撫でていると、コンコンとドアを叩く音がする。
「はい。どうぞ」
私がそう言うと、勢いよく扉が開かれ、トリィが入ってきた。
「サヤ!」
トリィはそう言って、私を見るやいなやギュッと抱きしめた。
「可愛い!本当可愛い!!」
私はギューギュー抱きしめられて息ができない。
結構力も強く、ちょっと苦しい。
「やめないか、トリィ」
オウシュの言葉が聞こえると共に、トリィが私を離す。
「ああ、ごめん、サヤ。ついつい」
悪びれた様子もなく、トリィは笑う。
全くもう…。
息を整えつつ、目の前のトリィの姿を見た瞬間、目を奪われた。
昨日は男装していたけれど、今のトリィは違う。
翡翠色の豊かな髪は、左右に編み込みを入れ、そのまま後ろへ一つにまとめて流してる。
紺桔梗色の生地を基本に、蔦を思わせる刺繍が施されており重厚感が漂う。
長袖に膝下スカートのその出で立ちはさながら軍服を思い出す。
勇ましさを感じさせる絶世の美女となったトリィだった。
「トリィ、すごく綺麗」
私が憧れと感嘆の気持ちを込めて言うと、トリィは「ありがとう」と嬉しそうに笑った。
その笑みは艶やかで色っぽく、普段のトリィからは想像ができない。
「フッフフフ。いいね、その服装も。今のサヤにそのフワフワ感…堪らん」
トリィの目が野獣の目付きをしている気がする。
私は思わず逃げるように数歩下がると、トリィで隠れて見えなかったオウシュが視界に入る。
「ああ、サヤ。本当に可愛らしいな。エルフというよりまるで妖精のようだ」
そうオウシュは言うと、暖かみ溢れる微笑みを浮かべた。
私はオウシュに魅入ってしまう。
トリィと同じデザインの男性物に身を包んだオウシュは、キリッと引き締まったかのような雄々しさを感じる。
普段の艶やかさが際立ったオウシュとは対照的に思えた。
「オウシュかっこいい」
私が思わずつぶやくと、途端にオウシュが顔を赤らめた。
「…そうか」
オウシュもつぶやくように答えた。
どこか照れながらも私を見つめるオウシュが、ちょっと可愛い。
かっこいいのに、可愛いとか……
オウシュの赤面に私もつられて赤くなるのを感じる。
そこにトリィが口を開いた。
「あ、悪いけど、メイドさん。ちょっと席外してくれるかな」
そう言ってニコリとメイドさんに向けて笑顔を送る。
メイドさんはペコリとお辞儀をすると部屋を去ろうとするので、部屋を出る間際に慌てて私は声をかけた。
「あ、あの!ありがとうございました」
すると、私に向かって微笑み、最後に一礼してドアを閉めて行ってしまった。
あのメイドさんからいろいろとエルフの話を聞けたので、機会があればまたお話ししたいな。
そんなことを考えいると、いつの間にかトリィさんが私の真後ろに立っていた。
少しびっくりして後ろを振り返ったときには、トリィさんの手には私がしていたペンダントネックレスがあった。
すると、私の髪と瞳の色が元に戻る。
「これから細工するから、ちょっと貸してね。オウシュも、ほら、寄こせ」
トリィにそう言われ、オウシュは耳飾りを外すとトリィに投げて寄こす。
「っと。もう少し緩く投げろって…」
トリィはブツブツ言いながら、自分の耳飾りも外す。
そして、懐から小さな四角い箱を取り出して近くにあったテーブルへ置く。
その真っ白で何の変哲もない2cmほどの立方体の箱を、トリィは指でつついた。
すると、白い箱がパタパタと音を立てながら展開していく。
いや、展開ではなかった。
その箱から面から、何枚もの面が飛び出すように現れ、1枚の大きな面を形成していく。
1辺が30cmほどのサイズの面がテーブルに広がると、その白い箱は無くなっていた。
私は不思議な光景に目を見張る。
さらにトリィはその用紙のような白い面に、何やら指で大きな円を書き、その円の内側に文様のように文字を書き始める。
「おし、完成っと」
トリィがそう言うと同時に、書かれた線は光を放つ。
「まずは、こっちからだね♪」
そう言って、トリィの耳飾りとの私のペンダントを円の中心に置いた。
そして、パンと手を叩く。
するとトリィの周りに精霊の分子である無数の小さな光が現れた。
「では、よろしく。精霊さん達」
するとトリィの周りの精霊が動き始める。
一緒の部屋にいるラーゴもこちらに反応している。
トリィは精霊使いではない。
精霊を具現化させていないのだから、そう思っていた。
けれど、トリィは全精霊を従えている?
現れた無数の光をよく見れば、火・水・風・土・光・闇の全精霊達が存在しているようだ。
その精霊達がトリィに頼まれ、動いている。
「ありがと。で、ちょっとまっててー」
そう言うと、精霊達がまたトリィさんの周りに戻り、光が消える。
トリィは円の中心から耳飾りとペンダントを取って脇におく。
そして、何やら文様を付け加えた。
そしてまた、パンと一度手を叩く。
すると再度精霊達に光が灯る。
「もう一度よろしく」
その一声で、また精霊達が動き始めた。
何とも幻想的な光景に魅入っているうちに、その作業は終わった。
終わるとき、トリィは「ありがと」と一声かけていた。
その時の精霊達はとても嬉しそうだった。
トリィは30cm平方の面に対し、バッテンのような動作を取る。
すると途端にその面は消えてしまった。
「ほら、オウシュ」
そう言って、ポイッと紅玉の耳飾りをオウシュに投げる。
トリィは徐に私のペンダントを持つ。
「サヤ」
そう私の名を呼び、楽しそうに微笑みを浮かべながら私の後ろに立つと、慣れた手つきでペンダントをつけてくれた。
「ありがとう、トリィ」
こうして付けてもらったことがないから、なんとなく恥ずかしくなる。
ペンダントが私にかかった瞬間に髪の色が先ほどと同じエメラルドグリーンに変化した。
おそらく瞳の色もエメラルドグリーンに変わっているのだろう。
「サヤ、耳を触ってごらん」
横に立ち、私を覗き込むようにして見るトリィに勧められるまま、私は耳を触ってみた。
「!?」
私は手に触れる耳の感触にびっくりした。
私はパッとトリィを見る。
いつの間にかトリィも自分の耳飾りをつけていたようで、トリィ自身の耳がエルフのそれへと変化していた。
得意そうな顔をしてトリィが口を開く。
「すごい?見た目だけじゃなく感触もあるんだよ」
私はその言葉にコクコクと頷く。
本当にすごい。
トリィの耳を見れば、とってつけたような感覚は全くなく、元から自然にそこにあったとしか思えない。
すごいといえば、さっきもすごかった。
「さっきもすごく綺麗だった。トリィって精霊が使えるんだね」
私がそう言うと、トリィはニヤリと口角を上げる。
「あれは私の特異体質っていいうのかな。精霊を具現化する力がない代わりに、全精霊に働きかけることができるんだ。可愛い子達だったろう?」
私はまたコクコクと頷く。
フワリフワリと浮く光の粒は、トリィをすごく慕っていることが見てわかり、お互いを大切にしていることが伝わってきた。
トリィに全信頼を寄せているその様子は、子が親を慕っているようで、何というか可愛らしいと思う。
先ほどの光景を思い出して思わず笑みを浮かべると、トリィの周りの精霊も笑ったように感じた。
トリィが少しびっくりしたような表情で私を見つめる。
「……サヤはやっぱり救世主なんだなー。私以外にこの子達が答えるのって初めてだ」
そして満面な笑みを浮かべ、少し興奮した様子で言う。
「やっぱりサヤっていいね!大好き!!」
「わ!ちょっと、トリィ!!」
トリィにまた突然抱きつかれ、更にこんな美女に大好きとか言われて、思わずドキリとしてしまった。
「いい加減にしろ、トリィ」
オウシュの声がするとトリィが「い、痛いって!」と後ろ髪を庇うようにして私から離れた。
オウシュがトリィの髪の毛を引っ張ったのだろう。
うう、トリィが抱きつくのは癖なんだろうか…。
私は浅く溜め息をして、オウシュの方を見る。
見た瞬間に言葉を失ってしまった。
オウシュの髪色が赤色に変化していたからだ。
白銀の髪のオウシュは艶やかで美しいものだったけれど、赤色になったオウシュは艶やかさに激しさが加わり、紺桔梗色の正装着を着用しているのもあって雰囲気が一変している。
オウシュが私の様子に気づき、微笑むように目を細めて口を開く。
「ああ、これか?俺の髪色は目立つ。神鬼の代表がこの髪色だと知っている者が多いからな。念のためにトリィに頼んでおいたんだ。…しかし」
そう言って、トリィに睨むような視線を送ると、言葉を続けた。
「おまえ、茶色辺りにしろって言っただろう。なんだ、この赤髪は」
どうやらオウシュの注文の色ではなかったらしい。
トリィに向ける顔は、心底不機嫌そうだ。
しかし、トリィは意に介さない調子で答える。
「やー、術式をちょっと失敗しちゃったみたいで―」
そうして、軽い口調で「ごめんごめん」と言った。
明らかにわざとだ、これは。
オウシュはそんなトリィを見て、深い溜め息をつくと私を見る。
「これでは目立ち過ぎるだろうに。なぁ、サヤ」
私が俯くようにして言う。
「い、いや、その…。すごく似合ってます」
思わず敬語になってしまった。
本当に似合っている。
白銀の髪もとても良いのだけれど、赤髪もとても良い。
そして角がなくなり耳が長くなってエルフとなったオウシュ。
完全に別人のように見えてしまって、少し戸惑う。
「そうか?派手過ぎると思ったのだが……。サヤ、じゃあ、どうしてこちらを見ない?」
オウシュはそう言ったかと思うと、下を向く私の顔を覗き込むようにして顔を近づけてきた。
オウシュの端正な顔立ちを引き立てつつ、視界が瞳と髪と耳飾りの煌めく赤に覆われるようだった。
「!?」
私の顔が一気に赤くなるのを感じた。
その顔を見たオウシュも少し赤くなる。
「いや、すまない」
そう一言いい、オウシュは身を引いた。
「サーヤ!オウシュのこれいいよね?変装ならこれくらいしなければいけないでしょ♪」
私の態度に気をよくしたのか、トリィが明るい口調で言った。
確かに、変装するくらいならこのくらい…と思う。
3人それぞれの雰囲気がいつもと大分異なっていた。
オウシュは髪色を変え、服装も一変させている。
普段男装しているトリィは女性服を着ている。
そして私も髪と瞳の色を変え、着たこともないような服を着ている。
ふと、地球にいた頃を思い出す。
いつだったか、クラスメイトからハロウィンの仮装パーティーに誘われたことがあった。
その時は予定もあって断ったのだけれど、その後、そのクラスメイトから楽しそうなハロウィン画像を見たときに行かなかったことを少し後悔した。
みな思い思いの格好をし、楽しそうにしている様子は私も参加してみたかったと思わせたのだ。
そんなにも楽しいのだろうかと疑問と興味もあった。
今回、髪と瞳の色、したこともない髪型に服装をしてみて、みんなが仮装をしてどうしてそんなに楽しそうにしていたのか少しわかった気がする。
加えて、私一人だけでなくて、みんながそれぞれ仮装しているとより楽しく感じる。
私は心がウキウキと浮足立つのを感じる。
「うん……。ね、楽しいかも」
いろいろな意味で、一人の潜入ではなくオウシュとトリィが着いて来てくれて良かったと思った。
そう思うと、自然に笑みがこぼれる。
というか、ニヤニヤ顔かもしれない。
「フフ、楽しそうで何より。やっぱり楽しむときは楽しまないと♪」
オウシュは呆れ顔で言う。
「調子に乗りすぎるなよ、トリィ」
「大丈夫だって、オウシュ♪」
そうトリィが答えたとき、コンコンとドアを叩く音が聞こえた。
トリィがそれに答える。
「はい、どうぞ♪」
とても楽しげな口調はだった。
ガチャリと扉が開くと、そこにはユーリーさんが立っていた。
「皆様、支度が終わったようですね」
そう言い、私達の格好を見渡すと感嘆の息を吐いた。
「……素晴らしいです。高貴なエルフにしか見えませんね」
すると柔らかな微笑みを浮かべて、私を見つめながら近づいてくる
「それでは、少し打ち合わせをしてから神殿へ向かいましょうか」
ユーリーさんがそう言いながら私の元へ跪く。
「お手をどうぞ、姫」
そして、優雅な所作で私に恭しく手を差し出した。
戸惑いその手を見れば、ユーリーさんが私を見上げ微笑みを浮かべて言う。
「今から姫扱いに慣れて頂かないと…」
そう言われるとそうかもしれないと、私は素直にユーリーさんの手を取った。
ユーリーさんがその様子に私に笑みを向ける。
その笑みは、キラキラと輝く清流の水面を感じさせる清らかさだった。
ユーリーさんの純粋で真っ直ぐな瞳に思わず魅入ってしまう。
すると、真っ直ぐな瞳を向けたままに私の手の甲にキスをした。
途端に私の心臓が跳ね上がる。
!?
落ち着け、私。
ユーリーさんは魚だ。
綺麗な熱帯魚だ。
そう、これは、熱帯魚が私の手にキスをしただけ!!
ユーリーさんが素知らぬ顔で立ち上がる。
「それでは参りましょうか」
そうしてエスコートしながら案内するユーリーさんに、私は前途多難かも知れないと思った。
ああ、おさまれ心臓…。
ラーゴです。
あまり僕の描写はないけれど、いつもサヤの近くにいるよ。
本当だよ。
僕的にはもっと出番を出してほしいところなんだけど…。
誰か文句をミモリに言ってやって。
サヤはこっちの世界に来てからとても楽しんでいるようで、僕は嬉しい。
エメラルドグリーンの髪と瞳になったサヤは新鮮味があって可愛いかった。
でもやっぱり僕は、普段のサヤの方が好きかな。
そうそう、ペンダントを取った少しの間だけだったけど、エルフの正装着に扮していた普段のサヤもとても似合っていたんだ。
多分あの様子だと、オウシュもそう思っていたんじゃないかな…。
オウシュもトリィもすごく似合っていたね。
二人に提供されたエルフの正装着の色の「紺桔梗色」は、桔梗色に紺を含ませた様な色味の濃い青紫。
ちなみに、パーティで着ていたトーヤの正装の「瑠璃紺色」は、瑠璃色がかった紺色で深い紫みの青色。
系統は似ているけど、紺桔梗色の方が暗く、瑠璃紺色の方が明るいんだ。
ついでにいうと、パーティでトリィが来ていた正装着の「黒鳶色」は、暗い赤褐色である鳶色をさらに暗くした色だよ。
青系統でも赤系統でも、色はいろいろな種類があるんだってさ。
ググるとたくさん出るって、ミモリが言ってた。
今後もサヤは服装を変えることはあるのかな?
まだ聖闇球を巡ることになるだろうから、確率は高いかもね。
フフフ、僕は楽しみだ♪
じゃあ、みなさん、この辺で。
また会える時まで、またね。