04.異世界へ - 莢 -
サヤ回。
タイトル通り、やっと異世界へ行きます。
新キャラ登場。主要人物。
ミッチーに連れられてきたその場所は、予想通りの場所だった。
トーヤを発見した場所。
あの日、佐久真さんが見つけたトーヤのいた場所。
後日、佐久真さんに場所を聞き、こっそりと見に行ったことがあった。
緑が茂ってわかりにくかったけれど、そこには小さな祠のようなものがあったことを覚えている。
確認したのはその1日だけで、その後は行こうとは思わなかった。
いや、思えなかった。
もし、何かの間違いで、自分だけが異世界へ転移してしまったらと思うとぞっとするからだ。
行くことがわかっていても、一人は嫌だ。
「サヤ…」
私の姿を見据え、トーヤがつぶやく。
その声は悲しそうに思えた。
「…今日なのでしょう。…トーヤはきちんとお父様、お母様にご挨拶した?」
私の問いに、トーヤは静かにうなずいた。
「…そう、ならいいのよ」
私は、不安げな顔のトーヤを慰めようと、笑顔で応えた。
「サヤは、それで本当に良かったのか?」
トーヤの問いに私は微笑みながらうなずく。
トーヤには、その日を父母には伝えても私には教えないでとお願いしていた。
多分、私は父母を前にして平静を保てない。
保てる自信がない。
最悪、逃亡してしまうかもしれない。
そんなすぐに割り切れるものではない。
心構えはできたとしても、父母の前ではどうしても甘えが出てしまいそうでならない。
そんな不安からトーヤには、その日がわかったとしても教えてくれるなとお願いしていたのだ。
そもそも予知でだいたいの予想もつくから、その頃には身辺整理をしておけばよいわけだし。
私は振り返り、ミッチーを見た。
「ミッチー。……お見送りありがとう」
ミッチーにも笑顔で言いたかったけれど、ぎこちない笑顔になったかもしれない。
でも泣き顔は見せたくなかった。
これでお別れなのだから、笑顔を印象に残しておきたい。
予知は絶対に見えるものではない。
見ようとして見えるものもあれば、不意に予知が降りてくることもある。
しかし、異世界へ旅立った後の予知は一度も見たことがない。
だから異世界へ行ったら、帰れるかはわからない。
帰るつもりはあるけれど、帰れないと考えてもおかなければいけないと私は思っている。
その位の覚悟が必要であると。
ミッチーはこの世界で最後に見送ってくれた人。
今のミッチーを心によく刻んでおこう。
ミッチーはというとニコニコしていた。
察しの良いミッチーはそんな私の心をわかってくれているのか、満面の笑顔だった。
「お父様とお母様によろしく伝えてね」
これ以上ミッチーの顔を見ていると、さすがに涙が出てきそうだったので、トーヤに向き直る。
「行きましょう、トーヤ」
決意の表情で言う私に、トーヤも同じように決意の表情で手を差し伸べた。
そしてトーヤは私の手を引き、祠の中央に立った。
祠はとても小さくて、中央に灰色の丸い石が置かれていた。
その石にトーヤは手をおくと、石は輝き始めた。
突然のすさまじい光に目を閉じてしまう。
「手を絶対に放さないで」
トーヤの言葉が聞こえる。
一面の光と共に、トーヤの存在、自分の存在自体があやふやになっていくような感覚が身をつつむ。
そんな状態で手を離さないでと言われても、もう手をつかんでいる感覚なんてわからない。
トーヤの存在を確認したくてなんとか薄目をあけたとき、目の端にミッチーを見た気がした。
そして意識を手放した。
******************
目を開けると、一面に森林が広がっていた。
一瞬、自分の知っている裏山にいるのかと思ったけれど、よくよく見てみれば、それは違うことがわかる。
茂っている緑の葉は、見たことがない色彩・形をしていた。
異世界へ来たのだろうか。
あたりを見渡そうと身を起こそうとすると、右手にトーヤの手がつながれていることに気づく。
そっとトーヤの手を放し、体制を変えたとき、目に映ったのは…
「…ミッチー」
私の右側にトーヤ、そして、左側にミッチーが横たわっていた。
ミッチーは私の袴部分を握りしめている。
しかも、ちゃんと荷物が入っているだろうバックも片手にしっかりと。
あまりのことに、言葉を失ったまま呆然とミッチーを見つめる。
え?え?なんでミッチー???
あれ、そんな予定あったっけ?
トーヤは知っているの?
いささか混乱した頭をどうにか制して、二人を起こそうと揺り動かしたが目は覚めない。
どこか打ったのだろうかと心配になり、二人の気の流れを探ったが正常だったので怪我等はなさそうだ。
単純に異世界へ転移するときの後遺症と考えた。
待つしかなさそうだ。
そうこうしているうちに、混乱は収まってきた。
ミッチーは来てしまった。
事情を聞くにしても、もう来てしまったことはしょうがない。
開き直ることにした。
よくよく考えれば、ミッチーが異世界へ来てくれたことはうれしい、そして心強い。
あの用意されていただろう荷物からすると、ミッチーの意思で来てくれたのだろうと想像できる。
ミッチーの気持ちに反してならば別だけれど、ミッチーのことだから異世界へ旅立つことを知ったその時から一緒に行くつもりだったのかもしれない。
一緒に行くことを隠しておくのもミッチーらしいと思った。
うーん、ミッチーから事情を聞く前に、妙に納得してしまった。
少し気が楽になり、思わず身を伸ばしながら、この世界の空気を思いっきり吸い込んでみる。
裏山となんとなく似ている。
とても清々しくて、美味しい空気。
落ち着いて周囲を見回すと、裏山とは違うはずなのに同じような親しみを感じる。
というか、なんだか歓迎されている気がする。
なんだろうこの感覚。
初めての感覚に戸惑いながらもとても心地よかった。
しばらく森林浴を楽しんでいると、ふと違和感を感じた。
なんだか、ざわざわする。
私はその違和感ある方向へ意識を集中させ、透視した。
少年が襲われている!?
透視したその向こうには、オオカミのような成りをした黒い生き物に襲われている少年の姿が見えた。
私は気づくとその場所から飛び出していた。
助けなきゃ!
頭の中はその思いでいっぱいだった。
あのオオカミのような生き物はたくさんいる。
あの子供も戦うすべを持っているようだけど、多分、体が持たない。
早く、早く行かなければ、少年が死ぬ。
そんなことは絶対嫌だ。
早く、早く、もっと早く。
その時、私の思いに何かが応えた。
私の体をやさしい風が包み込み、そして私は林の中を駆け抜けていく。
通常ではありえない速さで木々をよける様はまるでそれは風のようだった。
傍からみたらありえないその状態に気づかないまま、私はその少年の元に到着した。
少年は私と同じくらいか、1~2歳ほど年下だろうか。
そのなりで、その化け物たちに随分奮闘していた。
しかし、あまりに疲れが出ている。
私は、少年の前に立ちはだかる化け物達を、手をかざし絶ち祓った。
そして少年を庇うように多い、さらに気を溜め込み爆発させた。
すると私を中心にして、破気が立ちのぼる。
一瞬にして化け物が消え去った。
無我夢中であった。
正直、自分が何をしたのかよくわからなかった。
ただ、助けたいという心で動いていた。
周囲の邪気が去ったことを感じる。
やっと安心し、庇った少年を見る。
少年は、燃えるような赤い目を丸くして私を見つめていた。
私は自分の息を整えながら、少年の無事を確認する。
気の流れも正常だし、大丈夫そうだ。
しかし、念のため聞いておかなければ。
「どこか痛みはない?大丈夫?」
その言葉に、少年はハッと我に返ったようだ。
「俺は大丈夫だ。……しかし…」
少年は迷い、顔を一瞬下に向けたが、意を決してもう一度その赤い瞳を私に向けた。
「すまない、俺はもう力がない。だが、おまえなら…」
それでも迷っているようだ。
私はかすかに感じる人の気配を感じた。
私は少年の迷いを払うように強い口調できいた。
「どっちにいるの?」
少年は赤い瞳を右に向けた。
同時に銀色の髪がさらりとなびく。
私はこくりとうなずくと、その視線の方向へ透視を集中する。
……倒れている女性の姿が見える。
周りに化け物はいない。
本の少しだだけれど、生気を感じる。
「大丈夫。生きてる」
しかし、一刻を争いそうなので、私はすぐにその女性の方へ風を起こすと駆けていった。
「すごいな…」
うしろで感嘆する声がかすかに聞こえた。
******************
女性は、瀕死の状態ながらもやっぱり生きていた。
擦り傷、打撲もあったが、それよりも気になるのは、全身のところどころにある黒いシミの様なものだった。
「なにこれ」
思わずつぶやいてしまうほど、その黒いシミに異様な邪気を感じた。
これはやばい…
私は焦りを感じつつも、でも私ならできるだろうと思うところがあった。
地球でこんな症状は見たこともない。
邪気を払ったといっても、こんな毒のように身体を蝕む邪気など見たことがない。
しかし、通常の邪気なら幾度となく払っている。
そして今の私なら、経験のない体を蝕む邪気の払いであっても、邪気の払いであればなんでもできる気がする。
こちらへ来てからの違和感。
でもそれは全て良い方向への違和感。
光・森林・空気・水・あるゆる生き物の鼓動・そして大地…、そういった生きとし生けるものすべてから祝福を受けているような、言葉では簡単に言えないような感覚。
地球でもそれは感じていたけれど、こちらに来てからはその度合いが一気に跳ね上がった感じだ。
人の治療などしたことはない、だって私は医者ではないから。
でも、今なら……
私は倒れている女性に手をかざす。
そして、祈る。
思い描く、この人に命の輝きを……
私の手から光が立ちのぼり、女性を包み込んだ。
女性の黒いシミは消えていき、苦しそうな表情が和らいでいく。
目を覚ます気配はまだないけれど、もう大丈夫そうだ。
私はかざした手をおろし、息をついた。
周りにもう邪気は感じない。
よし、戻ろう。ってどうやって……
私は腕力があるわけではない。
かといって、このままここにいるわけにもいかないし、彼女を放っていくこともできない。
彼女の回復もまだ完全ではないし、さっきの少年もまだ弱っているはずだ。
かといって連れて行くには女性の身長は私より優に10cm以上の高く、結構な筋肉がついているようで重い。
あ、落ち着いて見てみれば、相当な美女だ。
柔和な顔立ちに、落ち着いた青灰色のウェーブの髪。
目を開けたらどんな色をしているのだろうか。
いやいや、そんな観察する前にこの人を運ぶ方法を……。
一瞬現実逃避をしつつ、考えてみる。
私が来た方法は、そう“風”だ。
おもむろに手を少し掲げ、そこに風の力を思ってみた。
すると、小さな竜巻のような風が手の上で踊る。
うん、これはいけそうだ。
そして、私は女性を風に包み浮かせ、少年の元へ運んだ。
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少年の元へ戻るには、行きより時間がかかった。
とはいえ、行きの速さは異常だったのだとわかった。
なぜなら帰りは少なくともその3倍はかかっていたからだ。
行きはあまりに助けることに夢中でどれだけその速さが異常だったのか、全く気付かなかった。
少年があの状況で「すごいな」と思わず言葉をもらしていたことも今なら納得できる。
ちなみに帰りは小走り程度の速さで帰れたのだが…。
「…早いな」
少年の元へ到着した私に、目を丸くして少年は言った。
少年は、先ほどよりだいぶ回復しているようだ。
最初に会ったとき、服から見えた肌には小さな傷が見え隠れしていたが、そういったものはきれいに消えていた。
自分で何かしらの方法で回復したのだろうと見てとれた。
とはいえ助けた女性よりは軽傷であったにしても、やはり完全な回復には至っていないようだ。
おそらく、外傷はなくせても内面的な傷害は治癒しきれないと思える。
波長を見ると、疲れていることがわかるのだ。
いうなら、運動不足の人がいきなりマラソン(42.195km)を無理やりに完走させられた後に似ているかもしれない。
まぁ、運動不足の人が完走できるかは疑問だけれど。
少年は女性の姿を見て安心したようだ。
表情が明らかに和らいだ。
緊張が解け、年相応の表情を垣間見た気がした。
そんな少年の顔をついつい観察してしまった。
先ほどはそんな余裕はなく、外面に関しては何となく見ていただけであった。
主に無事かどうかの判断の方が大事だったので、外傷等がないかの気の乱れを見るために内面ばかり気にしていたこともある。
少年は私より1~2歳は年下に見えた。
トーヤとミッチーは1歳年下ではあるけれど、中3の割には大人びていて、むしろ私より年上に見える異例な奴らだ。
この少年は、普通の中3と言えるような、少年からようやく大人になろうとし始めた年齢と思える。
トーヤとミッチーに負けず劣らずの美少年だ。
白銀の髪はサラサラで、肌は陶磁器のように艶やかに白く、その中でひときわ赤い瞳が目立つ。
それと、少年の頭には角のような2本生えていた。
これには内心びっくりしたものの、異世界にきたんだなーと再認識。
「ありがとう。助かった。……俺の名は、オウシュという。お前の名は?」
「…私はサヤ」
そう答えながら、座っている少年の傍に女性をそっと寝かせた。
スヤスヤと寝息を立てている女性を見る少年。
きつそうな印象の赤い瞳がとても優しい色をしていた。
「ありがとう。これはアヤメ。私の従者をしてもらっていたが、私のせいで危うく死なせてしまうところだった」
オウシュはアヤメから目を放し、今度は私をじっと見つめる。
その瞳は鋭い。
見た目は少年のようなのに、何とも貫禄がある。
私は思わず身構えてしまう。
「ふーん。おまえ、異世界から来たか。随分力を持っているようだが……。うん、ちょっとこちらへ来い」
妖艶な笑みを浮かべる少年に私は思わず後ずさる。
「いやいや、そう警戒するな。恩人に変なことをするわけないだろう…」
確かにそれは最もだけれど……
あいにく、私は人に慣れていない……というか、トーヤとミッチー、お父様以外の男性は、実は苦手だ。
初めて会った男の人にいきなり気を許すことはできない。
…うん、オウシュは少年ではない男の人だ。
この短いやりとりで、私の中ですっかりオウシュは男と認識されていた。
動物のように警戒する私にしびれを切らしたのか、
「……しょうがない」
そうつぶやいたと思ったら、突然座っていたオウシュが消えた。
「…!」
オウシュは私の背後に移動していた。
警戒していたが、もう動けないと思っていたオウシュがそんな動作をすることは想定していなかった。
なので、私は無防備だった。
「…や、離して!」
そう言いながら私はオウシュから離れようとするが、オウシュの左手で両手もろともがっしりと腰に固定され、もう片方の右手では頭を押さえられていて動けなかった。
私と同じくらいの背なくせして、どこにそんな力があるのか。
ほんとに力が強い!
「うん、ちょっと待て」
余裕にオウシュはそう言うと、何やら呪文なような言葉をつぶやいた。
その瞬間、私の体に電撃なようなものが走った。
「……!!」
私の体はビクンと跳ね上がる。
そして、体の力が抜ける。
それを予想していたのか、オウシュは手の力を緩め、崩れ落ちそうになる私を抱き留めた。
「まぁ、落ちつけ。どうも力の本質が見えていないようだったから手助けをしただけだ。我らを助けてもらったお礼もかねてだな…」
そうオウシュがつぶやいていたが、私はというとぼんやりしていた。
頭にうすい靄がかかったような不思議な感じがする。
でも、不思議に怖くなかった。
そのうすい霧はだんだん晴れていくようだったから……。
そんな私を抱えるオウシュは、その間私をじっと見つめていた。
ぼんやりながらもオウシュの赤いきらめきを感じていた。
「おまえ……」
そうつぶやくオウシュの言葉に、なぜだか私はぞくりとした。
「サヤ……俺の嫁にこい…」
……はっ??
正直、よく意味がよくわからなかった。
その時、ふっと風を感じた、懐かしいにおいとともに。
「なに言ってんだ、ませガキ」
気付くと、そう言うミッチーの顔がすぐそばにあった。
ミッチーが私をオウシュから奪い去ったからだ。
それは風のように早く、一瞬であった。
ミッチーは力が入りきらない私をお姫様抱っこし、オウシュに対峙した。
「ほう、また変わった者がきたな」
ニヤニヤ笑うオウシュをミッチーは殺さんばかりに睨み付ける。
「サヤに何をした」
ミッチーの言葉は、刃物かのように鋭かった。
「求婚していた」
オウシュは嬉しそうにそう答えていた。
…………いや、きっと聞きたいのはそこじゃないんじゃ。
まだ力が入らず、何もできない私は心の中で突っ込みしていた。
お読み頂き、ありがとうございます。
金と黒がいたら銀でしょうということで、お決まりの銀髪美少年+赤目。
ちょっとミッチーと俺様系キャラが被るかもしれない。そこはご愛嬌で。
ちなみにオウシュとは異世界言語で会話をしているのですが、サヤはちょっとあれな子なので気付いていません。