31.紅玉の耳飾り - オウシュ-
俺はハルスの屋敷を後にし、ファードの町へ一人繰り出した。
ダイセイが付いてきたがっていたようだが、断った。
邪魔だ。
さて、俺には町に行く理由がある。
古い知り合いに会うことだ。
古い知り合いは、ホシプリット一族の血を持つ者でファードの町に住んでいる。
かといってその者は既にホシプリット一族から除名を受けているはずので、ハルスを橋渡しにして連絡を取るわけにもいかない。
ホシプリット一族は当主であるハルスがあんなだが、世界でも名を馳せた一族だ。
変わり者の一段とはいえ、その一族が開発する魔法具、術式、精霊術は性能が高く、最先端をいく。
ファードの町があれほど悪人にとってヨダレが垂れるほど魅力的な町なのに、何も起きていないのはひとえにホシプリットの傘下にあるからだと言える。
ホシプリットがいなければ、人と町があれほど一体となった芸術品の町ファードはあり得なかっただろう。
芸術志向が高いホシプリットだからこそできた町でもあり、ドワーフ一族が真面目で勤勉で、素直な性格であったからできた町なのだ。
世界の最先端をいくということは、世界の見本ともいっていい。
そこはさすが救世主の子孫だけあるといえて、一族の者のほとんどが品行方正に対処しているといえる。
まぁ、ハルスのような異端児が当主に立つこともあるが、あれはあれできちんとしているところはきちんとしている。
そういう品行方正であるということは、研究にも縛りが出てくるということでもあり、その縛りを嫌う者が稀に表れる。
その者こそホシプリット一族で除名された者トワイリィであり、今回俺が会おうとしている相手。
除名に至ったには、俺もその手助けをしているのがだ、まぁ、所謂ルール違反をしたわけだ。
ホシプリット一族は除名したからには追放の形をとったが、前当主はトワイリィに追っ手をかけるまではしなかった。
そんな追放されているはずのトワイリィがどうしてファードに住んでいるといえば、技術の最先端をいく町だからだ。
鉄鋼・宝玉が豊富に採れ、術式、精霊術・精霊魔法が全て使える町。
森にも湖にも火口にも面していて、資材にも困らない。
研究者にとっては、便利極まりない場所。
そういうわけで、前当主が無視していることをいいことに、トワイリィは平気面でそのままファードに居座っている。
それでもさすがに体面上見つかるわけにもいかないので、彼女は優秀なホシプリットでさえ気付くこともない完全な技術を使用して潜伏し続けている。
昔の俺はそんなこと気にもしなかったが、今の俺はその技術が欲しい。
認識阻害。
現在ファードを歩く俺の姿は、また少年に戻し、仮面もつけている。
いい加減、鬱陶しい。
いや、それは言い訳か。
姿などどっちでもいいと思っている俺にとって、重要なのはサヤだ。
あれはどうも子供姿より大人姿の方が男として認識しているようなのだ。
あきらかに子供でいるのは不得手だ。
さてと、そろそろそのトワイリィと連絡が取れるカフェへと到着するわけだが、果たして連絡が取れるのか。
実を言えば、トワイリィと連絡を取らなくなって100年は過ぎていた。
要するに、俺が隠居する手前まで交流していたのだが、神鬼の里へ籠ってからは一度も連絡を取ったことはない。
あいつが15歳の頃に出会い、それから気が合ってつるんだこと約15年。
計算すると、現在のトワイリィは130歳ほどとなる。
トワイリィは救世主の血を受け継いでいるが、ドワーフの血も色濃く受け継いでいる。
ドワーフの寿命は120~150歳ほどなので、死んでいてもおかしくはない。
相手の生き死にの前に、そのカフェがあるかどうかも問題だったのだが、とりあえず、俺が知っている佇まいが存在していたので、若干安堵する。
そして俺はカフェへ入った。
中の内装も昔のままだった。
若干古びた感じはするが、それが良い味を出しており、ファードという華やかな町の中でしっとりと落ち着く独特な雰囲気を出していた。
俺はバーカウンターの席に着く。
バーカウンター内にいるのは、ドワーフ族の女。
女は茶色の髪を短くし、リーゼント風にまとめ、執事風スタイルを装っている。
その女は軽く会釈をするとコップを磨く。
変わっていない。
そう、ここには愛想笑いの接客はない。
余計な会話をせず、その雰囲気を楽しむようなところだ。
俺以外に客が2組ほどいる。
どちらも中年ほどのドワーフ族だ。
この雰囲気を気に入っているのだろう。
実に良い雰囲気だ。
良い雰囲気なのだが……。
「注文を」
俺が言うと、女が俺を見る。
「何になさいますか?」
落ち着いた声音だ。
「スペシャルバーガーで」
静かな店内で響く俺の声に反応して、2組の客がチラリと視線を送ってくるのがわかる。
こんなメニューこの店にはない。
だから言いたくないのだ。
良い雰囲気が台無しになるだろうが。
「具材は何に致しますか?」
女は動じずに聞いてくる。
ということは、おそらく通じているということだ。
「具材は、 カカオのパテにヒュドラの肉、ソースはベシャメルソースで。ただし、砂糖をたっぷり入れてくれ。最後にチョコとマシュマロをトッピングだ」
自分で言っていて甘ったるさに吐きそうだ。
これは実際にトワイリィが新感覚デザートと称してつくったことがあるメニューだ。
俺は食べなかったが。
2組の客がぎょっとした表情をしている。
「かしこまりました。ただ、それにはまずヒュドラの討伐からになりますのでお時間がかかります。申し訳ないのですが、宿賃は入りませんので奥のお部屋でお泊り頂きながらお待ち下さい。今からですと、朝食に出させて頂くことになると思いますがよろしいですか?」
さも普通そうに答える女。
「ああ、それでかまわない」
俺も平然とした表情で答える。
内心はこの設定にしたトワイリィに怒りを覚えていたが。
「では、ご案内致します」
そう言って女はカウンターの一部にある小さな扉を開けた。
俺はそこを通り、そして勧められた奥の部屋へ入った。
振り返り扉を見れば、お辞儀をする女の姿。
そして扉が閉まると、扉についている宝玉が一瞬輝いた。
あれは、俺の言葉を聞いた客に忘却の魔法をかけたことを示している。
一般の客にあの合言葉を本気にしてもらっても困るから処置したわけだ。
なぜ知っているかと思えば、このカフェの内装の設計を手掛けたのが俺だからだ。
その際、あいつに「合言葉とかやるからお前の得意な古代語で協力してくれ」と言われて、一緒に作った扉。
この扉を通ることで、人物の認証をする。
そして扉が閉まるとき、認証した人物がしゃべった内容をカフェ内の客の頭から消去されるよう設定した。
そして、このふざけた合言葉。
あれは、俺専用。
それ以外にも一般的なトワイリィに会う為の合言葉を知ってはいるのだが、俺専用の合言葉でないと絶対に会わないと言われているのだ。
迷惑にもほどがある。
若干げんなりしている俺は次の部屋に移る。
そこは応接室だ。
といっても、薄暗い照明で初めて来た者には胡散臭さを感じるだろう。
臙脂色のソファに古木を使用したテーブルが中央にあるので、俺はそのソファに座ってしばらく待った。
すると突然、バンッ!と音を立てて、奥にあるドアが開いた。
「オウシュ!」
ドアから勢いよく出てきたのは、翡翠の宝玉を思い出すような長い髪を無造作に垂らし、同じく翡翠色の瞳を煌めかせたトワイリィだった。
そして、俺と挟むようにあったソファとテーブルを乗り越えてくると、俺に抱きついてくる。
「久しぶりじゃないか!会いに来てくれるとは嬉しいぞ!」
トワイリィは、本来の低めで落ち着いた声でなく、興奮した口調だった。
本当に嬉しいようだ。
「はいはい、俺も嬉しいから離れろ」
俺は落ち着いた声でトワイリィを引っぺがして、向かいのソファへ投げる。
綺麗に座って着地をしたトワイリィはニコニコ顔だ。
俺は飽きれた顔で言う。
「トリィ。…おまえ、変わらないな」
トリィは俺が昔呼んでいたあだ名だ。
トワイリィ、愛称トリィの容姿は昔のそれと変わらなかった。
ドワーフの寿命は120~150歳ほどだが、年の取り方で言えば、人間の寿命をそのまま引き延ばしたようなものだ。
ようするに寿命が長い分、成長も緩やかと言うわけだ。
だが、今のトリィは俺が最後にあった、人間で言う20歳くらいの容姿のままだった。
「ああ、私限定だが特殊な術を開発してね♪女だもの、綺麗でいたいだろ?しかし、お前こそなんだそれ!」
トリィは自分の容姿に関してはさも当然のように言い、俺を指差して笑い出した。
「アハハハ!なんで少年姿なんだ!しかも仮面!ブッククク…。に、似合ってる!」
そう言うと、引き続き心底おかしそうに笑っている。
歯に衣着せぬ性格は変わらないようだ。
ハルスもそう言うところがあるところを見ると、一族がそう言う性格なのだろうか。
まぁ、いい。
俺は黙ったまま、仮面を取り、少年姿を解いた。
しばらく笑っていたトリィは、俺の姿を見ると徐々に笑いを治めていく。
「フッフフフ。そういうことか。フーン、それも面白いなぁ。オウシュは200歳ほどになるのだろう。それで魅力が上がるって、神鬼ってそういうものだっけ?」
「魅力が上がる神鬼なんているわけないだろ。わざと聞いているのか?」
「怒るなよ!一応確認なんだから」
手をハタハタと振り、俺の言葉を軽く流す。
「今日来た理由が大体わかったよ。……しっかし、連絡くらい入れろ。あの時、突然いなくなって多少傷ついたんだぞ。まぁ、お前らしいとも思ったが…」
トリィは容姿は綺麗な顔立ちをしているのだが、口を開くとガサツな男のようで女性らしさがない。
しぐさも女性よりも男性に近いところもある。
そういうわけで、俺からトリィに魅力を感じることはなかった。
しかもトリィ自体も可愛いもの好きであり、女性又は少年を好む性癖を持っている。
そんな俺達は気が合っても男女の関係に発展することがなく、気楽な親友としての良い間柄だった。
「すまん、面倒だった。だが、お前だってそろそろ研究に籠りたいと思っていただろう?」
「バレてたか」
全く悪びれもせずトリィは笑う。
事実だったのだろう。
しかし、一変して真面目な表情になる。
「だが、約100年も籠る必要もないだろう。私の寿命が尽きていたらどうするつもりだったんだ」
「何を言っている。そんな姿で生きているくせに」
俺が白い目でトリィに視線を送る。
「ふん!努力の賜物だろうが」
睨み返された。
そしてトリィはそのまま言葉を続けた。
「オウシュ、お前なぁ、音沙汰もなく突然現れたと思ったら頼みごととは、ちょーっと調子が良すぎやしないか?もちろん代償は期待してもいいのだよね?」
にんまりと赤い唇の端を上げるトリィは、妖艶というよりも妖しさが際立つ。
「当たり前だろ。そのつもりで来ている。だが、今のお前が何を欲しているかはさすがにわからないから提示してくれ」
真っすぐな瞳で俺を見てくるトリィ。
「何でもいいのか?」
「さすがに幻の…とかは無理だぞ」
昔、客に難題を出しているところを見たことがあったので、釘を刺しておいた。
「そこまで意地悪でもないさ。実はずっと気になっていたことがあるんだ」
嬉々とした表情のトリィを見ていると、嫌な予感しかしない。
「なんだ?」
それでも一応聞くしかないのだが。
「救世主に会わせてくれ!」
救世主……サヤをこいつに会わせろと。
俺は思わず顔をしかめる。
「おい、あからさまにそんな嫌そうな顔するなよ。会うくらいいいだろ。ハルスの坊主みたいに人体の一部をくれとは言わないのだから」
憮然とした表情でトリィは言った。
「……それ以外はないのか」
ダメ元で聞いてみた。
「それ以外はありえないね♪」
偉そうに腕を組み、笑顔でトリィは踏ん反り返る。
そうだろうな。
こういう顔で言い出したら聞かない奴だ。
「……不本意だがハルスに頼むか」
俺がつぶやくように言うと、トリィがニヤニヤした顔で言う。
「ハルスの坊主にねぇ。あいつそんな認識阻害系の術なんて持っていないんじゃないかぁ?あったとしても多分一族の誰かがつくったB級だろうな。そもそもお前のその状態を押さえられるのは、私の技術しかないだろうねぇ」
俺は溜息が出た。
そう、ハルスに頼むのは確実ではない。
しかも何を要求されるかわかったもんじゃない。
「救世主には何もしないと誓え。会いたいだけだろう?」
「もちろんさ。研究対象にしようなんて坊主みたいな思考回路は持ち合わせていないよ。しかし…」
トリィは一度言葉を止め、俺の顔を見据えた。
「何かあるのか?その救世主に。お前ならもっとすんなり会わせてくれると思っていたんだが…」
「お前みたいな危険人物会わせたいわけないだろ。惚れている相手なんだから」
俺は隠すつもりもなかったので、素直に答えた。
トリィの目が丸くなる。
「おまえ、さすがに救世主を女遊びの一環にしちゃだめだろ。悪いこといわないからやめておけ。案内者あたりに殺されるぞ」
なんとなくその助言は想像していたので、俺が不機嫌そうに言う。
「大丈夫だ。本気だからな」
俺の言葉に、トリィはさらに目を見開いた。
…トリィ、そのままでは目が飛び出しそうだ。
「ほ、本当にか!?お前が!?しかもよりにもよって救世主!?」
この、驚きよう。
もし会ったとき気付かれて、そんなリアクションされたら嫌だったので暴露したわけだが…。
過去の俺を知っているだけに信じられないのだろう。
「なんだ、その救世主って絶世の美女なのか?何がそんなに惹かれた?」
「答える義務はない。何なら代償をこちらに変えるか?」
俺がつっぱねると、慌てた様子でトリィが否定をする。
「まさか!これは絶対に会いたいぞ。すぐに会わせろ」
トリィは顔を赤めるくらい、すっごく嬉しそうだ。
むかつくな。
「すぐは無理だろ。今日はハルスの屋敷に泊まる予定だしな。お前追放中だろ、一応」
「ああ、それか?もう追放から100年以上経っているんだぞ。この年を取らない容姿を利用して、私がトワイリィとはわからないようにする魔法石をつくったんだ。だから、最近ではたまに坊主ところへ助言しに行くこともあるくらいだよ」
トリィはヘラヘラと何でもないように言う。
「ハァ…。ならば今日ハルスが素晴らしいディナーをご馳走すると張り切っていた。ハルスに頼んでそれに参加でもしろ」
「おお、それは良い情報をありがとう。じゃあ、早速ハルスのうちへ……」
「まて、その前に依頼を完了させろ。でないと行かせない」
俺が睨んで言えば、トリィは「ああ、そうだった」とつぶやき、何やらぶつぶつ言いながら徐に奥の扉に入っていく。
「オウシュ、お前もこい」
部屋の奥でそう叫ぶトリィがいた。
*********
先程研究室に連れて行かれたのだが、手を貸せと言われ差し出せば、突然指先を切られ、俺の血を石に垂らされた。
無色透明だったその石は俺の血を吸収すると、真っ赤な鮮血を思い出すような紅玉へと変化する。
俺の瞳の色に似ていた。
トリィはそれを器用に加工し、即席で耳飾りを作ったのだった。
この一連の流れは、時間にしたら10分程度か。
今は俺の耳元を飾る、細めの涙型の紅玉として煌めいている。
「似合っているぞ!オウシュ」
俺を見て満足げに微笑むトリィだが、俺としては憮然としてしまう。
「もっと目立たないものはなかったのか?」
アクセサリーの類をつけることがなかった俺にとって違和感がある。
自分の容姿が派手なのでつける気にならなかったのだが……。
「うん?私もお前と同じようにピアスをつけているが、それよりも大きいぞ。なんせ私の場合、いくら容姿が若いとはいえ、本物のトワイリィの自分を別の者として認識させるのだからな。ちょっと複雑だから大きめでないとキャパがもたなかった」
そう言って、髪の毛をかき上げ俺に耳を見せる。
トリィの宝玉は俺よりも大きいものだった。
色も俺のものと異なり、トリィのものは褐色が混ざった落ち着きある赤色の柘榴石といったところ。
俺のシンプルなデザインに対し、トリィのは金の金具で装飾も施されている。
「ちなみにこの装飾にも術式を組み込んでいる。素敵だろ?オウシュもこういう方がいいのか?」
笑みを浮かべて言うトリィを俺は睨む。
「お前には似合うが俺には似合わん」
「そんなことないのだけどなぁ」
トリィは本気で残念がっているようだ。
「まぁ、ここまですると時間がかかるからすぐにあげられないんだけどね。今すぐがいいのだろ?」
「そもそも装飾はいらないと言っているだろうが」
しつこいトリィに、思わず口調に怒気がこもる。
「不機嫌になるなよ。装飾入れた方が性能がいいんだよ?全くもったいないな」
しかしトリィは慣れたもので、軽くいなした。
「じゃ、説明ね。それをつけておけば、最初のお前の少年姿と白銀の仮面程度には効果が出るよ。単純に魅力値を下げるよう設定した。今すぐっていうと、このくらいが限度だな」
「ああ、かまわない。充分だ」
俺がにこりと微笑めば、トリィが少し唸る。
「まぁ、お前が全力で微笑むと、さすがに許容範囲超えるだろうから気をつけろよ?」
「わかった」
俺が素直に答えると、トリィは伸びをする。
「さぁー終わった―!オウシュの許可も得たことだし、救世主に会いにいこー!」
「多分、まだ屋敷にはいないぞ」
「そうなの?じゃあ、ハルスと一緒にミニパーティーでも企画しちゃおうかな♪」
「余計なことするな」
「何言ってんだよ。本当は晩餐会を開きたいくらいだ。それをこっそりミニパーティーにするのだから我慢してるって言えるだろ?」
至極真面目に答えるトリィに、呆れた視線を送る。
こいつは、お祭り好きの血を持っていることを思い出した。
何度も付き合わされ、辟易していたのだ。
「ほどほどにして置け。俺はうまい酒が出ればいい」
「お前の為のパーティーじゃないぞ。全く、お前は未だに酒か」
すると、呆れた視線を返された。
そういえば、パーティーに付き合うことを条件に上等な酒を用意させていたな。
そんなことを思い出していると、トリィが突然目を輝かせ、嬉しそうに言う。
「オウシュ!惚れた女なんだろ?ミニとは言えパーティーなんだから自分好みに着飾らせてみたらどうだ?屋敷にある来客用のドレスじゃなくてさ。ファードなら既成でも良いドレスがたくさんあるしな♪」
一人ウキウキしているトリィ。
俺で楽しむな。
まぁ、確かに楽しそうだな。
俺は何も答えずについ考え込んでいると、トリィが言う。
「おまえ、本当に惚れているんだな。表情が全然違う。うわーレア」
「放っておけ。それよりさっさと行け」
「ああ、行かせてもらうよ。フフフ!楽しみだ♪今日は良い日だなー。オウシュには会えたし、レアな表情見れたし、救世主にも会える♪」
踊り出すかのような足取りでトリィは部屋を出ていった。
俺は溜息を一つつきながら、部屋を出る。
昔と変わらないなら、出口も一緒のはず。
そうして出口に向かう俺の足は軽い。
思っているより、サヤに何を着せるか考えるのが楽しいことが原因しているようだ。
トリィにレアだと言われてもしょうがない。
俺はトリィの家を後にした。
アヤメです。
私はオウシュ様の影の存在でありますので出番が少ないのはいいのですが、でもちょっとさみしいですね。
でも何もしていない訳ではないのです。
トーヤ様にサヤ様の見守りを命じられたので、その命に従っているとヒュリヤが現れました。
ヒュリヤを止めようかと思ったものの、逆にトーヤ様に止められました。
そして二人で気配を消して見守っていると、ヒュリヤの次は道久様、そしてシルフィア様の登場。
あれよあれよのうちに、サヤ様と道久様の二人は飛ばされ、そしてシルフィア様とラーゴ様、ついでにヒュリヤの3人が庭を散策に出かけたのを見届けました。
内心呆気にとられていたのですが、ふとトーヤ様の表情を見れば、満足気にしておられます。
よろしいのですね、これで。
そう、何もしていない訳ではありません。
見守っていました。
……フッ。
直接サヤ様のお役に立つことができず、余計にさみしさを感じてしまいます。
トーヤ様と別れました。
とりあえず、サヤ様を見守るのという役目は終えたのでオウシュ様の元へ戻りたいのですが、オウシュ様の気配を探してもどこにも見当たりません。
確か、この町にはトワイリィ様がいらっしゃったはず。
会いに行っている可能性がありますね。
しようがありません。
ダイセイを呼びつけ、今後のことを話しましょう。
ここの聖闇球を見守るだけとなったダイセイは手が空くことでしょうから、私の仕事を分担させましょうか。
では皆様、私は引き続きお仕事に行って参ります。