28. 円卓にて - トーヤ-
俺は周りを見渡し、テーブルに着いた各々の顔を確認する。
「みんな、席に着いたね」
俺は笑みを浮かべて言った。
あの後、みんなで会議室とされているのだろう部屋へ移動した。
そこには部屋に広がる円卓があり、各々で自由に座ることになった。
円卓は15席が用意されていた。
そうすると、近くに座る必要もないのでほどほどに間隔を空けてみなが座る。
俺の右へ4つほど離れたところにハルス。
俺の左へ3つほど離れた場所にサヤ、そして一つ椅子をはさんだ場所に道久。
俺のほぼ真向かいに座るオウシュ、その後ろに控えるアヤメさん。
ラーゴ以外の精霊は姿を現していない。
ただ、呼べばくるのだろう。
「では、少し話そう。今大切なのは救済することだよ」
俺が穏やかな声で言う。
サヤは俺を見て頷いている。
道久は、何やら空を見つめ考え事をしているようだが、話を聞いていない訳ではなさそうだ。
オウシュは目をつぶり、背もたれに持たれている。
ハルスは俺に一生懸命さをアピールしているかのように必死の表情だ。
ハルスは正直、何というか暑苦しい。
とりあえず、話を進めよう。
「で、道久。聖闇球の調査はどうだった?」
俺が問いかければ、道久はきちんと俺の目を見る。
「ああ、俺の見解でよければ話す」
俺がうなずくと道久が言葉を続ける。
「ここの聖闇球も異常をきたしていた。闇を吸い取り、ある程度は光に変えているが全てではない。光に変えられなかった分は地中へ流れ分散している。それがいつからそうであるかはわからないが、この周辺に若干違和感があったから、多分、採掘される鉱石などには既に闇が混じっているんじゃないかと思っている」
道久がそれからとハルスに視線を送った。
「それで、ここからは更に推測だが、もうそいつはそれに気付いて対処している。救世主の子孫だ。闇を光に変換する力くらい持っていそうだ」
道久の話に対し、モスグリーンの瞳を嬉しそうに細めて聞いていたハルスが口を開いた。
「素晴らしい。正にその通りです。あの聖闇球は闇を溜め込み過ぎることはなかったのですが、地中へ影響を及ぼすようになってしまいました。私のピラートがいち早く察知しましてね。我々ホシプリット一族総出で闇が色濃く出た地中を発見した場合、光へ変換をする施しを行っております。それでも闇の気配に侵食された鉱石や宝石などはあるのでしょうから、現在、発掘許可を得るには我々一族を通さなければいけないよう言い渡してあります。稀にそういった闇の石等が別の口で出るかもしれませんが、現在の状況を考えると、当分は町に影響が出る様なことはないでしょう。」
ニコニコと熱を帯びた視線でハルスは道久を見る。
「いやぁ、実に素晴らしい。力もさることながらその洞察力。是非うちの研究室に欲しいですね」
道久はというと自分の推察があっていたとわかるや否や、素知らぬ顔でハルスから視線を逸らした。
関わりたくないといった様子だ。
サヤが口を開いた。
「ということは、ファードが闇による被害にさらされなかったのはハルスさんのおかげなんですね。ハルスさんがいなければ今あるあの美しい町がなくなっていた可能性もあるのですよね。」
サヤはふとそうに言うと、ハルスに視線を合わせお辞儀した。
「ありがとうございます、ハルスさん。きっとあなただからできたことなんですね。あなたがここにいてくれて良かった」
そう言い、顔を上げたサヤがふんわりと微笑んだ。
サヤの微笑みを受けて、ハルスの表情が固まった。
色白な肌にかすかな赤みが差している。
………サヤは無自覚だな。
サヤのあの笑顔を正面で受けるのは結構な破壊力なのだと、最近気づき始めた俺はそう思った。
ハルスはこめかみ辺りを抑えるように手で押さえ、目を閉じる。
すると赤みが消えていく。
「うーん、これがトキメキですか……」
ハルスはそう一言つぶやくと言葉を続けた。
「これで納得がいきます。サヤ様はわかっていらっしゃらないようですが、貴方様のその雰囲気は男を虜にする要素が多分にあるように思えます。この私がトキメクのですよ。オウシュ様よりありえないと思っていた私が……」
「……トキメク?」
サヤはその言葉をつぶやくと、ハッとした表情をし途端に顔を赤らめた。
最初は何を言われたのかわからなかったが、さすがに察したようだ。
「救世主というのはこういう作用もあるのでしょうか」
サヤを見るハルスの瞳が怪しく光る。
好奇心と好意が入り混じった光。
サヤはビクリと身震いをし、慌てたように言う。
「えっと、聖闇球は直さないとね!いくら対処できているからって地中に流れたままはいけないでしょ!」
その言葉を聞くや否や、道久が立ち上がった。
「ちょっと行ってくる」
そう言い、サヤを椅子から無理やり立たせ、自分の胸に押し付けるように抱きしめた。
「ゥフグ!?」
サヤは道久の胸に顔を押し付けられるような格好になったので、言葉が出ない。
道久は俺に一瞥したかと思うと、そのまま視線を窓外へ移し、視認転移によってその場から消えた。
道久はずっと機嫌が悪そうだ。
先程の件は俺が取り成したけど、道久の中ではまだ完結していないのだろう。
俺とオウシュ、アヤメは道久の行動はありえることなのでびっくりもしなかったが、ハルスは想像を超えていたらしく目を見開いていた。
「あ、あれは転移ですか!?いったいどうやって!」
目をキラキラさせて興奮を抑えきれないハルスに、俺は冷たい視線を送る。
ダメだ、この男。
先程のサヤへの発言といい全然反省していない。
「ダメですよ、ご主人。そういうの心証悪いですよ!」
いつの間にか現れたピラートが、ハルスに注意していた。
「いや、しかし、これは研究したいだろう!俺も使ってみたい!!おい、ピラートできないのか?」
全く反省の色を示さないハルスに、ピラートが焦った顔をする。
「皆様申し訳ございません。主人こういう人なので、目の前のものにしか集中できず周りが見えなくなってしまうのです。要するに子供みたいなのです。頭はすこぶるいいのですが、これはその代償だと思って目を瞑って下さい!本当、ほんっとーに申し訳ございません。!!」
キラキラ目を輝かして何やらぶつぶつ言うハルスをよそに、ピラートは俺達に平謝りをしていた。
確かに、ハルスは純粋に興味があることを興味があると言い、害意があるわけではない。
例えそれが失礼な発言・行動であっても、本人は至って真面目なのだ。
純粋な研究心。
不意にオウシュと目があった。
すると首を振られた。
暗に「治らないぞ、その男は」と言われたようだった。
俺もそんな気がしてきた。
風呂救世主は何というか、周りが見えていない風ではあった。
さすがその子孫だけあるということか。
しかたなしに、ハルスのことは無視し、静かに待つ。
すると10分程して、転移の門が現れた。
もう少し早く来るかと思っていたが…。
扉が開かれると、サヤと道久が言い合いながら扉から出てきた。
「私だって、さっきは悪かったと思ってる!でも、今のは明らかに大丈夫じゃない。なんでまた怒られなきゃいけないの!?」
顔を赤らめて怒っているサヤに、道久も言い返した。
「だから、どこからその大丈夫だという根拠が出てくるんだよ。お前さっき何も考えずに手を差し出したろうが!」
「だから、ダイセイさんはオウシュの部下なのでしょう?大丈夫に決まっているじゃない」
「いや、お前さっきはそういうことを何も考えずにすぐさま手を差し出したよな?そうだよな?さっきのウサギのときと何も変わってないよな?」
「ちがう!ダイセイさんは道久とも会っていたでしょ!だから…」
「俺と会っていたからって敵じゃないと限らないだろうが!!」
「……!!」
二人が言い合いしながら入ってきて、先程と同じ席に座る。
ふと転移の門を出た位置を見れば、申し訳なさそうに俯く男性がいた。
青みがかった灰色の髪に、オウシュのような形状の角が2本生えているから神鬼族だろう。
伏せている視線でわかりにくいが、瞳の色もおそらく髪の色と同じなようだ。
ついさっき出てきたばかりのようで、転移の門の扉が正に閉まるところだった。
控えめな口調で二人に話しかける青年ダイセイ。
「あの、サヤ様も道久様もケンカなど…」
「ダイセイさんはいいの!」
「お前は黙ってろ!」
間髪入れずに二人に拒絶されて、ダイセイさんは明らかに落ち込んでいた。
「ミッチー、なんか横暴!」
「サヤはわからず屋だ。この鈍感女」
「それ今の話に関係ないじゃない!!」
「いや、根本的に鈍感なのがいけないんだよ」
「自分の意見が全部正しいなんて思わないでよ!」
「大抵、俺の方が正しいよ」
「すっごい自信ね!そういうのだって横暴っていうんだから!さっきだって、私を無理やり抱き寄せて…」
そう言うと、何やら思い出したようでサヤの顔が赤らむ。
「………なんだよ、俺の胸板そんなに良かった?」
意地悪な表情でそう問いかける道久に、怒りの形相でサヤが怒鳴った。
「し、信じられない!そういうこと言う!?あんなの恥ずかしいに決まっているでしょ!やめてよ!」
「最近男を感じるようになったサヤさんは、すぐに赤くなっちゃうんだよね」
道久にしては冷たい視線でサヤを見つめる。
「………!!!!」
サヤは言葉が出ず、悔しそうな顔で瞳を潤ませている。
俺が見かねて道久に声をかける。
「おい、道久」
道久は俺の声を聞き、チラリと俺を見た。
そして、浅く溜め息をつく。
「悪かったよ。言い過ぎた。でも事実も言っているからな。もう少し警戒心を持つことを心がけろ」
そうサヤに言うと、道久は窓の外遠くへ視線を送る。
瞬間に道久の姿が消えた。
視認転移をしたようだ。
残されたサヤはぐっと何かを堪えるようにするとつぶやくようにして言う。
「…ちょっと外の空気吸ってくる」
少し顔を俯き、スタスタと部屋を出るサヤにラーゴがついて行く。
そんなサヤの様子にオウシュがアヤメさんに合図を送ると、アヤメさんがサヤを追いかけていった。
部屋がシンとなった。
さすがにこの空気を察したのか、ハルスも無言だ。
不意に溜め息が響いた。
オウシュだ。
「道久は苛立っているな。あんな言い方しなくてもいいだろうに」
そう言うオウシュの意見も最もなのだが、俺はサヤを心配していた道久のことも見ている。
ああいう風になってしまったのもしようがないかもしれないとも思う。
いや、自分ならあんな言葉サヤには言えないだろうが。
サヤが辛そうにしていると、俺も辛い。
すぐに居た堪れない気持ちになる。
今もサヤの傍へ駆けつけたいのだが、適任ではないだろうと自分を抑えている。
「申し訳ございません、オウシュ様。私のせいで……救世主様であるのに……」
青みある灰色髪の青年ダイセイさんが顔を青ざめて項垂れていた。
「ああ、ダイセイ。お前のせいじゃないだろうよ。道久は見るからにピリピリしていたからな。どこかで発散するしかなかったんだろ。それがサヤにというのがむかつくが……まあ、サヤが原因といえば原因だしなぁ」
オウシュはオウシュで道久に怒りながら、同情する部分も持ち合わせていたようだ。
オウシュはなんだかんだで大人だ。
一方、そう言われてもダイセイさんには飲み込めないようで、やはり項垂れていた。
「まぁ、忘れろ。それより、聖闇球は直ったのだろうな」
「ええ、それはもう一瞬でびっくり致しました。お二人が現れたかと思えば、サヤ様の手が聖闇球に触れまして、その瞬間に球は光に溢れ、辺り一帯の空気が一気に浄化されていきました。あんなこと目の前でされたら、サヤ様が救世主様なんだとすぐにわかりましたよ」
ダイセイさんはその時の情景を思い出しているのか、目がキラキラしている。
顔色も若干戻ったようだ。
「ふーん、そこまではケンカしていなかったのか」
「は、はい。そうなのですが…。道久様が私をサヤ様に紹介してくれたのですが、その、私によろしくと手を差し伸べて下さるサヤ様を見て、どうも怒ってしまわれたようで……。いや、私がサヤ様に見惚れながらそのまま握手してしまったのが悪いのかもしれません」
ダイセイさんは、またその時の情景を思い出したようで、顔が青ざめる。
ダイセイさん、かわいそうな人だ。
俺は嵐のような二人の気にさらされたダイセイさんを心底気の毒に思った。
オウシュもそう思ったのか、同情の目をしている。
「ダイセイ、お前はとりあえずこの件は忘れろ。それで今後のことだが、救済が終わるまでは引き続きこの聖闇球を見守れ。それで何かあったら連絡しろ。……ああ、そうだ。今の俺に式を飛ばしても届かない可能性が高い。アヤメの方が届くだろうから、今度からはアヤメに送れ」
「はっ!かしこまりました」
「ご苦労。とりあえず今は少し休め」
「ありがたきお言葉であります。では失礼致します」
ダイセイさんはオウシュからの言葉が心底嬉しかったらしく、青ざめた顔をまた赤くさせ、元気になって部屋を出ていった。
関係ないけど、ダイセイさんてすごく感情表現豊かなんだろうか。
顔色の変化が物凄かった。
俺はどうなんだろう。
昔よりは感情が出るようになったと思うけど。
部屋には、俺とオウシュ、ハルスとピラートのみになった。
「さぁてっと。ここの聖闇球は終わったわけだな。土地に影響はあってもホシプリットの者達が対処するのだろう?」
オウシュの問い掛けにハルスはこくりとうなずく。
「ええ、問題ないでしょう。私が最初、軌道に乗るまで対処の先導をしておりましたが、現在は私がいなくとも機能できる状態になっております。救済が終わってもこの状態が続く可能性もありますが、それでも収束していくことでしょう」
「うん。ということは、もうこの町には用はないということだが、道久はあんなだし、サヤもあれだ。とりあえず、一泊留まる方向でいいか?」
オウシュが俺に聞いてきた。
そう、この町にもう用はない。
早朝から動き出した俺達だったので、随分早くことが済んでしまった。
時間として昼を少し過ぎたところだ。
この時間からなら、本来次へ向かうこともできそうだ。
次に向かうとしたら人間族の領地とエルフの領地を挟むようにしてある聖闇球。
あの聖闇球から一番近い町としたら、闇の女神を信仰する宗教都市になる。
ファードのような例もあるから、調査は必要になるだろう。
だが、世界につながる俺の危機感知からして急ぐこともなさそうだ。
「それでいいと思う。心落ち着かないまま次に向かっても、できるものもできなくなりそうだ」
俺の賛同にオウシュはこくりとうなずく。
「ハルス。俺達を泊めろ。もてなせ」
短く命令を下すと、ハルスはニコニコ顔で答える。
「ええ、そのつもりでありました。もうお部屋もそれぞれ用意させておりますので、どうぞおくつろぎ下さい」
「あ、ご主人!ちょっといいですか?」
するとピラートがピョコンと跳ねるようにして立ち上がる。
サヤがこのシーンを見ていたら、喜んでいそうだな。
俺はサヤがこの場にいないことを残念に思っていると、ハルスから話すことを許されたピラートが言う。
「どうも、うちの庭に侵入者がいるようなのですが…」
「ん?じゃあいつものように捕らえておけ」
「……ご主人、さっき庭見ましたよね。“闇の小道”は壊れてましたでしょ?今の私は闇の精霊が使えないんで、いつもみたいに捕らえられません!」
「ああ、そうだった。いや、本当にすごいなぁ。道久様の精霊と話をしてみたいものだ」
「だーかーらーご主人!道久様を気に入られているのはわかりますが、いい加減その思考から離れて下さい。殺されますよ!」
「いや、いや、そこはどうにかするとして…」
「できません。この人達はバ………って、いやいや、じゃなくてですね。その侵入者ですが、どうもサヤ様の匂いというか気配を微かに感じるもので、もしやサヤ様たちのお知り合いかと思いまして」
そう言って、俺の方を見るピラート。
心当たりはある。
どうも道久はその後もヒュリヤと関わりを持っていたようだからだ。
昨晩とファードへ行く前の2階、道久からヒュリヤの匂いがしていた。
俺の鼻は犬並みにいい。
「悪いけど、そのままにしておいてくれ。知り合いだ」
そう答えると、「かしこまりました」とお辞儀をする。
「俺はしばらく、ここを出る」
そうオウシュは言い、部屋を出ようとする。
するとハルスがオウシュへ呼びかけた。
「オウシュ様!ディナーを用意致しますので、そのおつもりで!」
オウシュは振り返らず、ドアを出る手前で言う。
「上等な酒も用意しておけ」
ハルスは嬉しそうに答えていた。
「ええ、とっておきのものを出させて頂きますよ」
その言葉が聞こえるギリギリ位のタイミングでオウシュは出て行った。
俺も部屋を出ようと立ち上がる。
すると、ハルスが俺を見てにんまりと笑う。
「どちらへ行くのでしょう?」
「サヤの元へ行ってみる」
俺は答えた。
その場に行って何かできるわけではないかもしれないが、放っておけない。
「そうですか……。ところでトーヤ様」
俺をじっと見るハルスの目は鋭かった。
ハルスの隣でピラートがハルスの服の裾を引っぱって何やら止めようとしている。
ということは、よからぬことを言う前兆か。
俺が警戒して、言葉を待つ。
「あなた様は案内者トーリヤータではないということですね。今は案内者トーヤであると」
俺は何当たり前のことを言っているのだと思い、ただ頷いた。
「確かに、トーヤ様の容姿は伝承通りですが中身が全くの別人のようです」
それも俺がこちらへ来てから感じていることだ。
何を意図しているのかと、危ぶんだ視線を送る。
「今、幸せですか?」
ハルスの問いに、俺は不快感を感じた。
「何を言おうとしている」
俺の声は冷たい。
「いえ、私の杞憂で終わればいいのですが、貴方様はトーヤという人物になったことで、新たな感情に悩まされるのではないかと思いましてね。今はまだ気付いていないからいいと思うのですよ。けれどこの先、その感情を知ったとき、どう思われるのか」
「新たな感情?」
俺はつぶやいた。
昨日、今日で様々な感情を体験した。
それ以外何があるといいのか。
「サヤ様。あのお方はまるで魔性の女。しかも天然なのである意味もっと達が悪い。私ですら、大分心を持っていかれましたのに、そんなに近くにいるあなたがそうならない訳がないと思うのです。しかも、既に心がそんなにも占められておりますのに」
魔性という言葉は聞き捨てならなくて、俺はハルスを睨んだ。
「いえいえ、魔性といっても良い意味で……。いえ、これは良い意味なんてあるんだろうか」
自分の言葉に突っ込みを入れ、少しぶつぶつと考え込むハルス。
すぐに自分の世界へ入り込むハルスは、好きになれない、というか、苦手だ。
「お前が何といおうと、俺の中ではサヤはサヤだ」
俺は宣言をするように言った。
「ええ、サヤ様はサヤ様なのでしょう。ただ、私はトーヤ様の中での感情にこれから変化が出てくるだろうと思うのです。道久様も先ほど気付かれたご様子。……しかし、道久様にしては気付くのが遅いですねぇ、昔から面識があるようですし、何かお三方の関係性が邪魔でもしたのでしょうか?」
「道久?」
「ええ、彼も戸惑われているご様子。トーヤ様は自分の感情に疎いようですし、道久様ばかり一喜一憂しているご様子は少々不憫に思いまして。この発言は私のちょっとしたおせっかいです」
ハルスはギラリとモスグリーンの瞳を輝かし、微笑む。
「ああ、そうそう、これは確認なのですが…」
俺が続けろと視線を送ると、笑みを崩さず言葉を続ける。
「あなた様がトーリヤータ様ではないということは、ホシプリット一族で崇めていたトーリヤータ様ではないということ。案内者であることには変わりないですが、それはそれとして、これからは崇めるのではなく一人の個人としてトーヤ様とお付き合いさせて頂けますか?」
「それは構わない」
俺ははっきりとそう告げる。
そう、俺はトーリヤータではない。
生まれ変わったトーヤだ。
「ええ、そう言って頂けると思いました。私も遠慮は致しませんから、トーヤ様もどうぞご遠慮なく」
そう言うハルスは、物凄く楽しそうだ。
ピラートが、蛍光イエローの顔を若干緑色に染めて言う。
「ご、ご主人。それって宣誓布告ですよね。ちょっと遠回し過ぎなんじゃ…」
「ハハ、お前の突っ込みも計算のうちだからな。これで一応はわかるだろ?まぁ、トーヤ様はまだ根本的なところが抜けているようだからどうかと思うけど」
「ご主人、またそういう……。だから一族の者からも嫌われるのですよ」
溜め息交じりのピラート。
ハルスの言う通り、二人の会話で宣戦布告だとわかった俺はからかわれていると知り、羞恥と怒りで顔が一気に白くなるような感覚が襲った。
その直後、スッと冷静になる。
そうか、俺は怒りに触れると逆に顔色が白くなるのか。
俺はハルスのことは無視し部屋を出た。
どう何を言われようと、今はともかくサヤの元へ行こうと思った。
******************
俺はサヤの気配を辿る。
サヤは屋敷を出た、右の方向へいるようだ。
屋敷の周囲は軽く散歩できるような庭園となっており、固すぎず煌びやか過ぎずの丁度いい、気晴らしに最適といった風情だった。
しばらく、歩くとアヤメさんがいた。
「トーヤ様」
俺に気付き会釈をするアヤメさん。
「サヤは?」
「ええ、サヤ様はあちらの物陰にいらっしゃいます。私も一度お声掛けしたのですが、なんとも落ち込まれていて…。お役に立てず申し訳ありません」
アヤメさんは心底申し訳なさそうな顔をしている。
そうか、アヤメさんでもダメなのか。
俺が言っても、どうにかなるようには思えないし……。
ああ、さっきピラートが言っていたな?
ちょっと荒療治化もしれないけど、アレ位が丁度いいかもしれない。
「アヤメさん、ちょっとこのままサヤの様子を見守っていて下さい」
「…?はい」
疑問そうに頷くアヤメさんを後にし、俺は屋敷から反れた方へ足を運ぶ。
屋敷の周辺の庭園を抜けると、なんとも寂しい風景が広がっていた。
ここは、先程シルフィアが術を破った場所の一部になるのだが、鬱蒼と茂っていた木々が嘘のようにない。
今もこの屋敷周辺の闇の精霊は、シルフィアの傘下にあるので直せないでいるのだろう。
ピラートも先程言っていたので事実であることは間違いない。
ところどころに生えた草木。
多分、この辺りにいると思うのだけど。
俺は古代語で精霊に呼びかけてみた。
『ここに獣人の娘がいるだろう?見つけて連れてきてくれないか?』
俺は精霊と対話することができる。
といっても、サヤや道久といったような精霊使いではないので少し頼みごとをするくらいしかできないのだが。
また、ラーゴやシルフィア、ピラートのような精霊の具現化もできない。
なので、俺がそう呼びかけても返事が返ってくるわけでもない。
ただ、風が優しく俺を包み、いいよと答えてくれたようだ。
俺は嬉しくなり笑みが浮かんだが、少し寂しくも感じた。
サヤや道久が見せる、精霊とのやり取りといった絆が羨ましいと思ったからだ。
こういう感情も知らなかったな。
先程はハルスの物言いに苛立ってあまり考えられなかったが、ハルスが言うのはこういうことなのだろうか。
これから知っていく感情が、良いものとは限らないという警告。
そして、自分とハルスが対等であるという発言に、何かの宣戦布告。
ライバル宣言?
ハルスが言うように、俺が根本的に何かをわかっていないのでどうもよくわからないし、それがまた苛立ちを覚える。
わからないものはわからないし、今現在そのことは重要でもない。
俺は大きく深呼吸をして、気を取り直した。
今はそれより、サヤを元気にすること。
「ちょ、これはなにーーー?」
少し遠くから雄叫びのような声が聞こえてきた。
案の定ヒュリヤだ。
俺は微笑みながら、風の精霊によって無理やり連れてこられているヒュリヤに手を振る。
ヒュリヤが目を見開いていた。
「やぁ、元気そうだね。ヒュリヤ、君に頼みごとがあるのだけど」
ヒュリヤはなおも、驚いた表情をしている。
多分、ここにいるのは道久だと思ったのだろう。
風の精霊によって、鼻が利かなかったかもしれないな。
「いいかな?」
俺が有無を言わさない笑みを浮かべるとヒュリヤはこくりと頷いた。
今回ははシルフィアとラーゴでお送りさせて頂きます。
私とラーゴは、サヤ様とご主人様のケンカを間近で見ていました。
まぁ、私達二人に口を挟む余地はないので、見ているしかないのですよね。
ケンカといっても、ご主人様の気持ちが変わるわけでもないですし、サヤ様も嫌うことはないでしょう。
幼馴染の二人ですよ。
そもそも身近な二人なのですから、ケンカなんて当然だと思うのです。
(ねぇ、そう思いますわよね?ラーゴ)
そう心で問いかけますと、ラーゴは答えます。
(そうだね!ケンカするほど仲が良いというしね。でも僕本当はミッチーに謝りたいんだ。サヤのナイト失格だったし。ハァ…言葉が通じたらなぁ)
これはラーゴの心の声です。
ラーゴはサヤ様の希望なのか、しゃべれません。
しかし知能は私達並みにあります。
ラーゴは精霊として別格の神級なのですが、ちっとも鼻にかけず、むしろ呼び捨てを希望されました。
そういうところは、さすがサヤ様の精霊という感じがしますね。
(うーん、でも言葉が通じても無理かな。僕もサヤに便乗しちゃうところあるもんね)
人型であったなら、テヘペロというところでしょうか。
ラーゴは純真でとてもかわいい性格をしています。
主人に似るのでしょうね。
ラーゴといるととても和む自分がいます。
(それがサヤ様の良いところでもありますから、そのままでよろしいかと思いますよ。いざとなったら力を爆発させてしまいなさいな)
(シルフィアは物騒だなぁ)
(フフ、道久様の精霊ですからね。このくらい普通ですわよ)
サヤ様とご主人様のケンカを後目に、私とラーゴはとても穏やかに過ごしていたのでした。




