23.溜め息 - オウシュ-
外に出れば、空が静かに白み始めていた。
「オウシュ様、寒くはございませんか?」
後ろでアヤメが気遣ってくるも、
「いや、気持ちのいいくらいだよ」
俺は微笑みながら答えていた。
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道久と共に酒をかわしたあの後……
道久をからかい過ぎてしまった為に早めの一人酒となったわけだが、俺はその後もとても気持ちよく酒を飲んでいた。
そもそも酒好きの俺なのだが、久しぶりに本当にうまい酒を飲んでいた。
気分はいつになく高揚し、こんなにも楽しい気分は初めてと言っていいかもしれない。
バカやって酒を飲んだときも楽しいとは思っていたが、今にして思えば、物足りない何かを埋めるための行為だったとわかる。
今は、心底楽しい。
今日起こったこと、感じたこと、考えたこと、言ったこと…思い返せば思い返すだけ、心が躍る。
そして、今後起こりうる未来に、心が震える。
こういう気持ちをこの歳になって感じるとは思いもしなかった。
変な薬でも飲んでしまったかというくらい、俺の心は年甲斐もなくウキウキワクワクしていた。
こんな顔、人に見せることは屈辱であるのだが、そこは仮面を被っていたのが幸いしていた。
堂々とニヤニヤできるのだから、白銀の仮面に感謝だ。
道久がいなくなって、一度場所を変えた後、一人ちびりちびりと飲んでいた俺の後ろに気配を感じる。
「アヤメ、終わったのか?」
「はい、全て処分致しました」
慣れ親しんだ気配の主、アヤメは若干疲れていそうだった。
術を行使すればそこまで大変ではないと思ったのだが、予想以上に肖像画が出回っていたらしい。
1日、いや半日か?
そんな短い期間にそれだけ出回っているとは……恐ろしい。
高揚感に冷水を欠けられた気分になる。
「ご苦労だった。休むといい」
俺はアヤメに言うと、アヤメは「では…」と隣りの席に座った。
「少しだけご一緒させて下さい」
そう言うアヤメは、先ほど見せた疲れなど感じさせないような、ふんわりと花のような微笑みを浮かべた。
「好きにしろ」
俺はそう答え、またチビリと酒を飲む。
チラリと横目でアヤメを見れば、子供のように嬉しそうに俺の隣に座り、軽食と果実酒を頼んでいた。
たまにこうしてアヤメと飲むこともある。
アヤメは酒好きではないが、苦手でもない。
普段は飲まないのだが、俺の機嫌が良さそうな時、一緒に飲みたがる節がある。
俺はアヤメを気にせず、酒を楽しむ。
正直空気のようなものだから、気を使うまでもない。
アヤメはというと、目の前に置かれた軽食を頬張り、果実酒を堪能したようだ。
一息ついたのだろう。
不意にアヤメがクスリと笑った。
俺は訝しげにアヤメを見た。
「申し訳ありません。その、オウシュ様が子供のように嬉しそうにされているのでつい……」
アヤメは謝りながらも、やはりおかしそうにしていた。
子供、ね……
お前もさっきは子供のようだったぞと言ってやろうかと思ったがやめた。
その指摘はあながち間違っていない。
アヤメよりもむしろ俺の方が子供のようだったという自覚があった。
俺が子供頃に感じた高揚感を、確かに今感じ、楽しんでいたのは事実なのだから。
「まぁ、そうだな。楽しいよ」
俺がそう言って微笑むと、アヤメが一瞬固まった。
と思ったら、突然周りをキョロキョロし始めた。
「アヤメ、何をしているんだ?」
俺が不審者に送る冷たい視線をアヤメに送ると、アヤメが姿勢を正す。
「申し訳ありません。咄嗟に女性がいなかったかを確認してしまいました」
「……?」
「いえ、その……。そのフェロモンといいますか、少年とはいえ、まずいです、それ。女性だけでなく」
………まて、今の姿は少年だ。そして目と鼻を覆う白銀の仮面もつけている。
フードは被っていないとはいえ、この酒屋は小さく、みな個人で飲むことを楽しんでいるはずだ。
俺はワクだから、酒を飲んでも飲まれることはない。
ただ今日に至っては、高揚感を酒で増幅させ楽しんでいる節があったので、あまり周りを見ていなかったかもしれない。
ふと周りを見れば、目の前のカウンターを挟んだ店員、ななめ向かいのカウンターに座る紳士、その隣の淑女、配膳を行う女性が俺に注目していた。
俺はその目線を振り払うように、溜め息をつく。
「出るぞ」
低い声で言い、俺はすぐさまその店を後にした。
アヤメはお金をすばやく払い付いてくる。
そして最初の冒頭に戻る。
俺の魅力値が異常に高くなっていることは不快だが、それを置いておけばやはり楽しい。
しかし、そもそも俺の魅力値どうなっているんだ。
あきらかにおかしいだろう。
こんな魅力ではただの害だ。
うーん、100歳位までは外で遊んでいたわけだが、ここまでのことはなかったのだが。
アヤメに聞いてみるか。
「俺はそんなに魅力があるか?」
「ええ、とても」
……聞き方が悪かったな。
特にアヤメは俺を心酔しているから、そう答えるに決まっている。
「ではいつごろからここまでになった?」
「難しい質問です。そもそもオウシュ様の魅力は多大でしたが……。ですが、年を追うごとに増していたのではと思います。気付かれませんでしたか?」
「………」
俺は黙る。
気付くわけないだろう。
自分の魅力に酔ったら、それはナルシストだ。
俺はナルシストではないし、自分の外見に対しては冷静に見ている。
要するに、道具として外見が使えるのであれば良いに越したことがないくらいにしか思っていない。
「神鬼の里でも、オウシュ様の魅力に陶酔している輩は多くおりましたよ。ただ、オウシュ様の本質を知っている者も多くおりましたので、表だってする者がいなかっただけで…」
アヤメはしれっと言葉を続けた。
「神鬼の里には“オウシュ様を見つめる会”がもう70年ほど前に結束されていますよ。男性会員・女性会員共に盛況です」
俺はアヤメを睨んだ。
「おまえ、詳しいな」
俺から殺気が放たれれば、アヤメは身をすくませた。
「……私が取り仕切っておりますので、いろいろわかります」
「なぜ言わなかった」
ますます俺から放たれていくオーラに当てられ、アヤメは若干青ざめている。
「もう、お気づきになっているかと思っておりました。あえて言うことではないかと……」
そういうアヤメの口調は、俺に睨まれて尻すぼみになっていく。
「俺が怒ると思って言わなかっただけだろう?」
その問い掛けに、しばらく悩んだアヤメは、観念してこくりとうなずいた。
俺は溜息をつく。
「ハァ。まぁ、それはいい。どうしてそんなもの結束するに至ったんだ」
「里でオウシュ様のご趣味の邪魔をしようとする輩が現れ始めたのがきっかけです。オウシュ様が100歳ほどまでは、美しさよりも恐怖心の方が先立ち、物好きしかオウシュ様に近付くものはいなかったのですが、その後のオウシュ様は里へ籠り、その際周囲の者には少し丸くなられたように見えたのです。言葉を交わさずとも、その歩く姿だけで魅了されますからね」
俺は頭を抱えたくなった。
「どのくらいの規模なんだ、それは」
「里の者は半数以上。若者から絶大ですね。また魔国の者もちらほらおりますよ」
「魔国?」
「オウシュ様、一時期、魔国の図書館へ出向いておられましたでしょう?その際、ストーカーになりかけている者などおりましたので、私が勧誘し、それが広まりました」
俺は盛大な溜息をついた。
頭が痛い。
なんだ、それはいったい。
確かに俺はいろいろ飽いていたので、古文書を読み漁り、術式を試したり、酒に入り浸ったりしていた。
100歳ほど過ぎた時の俺は面倒ごとはごめんだと、全てアヤメ任せで好きなことだけをしていたのだが、それが裏目に出たのか。
そもそも注目を浴びることも慣れていたのがいけなかったのかもしれない。
俺に害を与える様な者などいないとも思っていたので、他人の視線などどうでもよかったしな。
「解散させることも可能ですが……」
「わざと言っているのか?そのまま管理を頼む。シールヒのような状態は避けたいからな」
「御意」
アヤメはにこやかに答える。
ようするにアヤメが管理していたからこそ、俺は何事もなく普通に暮らせていたのだ。
そう思うと面白くなくて不機嫌な声が出る。
「もういい、下がれ」
アヤメは静かに礼をとると、俺から離れた。
認識阻害の術か……。
一度、調べてみるか。
朝の清々しい潮風で多少鬱積した気持ちを払うように歩いた。
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一度宿屋に戻り、ひと眠りして目が覚めれば、サヤ達は朝食を済ませ、冒険者登録をしてきたようだ。
宿屋のロビーで、冒険者プレートを眺めたサヤの目がキラキラさせている。
そんなに冒険者になりたかったのか。
「良かったな、サヤ」
俺がにこやかに声をかければ、サヤは素直に笑顔で応えた。
しかし、ふと思い出したように言う。
「ああ、でもなんか、思ったのとちょっとちがったかも」
「何がだ?」
「うーん、なんて言ったらいいか。私のイメージだと冒険者登録するときってそんなに高待遇されるとは思えないのだけど…」
「高待遇?どのくらい?」
「この世界のことわからないから基準わからないけれど、この宿屋と比べたらすごく調度品が良くて、出された飲み物もすごく高級そうだったし、対応もこう、腰が低いというか……。そういうもの?」
上目づかいで聞いてくるサヤをかわいいと思いつつ、俺は笑顔を送った。
「それはきっとそういうものなのだろう。今、魔物が狂暴化しているからな。冒険者登録するものも少ないから希少なんじゃないか?」
「ふーん?」
いまいち納得していない様子のサヤだったが、まぁいいやとばかりに再び冒険者プレートを眺めていた。
冒険者になると魔法石を加工したプレートが渡される。
首に下げても邪魔にならない大きさのそのプレートには、その者のランクが表示されており、その者の資質に合わせたランクと、冒険者ギルドで受けた仕事に関してのランクが表示される。
サヤの資質はもちろんSSクラス。
この上のクラスがあれば、きっとそうなるのだろうが現状それ以上はないはずだ。
仕事ランクは最低ランクのFクラス。
何もしていないのだから当たり前だ。
冒険者の登録時、俺の魔眼と似たような力を持つ魔石を触っているはずだ。
世界でも希少な石を加工し、術式と魔力を込めつくるのだが、あれは神鬼一族秘伝の技でできた石。
透見石と呼び、神鬼が認めた団体・個人でないと持つことはできない。
変に悪用されても困るからな。
冒険者登録の際は、さらに透見石を冒険者プレートと連動させての使用を許可している。
まぁ、こんな風にして神鬼は世界に顔を効かせているわけだ。
サヤの高待遇は、昨日行った町長訪問のせいだろう。
道久がいたからな。
あいつのことだからしれっと普通通りに過ごし、サヤの反応を楽しんだだろうな。
俺と道久の昨日の訪問はサヤに秘密にするつもりだったので、サヤには悪いが軽く流させてもらった。
「これからどうする?」
俺の問いにサヤは視線を俺に映す。
「うん、道久がドワーフの町へ行くから準備しろって」
「ドワーフの域で聖闇球に近いと…ファードか」
「ファードって町の名前よね?どんなところ?」
「火山が近くにあるから鉱石が豊富で、彫金の技術が高い。ドワーフは力があり器用な者が多いから、武器作りにも長けている。鉱石が豊富なように宝石も豊富でな、みな何かしらきらびやかなアクセサリーをつけているよ。ドワーフはみな気立てがよく、愉快な者も多いからここよりもにぎやかだろうよ」
サヤが俺の話を聞くと、目をまた輝かせニコニコしている。
俺はそんなサヤの様子を愛でることを楽しむ。
俺にはわからないが、この世界のごく普通のことがサヤにとっては新鮮で嬉しいことらしい。
嬉しそうなサヤを見ていると、俺も嬉しくなってくるのだから不思議だ。
「ファードは夜の街とも言われている。夜に灯される街灯に宝石がふんだんに使われていてね、灯りに反射し、色とりどりの宝石が放つその輝きはとても幻想的なんだ。サヤにも是非見て欲しいな」
俺がにこやかに説明すれば、サヤの顔はますます輝やいた。
楽しみで仕方がないのだろう。
余りにもその様子がかわいらしく、俺は自然とサヤの頭に手を伸ばそうとする。
「はい♪話はおしまい」
道久がにこやかに邪魔をする。
ああ、わかっていたよ。
お前がそろそろ来るだろうと。
俺は無意味だと知りながらも、つい道久を睨む。
そんな二人の間に挟まれたサヤが少し挙動不審になっているのは面白い。
しかし、やはり気にくわないな。
この道久は気に入ってはいるのだが、サヤに関しては気にくわない。
恋敵なのだから当然なのかもしれないが。
それでも、道久はサヤを大事にし過ぎだ。
いや、それは言い方が良すぎる。
束縛しすぎだ。
自分以外は誰にも触れさせない、目に触れさせることも嫌だというくらいに。
サヤはただでさえ、男慣れしていない。
あれでは、サヤの視野を狭くするだけではないだろうか。
俺が思う疑問もこいつには理解できまい…とも思う。
何かで知らしめるべきか。
俺の睨みをものともせず、道久は明るい口調で言う。
「鉄鋼と宝玉の町ファードに行きましょうか」
こいつに主導権を握られていることも気にくわないな。
だが、道久の転移の扉は便利であることは事実だ。
空間転移はおそらく精霊の力が必要不可欠。
俺の持っている術式に転移の術はない。
一度どうにかならないかと研究したことがあったができなかった。
俺は一つ溜息をつく。
しようがない。
素直に従おうか。
ここでへそを曲げては、神鬼としての役目も果たせないしな。
そうして、シールヒから少し離れた人気のない場所から転移の門を使い、ファードの町へ行く。
どうも皆様、アヤメです。
作者はもう後書きするつもりがないようなので、今回も私が代わりに務めさせて頂きます。
肖像画処分は予想を超えて大変でありました。
しかし、ご機嫌のオウシュ様と食事を一緒にできるなんて、疲れなどというものは吹き飛んでしまいますね!
思い出しても、嬉しさが込み上げてきます。
“オウシュ様を見守る会”を出し抜けるのが唯一私だけ。
そう思うと優越感も出るというもの。フフフ。
え?私は“オウシュ様を見守る会”の会長を務めていますよ。
そもそも従者である私が務めるからこそ、成り立っている会です。
このくらいのご褒美はあってもいいでしょう?
ああ、でもそうですね。
会員の者に最近のオウシュ様を伝えなければ。
………(アヤメ伝言式を飛ばす為準備中・形態は伝書鳩的)
さぁ、お行きなさい。
最近忙しかったから、少々おろそかにしていたので、きっとみな喜ぶことでしょう。
そうそう、聖闇球の調査をしている神鬼の者にも報告するよう連絡を送ってみましょうか。
オウシュ様はお忘れになってるようですけど。
それをしたら私も少し休むことにしましょう。
それでは皆様また会える日を楽しみにしております。